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カサンドラの婚約者、エーリヒ・バースクレイズは国中から恨まれた男女の間に生まれた息子だ。
父親は当時王太子で、母親は婚約者だったが、食糧支援を受けるさいに、王命により婚約は白紙となったが――二人はそれを不服として逃げ、秘密理に結婚してエーリヒをもうけた。
二人の生活は長くは続かず――母親の実家の一族は、年齢性別を問わず三親等まで処刑された。
通常であれば一族は滅びたということになるのだが、王族の血を引いているということでエーリヒだけは生き延びているので、完全に滅んだわけではない。
そういう面から見てもカサンドラとエーリヒの間に子どもが生まれないのは、よいことだった。
国家を未曾有の大危機に陥れた男女の息子ということで、エーリヒの扱いは当然のごとく悪い。
彼はほとんど使われていない王宮の北棟に住まわされ、いまでも住んでいる。この北棟は生活は普通に出来るのだが、人間には理解できない部屋が多く、また棟の大きさに対して部屋数が少なく――解明しようにも、誰も分からないので、王族として不都合がある者を軟禁する棟として使用されてきた。
「フレデリカ」
「エーリヒ殿下」
人気のない棟の窓のない閉ざされた一室で二人は抱き合い、そして深く口付ける。二人の逢瀬は一線は越えていないが、ただそれだけ。
『エーリヒ殿下、これ以上は……ああ!』
『フレデリカ、こんなになって』
以前はもう少し秘められていたのだが、気付かれないことで徐々に大胆になり、いまではフレデリカの純潔を散らす以外のことは――
「女の婚約者って、王太子なんだよね」
「ハルトヴィンな。あっちも好き勝手やって、性格もよろしくないから、お似合いなんじゃないか」
「俗に言う、王家としては王の血を引いていれば、どちらもでも良いってこと?」
「そうなんだろうな。その王の血にどれほどの価値があるかは、分からないが」
フレデリカとエーリヒの逢瀬を眺めながら、そんな感想を言い合っているのはトリスタンとメリザンド。彼らは分厚い壁と思われている部分にいた――神代の血が濃い彼らには、そこは壁ではなく部屋だと分かった。
実はフレデリカとエーリヒが逢瀬を重ねている部屋は物置で、トリスタンとメリザンドが居る部分が部屋――部屋の壁は透過性で、物置の中がよく見える。更に者が探しやすいように壁だけではなく、天井や床からも見ることが可能だった。
「楽しいか? メリザンド」
「全然」
「だよなあ」
二人は壁と思われている部屋を抜けて北棟を後にしたが、そのまま王宮を去らずに、あちらこちらを覗き――
「偵察してまいりました」
拠点にしているホテルへと戻った。
「なにか面白いものは見つかったか」
小ぶりな丸テーブルにチェス盤を置き、一人で楽しんでいた先代皇帝が顔が顔を上げ――トリスタンはお茶の準備をし、メリザンドが王宮で見た出来事を報告した。
「エーリヒを上手く追い込んで、闇の女王をフリーに出来ませんかね」
トリスタンはそう言いながら、マックスウェル百貨店の外商に届けさせた紅茶を注いだカップを差し出す。
「今でも充分にエーリヒを排除できるが、闇の女王側がそうしていない……というところを鑑みれば無理であろうな」
「……ですよねー」
カエターンの言葉に、トリスタンは「分かっていました」とばかりに頷く。闇の女王ことカサンドラは、エーリヒのあの浮気を知っていて放置している。――ということは「あれでよし」ということに他ならない。
「ただゼータ一族と協力関係は築きたいところだ」
「古い一族を、ほとんど殺してしまいましたからね」
メリザンドの言う通り帝国の前身の国――神代の血を集めて兵団を作ろうと考えた国王は、大陸統一の戦争を始めた早期段階で、自分の国よりも神代の血について詳しい古い家柄を攻撃し、伝承を散逸させてしまった。
