別れのときは沈黙で

六道イオリ/剣崎月

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【05】イルカリサの救出

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 怖ろしいほど、綺麗な男だ――新しい松明を灯した、眩い明かりのもとで見たカイネに、ファーベルは驚いた。
 薄暗さのなかでも、何となく顔が整っている男だとは分かったが、くっきりと輪郭が浮き上がると、驚く程だった。

 長身のファーベルよりは低いが、身長は高め。頭髪の色ははっきりとは分からなない。つばのない円筒状の帽子を被り、髪は長く背中の中程。

「どうした?」
「いや……あの、名前を聞いてもいいか?」
「いやあ、あまり答えたくないから、偽名を使わせてもらう。スオウカイネと呼んでくれ」

 偽名だとはっきり言われたファーベルは面食らったが、

「スオウか、分かった。スオウはフリーの冒険者か?」
「そうだ。言っておくが、傭兵稼業はほとんどしたことはない」
「特技は?」
「ダンジョン探索」
「そうか。では依頼したい」

 ファーベルはダノージュ砦に潜入して、イルカリサ王女を連れ出して欲しいと――

「…………」
「わたしと部下たちは、戦場なら自信はあるが、砦に潜入して人質救出は不得手……というか、したことがない」
「そうだろうな。……冒険者なんで、報酬次第だな」
「報酬か。手持ちはさほどないが、故郷へ戻れば」
「いやいや。戦争中の正規兵として派兵されて、友軍が取った人質を解放しようとしている奴の”故郷の金”とか、誰も物の数に考えねえよ」

 カイネの言葉に、ファーベルも思わず苦笑いする。

「それもそうだな」

 カイネはファーベルの髪を掴み、顔を寄せて、

「報酬として、一晩どうだ?」

 楽しげに企んでいる表情というのが、ぴったりと当てはまるカイネの笑いに、ファーベルは喉を鳴らす――いままで、性的なものは女性に対してだけだったファーベルだが、カイネの誘いには不快感を覚えないどころか、背筋を欲望が駆け上がった。

「……」
「いや、冗談だ。報酬として――」

**********

 カイネは詳しい事情を聞かず、イルカリサの救助の依頼を引き受けた。対価として追われているエルリアの身の安全の確保。
 エルリアの目的は、水の国の王族に伝言を伝えることなので、イルカリサを助ければそれも果たされるだろうと考えて。

 ファーベルはカイネに、イルカリサの護衛が残した手紙を持たせ、砦へ向かってもらった。
 当初はファーベルたちが、陽動するつもりだったのだが「陽動だとばれたら面倒だ」――カイネはそう言って、単身ダノージュ砦に潜入した。

 ダノージュ砦の中は見回りの兵士がいるものの、カイネにとってはダンジョン内の魔物に比べれば、回避するのも身を隠すのも簡単。
 ダノージュ砦の見取り図もないが、これもダンジョンと比較すると、難しいものではない。
 見張りの為に最低限の明かりが灯されている通路を、足音を消して進む。

(あの部屋か?)

 砦最上階の部屋の扉の前に、二人の兵士が見張りについている部屋を見つけた。
 カイネは闇に紛れて近づき、見張り二人を殴り付けて一瞬で無力化し、鍵を開けた。壁の高い位置に設置されている明かりが、石造りの飾り気一つない室内を、申し訳程度に照らす。
 その明かりからもっとも遠い室内の隅に、床に座り膝を抱えた髪の長い少女の姿があった。

「だれ!」

 扉が開いた音に顔を上げた少女――カイネは水の国の王女の顔は知らないので、部屋の隅にいるのがイルカリサかどうか分からなかったが、

「急いでこれを読んでくれ。俺が殴った見張りが目を覚ます前に」

 ファーベルから預かった手紙を放り投げた。イルカリサの目の前に落ちた紙を手に取り、開くと明かりの側へと近づき読んだ。

「みんなは大丈夫なの!」

 手紙の内容は、本来ならば王のもとへイルカリサを連れていくのは、自分たちだったが、もう連れていけそうにはない。信頼できる人物に頼んだので、彼らと共にお戻り下さい――イルカリサは自分が捕らえられた時の状況を思い出し、護衛たちの無事を尋ねたが、

「知らん。俺は、イルカリサ姫を砦から連れ出して欲しいと依頼されただけの冒険者だ。あんたが言っている”みんな”は知らない、あんたがどうしてこの砦に囚われているのかも興味がない。俺を信じて手を取って、この砦から逃げ出すかどうか? それだけだ」

 カイネの突き放した口ぶりに、イルカリサは一瞬だけ言葉を失う。だがすぐに涙を拭いてすぐに立ち上がり、

「逃げます」

 カイネの案内で無事にダノージュ砦を脱出し、無事にファーベルたちと無事に合流し、急いで首都へと向かうことになった。

「俺はこれで」

 カイネは「気持ち程度でしかないが」と食糧が入った袋を渡してファーベルと「他の人たちにはスオウってことにしてくれ」と言われたエルリア、イルカリサとファーベル隊の面々に別れを告げた。

「今度会ったら、必ず報酬は払う」
「おう。体で払ってもらうの、楽しみにしてるぜ」

 カイネは軽口を叩き、彼らを見送った。


「……夜が明ける前に、砦に忍び込んで食糧を調達するとするか」
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