上 下
6 / 39

【06】

しおりを挟む
「お前に聞きたいのだけれど、帝国で一年前にテシュロン学園二年の女子生徒を拐かしたりした?」

 ふわふわとした柔らかなスポンジでたっぷりの生クリームを巻いたロールケーキを食べていたハンス・シュミットは――

「いきなりなにを?」

 いきなりのことに驚いたが、

「……と、言うわけ。なんの証拠も見つからないから、帝国の仕業かも……と考えたくなったみたいね」
「なるほど…………」

 カサンドラの話を聞いているうちに、自分たちがバースクレイズ王国へやってきた理由と、重なっているような気がしたのだが、本当に「なんとなく」なので、言い出すことができなかった。

「なにか知っているの?」

 その態度に”知っているのならば、言いなさい”と――

「知っているというか、知らないというか……」
「どちらなの?」
「確証がないから、切り離して調査したほうがいいと思う」
「そう」

 カサンドラはすぐに引き下がった――このタイプの人間は、言わないと決めたら言わないことを、カサンドラ自身がよく知っている。

「姫さまは、その人の調査をするんだよな」
「ええ。だから、お前も協力なさい」
「え、俺も?」
「そうよ。この国の調査方法では、何も見つからなかったのだから、別の国の視点で調査してみるべきでしょう?」
「そう言われるとは、期待されているのかな?」
「ええ。わたくしは、わたくしの視点で調べるわ。だから必要なものを集めてきなさい」
「それも俺なの?」
「そうよ。わたくしの役に立てて嬉しいでしょう?」

 カサンドラの微笑――軽く嘲りが入った傲慢なその微笑は、神代を経て古の時代から人を支配してきた一族の姫だと、万人が理解させられる完璧なものだった。

「もちろんでございます、姫さま」

 カサンドラはハンス・シュミットに、ノーラ・アルノワの容姿の詳細と、証拠品の回収を命じた。

「寮に残っていた私物の全てを見たい?」
「ええ」
「全部か?」
「もちろん」
「それは、依頼主に頼んだほうがいいのではないか?」

 昨年行方不明になった、家族がいる女子生徒の私物など、当然実家に返されているのだから、ノーラの実家とすぐに連絡がつくホルスト卿に依頼したほうが早いのでは? と。ハンス・シュミットの意見はなのだが、

「言ったでしょう。依頼主たちは、見つけられていないって。きっとどこかに不備があるのよ。それは彼らに特有の思い込みがあるからではないかと、わたくしは考えているわ」

 カサンドラはに問題があるのではと考えていた。

「一理あるな……全部だな?」
「ええ、全てよ」
「……分かった」
「急いで揃えなさい」
「畏まりました、姫さま」

 そんな話をして、店内を見て周り――

「ところでお前、どこに滞在しているの?」

 帰りの馬車を回すよう指示し、正面入り口に立っている時に、カサンドラが尋ね――ハンス・シュミットは高級ホテルの名を挙げた。

百貨店ここのすぐ近くじゃない。なんでわざわざ、わたくしの家まで来たのよ」

 百貨店専用馬車で迎えに行くので、住所を教えるよう伝えたら、カサンドラの家にやってくるという返事が届き、ハンス・シュミットは今朝門扉の前で待っていたのだが、聞けば拠点と百貨店は目と鼻の先。

「それは、姫さまと長時間、一緒に馬車に乗りたかったから」
「ホテルから馬車に乗って、わたくしの家に来れば良かったでしょう」
「姫さま、もしかして天才?」
「……ええ、天才よ」

 全く尻尾を掴ませないハンス・シュミットに、カサンドラは見下した笑みを浮かべて言い返した――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...