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【03】
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誘拐と救出される際に犯人殺害に遭遇したことによるPTSDの発症もなく、元気に私は過ごしている。
PTSDが発症するような繊細な神経の持ち主は、異世界召喚者には選ばれないんだろう。
「アキラ」
「なに? アイェダン」
私は努力して女王さまの名前を言えるようになった! 発音はまだ怪しいけれども、アイェダンって言えるようになった。
モンターグは出て来ないけれどね……あの魔女め! でも私自身、魔女を問い詰めたいという気持ちが萎んだこともあるから、前ほど積極的じゃない。
だってさ……『あなた国から売られました。売った理由は、国にとって必要じゃないからです』とか言われたら傷つくじゃない。
そりゃ確かに、特技も何も無い二十歳の大学生だったけれども……一応善良に人様に迷惑かけないで暮らしてきたんだから。
ごみだって分別しっかりしてたし、節電してくださいと言われたら正直に節電したし。当たり前のことしかしてないけれども、当たり前のことだけじゃあダメだっていうのなら……はあ。
少し落ち込んでみたりしたけれど、あまり長持ちしない。それはロメティアの料理が口に合うようになったから。
料理が美味しいと気分持ち直すよね! 昔から美味しものを食べれば元気になる、楽天的な性格だと響に言われてた。
「モンフェスト将軍が謝罪のために我が国にやってきます」
モンフェスト将軍って誰?
「アイェダン、悪いんだけどさ……最初から説明してくれない? アイェダンにとっては常識でも、私には常識じゃないんだから」
いつもの如くアイェダンの説明は足りない。これでも中々の名君だというのだから驚き……でもないか。私が知らないことが多いだけだもんね。
「ああ、済みません!」
アイェダンの説明によると、先日の誘拐犯たちはイルト王国の王さまの弟が雇ったことが判明したんだって。
食い詰めたばか冒険者が売ろうと思って取った行動じゃなくて、雇い主がいたってこと。
「原因となったモンフェスト将軍が謝罪のためにやってきます」
アイェダンは最初から「そうじゃないか」と疑っていたって。
どうしてか?
町の人が怪我はしたけれども、誰も殺されなかったから。バックに王族がいて、その手下が不可抗力とはいえ他国の人を殺害したらそれはもう宣戦布告。
先日アイェダンが言った通り、どちらかの国が滅ぶまで戦争は続くそうで……ああ、本当に誰も死ななくて良かった! 私のせいで戦争が始まったら『やめて! 私のために争わないで!』なんて恥ずかしい台詞叫ぶ羽目になるところだった。それは避けたい。軽すぎる意見かもしれないけど、人が戦争で死ぬということは分からないし、分かりたくもない。
「そのモンフェスト将軍が王さまの弟なの?」
「モンフェスト将軍と王弟は別人です」
「それじゃあ私の誘拐とどう関係しているの?」
「それはですね……」
イルト王国の王さまは独身を貫いて初老になった頃、優秀な軍人を後継者に指名したんだって。その男性こそがモンフェスト・ニルス。
イルトの王さまはあまり強くなくて、王さまの弟は戦いはまったく駄目。
だから王様は若い頃から結婚しないで、優秀な軍人に跡を継がせることに決めていたそうだ。
適齢期を過ぎても結婚しなかったし、家臣の誰も結婚を勧めなかったので、国民は王さまは後継者を軍人から選ぶつもりなんだろうと気付いていて、出世を夢見て軍人になった人たちが多かったとか。王さまが弱い国は狙われるから、軍人を後継者に指名することで、軍人志望者を増やして国防にあたらせるとのこと。
そうやって王さまは後継者が現れるのをずっと待って、初老になった頃ついにお眼鏡に適う軍人が現れた。
それがモンフェスト・ニルス将軍。でもイルト王国では王の子以外の者を後継者にするときは、異世界から伴侶を召喚するのが絶対条件になるらしい。
その条件で続いているとすると、イルト王家の血は入ってない気がするんだけど……いいのかな?
