7 / 375
第1章・天使降臨
◆ 6・父の帰還 ◆
しおりを挟む「お帰りなさい、お父様」
館のエントランスは両側に伸びる階段と来訪者を迎え撃つ、もとい迎え入れる広いスペースがある。
中心に立つ私の後ろにはズラリと並んだメイドたち――中には勿論ミランダ・オットーの姿もある。
迎え撃たれた側といえば明るい青の瞳とオールバックにしたミルクティー色の髪、モスグリーンのスーツ、上品なアスコットタイにはエメラルドのブローチをつけていた。
同じ色合いのドレスを選んでしまった事を悔いて舌打ちをしたくなる。
天使出現やらで服の色を失念していた。
「ただいま、愛する娘1!」
「シャーロットです、どんな略ですか!」
緩い笑みと共に吐かれる略式挨拶に突っ込みをいれるも、そんな程度では怯まないのが我が父ヨーク侯爵テレンス・ハリーである。
服の色さえ同じ物を選びたくないくらいには苦手な人物だ。
彼は己の価値を十二分に理解し利用するタイプの人間だった。最悪な事に、顔も家柄も頭も良い中年男で社交界の華と名高い。
かつての私もソレを誇りに思っていた時分がある。
「それにしても随分お早いお帰りでしたね? お昼頃だと連絡を頂いておりましたのに」
勿論、嫌味ではない。
理由を開示してもらわねば、後ろに控えるミランダの信用を得る事ができないからだ。
「ねえ、愛する娘、お前のお母様はどうしたんだい? 姿が見えないと顔を忘れてしまいそうだよ、ハハハッ」
いや、全然面白くないし、その性格が問題をややこしくしている。
「忘れたんですか? 昨晩、お父様の浮気を疑って実家に戻ってしまわれたじゃないですか」
この問答は毎回バリエーションが少ない。
やりなおすうちに、幾つかの中継地点というものが存在すると知った。
地点AスタートでBにはパターンが色々あり、そこには1から5までの方向性を決定付ける選択がある。然しその何番目を選ぼうとも、CやDを経由せずとも、毎回ほぼ同一のE地点が常に巡ってくる。そうしてまた分岐が始まるのだ。
父との対面はどのパターンを選んでも存在してた。
場所は様々だし、『ただいま、●●』の掛け声も一緒。序盤でミランダ殺害後の血まみれベッドでも同じだったくらいだし……。
うん、父は紳士だから取り乱さないとか、そんなんじゃない、普通に狂っている!
「あー、忘れてたねぇ。そっかそっか、実家って王城? まさかお婆様のいらっしゃった実家じゃないよね? あっちは苦手なんだよねぇ」
「勿論、王太后様のいらっしゃった侯爵家ですよ。苦手な方ですねー」
「うわ……」
本当に苦手らしく顔を顰める父。
ひそかに気持ちが上向く。
「困ったね……。私だって誠実であろうと思っているんだよ、娘1。ただ、女性と話したり触れ合うのが大好きなだけなんだよね。浮気だなんてとんでもない、ただの出来心なんだよ? ……全員『ハニー』だし、名前どころか他の何にも興味はなくて、ただただ正直な感情が起こす一夜なんだけどなぁ」
いや、最低か???
「大丈夫だよ、娘1。エマには私が若い頃に書いた詩でも送っておこうと思う。きっと彼女は私の恥ずかしい秘密を手に入れたと大喜びして茶化しにくるだろう」
「お父様が、人名苦手なの分かってますけど。せめてグレイスくらい覚えませんか? 2文字が限度ですか?」
「うん……ごめんね? お前の妹は2文字のミドルネームを付けられてよかったよ。お前に関しては、お婆様の実家がアレコレ言って長くなっちゃったから苦肉の作なんだよね、『最初の娘』とか『うちのご令嬢』とかバリエーション貧困ってお前が言うから、今回父様もちょっと捻ってみました」
反応待ちがなんてウザいんだろう……。
「ほんと、それでよく仕事できますね」
「価値が生まれると父様覚えちゃうみたい」
私には価値がないと?!?!
「あ、今のは言葉の綾だよ? お前は第一王子様と婚約中の最高に価値高い娘さ! ただ、間違えて嫌な思いさせるよりは、この人苦手なんだねって方が許してもらえそうじゃないか、それに可愛いってモテるしね」
「……そ、れ、で! お父様はどうして早く帰られたんですか?」
父とのどうでもいい話を打ち切り、本来の目的へと誘導すれば相手も乗ってくる。
この辺りの引き時を外さないのがモテ男の秘訣なのだろうか。
「あぁ、それね。王妃様がお前の誕生会にいらっしゃるんだよ。あ、勿論、父様も流石に王妃様には手を出さないよ? 父様、こうみえて友達は大事にするタイプなんだ。友の嫁には手を出さない」
キリっと顔を引き締める男に冷たく返す。
「そうですか」
「殿下と一緒に来られるから、ちょっと早く着くだろうなぁと思ってね。父様も一応出迎えの用意をと思って、早めに戻ったんだ」
殿下とは第一王子にして私の婚約者コンクエスト公アレクサンダー・カール・ジェームズ・メープルワイト。人呼んでプリンス・オブ・コンクエスト――別名カエル王子だ。
比喩でも何でもない、本当にカエルである。
どこからどう見ても、誰が見ても両生類な蛙人間で蛙が服を着て人語をしゃべっている。
彼の両親はキラッキラの金髪に晴れた空色の瞳をしているので、きっと彼も本来は期待できる姿をしている可能性もなきにしもあらずで。
ただ、なぜカエルなのかどうしてカエルなのかは――興味もなければ暇もなかったので知らない。噂だけは飛び交っていたのでたくさん知っている。
まぁ総じて呪われてでもいるのだろう。
ちなみに同い年である。
「お父様、何度も言わせていただきますけど、結婚は嫌です。同じ家名ですし、妹に譲りたく存じます」
「そんな可哀想な事を言ってはダメだよ。それにお前は父様の血を分けた子だ」
かつてこの言葉に感動を覚えたこともあった。
だが、この先の言葉を私は知っている。
「父様と同じくらい遊び方も覚えられるさ」
そうですね。
心根が天使なフローレンスには無理でしょうね、ええ、分かってますよ。
まぁいい、目的は果たした。ミランダは先ほどの予見が当たったと思っている事だろうし?
今までとは別ルートを歩む意味でも、フローレンスの精神救済行動に移るとしよう。
「お父様、私の誕生日の宴ですが、取りやめる方向でお願いします」
「え? 今更???」
驚く父。
無理もない、この宴はシャーロット・グレイスの人生最大のイベントだと騒ぎに騒いで贅を凝らしてきた。
いっそ取りやめる方が金がかかる可能性だってある。
だが、この宴はまさに貴族の闇が集まっていた。 父の浮気相手が正妻面で場を取り仕切り、母の欠席事由もその女の存在が故に仮病疑惑を強め、王子への陰口に妹が耐えかねて割り込むも相手は第二王子の婚約者、第一王子と第2王子の確執は深まり、王妃が倒れ毒殺騒ぎ。
その後の展開は、母の病悪化や浮気相手殺害に自殺、妹の方でも流言飛語を苦に家出に自殺、中には毒殺犯にされた事だってあった。
ちなみに国としても第一王子の廃嫡やらなんやらあったが――そこは私には関係ないと思うのであまり気にしていない。
恐らく宴を取りやめても避けられないのは母の病だけだろう。
「人生最大イベントだから盛大に執り行いたいって言ってたじゃないか? どうしたんだい? 父様が相談に乗れる事なら聞くよ?」
「私にも色々あるのです。相談は浮気お父様の取り成しついでに、お母様にします。仲修復に尽力するので、宴中止でお願いできませんか?」
とは言うものの、この宴を取りやめようとした事はコレが初ではない。
なぜなら――。
「旦那様っっ!!!! 馬車がっっ、王子殿下の馬車が!!!」
飛び込んで来たのは我が家の御者である。
「……早いね」
そう、父の言う通りだ。
次のターンが早すぎて、その直前に話していた子供のお願いなど聞き分けのない子の駄々扱いになるのだ。
父はさっさと外へと向かう。
待って待って待って!!!!
「待って、お父様! 宴中止を決めてからにしてっっ」
「ハハハッ、それは無理かなぁ」
正門からまっすぐにやってくる2頭引きの馬車は、黒塗りで王家の紋章が入っている。
どうするどうするっ。
このままじゃ、折角の新ルート開拓も元に戻される可能性が……っ。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
公爵家御令嬢に転生?転生先の努力が報われる世界で可愛いもののために本気出します「えっ?私悪役令嬢なんですか?」
へたまろ
ファンタジー
『祝』第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!
ここは、とある恋愛ゲームの舞台……かもしれない場所。
主人公は、まったく情報を持たない前世の知識を持っただけの女性。
王子様との婚約、学園での青春、多くの苦難の末に……婚約破棄されて修道院に送られる女の子に転生したただの女性。
修道院に送られる途中で闇に屠られる、可哀そうな……やってたことを考えればさほど可哀そうでも……いや、罰が重すぎる程度の悪役令嬢に転生。
しかし、この女性はそういった予備知識を全く持ってなかった。
だから、そんな筋書きは全く関係なし。
レベルもスキルも魔法もある世界に転生したからにはやることは、一つ!
やれば結果が数字や能力で確実に出せる世界。
そんな世界に生まれ変わったら?
レベル上げ、やらいでか!
持って生まれたスキル?
全言語理解と、鑑定のみですが?
三種の神器?
初心者パック?
肝心の、空間収納が無いなんて……無いなら、努力でどうにかしてやろうじゃないか!
そう、その女性は恋愛ゲームより、王道派ファンタジー。
転生恋愛小説よりも、やりこみチートラノベの愛読者だった!
子供達大好き、みんな友達精神で周りを巻き込むお転婆お嬢様がここに爆誕。
この国の王子の婚約者で、悪役令嬢……らしい? かもしれない?
周囲の反応をよそに、今日もお嬢様は好き勝手やらかす。
周囲を混乱を巻き起こすお嬢様は、平穏無事に王妃になれるのか!
死亡フラグを回避できるのか!
そんなの関係ない!
私は、私の道を行く!
王子に恋しない悪役令嬢は、可愛いものを愛でつつやりたいことをする。
コメディエンヌな彼女の、生涯を綴った物語です。
魔女の弟子ー童貞を捨てた三歳児、異世界と日本を行ったり来たりー
あに
ファンタジー
|風間小太郎《カザマコタロウ》は彼女にフラれた。公園でヤケ酒をし、美魔女と出会い一夜を共にする。
起きると三歳児になってしまってさぁ大変。しかも日本ではなく異世界?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる