異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

文字の大きさ
上 下
239 / 316
収穫祭と訪問客

愛しの妹へ捧ぐ。それだけで十分:アイラ

しおりを挟む
 第二王子であるミロがマキーナルト子爵家の長女、ユリシアのことを好き。

 アイラはハティアが告げたその事実にめまいがする。

 ぶっちゃけ、ことが世間に知られれば、貴族社会で大きな批判を受けかねられない事実である。

 王家とマキーナルト子爵家のつながりが強くなるのは、保守派などにとっては気に食わない事実であるし、貴族の派閥のバランスが大きく崩れやすくなる。

 そのアイラの懸念にハティアは頷く。

「だからやらかすのよ、絶対。まぁ、わたくしの見立てだと向こうにその気は一切ないようだけれども。惚れた理由が強くて凛々しかったことである限り、無理ね」
「それってどういう……」
「数年前だったかしら。ユリシア嬢がとある伯爵令嬢を殴った……いえ、侯爵令嬢だったかしら? 侯爵令息だったかしら? まぁ、殴ったのよ」
「な、殴った……」

 アイラは理解できない言葉がでてきて、頭を抱える。令嬢が人を殴った。それだけでも衝撃的なのに、ハティアの口ぶりや家名を言わないことから察するに、かなりの人数を殴ったのが伺える。

 まだ十分も経っていないのに、ショックを受けることが多すぎる。

「それでその姿に惚れたのよ。もともと、ミロお兄様は虚弱で臆病だから分からなくはないけれども」

 ハティアは溜息を吐く。

「けど、ユリシア嬢はそもそも恋なんてどうでもいいと思っているでしょうし、もし仮に恋に興味があったとしても自分より弱い人にあまり興味がない、といったような感じよ」
「そ、それは……」
「無理でしょ?」
「え、ええ」

 アイラは戸惑いながらも、なんとなく頷く。

 ハティアは咎めるようにさらに言う。

「そもそも、甘いし、意気地なしなのよ、ミロお兄様は。恋心を伝えるどころか、ユリシア嬢と関係すら繋いでいないのよ。向こうが社交界とかに出ないのもあるけれども手紙の一つくらい送りなさいよ。だから、無理よ。全く。せっかくわたくしが相談に乗っているというのに」

 ハティアは溜息を吐く。

「相談に乗っているの?」

 アイラが首を傾げた。

 ハティアは貴族社会ではおっとりとしていると思われている。しかし、実際は王族としての責務や理念を持ち、それに従って計算高く動いている。

 おっとりしているのも、その計算高さを隠すためだと、アイラは思っている。

 だからこそ、ミロとユリシアの仲を取り持つことは、いわばそういった王族としての責務や理念に反する。

 そういったアイラの疑問を読み取ったのか、ハティアは紅茶で口を湿らせながら、頷いた。

「布石よ」
「布石?」
「マキーナルト子爵領は、国家内にある独立地。今はロイス子爵様がいるから問題ないかもしれないけれども、ロイス子爵がいなくなった後は? 死之行進デスマーチ。あれによる歴史的な事件や禍根はあるのよ」
「それは……」

 アイラは言葉を迷わせる。先の会話との落差に戸惑う。

 気にせずハティアは続ける。

「これは公にされていないし、お父様も隠しているけれども、ロイス子爵様とアテナ子爵夫人は人族ではないわ」
「うぇっ!?」

 アイラはハティアの突拍子もない言葉に大きな声をあげる。

「クラリス様を師匠に持つアイラなら気づいているのでしょう? その目で分かるでしょう?」
「ッ、それは……」

 アイラは言い淀む。

 確かに、生誕祭のあの日、ロイスとアテナ、クラリスの三人が並んだ瞬間、三人の魔力に同じ特質があることが分かった。

 直感的に、アイラはそれは人外が持つ特質だと理解したのだが……

「特級禁書庫にある一冊の中に、とある書物があるのよ」
「……どういったものなの?」
「人が妖精になる方法が記された書物よ」
「なっ!」

 アイラは言葉を失う。そして一転。恐ろしい表情になる。

 何度かわなわなと震えた後、感情を抑えきれなかったのか、右手で机を叩き、怒鳴る。

「ハ、ハティアお姉さまはッ! 何故、その書物を読んだのですかッ!」

 まるで失望したかのようなアイラのその表情に、一瞬だけハティアは顔を歪めたが、直ぐにつかみどころのない微笑みを顔に貼り付ける。

「アイラ。あなたが思っているより、わたくしは利己的なのよ。王族としての責務もそこまで重要とは思っていないのよ。あなたの思いを尊重するより、わたくしの思いを尊重するのよ」
「ッ。わ、私は自分でこの身をッ! 自分で乗り越えなければならないんです!」
「でしょうね」