「あまり頻繁に声を掛けると、同盟を組んでいるバースクレイズが難癖をつけて……きたら、それはそれでいいのだが」
帝国にとって、内海を挟んだ向かい側の大陸のゼータ一族の知恵は、是非とも借りたい。その知恵を借りられるのであれば、独立のための手助けも厭わない――
「攻め口を変えてみてもいいでしょうか? カエターン」
「どのようにだ? トリスタン」
「俺はこういうのはよく分からないのですが、王太子を失墜させ、とりあえずエーリヒを婿に出せないようにするという攻め方です」
帝国は独自のシステムで成り立っているため、広く使われている婚姻政策に関しては得意ではない。
「王太子を追い落とすには、にかつての花害で出た被害に並ぶような醜聞を用意する必要があるぞ」
「やはり無理ですか」
「それより、王太子にエーリヒを殺害させるほうがいいだろう。食糧支援のさいバースクレイズ国王は王太子を必ず即位させると、オルフロンデッタ国王に誓い、書面として残しているから、エーリヒを殺害してもとくに問題は起こるまい」
カエターンの提案に、
「婚約者が浮気しているから、そうなってもおかしくないかも」
メリザンドは”ありだ”と――
「もしかして、ゼータ側はそれが狙いで、放置しているのでは」
トリスタンは”もしかして”と、小首を傾げる。
「たしかに、我々よりも遙かにこの手の排除方法に長けている一門だ……下手に動かず、もうしばらく様子を見るか」
二人はカエターンの意見を聞き――
「闇の女王の推理披露、わたしも聞きたい」
それよりも行方不明になったノーラについて、なにか気付いたことがあるらしく、それを近々、依頼してきたホルスト卿に伝えると聞かされたメリザンドは、同行を希望し、
「荷物運び助手ってことで付いてくるか」
「行く!」
カサンドラは呼んでもいないメリザンドの登場と、アナ・ホフマンというハンス・シュミットに匹敵する偽名での紹介に、軽く溜息をつくが、帰れとは言わなかった。
父親は当時王太子で、母親は婚約者だったが、食糧支援を受けるさいに、王命により婚約は白紙となったが――二人はそれを不服として逃げ、秘密理に結婚してエーリヒをもうけた。
二人の生活は長くは続かず――母親の実家の一族は、年齢性別を問わず三親等まで処刑された。
通常であれば一族は滅びたということになるのだが、王族の血を引いているということでエーリヒだけは生き延びているので、完全に滅んだわけではない。
そういう面から見てもカサンドラとエーリヒの間に子どもが生まれないのは、よいことだった。
国家を未曾有の大危機に陥れた男女の息子ということで、エーリヒの扱いは当然のごとく悪い。
彼はほとんど使われていない王宮の北棟に住まわされ、いまでも住んでいる。この北棟は生活は普通に出来るのだが、人間には理解できない部屋が多く、また棟の大きさに対して部屋数が少なく――解明しようにも、誰も分からないので、王族として不都合がある者を軟禁する棟として使用されてきた。
「フレデリカ」
「エーリヒ殿下」
人気のない棟の窓のない閉ざされた一室で二人は抱き合い、そして深く口付ける。二人の逢瀬は一線は越えていないが、ただそれだけ。
『エーリヒ殿下、これ以上は……ああ!』
『フレデリカ、こんなになって』
以前はもう少し秘められていたのだが、気付かれないことで徐々に大胆になり、いまではフレデリカの純潔を散らす以外のことは――
「女の婚約者って、王太子なんだよね」
「ハルトヴィンな。あっちも好き勝手やって、性格もよろしくないから、お似合いなんじゃないか」
「俗に言う、王家としては王の血を引いていれば、どちらもでも良いってこと?」
「そうなんだろうな。その王の血にどれほどの価値があるかは、分からないが」
フレデリカとエーリヒの逢瀬を眺めながら、そんな感想を言い合っているのはトリスタンとメリザンド。彼らは分厚い壁と思われている部分にいた――神代の血が濃い彼らには、そこは壁ではなく部屋だと分かった。
