7 / 7
【07】ゼイランの従軍
しおりを挟む
ゼイランは修行中の聖職者だった。
治癒魔法を得意としており、地方の小さな村で、怪我の後遺症――傷跡で不自由な生活を送っている人たちを治療して歩いていた。
「ゼイランさま、ボード卿がお会いしたいと」
「はい」
旅の途中でダノージュの砦に一晩泊めて貰った。ダノージュの砦の責任者、水の国の将軍ボード卿からの呼び出しだが、治癒魔法が使える聖職者は責任者に呼ばれることは珍しくないので、いつものことだろうと。
ボード卿は四十歳を少し過ぎた、軍人よりも官吏のような風貌の男性だった。
「ゼイランさまを、お連れしました」
「よく、来てくれた」
応接室に通されたゼイランは、彼を呼びに来た少年が淹れてくれたお茶を飲むことができなかった。
「火の国の飛竜部隊か!」
見張り塔が鐘を鳴らし、敵襲を知らせ、ボード卿が窓に視線を向ける。磨かれた窓の向こう側に、大空を翔る飛竜、その背には鎧を着込んだ人。
「……ゼイラン殿、頼みがある」
「なんでしょう?」
この時ゼイランは、応戦する兵士たちの傷の手当てを依頼されるとばかり、思っていたのだが、
「実はこの砦で、火の国のイズルーズ将軍の弟ファーベルを匿うことになっていた」
ボード卿はペン先をインクにつけ、大急ぎでなにかを書き付け、
「ルジア。ゼイラン殿を守り、ファーベルと合流させ、彼とゼイラン殿を守るのだ。いいな!」
火の国が水の国に攻め込んできたことしか分からないゼイランは、なにが起こっているのか理解が追いつかなかったのだが、
「貴方を巻き込んで申し訳ない、ゼイラン殿」
頭を下げたボード卿に、ゼイランは出来るだけ穏やかに声をかけた。
「巻き込んだなどと思わないでください。そして詳しいことは、また今度会った時に教えてください」
ゼイランは涙を浮かべているルジアに手を引かれ、砦の脱出経路を通って外へと出た。ダノージュの砦が落とされたのは、二人が脱出してから半日もかからなかった。
「詳しいことはわたしも分からないのですが、とにかくこのファーベルという人物を匿わなくてはならないそうです。もうじき、この砦に来る筈だと……」
ボード卿の小姓ルジアも、詳しいことは知らなかった。だが、ルジアはファーベルの姿を見知っていたので、砦が落ちてから三日後、
「あの銀髪の男性です」
二人は合流することができた――水の国のプリンセスガードの惨たらしい遺体が転がる場で。
「イルカリサ姫のプリンセスガードが! 姫は?」
彼女たちのことを知っているルジアの腕を、ファーベルは引き、
「場所を移そうか」
彼女たちの遺体から離れ、身を隠す。
「人は増えたが、分からないままだな」
手持ちの情報は、どれも「ファーベルは隠れろ」というものだけ――
「姫を助けるためにも、ルジアは王都へ向かったほうがいいだろう」
ファーベルは三騎に、ルジアとゼイランを乗せ、水の国へ状況を報告させることにした。
「ファーベルさんは、どうするのですか?」
「俺は、もう少しここに残る。機会があったら、イルカリサ姫の救出もするつもりだ」
「わたし、治癒魔法が使えるので、残りましょうか?」
「ありがたい申し出だが、王都には確実に到着して報告してもらわなければならないから、そっちを頼む」
「分かりました、ファーベルさん」
こうしてゼイランは水の国の王都へと向かった。その途中で――
「森の国が滅びた……」
自分の故国が火の国に滅ぼされたことを聞かされた。
「大丈夫……じゃないよな」
気遣うルジアに、
「私の故郷は王都から遠く離れた田舎なので、大丈夫……だと思っておきます」
ゼイランはそう答えるのが精一杯だった。
飛竜は木々の隙間を上手に抜けながら進んだが、一本の矢がそれを止めた。
「動くな!」
「セイリアス王子!」
矢を放った砂色の髪の男性は、水の国の王子セイリアスだった。ゼイランは知らなかったが、
「お前はボードの小姓か」
王子がルジアのことを覚えていたので、話を伝えることができた――
「プリンセスガードが全滅か……イルカリサの死体はなかったんだな?」
「はい。砦につれて行かれたと、レイリーさんが言っていたそうです」
ファーベルはプリンセスガード最後の一人の名は知らなかったが、ルジアは彼女のことを覚えていた。
「そうか。このまま、イルカリサの救出に向かう」
セイリアスは命令を下し――ルジアは当然、飛竜の三騎もセイリアスに従うことになった。
セイリアスが率いてきたのは傭兵部隊なので、敵国の脱走兵が混ざっても、目立ちはするが受け入れられないということはなかった。
「おかしな動きをしたら、私が射抜く」
セイリアスは弓の腕がいいのだと、ルジアが教えてくれた。
「お前さんは、どうする?」
顔の中央を横切る大きな傷がある、セイリアスに雇われた傭兵団の団長が、ゼイランに声を掛けてきた。