「去年無事に召喚されたと聞いています。名は”マイ”と」
私が考えたところで仕方ないけれど、無事にお妃が召喚されて、モンフェスト将軍とめでたく結婚したんだそうだ。
その”マイ”さんって凄い適応力の高い人だよね。
召喚されてすぐに初めて会った、宇宙人となんら代わりのない男性と結婚だなんて。すっごい美形で恋に落ちちゃったのかも知れないけれども。
「王弟は王の座を奪うべく、異世界人を手に入れようとしたのです」
「二人も召喚できないから誘拐しようとしたんだ」
「はい。なにより同時代に二人も異世界人を正式に呼び出せるほど資産に余裕のある国は、滅多にありませんから」
でも滅多ってことは、無理じゃないんだよね。
「一人以上を同時に呼び出せそうな国はあるの?」
「あります。この海のむこうの大陸すべてを支配した国アルテリアが」
アイェダンが海を望める窓を指さす。
ちょうどよく風が舞い込んで来て、カーテンを舞わせて景色が目にはいる。海しかないとおもっていたけれども、この海の向こうに大陸があって国があるのか。
「へー。その国には何人もいるんだ」
「アルテリアは異世界人召喚を禁止したことで国が発展したそうです」
「どういうこと?」
「異世界召喚に掛かる費用のすべて建築や国防、医療や教育などの予算に回したことで、未曾有の発展を遂げたそうです」
頭いい! いや、むしろ普通なのか?
「召喚止めたら?」
「でも……」
どう考えても効率が悪いんだよね。
アルテリアのように考えるほうが普通じゃないかな。
自由気ままに異世界に富を与えてくれる人を召喚できるのなら分かるけれど、高額を支払って普通の私立大学経済学部卒業(予定)の私みたいなのを呼び出しても仕方ないと思うんだ。
もっと優れた人を召喚するべきじゃないかなあ。
「モンターグから召喚理由を聞いてから、ゆっくりと考えてみようよ。慣習が悪習になってたら止める勇気も必要だよ」
アイェダンは返事はしなかったが、かなり悩んでいるようだった。アイェダンも思う所があるんだろう。
あまりに悩んで夜も寝ずに悩み出して部下たちが心配し、私も心配なのでベッドに誘って二人で眠る日が続いた。
いや、結婚してないから、なにもないけれどね! 女同士、どうしたら卵ができるのか知らないから!
モンターグに会うことはできず、アイェダンは決断をだせないでいたが、モンフェスト・ニルス将軍が謝罪のために、お妃である異世界人『マイ』を伴ってやって来た。
異世界で同世界の人と会うのは初めてだから楽しみ。
……外国語しか言えない人だったら、話できないだろうけど。英語なら通じるかも知れないけど、それ以外は無理だなあ。
そういえば、この世界は国が違っても言葉は通じるのかな? 公用語とかあるのかな?
モンフェルト・ニルス将軍は背が高くて、本当に軍人らしい人だった。軍人を見たのはロメティアに来てからだけれども、この世界の軍人だと一目でわかるタイプ。
髪は短くて、顎に蓄えるってほどじゃなく、でも無精髭とも違う、その間くらいの髭を生やしていて、笑顔は人懐っこい。
顔はもちろん西洋的で彫りが深い。
そして隣にいる『マイ』さんは……うん、まちがいなく日本人だ。というか、なんで日本人ばかりなんだろう。そりゃあ日本人のほうが嬉しいけれど、なんか引っ掛かるな。
イルト王国の女性は上半身がぴったりとした服で、下半身はふんわりとしたスカートタイプの格好。ああ! いいなあ! 下半身が太めな私には羨ましい国だ!
就活スーツ、上と下の号数が違う私には!
