異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど！〜

誤って招ばれた少女

２

（オッケー……いや全然オッケーじゃないけど、ひとまず落ち着こう……）

　奏は痛むおでこをさすりながら立ち上がる。
　目の前には、まるで小屋みたいな小さな家。その周囲を取り囲むように柵で覆われていて、柵の向こうは見える範囲森しかない。
　電柱にぶつかる前まで持っていたカバンも本も、今ここにはない。元いた場所から身体一つだけが、意味わからないところに移動させられていた。
　周辺には人の姿もなければ、先ほどまで歩いていた通学路の姿も形も消えてしまっている。
　状況が、奏を家の方へと誘導しているようだった。

（これは……入ってもいいのだろうか）

　恐る恐る小さな家まで向かうのだが、森の方から時折聞こえる獣の声に、ビクッと身体が反応してしまう。
　扉の前まで到着し、恐る恐るノックをする。

　コンコン……。

　数秒待ってみるが扉の奥から返事が返ってくることはなかった。
　奏は扉に手をかけると、ゆっくりと開く。

「お、おじゃまします～……？」

　ギィィィィ……。

　木材でできた扉が開く音が鮮明に耳に入ってくる。小屋の中は少し薄暗く、窓から入る光があっても奥まで見通せなかった。

「だ、誰もいませんか～……？」

　喉からは小さい声しか出せない……。
　あるかどうかわからない勇気を振り絞り、奏が小屋の中に踏み込むと急に照明がついた。
　音もなくついた照明のせいで、奏は尻餅をついてしまった。

（ひぃっ！　き、急に明かりが……！？）
　
　驚きと恐怖で足がすくむものの、ただ電気がついただけだと自分に言い聞かせる。
　照らされた室内は、先ほど見た小屋の外観とは違って、とても広く感じられた。
　思ったよりもきれいに整理されているようで、埃っぽい感じはない。明かりがつくまで気がつかなかったが、足元に一通の手紙が落ちていた。奏はそれを拾い上げる。封筒を見ても宛名は書かれていなかった。

（み、見てもいいんだよね……？　見ますよ……？）

　手紙を広げる。その手紙に書かれている内容を読むと、奏はその場にへたり込んでしまった。色々と書かれていたのだが、要約すると……。

・この世界は十人の邪悪な魔女によって支配されている。
・この家にあるアイテムを使って、魔女を倒して世界を救ってほしい。
・あなたが十人目の勇者だ。他の勇者はここから既に魔女を討伐に向かっている。
・健闘を祈る。

　という内容。ここまでなら奏も小説で読んだことがある。異世界転生ものならある意味定番というやつだった。
　ここにあるアイテムで装備を整えて、冒険に出かけてこの世界を支配している魔女を倒すってことなのだろう。
　夢だと思いたい奏だったのだが、最初に感じたおでこの痛みがずっと続いている。

（まさか小説のようなことが現実に起こるなんて……）

　しかし手紙を最後まで読んだところ、思ってもいない一文が書いてあった。
　そこには、この世界に今まで召喚された人物の名前が十人分書かれていた。書かれていたのだが……そこに江西奏の名前の記載はなかった。

（え？　ちょっと待って……？　要するに私は、本来ここに呼ばれる存在ではないってこと……？）

　ワナワナと身体を震わせて、持っていた手紙を読み直す。しかし、書かれている内容が変更される様子はなく、元の世界に戻ることもない。
　奏が十人目ということは、奏の後にここにくる人はいないということ。
　つまり、本来この手紙を読むはずだった人物の代わりに、奏が選ばれた……選ばれてしまったということだった。

「ひ、人違いじゃないのよーーっっっ！！！？？？」

　あらん限りの声量で叫んだ奏の言葉は、誰の耳にも届かなかった。