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【20】
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「祖父の手紙か」
翌朝、バルナバスはカサンドラが昨晩受け取ったという祖父の手紙を手に取り、ページを軽く捲る。
「ふむ……まあ、これのなにがカサンドラの役に立つのかは分からないが、帝国の皇帝の座に就いていた人物が寄越したものだ、目を通しておくに越したことはないだろう」
そう言われて――トリスタンとソファーに並んで座る。
「お前、近いわ」
体が完全にくっついているので、近すぎると声を上げると、トリスタンはカサンドラの腰を両手で掴み、
「姫さま、腰細いね」
持ち上げて自分の膝に置いた。
「お前、なにをするのよ」
「こっちのほうが、見やすいからな」
「……足が痺れても知らないわよ。痺れたら、思い切りつまむから」
「姫さまの軽さじゃあ、夜まで乗せてないと痺れないと思うよ。それまでずっと乗っていてくれていいけど」
「嫌よ」
カサンドラはトリスタンの膝から降りるのは諦め、祖父の手紙をまとめた綴りを開いた。
**********
それを大々的に行ったのは帝国の前身――いまから六十年ほど前。カサンドラたちがいる大陸と海を挟んだ向こう側にある大陸に、中堅どころの国があった。
その国は鉱山に恵まれて、技術革新による時流に乗って豊かになり、その国の王は領土を拡大を目論んだ。
若き王は領土拡大のために強力な軍を作ろうと考え、あらゆる国の軍を調べ――神代の血を引く者だけで構成されている隊が、非常に優れていることに目をつけた。
若き王は神代の血を引く者を集めるだけではなく、増やすことにし、家畜の如く交配し増やし男は兵に、女は兵を増やすために飼った。
軍が揃ったころには中年に差し掛かっていたが、神代の血を持つ軍を率いた王は、次々と戦いを挑み勝利して領土を広げていった。
だが王の進軍は四年で終わった。
神代の軍が負けたのではなく、王が神代の軍によって殺害された――クーデターが起こり、王の一族は根絶やしにされたのだ。
クーデターを率いたのは、軍の中でもっとも強く賢かった男で、王の一族を殺害したあと暫定的にトップの座に就いて、領土拡大のための戦いを行い、それから五年で大陸全土を制覇し、王が切望していたであろう帝国を築き、帝位に就いた。
四十年ほど前の話である。
最初に神代の血を集めて軍を作ろうとしていた王の一族が滅ぶ前後、カサンドラの外祖父は、神代の末裔を娶って更に上を目指そうと考えた。
商才に長け大金を稼いでいた外祖父は、それだけで満足はせず、歴史ある家柄と縁付くために、神代の血を引く女性との間に子をもうけ、その娘を歴史ある家柄に嫁がせようと――商売人として各国を渡り歩いていたカサンドラの外祖父は、神代の王家の末裔についての情報を、数多く持っていた。
最初に外祖父が目を付けたのは、神花の王家。
華やかな繁栄を約束する神代の血。
だが外祖父は「なにか」が引っかかり、神話の権威や古老、賢者などに話を聞いた。
「神代が滅んだのは、神花の王家のせいだと言われている」
「なぜ?」
「神花の王家が立ったとき、大地は美しい花が咲き乱れ続けたそうだ。だがな、お若いの、花は花でしかないのだよ。美しい花が咲き乱れるだけでは、人は生きてはいけない。花は短い間だけ咲き誇り、枯れて実を付けて種を残して次代へ繋がねばならぬ。神花の王家は美しいが、なにも生み出さなかった」
「…………」
「神花……神代では花の王家と言ったであろうが、彼らが悪いわけではない。彼らはそういうものなのだ」
神代が滅んだ理由は人々が花の王家を望んだ結果――植物が何らかの事情で実を付けることができず、多くの人々が死んだことを神話にして残したという学者もいた。
今でも起こる【花害】と言う現象の原因ではないかという説もある。
「貴族に食い込むためにか。なるほど。古家と呼ばれる家ならば、この逸話は知っているだろう。そして知っている以上、神花の血筋は忌み嫌われる。あれは古家では、破滅の血とされている」
