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【07】ゼイランの従軍

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 ゼイランは修行中の聖職者だった。
 治癒魔法を得意としており、地方の小さな村で、怪我の後遺症――傷跡で不自由な生活を送っている人たちを治療して歩いていた。

「ゼイランさま、ボード卿がお会いしたいと」
「はい」

 旅の途中でダノージュの砦に一晩泊めて貰った。ダノージュの砦の責任者、水の国の将軍ボード卿からの呼び出しだが、治癒魔法が使える聖職者は責任者に呼ばれることは珍しくないので、いつものことだろうと。

 ボード卿は四十歳を少し過ぎた、軍人よりも官吏のような風貌の男性だった。

「ゼイランさまを、お連れしました」
「よく、来てくれた」

 応接室に通されたゼイランは、彼を呼びに来た少年が淹れてくれたお茶を飲むことができなかった。

「火の国の飛竜部隊か!」

 見張り塔が鐘を鳴らし、敵襲を知らせ、ボード卿が窓に視線を向ける。磨かれた窓の向こう側に、大空を翔る飛竜、その背には鎧を着込んだ人。

「……ゼイラン殿、頼みがある」
「なんでしょう?」

 この時ゼイランは、応戦する兵士たちの傷の手当てを依頼されるとばかり、思っていたのだが、

「実はこの砦で、火の国のイズルーズ将軍の弟ファーベルを匿うことになっていた」

 ボード卿はペン先をインクにつけ、大急ぎでなにかを書き付け、

「ルジア。ゼイラン殿を守り、ファーベルと合流させ、彼とゼイラン殿を守るのだ。いいな!」

 火の国が水の国に攻め込んできたことしか分からないゼイランは、なにが起こっているのか理解が追いつかなかったのだが、

「貴方を巻き込んで申し訳ない、ゼイラン殿」

 頭を下げたボード卿に、ゼイランは出来るだけ穏やかに声をかけた。

「巻き込んだなどと思わないでください。そして詳しいことは、また今度会った時に教えてください」

 ゼイランは涙を浮かべているルジアに手を引かれ、砦の脱出経路を通って外へと出た。ダノージュの砦が落とされたのは、二人が脱出してから半日もかからなかった。

「詳しいことはわたしも分からないのですが、とにかくこのファーベルという人物を匿わなくてはならないそうです。もうじき、この砦に来る筈だと……」

 ボード卿の小姓ルジアも、詳しいことは知らなかった。だが、ルジアはファーベルの姿を見知っていたので、砦が落ちてから三日後、

「あの銀髪の男性です」

 二人は合流することができた――水の国のプリンセスガードの惨たらしい遺体が転がる場で。

「イルカリサ姫のプリンセスガードが! 姫は?」

 彼女たちのことを知っているルジアの腕を、ファーベルは引き、

「場所を移そうか」

 彼女たちの遺体から離れ、身を隠す。

「人は増えたが、分からないままだな」

 手持ちの情報は、どれも「ファーベルは隠れろ」というものだけ――

「姫を助けるためにも、ルジアは王都へ向かったほうがいいだろう」

 ファーベルは三騎に、ルジアとゼイランを乗せ、水の国へ状況を報告させることにした。

「ファーベルさんは、どうするのですか?」
「俺は、もう少しここに残る。機会があったら、イルカリサ姫の救出もするつもりだ」
「わたし、治癒魔法が使えるので、残りましょうか?」
「ありがたい申し出だが、王都には確実に到着して報告してもらわなければならないから、そっちを頼む」
「分かりました、ファーベルさん」

 こうしてゼイランは水の国の王都へと向かった。その途中で――

「森の国が滅びた……」

 自分の故国が火の国に滅ぼされたことを聞かされた。

「大丈夫……じゃないよな」

 気遣うルジアに、

「私の故郷は王都から遠く離れた田舎なので、大丈夫……だと思っておきます」

 ゼイランはそう答えるのが精一杯だった。

 飛竜は木々の隙間を上手に抜けながら進んだが、一本の矢がそれを止めた。

「動くな!」
「セイリアス王子!」

 矢を放った砂色の髪の男性は、水の国の王子セイリアスだった。ゼイランは知らなかったが、

「お前はボードの小姓か」

 王子がルジアのことを覚えていたので、話を伝えることができた――

「プリンセスガードが全滅か……イルカリサの死体はなかったんだな?」
「はい。砦につれて行かれたと、レイリーさんが言っていたそうです」

 ファーベルはプリンセスガード最後の一人の名は知らなかったが、ルジアは彼女のことを覚えていた。

「そうか。このまま、イルカリサの救出に向かう」

 セイリアスは命令を下し――ルジアは当然、飛竜の三騎もセイリアスに従うことになった。
 セイリアスが率いてきたのは傭兵部隊なので、敵国の脱走兵が混ざっても、目立ちはするが受け入れられないということはなかった。

「おかしな動きをしたら、私が射抜く」

 セイリアスは弓の腕がいいのだと、ルジアが教えてくれた。

「お前さんは、どうする?」

 顔の中央を横切る大きな傷がある、セイリアスに雇われた傭兵団の団長が、ゼイランに声を掛けてきた。

「どうする……とは?」
「王都に向かうなら、護衛をつける。俺としては、治癒魔法を使える聖職者は、是非ともご同行願いたい」

 大柄な団長が腰を屈め、ゼイランの顔をのぞき込む。傷痕のある顔だが、恐ろしさは感じさせない――もちろん戦っている時は違うが。

「…………同行させていただきます」
「契約の詳細は道中で」
「え?」

 従軍したことがないゼイランは、いきなり契約書と言われて、驚きを隠せなかった――

「雇い主の王子さま、契約の類いはかなりしっかりしているんだ」

 そう言い、ウィンクをした団長のクロムに、ゼイランは微笑む。

「そうですか。そうそう、団長さん」
「クロムだ」
「クロム団長さん。わたし、傷痕を消すのを得意としているので、お顔の傷を癒やしましょう」
「……そいつはありがたいんだが、顔に傷があったほうが、傭兵団の団長らしい箔がつくんで、遠慮しておこう」
「そういう……ものなのですね」
「俺はな。治して欲しいと望むヤツがいたら、金を貰って治してやればいい」

 こうしてゼイランは来た道を引き返すことに――
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