27 / 39
【27】
しおりを挟む
トリスタンの推測どおり、ノーラはジョスランが遺体を隠すための穴を掘っているのを見てしまって殺害されたとすると、
「死体を埋める予定の穴を見られたというのは、愚かしい理由だけれど、納得いくわ。でも、お前の報告が正しいとすると、寮や学舎から随分と離れたところにノーラは足を運んでいたことになるのだけれど。どうしてそんな場所へ足を運んだのかしら」
イーサンが埋められた穴は、学園の敷地内の一角だが、学舎や寮から随分と離れている、人が滅多に足を運ばない場所。
なぜ学園にそのような場所があるのかというと、テシュロン学園は遺跡を使用しており、学舎や寮に使用している建物を囲む塀の内側が、全て学園の敷地とされている。
敷地内には用途が分からない、廃墟じみた遺跡や、それを取り囲む林などもあり、イーサンが放り込まれた先客がいる浅い穴は、散歩コースからも外れるような箇所だった。
「イーサンを担いで運べたのだから、ノーラも運べただろうが……わざわざ学外で殺害して隠すために運び込むのもな」
イーサンは帝国からの使者だったので死体を「隠したい」というのは分かるが、庶民としか思われていないノーラの死体を、そこまで苦労して隠すか? という問題が付きまとう。
「万が一遺体が見つかったとき、ノーラだと分からないようにするためにに、服を脱がせたのかしら?」
「遺体が見つかった際、着衣からばれないようにするために……というのが目的なら、イーサンの服も脱がせるはずだ。イーサン、服は脱がされなかったんだよな」
ノーラと並べられ白骨になり果てる筈だったイーサン。
彼は着衣のまま土をかけられたので、死体を調達してから自分が着ていた服を着せたが「大変だった」と最初のほうで証言している。
そんな話の最中、トリスタンはカサンドラの髪を撫で、
「飽きないわねえ」
何度も軽くキスをする。
「好きな相手の髪は、いくら触っていても飽きないなあ」
「そうなの」
「つれないな、姫さまは」
「そう」
そんな会話をし――カサンドラは兄のバルナバスに、ジョスランがノーラを殺害したらしいと相談した。
「もう少し、しっかりとした証拠があったほうがいいな」
バルナバスはホルスト卿に「その推察」を伝えるならば、もう少し証拠を揃えたほうが良いと――ホルスト家とギヌメール家は建国と共に興った家柄で、もとよりライバル同士だった。時代がくだった現在でもそうなので――要するに不仲なので、一門の生き死にに関することを伝えるのならば、もっと明確な理由がなければ、政治にも影響が及ぶ。
「帝国側としては、そっちの方が好ましいかもしれないが」
兄からの助言を受け、カサンドラはもう少しノーラのことを探ることにした――犯人と思しきジョスラン・ギヌメールのほうを探ったほうが効率は良いのだが、カサンドラはその辺りの伝手がない。
なによりカサンドラはジョスランが側近として侍っているハルトヴィン王子の、一応政敵にあたるエーリヒ王子の婚約者なので、近寄らないほうが無難だった。
帝国の人間だが、ジョスランはイーサンを殺害したと思っているので――
「不用意に近づけば警戒して、死体を掘り起こす可能性が高い」
近づかないほうが良いのではなく、
「証拠を取れなかった最終手段として、目撃者を潜ませて掘り起こさせ、罪を突きつけよう」
いざという時の手段として残しておくことになった。
**********
既に学園にはいないノーラ・アルノワ。
カサンドラと全く接点のない彼女について、どう探ろうかと考えていたのだが、思いもよらない所から、ノーラの趣味と学園で何をしていたのかが判明した。
その情報をもたらしたのは、叔父の百貨店に勤めている人物だった。
エーリヒという隠れ蓑を用いて、ノーラの情報を庶民の女子生徒たちから集め終えたカサンドラは、褒美として数名ずつ夜の月窓へ招待することにした。
その段取りの為に休みの日、実家に百貨店のオーナーである叔父のクルトを呼び、直々に指示を出す――庶民だけならば、カサンドラが直接指示を出す必要はないが、何もしていなくとも、貴族仲間にも特別な空間を用意しなければ、厄介ごとが起こりかねないので。