「どうする……とは?」
「王都に向かうなら、護衛をつける。俺としては、治癒魔法を使える聖職者は、是非ともご同行願いたい」
大柄な団長が腰を屈め、ゼイランの顔をのぞき込む。傷痕のある顔だが、恐ろしさは感じさせない――もちろん戦っている時は違うが。
「…………同行させていただきます」
「契約の詳細は道中で」
「え?」
従軍したことがないゼイランは、いきなり契約書と言われて、驚きを隠せなかった――
「雇い主の王子さま、契約の類いはかなりしっかりしているんだ」
そう言い、ウィンクをした団長のクロムに、ゼイランは微笑む。
「そうですか。そうそう、団長さん」
「クロムだ」
「クロム団長さん。わたし、傷痕を消すのを得意としているので、お顔の傷を癒やしましょう」
「……そいつはありがたいんだが、顔に傷があったほうが、傭兵団の団長らしい箔がつくんで、遠慮しておこう」
「そういう……ものなのですね」
「俺はな。治して欲しいと望むヤツがいたら、金を貰って治してやればいい」
こうしてゼイランは来た道を引き返すことに――
治癒魔法を得意としており、地方の小さな村で、怪我の後遺症――傷跡で不自由な生活を送っている人たちを治療して歩いていた。
「ゼイランさま、ボード卿がお会いしたいと」
「はい」
旅の途中でダノージュの砦に一晩泊めて貰った。ダノージュの砦の責任者、水の国の将軍ボード卿からの呼び出しだが、治癒魔法が使える聖職者は責任者に呼ばれることは珍しくないので、いつものことだろうと。
ボード卿は四十歳を少し過ぎた、軍人よりも官吏のような風貌の男性だった。
「ゼイランさまを、お連れしました」
「よく、来てくれた」
応接室に通されたゼイランは、彼を呼びに来た少年が淹れてくれたお茶を飲むことができなかった。
「火の国の飛竜部隊か!」
見張り塔が鐘を鳴らし、敵襲を知らせ、ボード卿が窓に視線を向ける。磨かれた窓の向こう側に、大空を翔る飛竜、その背には鎧を着込んだ人。
「……ゼイラン殿、頼みがある」
「なんでしょう?」
この時ゼイランは、応戦する兵士たちの傷の手当てを依頼されるとばかり、思っていたのだが、
「実はこの砦で、火の国のイズルーズ将軍の弟ファーベルを匿うことになっていた」
ボード卿はペン先をインクにつけ、大急ぎでなにかを書き付け、
「ルジア。ゼイラン殿を守り、ファーベルと合流させ、彼とゼイラン殿を守るのだ。いいな!」
火の国が水の国に攻め込んできたことしか分からないゼイランは、なにが起こっているのか理解が追いつかなかったのだが、
「貴方を巻き込んで申し訳ない、ゼイラン殿」
頭を下げたボード卿に、ゼイランは出来るだけ穏やかに声をかけた。
「巻き込んだなどと思わないでください。そして詳しいことは、また今度会った時に教えてください」
ゼイランは涙を浮かべているルジアに手を引かれ、砦の脱出経路を通って外へと出た。ダノージュの砦が落とされたのは、二人が脱出してから半日もかからなかった。
「詳しいことはわたしも分からないのですが、とにかくこのファーベルという人物を匿わなくてはならないそうです。もうじき、この砦に来る筈だと……」
ボード卿の小姓ルジアも、詳しいことは知らなかった。だが、ルジアはファーベルの姿を見知っていたので、砦が落ちてから三日後、
「あの銀髪の男性です」
二人は合流することができた――水の国のプリンセスガードの惨たらしい遺体が転がる場で。
「イルカリサ姫のプリンセスガードが! 姫は?」
彼女たちのことを知っているルジアの腕を、ファーベルは引き、
「場所を移そうか」
彼女たちの遺体から離れ、身を隠す。
「人は増えたが、分からないままだな」
手持ちの情報は、どれも「ファーベルは隠れろ」というものだけ――
「姫を助けるためにも、ルジアは王都へ向かったほうがいいだろう」
ファーベルは三騎に、ルジアとゼイランを乗せ、水の国へ状況を報告させることにした。
「ファーベルさんは、どうするのですか?」
「俺は、もう少しここに残る。機会があったら、イルカリサ姫の救出もするつもりだ」
「わたし、治癒魔法が使えるので、残りましょうか?」
「ありがたい申し出だが、王都には確実に到着して報告してもらわなければならないから、そっちを頼む」
「分かりました、ファーベルさん」
こうしてゼイランは水の国の王都へと向かった。その途中で――
「森の国が滅びた……」
自分の故国が火の国に滅ぼされたことを聞かされた。
「大丈夫……じゃないよな」
気遣うルジアに、
「私の故郷は王都から遠く離れた田舎なので、大丈夫……だと思っておきます」
ゼイランはそう答えるのが精一杯だった。
飛竜は木々の隙間を上手に抜けながら進んだが、一本の矢がそれを止めた。
「動くな!」
「セイリアス王子!」
矢を放った砂色の髪の男性は、水の国の王子セイリアスだった。ゼイランは知らなかったが、
「お前はボードの小姓か」
王子がルジアのことを覚えていたので、話を伝えることができた――
「プリンセスガードが全滅か……イルカリサの死体はなかったんだな?」
「はい。砦につれて行かれたと、レイリーさんが言っていたそうです」
ファーベルはプリンセスガード最後の一人の名は知らなかったが、ルジアは彼女のことを覚えていた。
「そうか。このまま、イルカリサの救出に向かう」
セイリアスは命令を下し――ルジアは当然、飛竜の三騎もセイリアスに従うことになった。
セイリアスが率いてきたのは傭兵部隊なので、敵国の脱走兵が混ざっても、目立ちはするが受け入れられないということはなかった。
「おかしな動きをしたら、私が射抜く」
セイリアスは弓の腕がいいのだと、ルジアが教えてくれた。
「お前さんは、どうする?」
顔の中央を横切る大きな傷がある、セイリアスに雇われた傭兵団の団長が、ゼイランに声を掛けてきた。
「どうする……とは?」
「王都に向かうなら、護衛をつける。俺としては、治癒魔法を使える聖職者は、是非ともご同行願いたい」
大柄な団長が腰を屈め、ゼイランの顔をのぞき込む。傷痕のある顔だが、恐ろしさは感じさせない――もちろん戦っている時は違うが。
「…………同行させていただきます」
「契約の詳細は道中で」
「え?」
従軍したことがないゼイランは、いきなり契約書と言われて、驚きを隠せなかった――
「雇い主の王子さま、契約の類いはかなりしっかりしているんだ」
そう言い、ウィンクをした団長のクロムに、ゼイランは微笑む。
「そうですか。そうそう、団長さん」
「クロムだ」
「クロム団長さん。わたし、傷痕を消すのを得意としているので、お顔の傷を癒やしましょう」
「……そいつはありがたいんだが、顔に傷があったほうが、傭兵団の団長らしい箔がつくんで、遠慮しておこう」
「そういう……ものなのですね」
「俺はな。治して欲しいと望むヤツがいたら、金を貰って治してやればいい」
こうしてゼイランは来た道を引き返すことに――
1
お気に入りに追加
11
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
最終目標はのんびり暮らすことです。
海里
BL
学校帰りに暴走する車から義理の妹を庇った。
たぶん、オレは死んだのだろう。――死んだ、と思ったんだけど……ここどこ?
見慣れない場所で目覚めたオレは、ここがいわゆる『異世界』であることに気付いた。
だって、猫耳と尻尾がある女性がオレのことを覗き込んでいたから。
そしてここが義妹が遊んでいた乙女ゲームの世界だと理解するのに時間はかからなかった。
『どうか、シェリルを救って欲しい』
なんて言われたけれど、救うってどうすれば良いんだ?
悪役令嬢になる予定の姉を救い、いろいろな人たちと関わり愛し合されていく話……のつもり。
CPは従者×主人公です。
※『悪役令嬢の弟は辺境地でのんびり暮らしたい』を再構成しました。
【BL】水属性しか持たない俺を手放した王国のその後。
梅花
BL
水属性しか持たない俺が砂漠の異世界にトリップしたら、王子に溺愛されたけれどそれは水属性だからですか?のスピンオフ。
読む際はそちらから先にどうぞ!
水の都でテトが居なくなった後の話。
使い勝手の良かった王子という認識しかなかった第4王子のザマァ。
本編が執筆中のため、進み具合を合わせてのゆっくり発行になります。
手切れ金
のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。
貴族×貧乏貴族
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
涙の悪役令息〜君の涙の理由が知りたい〜
ミクリ21
BL
悪役令息のルミナス・アルベラ。
彼は酷い言葉と行動で、皆を困らせていた。
誰もが嫌う悪役令息………しかし、主人公タナトス・リエリルは思う。
君は、どうしていつも泣いているのと………。
ルミナスは、悪行をする時に笑顔なのに涙を流す。
表情は楽しそうなのに、流れ続ける涙。
タナトスは、ルミナスのことが気になって仕方なかった。
そして………タナトスはみてしまった。
自殺をしようとするルミナスの姿を………。
転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
俺の死亡フラグは完全に回避された!
・・・と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ラブコメが描きたかったので書きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる