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第5章・天獄の誓い
◆ 9・ルーファの過去 ◆
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結局、世界は事もなし。
私は自宅へ帰ったし、イカに破壊された街並みも復興を始めたし、休校も数日の事で普通に再開していた。
あれから2カ月が経っている。
ミランダは来ないし、おっさん天使が時計が動いたと言ってもこない。平和な日々だ。どれくらい平和かというと、テラスにティーセットを出して、日光浴をしながらティータイムをとれる程だ。
今までと違う事と言えば、ミランダがいない事くらいか。
彼女はイカ騒動の行方不明者として名を刻んだ。同時にミランダの遠縁としてヘクター・カービーを執事として雇い入れた事だ。
危険人物が一番近くで監視が一番だわ。
カエルの持ってきた呪われた祭具によって、完全に自由の身とはいかない状況だ。呪われた祭具の詳細は知らないが、ネックレス上のソレをかけてからというもの彼の殺人衝動は収まっているらしい。
私とて平和にうつつを抜かしていたわけではない。
あの日に分かった事は整理してカエルとルーファに伝えた。
啓教会の大神殿には偽聖女ことおっさん天使の妹の身体が幽閉状態だった事。しかも中身はオリガ・アデレイドで腹立たしい感じだった事。
第一王子アレックスことカエルは勇者で、第二王子ヴィンセントは色々拗らせてる痛い少年は魔王。
勇者カエルと聖女フローレンスは恋愛関係に落とすべきと考えている教団にとって、婚約者の私は邪魔らしい事もだ。
うん、……婚約破棄したい!!!!
今後も命の危機が付きまとうのだから当然の気持ちだろう。
生き残るか、愛か。人は愛を選ぶべきだというだろう。でも私は命の方を大事にしたいです。でもそれをすれば、父がキレる。父に殺されかねない。出奔した時間軸ではいつも父の追手がいたのだから、これはもう確定だ。
そして、この痛い性格100の第二王子だ。
魔王っぽさなどどこにも見当たらない普通の少年。
流れ的に言えば、私は彼を盛り立てて最高の魔王へと押し上げる必要がある。
私には二つの選択肢があった。
すなわち『あんたって魔王らしいよ?』で行くか『勇者を支える仲間』で納得させるか、だ。
まだ世界の荒波を知らないこんな少年に前者はきつすぎる。後者を選び、持ち上げてもやった。
「カエル用のスパイ、いりませんか?」
と聞いた私に、王子は瞳を煌めかせたものだ。
「そ、そういう事か!! さすが聖女様!!!! モンスターガエル討伐に最適なスパイを用意してくださったんですねっ。まさか、あのカエル……魔王だったりしてっ」
勿論「魔王はあんただ」などとは言わなかった。
空気を読んで頷いただけだ。
「俺様、不思議なんだけどよ。手駒そろってんのに、何で行動しねぇんだ?」
ルーファが無責任な事を口にする。
できるもんならしたいとも!
だが、勇者聖女がいるから魔王を殺しましょうとはいかない。魔王を殺すという事は、入れ物である肉を壊して解放するという事だ。
逆に力が増大してしまう。
まずやるべきは聖女と勇者を親しくさせて選定させる事から……で、その後、聖女覚醒。
「物事には順序があるのよ」
「アレだろ? アレックスが勇者になりたがらない。聖女にやる気がない。魔王がひよわ。問題しかねぇな、チャーリー?」
その通りだった。
「ルーファって前世勇者だったって言ってたけど、聖女はに選定されるってどんな感じなわけ? いわゆる告白? 結婚? それともキスとかそういう接触?!」
「……うーん」
悩むようにルーファは顔を背けた。
「あー……うん。まぁ、いいか。俺様、聖女に選ばれてねぇ」
「え?」
意外な言葉に手に持っていたカップを取り落としそうになった。
「俺様、他の女が好きだったし」
「え?」
悪魔が恋?! いや、当時は人間か!
「まぁ、俺様を選べなかったから聖女は弱かったけどな」
ちょ、ちょっと待って?!
聖女が勇者を選べなかったパターンって何回ある? まさかあの、私の、あの時じゃ??