「これで良いわ」
叔父が持ってきた計画表に目を通し、いくつか修正を加え――
「たしかに承りました」
あとは叔父に一任する。
「ところで、お前が伴ってきた、その女はなに?」
一仕事を終えたカサンドラは、部屋の隅に立っている黒髪を一本にまとめた、スーツ姿の女性について やっと尋ねた。
女性は叔父が伴ってきたので、ずっとそこにいた。
「この者は、百貨店の設備保守点検の責任者でございます」
カサンドラが声を掛けなければ、叔父は黙って連れて帰るという条件で、この女性を伴った。
「設備の保守点検……わたくしのところへ連れてきた、ということは、何か理由があるのでしょう。なに?」
「実はわたしの年の離れた友人のことについてなのですが――」
女性はノーラ・アルノワとは旧知だった。
「学内でなにか噂などはありませんでしょうか」
「ちらほら、聞いたことはあるわ。知りたいのならば、領民たちに探らせるけれど、ノーラとお前はどういう関係なの?」
ノーラがテシュロン学園に進学した理由は遺跡だった。
王都に住んでいたノーラは遺跡に触れる機会があり、裕福だったので百貨店の月窓に母親と共に足を運ぶことも多く、そこで遺跡に魅せられた。
ノーラは積極的な性格だったこともあり、メンテナンスを担当している女性の元に直接話を聞きに来て――女性はテシュロン学園に通えば、持って生まれた能力にもよるが遺跡関係の仕事に就けること、学園内の学舎や寮として使われていない遺跡を自由に見て回ることができることなどを教えた。
卒業生の話を聞いたノーラは、テシュロン学園への進学を希望し――
(一人で林の中の遺跡を見に行って、穴を掘っているジョスランと鉢合わせして……あり得ないことではないし、外れにいる理由としては自然ね)
「そう。少し聞いてあげるわ。だからお前は客たちを持てなすことに全力を尽くしなさい」
「ありがとうございます」
カサンドラはノーラが最後に足を運んだ場所を探すために、誰を使えばいいか考え――モニカ・フロージアとパートナーに選んだ。
「死体を埋める予定の穴を見られたというのは、愚かしい理由だけれど、納得いくわ。でも、お前の報告が正しいとすると、寮や学舎から随分と離れたところにノーラは足を運んでいたことになるのだけれど。どうしてそんな場所へ足を運んだのかしら」
イーサンが埋められた穴は、学園の敷地内の一角だが、学舎や寮から随分と離れている、人が滅多に足を運ばない場所。
なぜ学園にそのような場所があるのかというと、テシュロン学園は遺跡を使用しており、学舎や寮に使用している建物を囲む塀の内側が、全て学園の敷地とされている。
敷地内には用途が分からない、廃墟じみた遺跡や、それを取り囲む林などもあり、イーサンが放り込まれた先客がいる浅い穴は、散歩コースからも外れるような箇所だった。
「イーサンを担いで運べたのだから、ノーラも運べただろうが……わざわざ学外で殺害して隠すために運び込むのもな」
イーサンは帝国からの使者だったので死体を「隠したい」というのは分かるが、庶民としか思われていないノーラの死体を、そこまで苦労して隠すか? という問題が付きまとう。
「万が一遺体が見つかったとき、ノーラだと分からないようにするためにに、服を脱がせたのかしら?」
「遺体が見つかった際、着衣からばれないようにするために……というのが目的なら、イーサンの服も脱がせるはずだ。イーサン、服は脱がされなかったんだよな」
ノーラと並べられ白骨になり果てる筈だったイーサン。
彼は着衣のまま土をかけられたので、死体を調達してから自分が着ていた服を着せたが「大変だった」と最初のほうで証言している。
そんな話の最中、トリスタンはカサンドラの髪を撫で、
「飽きないわねえ」
何度も軽くキスをする。
「好きな相手の髪は、いくら触っていても飽きないなあ」
「そうなの」
「つれないな、姫さまは」
「そう」
そんな会話をし――カサンドラは兄のバルナバスに、ジョスランがノーラを殺害したらしいと相談した。
「もう少し、しっかりとした証拠があったほうがいいな」