「初めましてアキラ。私はモンフェスト・ニルスと言う。おっと、アキラに私の言葉は通じないか」
「通じてますよ」
「解るのか!」
なにを驚いているんだろう、この軍人さんは。
……で、隣の『マイ』さんの紹介もそこそこに質問攻めにあうことに。
どうも異世界召喚には「異世界語を理解できる」なる決まりごとはないらしい。むしろ会話が通じないのが基本。
「召喚するときに言葉が通じるようにしたんじゃないの?」
私を召喚したやつは、まだ引きこもってるから知りようないけれど。
「そんな項目あったかな」
将軍は首の辺りを掻きながら、話が通じなくて一人お茶を飲んで時間を潰している『マイ』さんの方を見る。
「ありませんよ」
「ないの? アイェダン」
「召喚する際に希望項目をチェックするんです。私はアキラ召喚前に父が記入した書類に目を通しましたが、言葉が通じるという項目はありませんでした」
「やはりそうだよな、ロメティア王」
そんな書類まであるんだ。
結構管理されてるんだな召喚って。そして益々分からない、召喚の意味が。やっぱりアルテリアの決断は正しいんじゃないかな。
「ねえ、アイェダン」
「はい、なんでしょう? アキラ」
「アイェダンは私と会話できることに違和感はなかったの?」
「モンフェスト将軍に言われるまで忘れてました。困らないから気付けなくて」
「そりゃあ、そうだよね」
私も違和感なかったけど……ふと気付いたんだけど、マイさんは言葉が通じてないってことは自分がモンフェスト将軍の妻だって気付いて……るよね? 結婚して一年も経ってるし、子どもじゃないんだから。
成人した男女が一緒に暮らしてて、それはないよね。
「ところでアキラは、元の世界の言葉は言えるのか?」
そうだ。
”マイ”さんは恐らく日本人。だから日本語はここでは通じない。でも私は日本語をずっと喋っているつもり。いま私はどうなっているんだろう?
「それは分かりませんね。とにかくマイさんと話をしてみます」
私はマイさんに向かって会釈して、心の中で「さあ! 日本語を言うぞ!」と気合いを入れて声をかけた。
<はじめまして、マイさん。私は晶です、黒江晶>
<はじめまして! クロエさん! 私は麻衣! 篠崎麻衣《しのざき まい》嬉しい! 久しぶりに話が通じる相手と会えて。もうね、死ぬまで誰とも話できないんじゃないかって!>
無事に通じた。
アイェダンとモンフェスト将軍は目を見開いて”いま何を言ったか解ったか?” ”いいえ、名前だけは分かりましたが”と驚きながら会話していた。
<心細かったでしょう、マイさん>
私は苦労せずに日本語と異世界語の両方を使えるようだ。
良いのか悪いのか……それ以上に、どうして私だけ分かるのか? やはり早急にモンターグを吊し上げるべきだろう。
<麻衣って呼んで、麻衣って。あさかんむりに林の麻に羽衣の衣って書くの。篠崎はふつうに篠崎。ごちゃごちゃしてるから、口で説明するのちょっと無理>
”しのざき”の篠崎は大体想像できた。それよりも『麻』って『まだれ』じゃなくて『あさかんむり』って言うんだ。ちょっと知らなかった。
<クロエの字も教えて欲しい>
<簡単ですよ。黒は色の黒で、江はさんずいに片仮名のエ。晶は水晶、クリスタルの晶のほう。日時の日を三つ重ねたものですね>
<クロエとか格好良い響きだね>
<無駄に格好良いですね。学校でも呼び名はクロエでした>
『あきら』よりも『クロエ』の方が、外国人の名前みたいで断然格好良いからって。いとこの響だったらそう呼ばれても名字負けしないけれど。響はあれで格好良かったからなあ。
<ねえ、頼みがあるの!>
<なんですか? 麻衣さん>
<私はどうしてここに呼ばれたのか理由聞いてくれない?>
あの……まさか……
<分からないのですか?>
<まったく。最近は物の名前とかは覚えたけれど”事情を説明”って言えないし、言われても理解できないと>
それは……そうだろうね。
<私は麻衣さんとモンフェルト将軍は結婚していると聞きましたが。呼ばれた理由も、モンフェルト将軍がイルトの王になるには異世界人を伴侶にする必要があるからだと……>
麻衣さんが顔を真っ赤にしてモンフェルト将軍を見る。
<うそ! 私とニルスが結婚? うそでしょ! だって彼、恋人が……>