「ちょっとルーファ、聞きたいんだけど」
いやいや、大昔私たちって愛し合ってたりとかしちゃってたの、とでも聞くのか? くそっ、名前が靄がかかったみたいに思い出せないのばっかりじゃん!!
「ルーファ、その女ってどんな女!? 私たちが出会ったのって運命的な方向じゃないよね?!」
ルーファはショックを受けたように固まり、弾かれたように大仰に否定のジェスチャーをする。
「冗談じゃねぇ!! お前じゃねぇわ!! 俺様の天使ちゃんとお前を一緒にすんなっ」
「天使ちゃん?!?!」
やっぱり天使?!?!
「いや、あー……お前とは無関係だっつーの! 多分な! 天使どんだけいると思ってんだっ。俺様の天使ちゃんは……」
大事な名を、大切な宝物でも見せるように――明かす。
「彼女は『アーラ』ってんだよ。古い言葉でな、翼って意味だ。ちっさな羽が背中に生えててな。よくそんなので飛べるもんだって思ったぜ? 俺様はミハイルって名前だったんだけどよ。アイツはいつも俺様を『ルフス』って呼んでたんだぜ? 同じ古い言葉で、赤って意味だぜ。俺様の目の色だな!」
「へぇ」
「俺様、騎士団長の息子として生まれたんだけどよ。強かったから諸国漫遊の旅ってしゃれこんでて……まぁその間に魔王が復活だの聖女が勇者捜し、とかしててな。俺様は1傭兵としてあちこちで大活躍してたんだぜ!」
うわぁ、見えるわ。すごい自分勝手にあちこちで活動してたんだろうね。
「そこにな、アーラが降りて来た。可愛すぎた! ……から、当然俺様は詐欺を疑った!」
「大事ね!!!! 顔の良い奴、口がうまい奴は危険よね!」
「おう! そこで俺様はアーラと距離を置こうとしたんだが……うまくいかなかったんだよな。アーラは聖女の所に俺様を連れて行こうとしててな」
うん、やっぱ厄介ごとを連れて来たか。
そこで、彼は言葉を切って、空を見上げる。
「……俺様、地上に興味はねぇけどな。ココから見る空は好きだぜ、アーラの目だ。だから俺様は、地上に来てたんだぜ」
「空を見るために?」
「空じゃねぇ……アーラの目だ」
感傷的なルーファに問いかける。
「ちなみにあんたの代の聖女は何て名前?」
「ドミティア」
封じられた書庫で調べてみる価値はあるだろう。
アーラ、ドミティア、ミハイルだかミハエルだか。
「ちなみにあんたは、天界攻めに行くでしょ? そこってアーラがいるんじゃないの? 嫌われるんじゃないの?」
「なぁ、チャーリー。勇者候補って数人いるの知ってるか?」
そういえば天使のおっさんが賭けをしていると言っていた。オリガの話では勇者はほぼ確定でカエルのようだったが――。
「一応は、聞いた事あるけど」
「チャーリー。勇者はな、選定を受けて初めて聖女の力を譲り受けるんだぜ? そういう意味では俺様は勇者だったのか断言できねぇ。ただな、俺様、他の候補者全員殺しちまったんだわ」
……え? なんて??
「アーラはな、聖女の所に勇者を連れいく事を使命にしていたんだ。俺様はアーラを愛しちまったからな。で、アーラの目を他に向けさせたくないってのもあったが、何より悪魔になれるって知ってな?」
「……まさか」
「そ、悪魔になる為に俺様は勇者になりたかったんだ。だから殺しちまった」
マジか……!!!!