バルナバスはホルスト卿に「その推察」を伝えるならば、もう少し証拠を揃えたほうが良いと――ホルスト家とギヌメール家は建国と共に興った家柄で、もとよりライバル同士だった。時代がくだった現在でもそうなので――要するに不仲なので、一門の生き死にに関することを伝えるのならば、もっと明確な理由がなければ、政治にも影響が及ぶ。
「帝国側としては、そっちの方が好ましいかもしれないが」
兄からの助言を受け、カサンドラはもう少しノーラのことを探ることにした――犯人と思しきジョスラン・ギヌメールのほうを探ったほうが効率は良いのだが、カサンドラはその辺りの伝手がない。
なによりカサンドラはジョスランが側近として侍っているハルトヴィン王子の、一応政敵にあたるエーリヒ王子の婚約者なので、近寄らないほうが無難だった。
帝国の人間だが、ジョスランはイーサンを殺害したと思っているので――
「不用意に近づけば警戒して、死体を掘り起こす可能性が高い」
近づかないほうが良いのではなく、
「証拠を取れなかった最終手段として、目撃者を潜ませて掘り起こさせ、罪を突きつけよう」
いざという時の手段として残しておくことになった。
**********
既に学園にはいないノーラ・アルノワ。
カサンドラと全く接点のない彼女について、どう探ろうかと考えていたのだが、思いもよらない所から、ノーラの趣味と学園で何をしていたのかが判明した。
その情報をもたらしたのは、叔父の百貨店に勤めている人物だった。
エーリヒという隠れ蓑を用いて、ノーラの情報を庶民の女子生徒たちから集め終えたカサンドラは、褒美として数名ずつ夜の月窓へ招待することにした。
その段取りの為に休みの日、実家に百貨店のオーナーである叔父のクルトを呼び、直々に指示を出す――庶民だけならば、カサンドラが直接指示を出す必要はないが、何もしていなくとも、貴族仲間にも特別な空間を用意しなければ、厄介ごとが起こりかねないので。
「これで良いわ」
叔父が持ってきた計画表に目を通し、いくつか修正を加え――
「たしかに承りました」
あとは叔父に一任する。
「ところで、お前が伴ってきた、その女はなに?」
一仕事を終えたカサンドラは、部屋の隅に立っている黒髪を一本にまとめた、スーツ姿の女性について やっと尋ねた。
女性は叔父が伴ってきたので、ずっとそこにいた。
「この者は、百貨店の設備保守点検の責任者でございます」
カサンドラが声を掛けなければ、叔父は黙って連れて帰るという条件で、この女性を伴った。
「設備の保守点検……わたくしのところへ連れてきた、ということは、何か理由があるのでしょう。なに?」
「実はわたしの年の離れた友人のことについてなのですが――」
女性はノーラ・アルノワとは旧知だった。
「学内でなにか噂などはありませんでしょうか」
「ちらほら、聞いたことはあるわ。知りたいのならば、領民たちに探らせるけれど、ノーラとお前はどういう関係なの?」
ノーラがテシュロン学園に進学した理由は遺跡だった。
王都に住んでいたノーラは遺跡に触れる機会があり、裕福だったので百貨店の月窓に母親と共に足を運ぶことも多く、そこで遺跡に魅せられた。
ノーラは積極的な性格だったこともあり、メンテナンスを担当している女性の元に直接話を聞きに来て――女性はテシュロン学園に通えば、持って生まれた能力にもよるが遺跡関係の仕事に就けること、学園内の学舎や寮として使われていない遺跡を自由に見て回ることができることなどを教えた。
卒業生の話を聞いたノーラは、テシュロン学園への進学を希望し――
(一人で林の中の遺跡を見に行って、穴を掘っているジョスランと鉢合わせして……あり得ないことではないし、外れにいる理由としては自然ね)
「そう。少し聞いてあげるわ。だからお前は客たちを持てなすことに全力を尽くしなさい」
「ありがとうございます」
カサンドラはノーラが最後に足を運んだ場所を探すために、誰を使えばいいか考え――モニカ・フロージアとパートナーに選んだ。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる