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隠れているのに、まったく隠れていないハルトヴィンとナディアの関係に、生徒たちが辟易し――それにすら気付かないでいる二人を遠目に、その日の実習を終えたカサンドラは着替えのために更衣室へと向かった。
「カサンドラさま」
「あら、モニカ」
「昼食を外で取りませんか? 食堂の人に聞いたら、包んでくれると」
ノーラの一件で領民以外の庶民に声を掛けたことや、ナディア以外の一年生たちに対して、分け隔てなく交流を持っていることで、カサンドラには誘いも多かった――カサンドラだけではなく、オデットやロザリアも同学年の中では、同じように誘われている。
彼女たちがお高くとまったり、傲慢だったり、嘲笑するのは同じような者に対してだけ――自分たちの意のままにできる庶民や、弱小貴族に対して、高飛車に出ることはない。
「それもいいわね」
「みんな、喜びます」
モニカも実習を終えたばかりなので、作業服のまま――モニカが誘いに来たのは、同級生の貴族の中で、モニカがもっとも気に入られているから……という認識があるため。
実際カサンドラは、読書サロンに足を運び、モニカの感想やお勧めを聞き楽しんでいた。
「この恰好で?」
モニカが指差した先にいた同級生たちは、授業が同じなので、当然ながらくすんだ灰色がかった水色の厚手の長袖ブラウスと、膝の中程までのエプロンのようなスカートがついた、上衣と同じ色のズボンという作業着のまま。
「はい。汚れに注意しなくていいから、外での食事には最適です」
今日の実習は髪をしっかりとまとめる必要があり、モニカは両サイドにお団子。カサンドラはお下げ。他の女子生徒たちも、ハーフアップ以外のかっちりとした髪型。
「着替え……いいわよ」
着替えようとしたカサンドラだが、作業服のままならば、校則のハーフアップ以外で過ごしていても見過ごされるかもしれないと気付き、試すことにした。
結果は予想した通りで、作業服姿ならハーフアップにせずに学内を歩いていても、教師に注意されることはなかった。
もちろん作業服で外出は校則で禁止されているが、
(ノーラは正面玄関以外を通って帰ろうとしたのだから、もしかして作業服姿だった? それなら……)
ノーラが近道を通って帰ろうとしていたのならば、この恰好もあり得るし、バレッタの個数が合う――カサンドラは銀髪が所々に混じる、朽葉色のお下げを手に、そう考えた。
(ノーラが友人に、校則違反を語る……ようには思えないし、語っていたとしたら、ジローの調査で浮かび上がっているはず。やはり秘密にしていた……ということは、そんなことはしていなかったと言うことにも)
夕食を終え、すっかりと闇の帷が降りた外は暗く――夜の点呼は終わったが、まだ寮の消灯時間ではないので、各部屋のカーテンの隙間から漏れている灯りが、建物付近の地面を僅かに照らしていた。
カサンドラは部屋の灯りをけして窓を開けて、×印が付けられていた方角を眺める。
(あそこに、なにがあると……)
結局、足を運ばなくてはいけないのだろうと、カサンドラが木々に隠れて見えない遺跡について想いをはせていると、寮から抜け出す生徒の姿が見えた――夜の点呼終了後に、寮の建物の外に出るのは、緊急事態以外は校則違反。
(ナディア・ラモワンね)
カサンドラは意識を集中させれば、光が一切差さない洞窟内であろうとも見ることができる。
その目には、辺りをうかがいながら、寮から離れていくナディアの姿。
(寮監の目を盗んでまでねえ)
寮から離れ――カサンドラは闇夜でも見ることはできるが、見える距離は普通と変わらないので、ナディアの姿はじきに見えなくなった。
まだ部屋から出ても問題のない時間なので、カサンドラは部屋から出て、寮内を見て回る。
(あの感じだと、この辺りから出ていったような)
ナディアは能力判定のときに、自分の力をわざと隠していた。教師は「そんなことをする者はいない」と言っていたが――
(ここね)
なんの変哲もない壁に、誰かが開けた痕跡が微かに残っていた。
(能力を低く偽ったのは、寮から抜け出すため……寮から抜け出すということは、敷地内で誰かに会っているということよね。学外で会うよりも、学園内で会ったほうがいい相手……宰相の養子しかいないわね)
二人のあからさまな不仲――公衆の面前で怒鳴ることで、それを強調し、二人が決して手を組んでいるなどとは感じさせないようにしていたが、その姿を真に受けるほど、カサンドラたちは純粋ではない。
表面では貶し合いながらも、裏では手を組んでいるなど、貴族社会ではごく有り触れたこと。
その証拠に、学園内でナディアが話をしているのは、ジョスランのみ――ハルトヴィンに対しては、相づちを打ち、気分よく過ごさせることに始終しているだけ。
(頭は良いようだけれど、貴族ってそういうものじゃないのよね)
「なにをしているのですか? ライヒシュタイン伯女」
ナディアが抜け出した壁に触れていたカサンドラは、消灯確認のために部屋を出た寮監に声を掛けられた。
この壁からナディアが外へ出たことを告げようかと考えたが、ナディアとジョスランが組んでいるのならば、下手に寮監に事実を告げて、問いただし、馘首になる程度ならばいいが、処刑でもされては面倒なので、
