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収穫祭と訪問客
特殊な環境での願い。けれど、それはありふれた野望:late summer night
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「あちぃっ」
エドガー兄さんから受け取ったホットミルクが入ったマグカップは思った以上に熱かった。
落としはしなかったものの、驚いた拍子にちょっとだけ床にホットミルクがこぼれた。
「ああ、まったく」
エドガー兄さんは自分が持っていたマグカップを厨房机に置くと、近くの棚からタオルを取り出し、床にこぼれたホットミルクをタオルでふき取る。
それから水魔法の〝水球〟で水の球を作りだし、その中にホットミルクをふき取ったタオルを突っ込む。すすぐ。
そして火と風の混合魔法で温風を作り出し、そのタオルを乾燥させた。
「おお~!」
俺はその手際に思わず感嘆の声を漏らす。
証拠隠滅と言わんばかりに、もと在った場所に寸分違わずタオルをしまったエドガー兄さんは片眉を上げる。マグカップを手に取る。
「なんだよ?」
「いや。ホットミルクを作るときも思ってたけど、手際が良かったなって。あ、あと、ありがとう」
「……ん、どういたしまして」
照れているのか、そっぽを向きながらホットミルクをチビチビと飲んでいた。
そういえば、エドガー兄さんって猫舌なんだっけ? にしては、見るからにホットミルクは熱そうだけど……
そう思ったら、エドガー兄さんがちょっと恥ずかしそうに言う。
「小手先はある程度増やしたが、それでも魔法は苦手なんだ」
「あ、そういう」
「……ふんっ」
どうやら、熱さの調整の手際は良くなかったらしい。火魔法の火力調整が上手くいっていなかったのだろう。
エドガー兄さんは鼻を鳴らした。
「大体だ。俺は土と水と氷に適性があるのであって、火は苦手なんだ」
「あれ、そうだったけ? 雷に適性なかった?」
「それはユリシアだ。あいつは風と火と雷だな」
「そういえばそうだった」
ホットミルクを飲んでいた俺はほぅっと息を吐きながら頷く。
「で、ライン兄さんが風と土と水だったけ?」
「それ以外にも適性があったと思うが……ラインは天職のせいもあってかなり特殊だかならな。まぁ、特殊さで言えばお前に敵わないだろうが」
「そう?」
俺は肩を竦めた。
「“勇者の卵”持ちの双子の兄と姉、植物や動物に対してそこらの研究者すら顔負けの知識と頭脳を持って、芸術にまで通じている兄。それと比べると俺は、ねぇ?」
「そうか? 転生者で、魔術なんっつうもん作って、色々な魔道具作って、商会まで立ち上げてるお前に比べると、俺たちがちっぽけに見えるぜ」
そして、
「ハハッ」
「アハッ」
俺たちは笑いあう。また、同時にホットミルクを飲み終わった。
「少し外にでも出ねぇか?」
「いいよ。最近の夜は涼しいしね」
晩夏ということもあり、夜風は大変心地がいい。
ホットミルクを飲んだはしたものの、直ぐに眠くなるわけでもないし、ちょっと体が火照ってるので冷ますのもいいだろう。
そう思い、俺はエドガー兄さんの提案に頷いた。
Φ
幾星霜の星々が輝く。半月は既に夜空にはなくこともあり、星々が|己が主役と言わんばかりに燦然と輝き、天の川を描いている。
そんな夜空の下。
俺とエドガー兄さんは屋敷の周りを歩いていた。屋敷は丘の上に建っているため、緩やかな坂を下っていく。
俺もエドガー兄さんも黙ったままだ。
だから、俺はしびれを切らし、尋ねた。
「不安なの?」
「……ぷっ」
エドガー兄さんはきょとんと俺の方を見た後、吹き出す。俺はムスッとなる。
「なんだよ?」
「いや、な。随分と直球だなって。お前らしい」
「じゃあ、他になんて尋ねるの?」
「そりゃあ、最近の話からし始めて、中等学園について概要を聞いたりして、そっからそれとなく?」
冗談めかすように、エドガー兄さんがそういう。俺は唇をとんがらせる。