なんだか複雑そうだ。
「なにを言ったんだ? アキラ」
真っ赤になって俯いてしまった麻衣さんを見て、モンフェルト将軍が理由を尋ねてきた。
「モンフェルト将軍。麻衣さん、将軍と結婚していることも、将軍が王になることも知らなかったようです。結婚、してるんですよねモンフェルト将軍。つか、おいくつですか? ちなみに、麻衣さんモンフェルト将軍に恋人がいると言っていましたけれど」
「私はマイだけだ!」
「私に言われても困ります。勘違いされそうな行為は控えてほうがいいかと」
王になることは分からなくても、結婚していることが分からないってことは……他国の城で照れまくっている二人を見ながら、私とアイェダンは午後の野菜スープを飲んでいた。
元の世界と違って住んでいるところ広いから、栄養補給は大切。空調もないから寒さや熱さに耐えるために、やっぱり栄養が必要。お菓子と飲み水を持ち歩くのも重要。自動販売機もコンビニもないからね。
その後私は見つめ合っていた二人の通訳として、声がかれるまで二人の会話を翻訳しまくった。
それと紙に異世界語と発音をローマ字で書き、その隣に日本語を書いたものを渡した。
<ありがとう! それにしてもクロエは異世界語を書くこともできるなんて>
<自分でも不思議です>
書こうと思ったら書けていた。
そう言えば、街で商品の値札も看板の読めていた。アイェダンに「違和感なかったの?」と聞いたが、私こそ違和感に気付くべきだった。
言葉を教えるための手紙のやり取りの約束をして、二人は帰っていった。
「二人が仲良くなれるといいね」
「そうですね、アキラ」
いい歳した二人が一年間も一緒に住んで、なにもしていなかったことにも驚いた。そして謝罪された記憶もない。
それどころじゃなかったから、良いんだけどさ。
「あ、王弟は処刑されたそうです。モンフェルト将軍自ら首を刎ねたそうです」
「教えてくれてありがとう、アイェダン」
あまり聞きたくなかったような……。
「証拠として首をもってきてくれました。これから犯罪者として首に極刑をあたえます。アキラ、なにかお望みの刑罰はありますか?」
「アイェダンにお任せでいいかな?」
首に極刑って……懲役250年とかそういうレベルだよね。
PTSDが発症するような繊細な神経の持ち主は、異世界召喚者には選ばれないんだろう。
「アキラ」
「なに? アイェダン」
私は努力して女王さまの名前を言えるようになった! 発音はまだ怪しいけれども、アイェダンって言えるようになった。
モンターグは出て来ないけれどね……あの魔女め! でも私自身、魔女を問い詰めたいという気持ちが萎んだこともあるから、前ほど積極的じゃない。
だってさ……『あなた国から売られました。売った理由は、国にとって必要じゃないからです』とか言われたら傷つくじゃない。
そりゃ確かに、特技も何も無い二十歳の大学生だったけれども……一応善良に人様に迷惑かけないで暮らしてきたんだから。
ごみだって分別しっかりしてたし、節電してくださいと言われたら正直に節電したし。当たり前のことしかしてないけれども、当たり前のことだけじゃあダメだっていうのなら……はあ。
少し落ち込んでみたりしたけれど、あまり長持ちしない。それはロメティアの料理が口に合うようになったから。
料理が美味しいと気分持ち直すよね! 昔から美味しものを食べれば元気になる、楽天的な性格だと響に言われてた。
「モンフェスト将軍が謝罪のために我が国にやってきます」
モンフェスト将軍って誰?
「アイェダン、悪いんだけどさ……最初から説明してくれない? アイェダンにとっては常識でも、私には常識じゃないんだから」
いつもの如くアイェダンの説明は足りない。これでも中々の名君だというのだから驚き……でもないか。私が知らないことが多いだけだもんね。
「ああ、済みません!」
アイェダンの説明によると、先日の誘拐犯たちはイルト王国の王さまの弟が雇ったことが判明したんだって。
食い詰めたばか冒険者が売ろうと思って取った行動じゃなくて、雇い主がいたってこと。
「原因となったモンフェスト将軍が謝罪のためにやってきます」
アイェダンは最初から「そうじゃないか」と疑っていたって。
どうしてか?