ルーファ、悪魔だわ! いや悪魔だけど……ヤバい、こいつの精神状態がヤバい。
「ねぇ、ルーファ……さっきの質問だけどさ。天界に行って、アーラいたらどうする気?」
キョトンとした顔をして、ルーファは凄絶な笑みを浮かべた。
「天使は汚したら堕ちるらしいからな。俺様がんばって堕とすぜ。もちろん、優しく……な?」
悪魔らしさのにじみ出た笑みはどこか色気を含んでいる。彼にあるのは確かに一途な愛だ。だがそれだけに、怖気が走る。
ルーファの悪魔らしい一面を始めて見た気がした。
根がわくば、その『アーラ』が、あの天使でありませんように……っ。
私は祈って、冷めた紅茶を口元に運んだ。
私は自宅へ帰ったし、イカに破壊された街並みも復興を始めたし、休校も数日の事で普通に再開していた。
あれから2カ月が経っている。
ミランダは来ないし、おっさん天使が時計が動いたと言ってもこない。平和な日々だ。どれくらい平和かというと、テラスにティーセットを出して、日光浴をしながらティータイムをとれる程だ。
今までと違う事と言えば、ミランダがいない事くらいか。
彼女はイカ騒動の行方不明者として名を刻んだ。同時にミランダの遠縁としてヘクター・カービーを執事として雇い入れた事だ。
危険人物が一番近くで監視が一番だわ。
カエルの持ってきた呪われた祭具によって、完全に自由の身とはいかない状況だ。呪われた祭具の詳細は知らないが、ネックレス上のソレをかけてからというもの彼の殺人衝動は収まっているらしい。
私とて平和にうつつを抜かしていたわけではない。
あの日に分かった事は整理してカエルとルーファに伝えた。
啓教会の大神殿には偽聖女ことおっさん天使の妹の身体が幽閉状態だった事。しかも中身はオリガ・アデレイドで腹立たしい感じだった事。
第一王子アレックスことカエルは勇者で、第二王子ヴィンセントは色々拗らせてる痛い少年は魔王。
勇者カエルと聖女フローレンスは恋愛関係に落とすべきと考えている教団にとって、婚約者の私は邪魔らしい事もだ。
うん、……婚約破棄したい!!!!
今後も命の危機が付きまとうのだから当然の気持ちだろう。
生き残るか、愛か。人は愛を選ぶべきだというだろう。でも私は命の方を大事にしたいです。でもそれをすれば、父がキレる。父に殺されかねない。出奔した時間軸ではいつも父の追手がいたのだから、これはもう確定だ。
そして、この痛い性格100の第二王子だ。
魔王っぽさなどどこにも見当たらない普通の少年。
流れ的に言えば、私は彼を盛り立てて最高の魔王へと押し上げる必要がある。
私には二つの選択肢があった。
すなわち『あんたって魔王らしいよ?』で行くか『勇者を支える仲間』で納得させるか、だ。
まだ世界の荒波を知らないこんな少年に前者はきつすぎる。後者を選び、持ち上げてもやった。
「カエル用のスパイ、いりませんか?」
と聞いた私に、王子は瞳を煌めかせたものだ。
「そ、そういう事か!! さすが聖女様!!!! モンスターガエル討伐に最適なスパイを用意してくださったんですねっ。まさか、あのカエル……魔王だったりしてっ」
勿論「魔王はあんただ」などとは言わなかった。
空気を読んで頷いただけだ。
「俺様、不思議なんだけどよ。手駒そろってんのに、何で行動しねぇんだ?」
ルーファが無責任な事を口にする。
できるもんならしたいとも!
だが、勇者聖女がいるから魔王を殺しましょうとはいかない。魔王を殺すという事は、入れ物である肉を壊して解放するという事だ。
逆に力が増大してしまう。
まずやるべきは聖女と勇者を親しくさせて選定させる事から……で、その後、聖女覚醒。
「物事には順序があるのよ」
「アレだろ? アレックスが勇者になりたがらない。聖女にやる気がない。魔王がひよわ。問題しかねぇな、チャーリー?」
その通りだった。
「ルーファって前世勇者だったって言ってたけど、聖女はに選定されるってどんな感じなわけ? いわゆる告白? 結婚? それともキスとかそういう接触?!」
「……うーん」
悩むようにルーファは顔を背けた。
「あー……うん。まぁ、いいか。俺様、聖女に選ばれてねぇ」
「え?」
意外な言葉に手に持っていたカップを取り落としそうになった。
「俺様、他の女が好きだったし」
「え?」
悪魔が恋?! いや、当時は人間か!
「まぁ、俺様を選べなかったから聖女は弱かったけどな」
ちょ、ちょっと待って?!
聖女が勇者を選べなかったパターンって何回ある? まさかあの、私の、あの時じゃ??
「ちょっとルーファ、聞きたいんだけど」
いやいや、大昔私たちって愛し合ってたりとかしちゃってたの、とでも聞くのか? くそっ、名前が靄がかかったみたいに思い出せないのばっかりじゃん!!