「面倒」
「そりゃあ、そうだ」
エドガー兄さんが呵々と同意する。
それからポツリと言った。
「不安っつうよりもな、面倒だなって思ってんだ」
「面倒?」
正直学校に行くのが面倒なのはとてもよくわかる。
だが、それは俺に前世の記憶があるからで、生まれてから一度も学校というもに行ったことがないエドガー兄さんが、一番最初にそう言うのが不思議だ。
面倒って言葉は、上から四番目くらいに出てきそうな気がする。
「……いや、な。楽しみもあるし、不安もある。だって、初めて行くんだしな。貴族のパーティーとか、そういうのにはできる限り顔を出しているが、それでも同年代の貴族の子息子女と接することも少ねぇからな。まぁ、ラート街にも俺の同年代は少ねぇんだが」
「ちょうど、エドガー兄さんの前後はね。史上最悪と言われた死之行進がはびこってたし、その前兆でかなりの魔物被害もあったらしいからね」
「復興もかなり急ピッチで進めてたからな。むしろ、父さんたちはよくあんな時期に俺たちを産んだと思うが」
「アハハ……」
俺は苦笑いする。
確かにそうだ。
死之行進を食い止めて、領地を貰って、魔物がはびこっていたマキーナルト領の魔物を掃討しながら、もともといた人たちを取りまとめて。
すごい忙しかっただろうに、そんな時期に産んだんだよな。ソフィアたちに聞いた限りだと、エドガー兄さんとユリシア姉さんって魔物との戦闘中に産まれたらしいし。
そういう意味で、ロイス父さんもアテナ母さんも破天荒だよな。
そう思ったら、エドガー兄さんが立ち止まった。眼下に見えるラート街を見下ろす。
「……たった十数年でここはこんなにも発展したんだ。妖人族や長命種といった種族の軋轢に、アダド森林やバラサリア山脈の魔物による過酷な環境。そういうのを丸々まとめて街にしたんだ。父さんと母さんは」
「……すごいよね」
「ああ、すごい」
エドガー兄さんは真剣に頷いた。
「それができたのって、俺の勝手な予想だが、父さんたちが小さい時から世界を旅してたからだと思ってる。父さんは……ほら、エルメス神の寵愛というか、呪いか。あれのせいで、幼いころからずっと一人で世界を旅してたし、母さんだって俺と同じ年くらには旅をしていた」
……やっぱり、うちの両親ってかなりあれだよな。物語の主人公的なあれだよな。
ロイス父さんは死神エルメスに寵愛を授かったせいで、その寵愛にふさわしい困難……つまるところあらゆる不幸を呼び寄せるような体質だったし、アテナ母さんは両親を事故――らしい――で亡くし、育て親であるトーンさんたちに迷惑を掛けないために飛び出して旅に出たとか。
それで冒険者として世界各地を旅して、アランやクラリスさんと一緒に原初の迷宮すら攻略して、神々に届きうる魔法を手に入れて。
それで世界で七つ……今は六つしかない大魔境であるアダド森林を管理するまでに至って。
改めて考えると、やばいな。普通にやばいな。
そして、また、エドガー兄さんが言いたいことも分かった。
「旅をしたいの?」
「……まぁな」
エドガー兄さんは苦笑する。
「父さんたちからさ、“勇者の卵”だのは聞いたんだ。だが、あれだって父さんたちが手放した物が、たまたま俺たちに渡ったに過ぎないだろ?」
「らしいね。そもそも俺としては“勇者の卵”にそこまで意味とは思ってないけど。ただの能力だし」
「まぁな。持っていたところで勇者になるわけでもない。ただ、星が崩壊しないために防衛システムの一つとして作り出された能力なだけ」
エドガー兄さんは暗記した文を諳んじるように言った。ロイス父さんたちに教えてもらった内容なのだろう。
そしてエドガー兄さんは、何度か息を吐いたり、口をつぐんだり。既に出かかっている言葉を発することを躊躇うようなしぐさをした。
俺は待つ。
そうして、十秒近く。
「自分でさ、こう、成し遂げてみたいんだ。父さんたちまでとはいかなくても、困難を乗り越えて、自信が欲しい。この領地を守っていくうえでも、父さんたちの息子じゃなくて、エレガント王国と渡り合える実績が欲しい」
「学園ではそれが無理だと思ってんだね」
「ああ」
エドガー兄さんは頷いた。
エドガー兄さんから受け取ったホットミルクが入ったマグカップは思った以上に熱かった。
落としはしなかったものの、驚いた拍子にちょっとだけ床にホットミルクがこぼれた。
「ああ、まったく」
エドガー兄さんは自分が持っていたマグカップを厨房机に置くと、近くの棚からタオルを取り出し、床にこぼれたホットミルクをタオルでふき取る。
それから水魔法の〝水球〟で水の球を作りだし、その中にホットミルクをふき取ったタオルを突っ込む。すすぐ。
そして火と風の混合魔法で温風を作り出し、そのタオルを乾燥させた。
「おお~!」
俺はその手際に思わず感嘆の声を漏らす。
証拠隠滅と言わんばかりに、もと在った場所に寸分違わずタオルをしまったエドガー兄さんは片眉を上げる。マグカップを手に取る。
「なんだよ?」
「いや。ホットミルクを作るときも思ってたけど、手際が良かったなって。あ、あと、ありがとう」
「……ん、どういたしまして」
照れているのか、そっぽを向きながらホットミルクをチビチビと飲んでいた。
そういえば、エドガー兄さんって猫舌なんだっけ? にしては、見るからにホットミルクは熱そうだけど……
そう思ったら、エドガー兄さんがちょっと恥ずかしそうに言う。
「小手先はある程度増やしたが、それでも魔法は苦手なんだ」
「あ、そういう」
「……ふんっ」
どうやら、熱さの調整の手際は良くなかったらしい。火魔法の火力調整が上手くいっていなかったのだろう。
エドガー兄さんは鼻を鳴らした。
「大体だ。俺は土と水と氷に適性があるのであって、火は苦手なんだ」
「あれ、そうだったけ? 雷に適性なかった?」
「それはユリシアだ。あいつは風と火と雷だな」
「そういえばそうだった」
ホットミルクを飲んでいた俺はほぅっと息を吐きながら頷く。
「で、ライン兄さんが風と土と水だったけ?」
「それ以外にも適性があったと思うが……ラインは天職のせいもあってかなり特殊だかならな。まぁ、特殊さで言えばお前に敵わないだろうが」
「そう?」
俺は肩を竦めた。
「“勇者の卵”持ちの双子の兄と姉、植物や動物に対してそこらの研究者すら顔負けの知識と頭脳を持って、芸術にまで通じている兄。それと比べると俺は、ねぇ?」
「そうか? 転生者で、魔術なんっつうもん作って、色々な魔道具作って、商会まで立ち上げてるお前に比べると、俺たちがちっぽけに見えるぜ」
そして、
「ハハッ」
「アハッ」
俺たちは笑いあう。また、同時にホットミルクを飲み終わった。
「少し外にでも出ねぇか?」
「いいよ。最近の夜は涼しいしね」
晩夏ということもあり、夜風は大変心地がいい。
ホットミルクを飲んだはしたものの、直ぐに眠くなるわけでもないし、ちょっと体が火照ってるので冷ますのもいいだろう。
そう思い、俺はエドガー兄さんの提案に頷いた。
Φ
幾星霜の星々が輝く。半月は既に夜空にはなくこともあり、星々が|己が主役と言わんばかりに燦然と輝き、天の川を描いている。
そんな夜空の下。
俺とエドガー兄さんは屋敷の周りを歩いていた。屋敷は丘の上に建っているため、緩やかな坂を下っていく。
俺もエドガー兄さんも黙ったままだ。
だから、俺はしびれを切らし、尋ねた。
「不安なの?」
「……ぷっ」
エドガー兄さんはきょとんと俺の方を見た後、吹き出す。俺はムスッとなる。
「なんだよ?」
「いや、な。随分と直球だなって。お前らしい」
「じゃあ、他になんて尋ねるの?」
「そりゃあ、最近の話からし始めて、中等学園について概要を聞いたりして、そっからそれとなく?」
冗談めかすように、エドガー兄さんがそういう。俺は唇をとんがらせる。
「面倒」
「そりゃあ、そうだ」
エドガー兄さんが呵々と同意する。
それからポツリと言った。
「不安っつうよりもな、面倒だなって思ってんだ」
「面倒?」
正直学校に行くのが面倒なのはとてもよくわかる。
だが、それは俺に前世の記憶があるからで、生まれてから一度も学校というもに行ったことがないエドガー兄さんが、一番最初にそう言うのが不思議だ。
面倒って言葉は、上から四番目くらいに出てきそうな気がする。
「……いや、な。楽しみもあるし、不安もある。だって、初めて行くんだしな。貴族のパーティーとか、そういうのにはできる限り顔を出しているが、それでも同年代の貴族の子息子女と接することも少ねぇからな。まぁ、ラート街にも俺の同年代は少ねぇんだが」
「ちょうど、エドガー兄さんの前後はね。史上最悪と言われた死之行進がはびこってたし、その前兆でかなりの魔物被害もあったらしいからね」
「復興もかなり急ピッチで進めてたからな。むしろ、父さんたちはよくあんな時期に俺たちを産んだと思うが」
「アハハ……」
俺は苦笑いする。
確かにそうだ。
死之行進を食い止めて、領地を貰って、魔物がはびこっていたマキーナルト領の魔物を掃討しながら、もともといた人たちを取りまとめて。
すごい忙しかっただろうに、そんな時期に産んだんだよな。ソフィアたちに聞いた限りだと、エドガー兄さんとユリシア姉さんって魔物との戦闘中に産まれたらしいし。
そういう意味で、ロイス父さんもアテナ母さんも破天荒だよな。
そう思ったら、エドガー兄さんが立ち止まった。眼下に見えるラート街を見下ろす。
「……たった十数年でここはこんなにも発展したんだ。妖人族や長命種といった種族の軋轢に、アダド森林やバラサリア山脈の魔物による過酷な環境。そういうのを丸々まとめて街にしたんだ。父さんと母さんは」
「……すごいよね」
「ああ、すごい」
エドガー兄さんは真剣に頷いた。
「それができたのって、俺の勝手な予想だが、父さんたちが小さい時から世界を旅してたからだと思ってる。父さんは……ほら、エルメス神の寵愛というか、呪いか。あれのせいで、幼いころからずっと一人で世界を旅してたし、母さんだって俺と同じ年くらには旅をしていた」
……やっぱり、うちの両親ってかなりあれだよな。物語の主人公的なあれだよな。
ロイス父さんは死神エルメスに寵愛を授かったせいで、その寵愛にふさわしい困難……つまるところあらゆる不幸を呼び寄せるような体質だったし、アテナ母さんは両親を事故――らしい――で亡くし、育て親であるトーンさんたちに迷惑を掛けないために飛び出して旅に出たとか。
それで冒険者として世界各地を旅して、アランやクラリスさんと一緒に原初の迷宮すら攻略して、神々に届きうる魔法を手に入れて。
それで世界で七つ……今は六つしかない大魔境であるアダド森林を管理するまでに至って。
改めて考えると、やばいな。普通にやばいな。
そして、また、エドガー兄さんが言いたいことも分かった。
「旅をしたいの?」
「……まぁな」
エドガー兄さんは苦笑する。
「父さんたちからさ、“勇者の卵”だのは聞いたんだ。だが、あれだって父さんたちが手放した物が、たまたま俺たちに渡ったに過ぎないだろ?」
「らしいね。そもそも俺としては“勇者の卵”にそこまで意味とは思ってないけど。ただの能力だし」
「まぁな。持っていたところで勇者になるわけでもない。ただ、星が崩壊しないために防衛システムの一つとして作り出された能力なだけ」
エドガー兄さんは暗記した文を諳んじるように言った。ロイス父さんたちに教えてもらった内容なのだろう。
そしてエドガー兄さんは、何度か息を吐いたり、口をつぐんだり。既に出かかっている言葉を発することを躊躇うようなしぐさをした。
俺は待つ。
そうして、十秒近く。
「自分でさ、こう、成し遂げてみたいんだ。父さんたちまでとはいかなくても、困難を乗り越えて、自信が欲しい。この領地を守っていくうえでも、父さんたちの息子じゃなくて、エレガント王国と渡り合える実績が欲しい」
「学園ではそれが無理だと思ってんだね」
「ああ」
エドガー兄さんは頷いた。
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