神花の王家は確かに華やかさを与えるが――外祖父が欲しいのは、一時の繁栄ではなく末永く続くもの。
外祖父は他にいい神代の王家はないかと調べ、この世から決して消えることがないと称される闇の王家にたどり着いた。
この闇の王家の血を引くものを妻にして……と考えたが、中々見つからず。そんなある日のこと、外祖父のもとに帝国の使者がやってきた。
帝国の使者は、外祖父が調べた神代の王家の血筋にまつわる話を提供して欲しいと――そこで外祖父は調べた内容を教える対価として、闇の王家の血を引く女性を紹介して欲しいと頼んだ。
帝国の使者が連れてきたのが、カサンドラの外祖母。
対価を得た外祖父は、自分が集めた伝承を手紙の形式にして何回にも分けて送り――外祖父は仕事が忙しかったので、まとめ作業を行う時間がなかった。
外祖父は三男二女に恵まれたものの、紫の瞳を受け継いだのは長女だけ。
その長女を神代が滅びた後に興り、現代まで続いている由緒正しい家柄である、古家の一つゼータ家に嫁がせることに成功し、跡取りとなるバルナバスが誕生して、外祖父は一息ついた。
そして孫娘カサンドラの瞳を見たとき――これが神代の闇の王家の血を引くということなのだと得心した。
外祖父が経営していた店は順調に大きくなり、世界一の百貨店と呼ばれるようになり、カサンドラがエーリヒを婿として引き受けることが決まった際、王室御用達の称号を得た。
外祖父は望む栄誉を手に入れて引退し、いまは不自由がない程度に人里から離れた、風光明媚な別荘地で余生を送っている。
**********
「これのなにが役に立つのかしら?」
伝承が確かに残っている家の生まれなので。カサンドラは外祖父よりも古い伝承について知っている――
「カエターンも姫さまのほうが、伝承に関して詳しいことは知っている筈だから……もしかして、この辺りのことじゃないか」
トリスタンはカサンドラの肩に顎を乗せて「バースクレイズ王国が滅ぼしたフォス王国の王族は――」という部分を指差した。
翌朝、バルナバスはカサンドラが昨晩受け取ったという祖父の手紙を手に取り、ページを軽く捲る。
「ふむ……まあ、これのなにがカサンドラの役に立つのかは分からないが、帝国の皇帝の座に就いていた人物が寄越したものだ、目を通しておくに越したことはないだろう」
そう言われて――トリスタンとソファーに並んで座る。
「お前、近いわ」
体が完全にくっついているので、近すぎると声を上げると、トリスタンはカサンドラの腰を両手で掴み、
「姫さま、腰細いね」
持ち上げて自分の膝に置いた。
「お前、なにをするのよ」
「こっちのほうが、見やすいからな」
「……足が痺れても知らないわよ。痺れたら、思い切りつまむから」
「姫さまの軽さじゃあ、夜まで乗せてないと痺れないと思うよ。それまでずっと乗っていてくれていいけど」
「嫌よ」
カサンドラはトリスタンの膝から降りるのは諦め、祖父の手紙をまとめた綴りを開いた。
**********
それを大々的に行ったのは帝国の前身――いまから六十年ほど前。カサンドラたちがいる大陸と海を挟んだ向こう側にある大陸に、中堅どころの国があった。
その国は鉱山に恵まれて、技術革新による時流に乗って豊かになり、その国の王は領土を拡大を目論んだ。
若き王は領土拡大のために強力な軍を作ろうと考え、あらゆる国の軍を調べ――神代の血を引く者だけで構成されている隊が、非常に優れていることに目をつけた。
若き王は神代の血を引く者を集めるだけではなく、増やすことにし、家畜の如く交配し増やし男は兵に、女は兵を増やすために飼った。
軍が揃ったころには中年に差し掛かっていたが、神代の血を持つ軍を率いた王は、次々と戦いを挑み勝利して領土を広げていった。
だが王の進軍は四年で終わった。
神代の軍が負けたのではなく、王が神代の軍によって殺害された――クーデターが起こり、王の一族は根絶やしにされたのだ。