町の人が怪我はしたけれども、誰も殺されなかったから。バックに王族がいて、その手下が不可抗力とはいえ他国の人を殺害したらそれはもう宣戦布告。
先日アイェダンが言った通り、どちらかの国が滅ぶまで戦争は続くそうで……ああ、本当に誰も死ななくて良かった! 私のせいで戦争が始まったら『やめて! 私のために争わないで!』なんて恥ずかしい台詞叫ぶ羽目になるところだった。それは避けたい。軽すぎる意見かもしれないけど、人が戦争で死ぬということは分からないし、分かりたくもない。
「そのモンフェスト将軍が王さまの弟なの?」
「モンフェスト将軍と王弟は別人です」
「それじゃあ私の誘拐とどう関係しているの?」
「それはですね……」
イルト王国の王さまは独身を貫いて初老になった頃、優秀な軍人を後継者に指名したんだって。その男性こそがモンフェスト・ニルス。
イルトの王さまはあまり強くなくて、王さまの弟は戦いはまったく駄目。
だから王様は若い頃から結婚しないで、優秀な軍人に跡を継がせることに決めていたそうだ。
適齢期を過ぎても結婚しなかったし、家臣の誰も結婚を勧めなかったので、国民は王さまは後継者を軍人から選ぶつもりなんだろうと気付いていて、出世を夢見て軍人になった人たちが多かったとか。王さまが弱い国は狙われるから、軍人を後継者に指名することで、軍人志望者を増やして国防にあたらせるとのこと。
そうやって王さまは後継者が現れるのをずっと待って、初老になった頃ついにお眼鏡に適う軍人が現れた。
それがモンフェスト・ニルス将軍。でもイルト王国では王の子以外の者を後継者にするときは、異世界から伴侶を召喚するのが絶対条件になるらしい。
その条件で続いているとすると、イルト王家の血は入ってない気がするんだけど……いいのかな?
「去年無事に召喚されたと聞いています。名は”マイ”と」
私が考えたところで仕方ないけれど、無事にお妃が召喚されて、モンフェスト将軍とめでたく結婚したんだそうだ。
その”マイ”さんって凄い適応力の高い人だよね。
召喚されてすぐに初めて会った、宇宙人となんら代わりのない男性と結婚だなんて。すっごい美形で恋に落ちちゃったのかも知れないけれども。
「王弟は王の座を奪うべく、異世界人を手に入れようとしたのです」
「二人も召喚できないから誘拐しようとしたんだ」
「はい。なにより同時代に二人も異世界人を正式に呼び出せるほど資産に余裕のある国は、滅多にありませんから」
でも滅多ってことは、無理じゃないんだよね。
「一人以上を同時に呼び出せそうな国はあるの?」
「あります。この海のむこうの大陸すべてを支配した国アルテリアが」
アイェダンが海を望める窓を指さす。
ちょうどよく風が舞い込んで来て、カーテンを舞わせて景色が目にはいる。海しかないとおもっていたけれども、この海の向こうに大陸があって国があるのか。
「へー。その国には何人もいるんだ」
「アルテリアは異世界人召喚を禁止したことで国が発展したそうです」
「どういうこと?」
「異世界召喚に掛かる費用のすべて建築や国防、医療や教育などの予算に回したことで、未曾有の発展を遂げたそうです」
頭いい! いや、むしろ普通なのか?
「召喚止めたら?」
「でも……」
どう考えても効率が悪いんだよね。
アルテリアのように考えるほうが普通じゃないかな。
自由気ままに異世界に富を与えてくれる人を召喚できるのなら分かるけれど、高額を支払って普通の私立大学経済学部卒業(予定)の私みたいなのを呼び出しても仕方ないと思うんだ。
もっと優れた人を召喚するべきじゃないかなあ。
「モンターグから召喚理由を聞いてから、ゆっくりと考えてみようよ。慣習が悪習になってたら止める勇気も必要だよ」
アイェダンは返事はしなかったが、かなり悩んでいるようだった。アイェダンも思う所があるんだろう。
あまりに悩んで夜も寝ずに悩み出して部下たちが心配し、私も心配なのでベッドに誘って二人で眠る日が続いた。
いや、結婚してないから、なにもないけれどね! 女同士、どうしたら卵ができるのか知らないから!
モンターグに会うことはできず、アイェダンは決断をだせないでいたが、モンフェスト・ニルス将軍が謝罪のために、お妃である異世界人『マイ』を伴ってやって来た。
異世界で同世界の人と会うのは初めてだから楽しみ。
……外国語しか言えない人だったら、話できないだろうけど。英語なら通じるかも知れないけど、それ以外は無理だなあ。
そういえば、この世界は国が違っても言葉は通じるのかな? 公用語とかあるのかな?
モンフェルト・ニルス将軍は背が高くて、本当に軍人らしい人だった。軍人を見たのはロメティアに来てからだけれども、この世界の軍人だと一目でわかるタイプ。
髪は短くて、顎に蓄えるってほどじゃなく、でも無精髭とも違う、その間くらいの髭を生やしていて、笑顔は人懐っこい。
顔はもちろん西洋的で彫りが深い。
そして隣にいる『マイ』さんは……うん、まちがいなく日本人だ。というか、なんで日本人ばかりなんだろう。そりゃあ日本人のほうが嬉しいけれど、なんか引っ掛かるな。
イルト王国の女性は上半身がぴったりとした服で、下半身はふんわりとしたスカートタイプの格好。ああ! いいなあ! 下半身が太めな私には羨ましい国だ!