実はフレデリカとエーリヒが逢瀬を重ねている部屋は物置で、トリスタンとメリザンドが居る部分が部屋――部屋の壁は透過性で、物置の中がよく見える。更に者が探しやすいように壁だけではなく、天井や床からも見ることが可能だった。
「楽しいか? メリザンド」
「全然」
「だよなあ」
二人は壁と思われている部屋を抜けて北棟を後にしたが、そのまま王宮を去らずに、あちらこちらを覗き――
「偵察してまいりました」
拠点にしているホテルへと戻った。
「なにか面白いものは見つかったか」
小ぶりな丸テーブルにチェス盤を置き、一人で楽しんでいた先代皇帝が顔が顔を上げ――トリスタンはお茶の準備をし、メリザンドが王宮で見た出来事を報告した。
「エーリヒを上手く追い込んで、闇の女王をフリーに出来ませんかね」
トリスタンはそう言いながら、マックスウェル百貨店の外商に届けさせた紅茶を注いだカップを差し出す。
「今でも充分にエーリヒを排除できるが、闇の女王側がそうしていない……というところを鑑みれば無理であろうな」
「……ですよねー」
カエターンの言葉に、トリスタンは「分かっていました」とばかりに頷く。闇の女王ことカサンドラは、エーリヒのあの浮気を知っていて放置している。――ということは「あれでよし」ということに他ならない。
「ただゼータ一族と協力関係は築きたいところだ」
「古い一族を、ほとんど殺してしまいましたからね」
メリザンドの言う通り帝国の前身の国――神代の血を集めて兵団を作ろうと考えた国王は、大陸統一の戦争を始めた早期段階で、自分の国よりも神代の血について詳しい古い家柄を攻撃し、伝承を散逸させてしまった。
「あまり頻繁に声を掛けると、同盟を組んでいるバースクレイズが難癖をつけて……きたら、それはそれでいいのだが」
帝国にとって、内海を挟んだ向かい側の大陸のゼータ一族の知恵は、是非とも借りたい。その知恵を借りられるのであれば、独立のための手助けも厭わない――
「攻め口を変えてみてもいいでしょうか? カエターン」
「どのようにだ? トリスタン」
「俺はこういうのはよく分からないのですが、王太子を失墜させ、とりあえずエーリヒを婿に出せないようにするという攻め方です」
帝国は独自のシステムで成り立っているため、広く使われている婚姻政策に関しては得意ではない。
「王太子を追い落とすには、にかつての花害で出た被害に並ぶような醜聞を用意する必要があるぞ」
「やはり無理ですか」
「それより、王太子にエーリヒを殺害させるほうがいいだろう。食糧支援のさいバースクレイズ国王は王太子を必ず即位させると、オルフロンデッタ国王に誓い、書面として残しているから、エーリヒを殺害してもとくに問題は起こるまい」
カエターンの提案に、
「婚約者が浮気しているから、そうなってもおかしくないかも」
メリザンドは”ありだ”と――
「もしかして、ゼータ側はそれが狙いで、放置しているのでは」
トリスタンは”もしかして”と、小首を傾げる。
「たしかに、我々よりも遙かにこの手の排除方法に長けている一門だ……下手に動かず、もうしばらく様子を見るか」
二人はカエターンの意見を聞き――
「闇の女王の推理披露、わたしも聞きたい」
それよりも行方不明になったノーラについて、なにか気付いたことがあるらしく、それを近々、依頼してきたホルスト卿に伝えると聞かされたメリザンドは、同行を希望し、
「荷物運び助手ってことで付いてくるか」
「行く!」
カサンドラは呼んでもいないメリザンドの登場と、アナ・ホフマンというハンス・シュミットに匹敵する偽名での紹介に、軽く溜息をつくが、帰れとは言わなかった。
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