「少し闇に誘われたのよ。今宵はいい闇よ。寮監もよい夢が見られると思うわ」
寮監を撒いて、部屋に戻った。
「カサンドラさま」
「あら、モニカ」
「昼食を外で取りませんか? 食堂の人に聞いたら、包んでくれると」
ノーラの一件で領民以外の庶民に声を掛けたことや、ナディア以外の一年生たちに対して、分け隔てなく交流を持っていることで、カサンドラには誘いも多かった――カサンドラだけではなく、オデットやロザリアも同学年の中では、同じように誘われている。
彼女たちがお高くとまったり、傲慢だったり、嘲笑するのは同じような者に対してだけ――自分たちの意のままにできる庶民や、弱小貴族に対して、高飛車に出ることはない。
「それもいいわね」
「みんな、喜びます」
モニカも実習を終えたばかりなので、作業服のまま――モニカが誘いに来たのは、同級生の貴族の中で、モニカがもっとも気に入られているから……という認識があるため。
実際カサンドラは、読書サロンに足を運び、モニカの感想やお勧めを聞き楽しんでいた。
「この恰好で?」
モニカが指差した先にいた同級生たちは、授業が同じなので、当然ながらくすんだ灰色がかった水色の厚手の長袖ブラウスと、膝の中程までのエプロンのようなスカートがついた、上衣と同じ色のズボンという作業着のまま。
「はい。汚れに注意しなくていいから、外での食事には最適です」
今日の実習は髪をしっかりとまとめる必要があり、モニカは両サイドにお団子。カサンドラはお下げ。他の女子生徒たちも、ハーフアップ以外のかっちりとした髪型。
「着替え……いいわよ」
着替えようとしたカサンドラだが、作業服のままならば、校則のハーフアップ以外で過ごしていても見過ごされるかもしれないと気付き、試すことにした。
結果は予想した通りで、作業服姿ならハーフアップにせずに学内を歩いていても、教師に注意されることはなかった。
もちろん作業服で外出は校則で禁止されているが、
(ノーラは正面玄関以外を通って帰ろうとしたのだから、もしかして作業服姿だった? それなら……)
ノーラが近道を通って帰ろうとしていたのならば、この恰好もあり得るし、バレッタの個数が合う――カサンドラは銀髪が所々に混じる、朽葉色のお下げを手に、そう考えた。
(ノーラが友人に、校則違反を語る……ようには思えないし、語っていたとしたら、ジローの調査で浮かび上がっているはず。やはり秘密にしていた……ということは、そんなことはしていなかったと言うことにも)
夕食を終え、すっかりと闇の帷が降りた外は暗く――夜の点呼は終わったが、まだ寮の消灯時間ではないので、各部屋のカーテンの隙間から漏れている灯りが、建物付近の地面を僅かに照らしていた。
カサンドラは部屋の灯りをけして窓を開けて、×印が付けられていた方角を眺める。
(あそこに、なにがあると……)
結局、足を運ばなくてはいけないのだろうと、カサンドラが木々に隠れて見えない遺跡について想いをはせていると、寮から抜け出す生徒の姿が見えた――夜の点呼終了後に、寮の建物の外に出るのは、緊急事態以外は校則違反。
(ナディア・ラモワンね)
カサンドラは意識を集中させれば、光が一切差さない洞窟内であろうとも見ることができる。
その目には、辺りをうかがいながら、寮から離れていくナディアの姿。
(寮監の目を盗んでまでねえ)
寮から離れ――カサンドラは闇夜でも見ることはできるが、見える距離は普通と変わらないので、ナディアの姿はじきに見えなくなった。
まだ部屋から出ても問題のない時間なので、カサンドラは部屋から出て、寮内を見て回る。
(あの感じだと、この辺りから出ていったような)
ナディアは能力判定のときに、自分の力をわざと隠していた。教師は「そんなことをする者はいない」と言っていたが――
(ここね)
なんの変哲もない壁に、誰かが開けた痕跡が微かに残っていた。
(能力を低く偽ったのは、寮から抜け出すため……寮から抜け出すということは、敷地内で誰かに会っているということよね。学外で会うよりも、学園内で会ったほうがいい相手……宰相の養子しかいないわね)
二人のあからさまな不仲――公衆の面前で怒鳴ることで、それを強調し、二人が決して手を組んでいるなどとは感じさせないようにしていたが、その姿を真に受けるほど、カサンドラたちは純粋ではない。
表面では貶し合いながらも、裏では手を組んでいるなど、貴族社会ではごく有り触れたこと。
その証拠に、学園内でナディアが話をしているのは、ジョスランのみ――ハルトヴィンに対しては、相づちを打ち、気分よく過ごさせることに始終しているだけ。
(頭は良いようだけれど、貴族ってそういうものじゃないのよね)
「なにをしているのですか? ライヒシュタイン伯女」
ナディアが抜け出した壁に触れていたカサンドラは、消灯確認のために部屋を出た寮監に声を掛けられた。
この壁からナディアが外へ出たことを告げようかと考えたが、ナディアとジョスランが組んでいるのならば、下手に寮監に事実を告げて、問いただし、馘首になる程度ならばいいが、処刑でもされては面倒なので、
「少し闇に誘われたのよ。今宵はいい闇よ。寮監もよい夢が見られると思うわ」
寮監を撒いて、部屋に戻った。
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