就活スーツ、上と下の号数が違う私には!
「初めましてアキラ。私はモンフェスト・ニルスと言う。おっと、アキラに私の言葉は通じないか」
「通じてますよ」
「解るのか!」
なにを驚いているんだろう、この軍人さんは。
……で、隣の『マイ』さんの紹介もそこそこに質問攻めにあうことに。
どうも異世界召喚には「異世界語を理解できる」なる決まりごとはないらしい。むしろ会話が通じないのが基本。
「召喚するときに言葉が通じるようにしたんじゃないの?」
私を召喚したやつは、まだ引きこもってるから知りようないけれど。
「そんな項目あったかな」
将軍は首の辺りを掻きながら、話が通じなくて一人お茶を飲んで時間を潰している『マイ』さんの方を見る。
「ありませんよ」
「ないの? アイェダン」
「召喚する際に希望項目をチェックするんです。私はアキラ召喚前に父が記入した書類に目を通しましたが、言葉が通じるという項目はありませんでした」
「やはりそうだよな、ロメティア王」
そんな書類まであるんだ。
結構管理されてるんだな召喚って。そして益々分からない、召喚の意味が。やっぱりアルテリアの決断は正しいんじゃないかな。
「ねえ、アイェダン」
「はい、なんでしょう? アキラ」
「アイェダンは私と会話できることに違和感はなかったの?」
「モンフェスト将軍に言われるまで忘れてました。困らないから気付けなくて」
「そりゃあ、そうだよね」
私も違和感なかったけど……ふと気付いたんだけど、マイさんは言葉が通じてないってことは自分がモンフェスト将軍の妻だって気付いて……るよね? 結婚して一年も経ってるし、子どもじゃないんだから。
成人した男女が一緒に暮らしてて、それはないよね。
「ところでアキラは、元の世界の言葉は言えるのか?」
そうだ。
”マイ”さんは恐らく日本人。だから日本語はここでは通じない。でも私は日本語をずっと喋っているつもり。いま私はどうなっているんだろう?
「それは分かりませんね。とにかくマイさんと話をしてみます」
私はマイさんに向かって会釈して、心の中で「さあ! 日本語を言うぞ!」と気合いを入れて声をかけた。
<はじめまして、マイさん。私は晶です、黒江晶>
<はじめまして! クロエさん! 私は麻衣! 篠崎麻衣《しのざき まい》嬉しい! 久しぶりに話が通じる相手と会えて。もうね、死ぬまで誰とも話できないんじゃないかって!>
無事に通じた。
アイェダンとモンフェスト将軍は目を見開いて”いま何を言ったか解ったか?” ”いいえ、名前だけは分かりましたが”と驚きながら会話していた。
<心細かったでしょう、マイさん>
私は苦労せずに日本語と異世界語の両方を使えるようだ。
良いのか悪いのか……それ以上に、どうして私だけ分かるのか? やはり早急にモンターグを吊し上げるべきだろう。
<麻衣って呼んで、麻衣って。あさかんむりに林の麻に羽衣の衣って書くの。篠崎はふつうに篠崎。ごちゃごちゃしてるから、口で説明するのちょっと無理>
”しのざき”の篠崎は大体想像できた。それよりも『麻』って『まだれ』じゃなくて『あさかんむり』って言うんだ。ちょっと知らなかった。
<クロエの字も教えて欲しい>
<簡単ですよ。黒は色の黒で、江はさんずいに片仮名のエ。晶は水晶、クリスタルの晶のほう。日時の日を三つ重ねたものですね>
<クロエとか格好良い響きだね>
<無駄に格好良いですね。学校でも呼び名はクロエでした>
『あきら』よりも『クロエ』の方が、外国人の名前みたいで断然格好良いからって。いとこの響だったらそう呼ばれても名字負けしないけれど。響はあれで格好良かったからなあ。
<ねえ、頼みがあるの!>
<なんですか? 麻衣さん>
<私はどうしてここに呼ばれたのか理由聞いてくれない?>
あの……まさか……
<分からないのですか?>
<まったく。最近は物の名前とかは覚えたけれど”事情を説明”って言えないし、言われても理解できないと>
それは……そうだろうね。
<私は麻衣さんとモンフェルト将軍は結婚していると聞きましたが。呼ばれた理由も、モンフェルト将軍がイルトの王になるには異世界人を伴侶にする必要があるからだと……>
麻衣さんが顔を真っ赤にしてモンフェルト将軍を見る。
<うそ! 私とニルスが結婚? うそでしょ! だって彼、恋人が……>