「ルーファ、その女ってどんな女!? 私たちが出会ったのって運命的な方向じゃないよね?!」
ルーファはショックを受けたように固まり、弾かれたように大仰に否定のジェスチャーをする。
「冗談じゃねぇ!! お前じゃねぇわ!! 俺様の天使ちゃんとお前を一緒にすんなっ」
「天使ちゃん?!?!」
やっぱり天使?!?!
「いや、あー……お前とは無関係だっつーの! 多分な! 天使どんだけいると思ってんだっ。俺様の天使ちゃんは……」
大事な名を、大切な宝物でも見せるように――明かす。
「彼女は『アーラ』ってんだよ。古い言葉でな、翼って意味だ。ちっさな羽が背中に生えててな。よくそんなので飛べるもんだって思ったぜ? 俺様はミハイルって名前だったんだけどよ。アイツはいつも俺様を『ルフス』って呼んでたんだぜ? 同じ古い言葉で、赤って意味だぜ。俺様の目の色だな!」
「へぇ」
「俺様、騎士団長の息子として生まれたんだけどよ。強かったから諸国漫遊の旅ってしゃれこんでて……まぁその間に魔王が復活だの聖女が勇者捜し、とかしててな。俺様は1傭兵としてあちこちで大活躍してたんだぜ!」
うわぁ、見えるわ。すごい自分勝手にあちこちで活動してたんだろうね。
「そこにな、アーラが降りて来た。可愛すぎた! ……から、当然俺様は詐欺を疑った!」
「大事ね!!!! 顔の良い奴、口がうまい奴は危険よね!」
「おう! そこで俺様はアーラと距離を置こうとしたんだが……うまくいかなかったんだよな。アーラは聖女の所に俺様を連れて行こうとしててな」
うん、やっぱ厄介ごとを連れて来たか。
そこで、彼は言葉を切って、空を見上げる。
「……俺様、地上に興味はねぇけどな。ココから見る空は好きだぜ、アーラの目だ。だから俺様は、地上に来てたんだぜ」
「空を見るために?」
「空じゃねぇ……アーラの目だ」
感傷的なルーファに問いかける。
「ちなみにあんたの代の聖女は何て名前?」
「ドミティア」
封じられた書庫で調べてみる価値はあるだろう。
アーラ、ドミティア、ミハイルだかミハエルだか。
「ちなみにあんたは、天界攻めに行くでしょ? そこってアーラがいるんじゃないの? 嫌われるんじゃないの?」
「なぁ、チャーリー。勇者候補って数人いるの知ってるか?」
そういえば天使のおっさんが賭けをしていると言っていた。オリガの話では勇者はほぼ確定でカエルのようだったが――。
「一応は、聞いた事あるけど」
「チャーリー。勇者はな、選定を受けて初めて聖女の力を譲り受けるんだぜ? そういう意味では俺様は勇者だったのか断言できねぇ。ただな、俺様、他の候補者全員殺しちまったんだわ」
……え? なんて??
「アーラはな、聖女の所に勇者を連れいく事を使命にしていたんだ。俺様はアーラを愛しちまったからな。で、アーラの目を他に向けさせたくないってのもあったが、何より悪魔になれるって知ってな?」
「……まさか」
「そ、悪魔になる為に俺様は勇者になりたかったんだ。だから殺しちまった」
マジか……!!!!
ルーファ、悪魔だわ! いや悪魔だけど……ヤバい、こいつの精神状態がヤバい。
「ねぇ、ルーファ……さっきの質問だけどさ。天界に行って、アーラいたらどうする気?」
キョトンとした顔をして、ルーファは凄絶な笑みを浮かべた。
「天使は汚したら堕ちるらしいからな。俺様がんばって堕とすぜ。もちろん、優しく……な?」
悪魔らしさのにじみ出た笑みはどこか色気を含んでいる。彼にあるのは確かに一途な愛だ。だがそれだけに、怖気が走る。
ルーファの悪魔らしい一面を始めて見た気がした。
根がわくば、その『アーラ』が、あの天使でありませんように……っ。
私は祈って、冷めた紅茶を口元に運んだ。
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