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収穫祭と訪問客

ひさしぶりの追いかけっこ:セオ

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 収穫祭最終日。

 昨日、倒れたルーシー様だが、今朝、朝日と共に起きた。エウが瘴気を祓い、癒しの魔法を施したため、大事はないようだ。

 ただ、昨夜エウが言った通り、妖精たちしか持つことのない魔力を聴く能力を安定的に定着させたため、違和感というか、色々と問題はある。

 特に、今まで聞こえなかった魔力の音も聴こえるようになってしまい、平衡感覚を失って真っすぐ歩くのが難しいようだ。

 なので、今日は自室で安静に過ごすらしい。

「のう、セオ。ちょっとよいか?」
「ん、何?」

 朝食を食べ終え、自室に戻ろうとしたところで、クラリスさんに呼び止められた。

「地下工房に行くのだろう?」
「そうだけど……」
「なら、お昼過ぎに伺ってもよいか? ちと、頼みごとがあるのだ」
「いいけど……今じゃダメなの?」
「今はルーシーに“魔聴”の使い方とかを指南するから、時間がないのだ」
「“魔聴”って魔力を聴く力?」
「うむ。エウによって肉体的な力から、魂魄……つまり能力スキルとして定着させたからの。長い時を生きている儂は、能力スキルの使い方は詳しいからの」
「ああ、なるほど。能力スキルにすることで安定性が増すのか」
「そうだ。能力スキルは魂魄の強度によるからの。肉体は鍛えられぬが、魂魄の成長に上限はないのだ」
「……なるほど」

 魂魄に上限がないか。でも、魂魄がある程度成長しきると、肉体は耐えられるのだろうか?

 いや、まぁ、このことはいいや。

「まぁ、分かった。お昼過ぎね」
「うむ、頼むぞ」

 俺はクラリスさんと別れて地下工房に向かった。昨日調整していた義肢の完成を進める。

 途中、オルたちから街に遊びに行かないかと誘われたが、完成があと少しだったためパスした。午後には一緒に遊ぶと約束した。

 そしてお昼になり、アランが事前に作ってあったサンドウィッチを調理場で食べていた。

 屋敷は静かだ。

 ロイス父さんやアテナ母さんたち大人は収穫祭最終日もあってとても忙しく屋敷にいない。

 ルーシー様は別棟にいるし、とてもうるさい存在であるオルもライン兄さんやヂュエルさんたちと共に街に繰り出している。

 なので、屋敷は静かだ。

 と思ったら、厨房の扉が開いた。

「……セオね」
「あ、ユリシア姉さん。久しぶり」

 ユリシア姉さんがコソッと厨房の扉から顔を出した。そこにいるユリシア姉さんはいつものユリシア姉さんではなく、とてもおどおどとしていた。

 そして長い蒼穹の髪で顔の左側半分を隠していた。

「どしたの? その髪」
「……なんでもいいでしょ!」

 ユリシア姉さんはキッと俺を睨んだ。その動きで髪が動き、ユリシア姉さんが隠していたそれがチラリと見えた。

 ああ、火傷痕か。

 ずっと前からアテナ母さんにきつく言われていたのに、自爆魔法を使ったのだ。今回はアテナ母さんたちが近くにいたから無事だったものの、そうでなかったら致命傷だっただろう。

 まぁ、そのこともあり、アテナ母さんは戒めとしてユリシア姉さんが負った火傷痕の一部を消さなかったのだ。

 とはいえ、顔の火傷痕はそこまで酷くなく、左頬に少しだけあるくらい。

 まぁ、それでも、バトルジャンキーっぽいユリシア姉さんでもそれなりに堪えたようだ。

 それなりに女々しくなっていた。

「で、そんなおどおどしてどうしたの?」
「……ヂュエルはいないわよね」
「ヂュエルさん? ヂュエルさんはライン兄さんたちと一緒に街に行ったよ」
「……よかった」

 ユリシア姉さんはほっと胸を撫でおろし、魔導具の冷蔵庫を開き、ユリシア姉さん用のサンドウィッチを手に取る。

 俺の向かい側に座ってサンドウィッチを食べ始めたユリシア姉さんに俺はニヤニヤと笑いながら、尋ねる。

「それで、ヂュエルお義兄にいさまとはいつご結婚――」
「セオッ!!」
「ッ!?」

 コップがとてつもない速度で俺に飛んできた。ユリシア姉さんが自分のコップを俺に投げつけたのだ。

 俺はどうにかおでこにコップがぶつかる前に、〝念動〟でコップを受け止めた。

 ふぅ……と安堵の溜息を吐く俺を、ユリシア姉さんは恐ろしい形相で睨んできた。

「セオ。次、ヂュエルの名前を出したら殺すわよ」
「え~でも、あんなカッコいい人から婚約の申し込みがあったんだよ~? いつもならバッサリと切り捨てるユリシア姉さんだって直ぐに断らなかったし~~」
「セオッッ!!」

 ユリシア姉さんがテーブルに体を乗り出して、俺を殴ろうとした。俺は両手を上げて降参の意を示す。

「タンマタンマ。ごめんって」
「……………………」

 ユリシア姉さんは振り上げた拳を力なく降ろした。それから不機嫌そうに肘をついてもっさもっさとサンドウィッチを食べる。

 俺はそれに苦笑しながら、真剣な表情で尋ねた。

「で、実際のところはどうなの?」
「……アンタ、本気で殴られたいわけ?」
「それは勘弁。ユリシア姉さんに殴られたらとても痛いし」

 けど、と続ける。

「大事じゃん。家族の事だし」
「……アンタ、口元が笑ってるわよ」
「はて?」

 浮いた話の一つもないユリシア姉さんにようやく春が訪れるかもしれないのだ。ワクワクしないでユリシア姉さんの弟と言えるだろうか?

 いや、言えない。

 ユリシア姉さんは仕方なさそうに、深い溜息を吐いた。

「……はぁ。アンタが想像しているようなことはないわよ。アイツの申し出も断った。そもそもアイツは私のこれに責任を感じただけよ。だから、そんな申し出なんて嫌に決まってるでしょ」
「ふ~ん」
「何よ、その顔はッ! 大体ね! あんな弱っちいやつが私に婚約の申し込みなんて百年早いのよ!!」
「いや、ユリシア姉さん、ヂュエルさんに負けたじゃん」
「ッ! 負けてないわよ! 途中で中断したから、負けてないわよ!」
「ユリシア姉さんが自爆したんだから当り前じゃん。実質、ヂュエルさんの勝ちだよ、勝ち」
「ッ! うるさいわね! もう我慢できないわ! 殴るわ!」
「ちょっ!」

 ユリシア姉さんが俺に向かってとびかかってきた。俺はサンドウィッチを咥えながら、慌ててその場から飛んでユリシア姉さんの突撃を回避する。

 俺に避けられたユリシア姉さんは猫のように着地し、バシュッと回避した俺にとびかかる。

 俺は厨房の扉を開けて逃げる。

「待ちなさい!!」
「待てと言われて待つアホはいないよ!!」

 廊下を走って逃げ回る。“分身”や魔術でユリシア姉さんを攻撃して追跡を妨害するが、やはり意味を為さず。

 ならばと思って、火魔術と水魔術を混合して、水蒸気を生み出してユリシア姉さんの視界を塞ぐ。
 
 そして“隠者”なども発動して、ユリシア姉さんの感知から逃げようとするが、

「ふんっ!」
「ふんっ! じゃないよっ!?」

 ユリシア姉さんが繰り出した拳圧で水蒸気は吹き飛ばされ、衝撃波が俺を襲う。結界魔法の〝無障〟で防ぐ。

 と、廊下の角を曲がるとクラリスがそこにいた。

「なんだ、騒がしいの。セオ、何して――」
「ちょっと今無理! 今朝言っていたことなんだけど、俺は忙しいから、“分身”に話して!」
「あ、ちょ、セオ!」

 分身を召喚する。とユリシア姉さんが廊下の角を曲がって来た。

「クラリスッ! セオを捕まえて!」
「捕まえなくていいから!」

 俺はそのまま屋敷の外まで逃げる。それでもユリシア姉さんも俺を追いかけてくる。

 なので、俺は街まで逃げる。ちょうど、街にはライン兄さんやオルもいるし、何よりもヂュエルさんもいる。

 ユリシア姉さんはヂュエルさんを避けているようだし、ヂュエルさんの前に連れていけば逃げるだろう。

 ということで、俺は空中に張った〝無障〟の上を走って街の中へと飛び込んだのだった。
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