なんだか複雑そうだ。
「なにを言ったんだ? アキラ」
真っ赤になって俯いてしまった麻衣さんを見て、モンフェルト将軍が理由を尋ねてきた。
「モンフェルト将軍。麻衣さん、将軍と結婚していることも、将軍が王になることも知らなかったようです。結婚、してるんですよねモンフェルト将軍。つか、おいくつですか? ちなみに、麻衣さんモンフェルト将軍に恋人がいると言っていましたけれど」
「私はマイだけだ!」
「私に言われても困ります。勘違いされそうな行為は控えてほうがいいかと」
王になることは分からなくても、結婚していることが分からないってことは……他国の城で照れまくっている二人を見ながら、私とアイェダンは午後の野菜スープを飲んでいた。
元の世界と違って住んでいるところ広いから、栄養補給は大切。空調もないから寒さや熱さに耐えるために、やっぱり栄養が必要。お菓子と飲み水を持ち歩くのも重要。自動販売機もコンビニもないからね。
その後私は見つめ合っていた二人の通訳として、声がかれるまで二人の会話を翻訳しまくった。
それと紙に異世界語と発音をローマ字で書き、その隣に日本語を書いたものを渡した。
<ありがとう! それにしてもクロエは異世界語を書くこともできるなんて>
<自分でも不思議です>
書こうと思ったら書けていた。
そう言えば、街で商品の値札も看板の読めていた。アイェダンに「違和感なかったの?」と聞いたが、私こそ違和感に気付くべきだった。
言葉を教えるための手紙のやり取りの約束をして、二人は帰っていった。
「二人が仲良くなれるといいね」
「そうですね、アキラ」
いい歳した二人が一年間も一緒に住んで、なにもしていなかったことにも驚いた。そして謝罪された記憶もない。
それどころじゃなかったから、良いんだけどさ。
「あ、王弟は処刑されたそうです。モンフェルト将軍自ら首を刎ねたそうです」
「教えてくれてありがとう、アイェダン」
あまり聞きたくなかったような……。
「証拠として首をもってきてくれました。これから犯罪者として首に極刑をあたえます。アキラ、なにかお望みの刑罰はありますか?」
「アイェダンにお任せでいいかな?」
首に極刑って……懲役250年とかそういうレベルだよね。
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最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
現代の知識と科学で魔法を駆使する
モンド
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山奥に住む男は定年後、実家のあった田舎に移り住んだUターン者である。
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その部屋には脇に机が一つ置かれてあり和紙の紙束と日本刀が一振り置いてあった。
紙束を開くとそこには自分の先祖と思われる人物の日記が書かれていた。
『この先はこの世でない世界が広がり、見たことも聞いたこともない人々や
動植物に恐ろしい魔物、手妻の様な技に仙人の様な者までいる、しかもその
世界において身に付いた技や力は現世に戻っても変わることがない。志ある
ならひと旗あげるのも一興、ゆめゆめ疑うことなかれ。』
最後のページにはこの言葉と「後は子孫に託す」との言葉で締められていた。
男は刀を腰に下げると出口と思われる方に歩きだした、10歩も歩かぬうちに光に包まれ森の洞窟の出口あたりに立っていた。
立っていた場所から車一台分の幅で未舗装であるがしっかりとした道路がなだらかな地形に沿って続いているのが見える、そこで男は食料や水を持っていなかったことに気付き一旦洞窟の方に歩き出すと、いつのまにか石室に立っておりそのまま歩くと隧道の入り口に立っていた、違っているのは17・8歳の若々しい身体の自分と腰に下げた刀が不思議な体験を事実と肯定していた。
冒険の準備を済ませ、自衛隊仕様のジープに荷物を載せて隧道に車を走らせると、あの石室を通過して洞窟の前にたどり着いた。
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