クーデターを率いたのは、軍の中でもっとも強く賢かった男で、王の一族を殺害したあと暫定的にトップの座に就いて、領土拡大のための戦いを行い、それから五年で大陸全土を制覇し、王が切望していたであろう帝国を築き、帝位に就いた。
四十年ほど前の話である。
最初に神代の血を集めて軍を作ろうとしていた王の一族が滅ぶ前後、カサンドラの外祖父は、神代の末裔を娶って更に上を目指そうと考えた。
商才に長け大金を稼いでいた外祖父は、それだけで満足はせず、歴史ある家柄と縁付くために、神代の血を引く女性との間に子をもうけ、その娘を歴史ある家柄に嫁がせようと――商売人として各国を渡り歩いていたカサンドラの外祖父は、神代の王家の末裔についての情報を、数多く持っていた。
最初に外祖父が目を付けたのは、神花の王家。
華やかな繁栄を約束する神代の血。
だが外祖父は「なにか」が引っかかり、神話の権威や古老、賢者などに話を聞いた。
「神代が滅んだのは、神花の王家のせいだと言われている」
「なぜ?」
「神花の王家が立ったとき、大地は美しい花が咲き乱れ続けたそうだ。だがな、お若いの、花は花でしかないのだよ。美しい花が咲き乱れるだけでは、人は生きてはいけない。花は短い間だけ咲き誇り、枯れて実を付けて種を残して次代へ繋がねばならぬ。神花の王家は美しいが、なにも生み出さなかった」
「…………」
「神花……神代では花の王家と言ったであろうが、彼らが悪いわけではない。彼らはそういうものなのだ」
神代が滅んだ理由は人々が花の王家を望んだ結果――植物が何らかの事情で実を付けることができず、多くの人々が死んだことを神話にして残したという学者もいた。
今でも起こる【花害】と言う現象の原因ではないかという説もある。
「貴族に食い込むためにか。なるほど。古家と呼ばれる家ならば、この逸話は知っているだろう。そして知っている以上、神花の血筋は忌み嫌われる。あれは古家では、破滅の血とされている」
神花の王家は確かに華やかさを与えるが――外祖父が欲しいのは、一時の繁栄ではなく末永く続くもの。
外祖父は他にいい神代の王家はないかと調べ、この世から決して消えることがないと称される闇の王家にたどり着いた。
この闇の王家の血を引くものを妻にして……と考えたが、中々見つからず。そんなある日のこと、外祖父のもとに帝国の使者がやってきた。
帝国の使者は、外祖父が調べた神代の王家の血筋にまつわる話を提供して欲しいと――そこで外祖父は調べた内容を教える対価として、闇の王家の血を引く女性を紹介して欲しいと頼んだ。
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対価を得た外祖父は、自分が集めた伝承を手紙の形式にして何回にも分けて送り――外祖父は仕事が忙しかったので、まとめ作業を行う時間がなかった。
外祖父は三男二女に恵まれたものの、紫の瞳を受け継いだのは長女だけ。
その長女を神代が滅びた後に興り、現代まで続いている由緒正しい家柄である、古家の一つゼータ家に嫁がせることに成功し、跡取りとなるバルナバスが誕生して、外祖父は一息ついた。
そして孫娘カサンドラの瞳を見たとき――これが神代の闇の王家の血を引くということなのだと得心した。
外祖父が経営していた店は順調に大きくなり、世界一の百貨店と呼ばれるようになり、カサンドラがエーリヒを婿として引き受けることが決まった際、王室御用達の称号を得た。
外祖父は望む栄誉を手に入れて引退し、いまは不自由がない程度に人里から離れた、風光明媚な別荘地で余生を送っている。
**********
「これのなにが役に立つのかしら?」
伝承が確かに残っている家の生まれなので。カサンドラは外祖父よりも古い伝承について知っている――
「カエターンも姫さまのほうが、伝承に関して詳しいことは知っている筈だから……もしかして、この辺りのことじゃないか」
トリスタンはカサンドラの肩に顎を乗せて「バースクレイズ王国が滅ぼしたフォス王国の王族は――」という部分を指差した。
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