 ハティアは静かに頷いた。

 そして、けれど悲しく強い瞳でアイラを見た。

「だけど、わたくしはあなただけが苦しむのは嫌なのよ。あなただけが戦うのは嫌なのよ。だから、あなたの思いを踏みにじってもあなたを助けたいのよ」
「ッ」

 アイラは息を飲んだ。そして項垂れたように弱弱しく言う。

「……それを私は望んでいません」
「ええ」

 ハティアはそう頷いてから、一転。柏手を一つ打つ。

「話を戻すわね」
 
 アイラはハッと顔をあげた。雰囲気が変わる。

「その書物には妖精になると方法とは別に、それに近い存在になる方法が示されていたのよ。簡単よ。強くなる。厄災に勝てるほど強くなる。すると、格が上がって寿命が大幅に伸びる。妖人族のようなものかもしれないわね」
「……それで?」
「ロイス子爵様たちは人族よりも寿命が長いってことよ。すると、ただの英雄ではいられないわ。今のところ長子であるエドガー様がマキーナルト子爵家を継ぐことになっているけれども、それが見かけ上のかもしれないと疑われる。または担ぎあげられる。さっき言った歴史的な、ね?」

 ハティアは冗談めかすように微笑みながら、紅茶をすする。

「比較的安定した多種族国家として知られているけれども、エレガント王国はあくまで人族の国。寿命による軋轢はぬぐうことはできない。だから、貴族は人族か、それと同等の寿命を持った種族だけなの」
「……結局、それがミロお兄様の相談に乗ることと何の関係があるのですか?」

 アイラは昏い声音で尋ねる。

 先ほどのハティアの妖精うんぬんもあってか、自分を否定されたかのような気分になったのだ。

 ハティアは眉をわずかばかりに八の字する。

「ミロお兄様とユリシア嬢は、無理ね」
「断定するのですね」
「ええ、するわ。そうなるのよ」

 ハティアは躊躇いもなく頷く。

「だけど、言ったわよね。やらかすと。そのやらかしを収拾するには落としどころが必要でしょう?」
「落としどころ……」
「政治的に、ミロお兄様がマキーナルト子爵家と直接繋がりをもつのは駄目よね。けど、わたくしか、あなたなら?」
「……ハティアお姉さまと、わたし?」
「ええ。正確にはアイラだけだけど」

 ハティアは一瞬だけほの暗い表情を見せた。

「わたしはオリアナお姉さまが他国に嫁いだせいもあって、権力が若干大きすぎる。けど、アイラは王族としての権力はそこまで大きくない。ミロお兄様がやらかしたあとで、その収拾をつけるためには一番いい落としどころ。しかも王族がマキーナルト子爵家に嫁げば、人族が支配しているとみなされる。その時の混乱も鑑みれば言い訳は十分だと思わない?」
「ッ!」

 そこまで言われ、アイラはどうしようもない気持ちになる。悔しさと悲しさと嬉しさと色々がごちゃまぜになってしまう。

 ハティアは優しく、柔らかく、妹を思いやるように頷いた。

「言ったでしょう? あなたの助けになりたいと。あなたが乗り越えるまでは無理かもしれないけど、乗り越えたあとの場所を作るくらいはできる。あそこは王都の人間とは違う人たちがたくさんいる場所。少しは生きやすいわよ。まぁ、とはいえ無理強いはしないわ。あなたを思ってやっていることだもの。好きでもない人に嫁げとは言わないわよ」

 そういったハティアは席を立った。

「もう時間ね」

 手を三回叩けば、どこからともなく数人のメイドが現れた。その中にはリーナもいた。

「アイラ。話せて良かったわ。これから寮に入るし、顔を合わせずらくなるしね」
「あ……」

 アイラは今気が付いたのか、思わず声をあげる。

 今日、ハティアがアイラをお茶会に招待したのは、これを話したかったから。中等学園の特別寮に入り、学園で忙しくなる前にハティアはこれを伝えたかったのだ。

「アイラ。さっきの話、考えておいてね。ああ、猶予はかなりあるから、じっくり悩んでね。お願いよ。あと、無理なら無理で問題ないわ」

 そう柔らかく言ったハティアは次の瞬間、王女としての顔をまとう。

「ではごきげんよう、アイラ。今日は素晴らしいお茶会でしたわ。今度はアイラが招待してくれると嬉しいですわ」

 そういってハティアが去ろうとした。

 その時。

「は、ハティアお姉さまッ!」
「……どうしましたの?」

 アイラがハティアを呼び止めた。

 アイラは振り返ったハティアを何度か見て、迷い、わなわなと唇を振るわせる。乱れる呼吸をどうにか落ち着かせ、静かに尋ねた。

「ハティアお姉さまは……ハティアお姉さまは恋をしていなのですか?」
「ッ!」

 兄二人が恋をしている。会ったことがない姉も恋で他国に嫁いだ。父と母だって、政治的な意味はあったらしいが、それでも恋愛結婚に近いものだと聞いた。

 なら、ハティアはどうなのだろうか。

 そんな疑問が、しこりのようにのどに突っかかり、思わずアイラは尋ねてしまったのだ。

「どうかしらね?」

 ハティアは微笑んだ。

 アイラの目ではその表情を確かに見ることはできなかったが、けれど美しいと思ってしまった。

 いわば散って舞う花びらのような、美しいけれど掴みどころのない微笑みだと思った。

 そしてハティアは去っていった。
しおりを挟む
読んでくださりありがとうございます!!少しでも面白いと思われたら、お気に入り登録や感想をよろしくお願いします!!また、エールで動画を見てくださると投稿継続につながりますのでよろしくお願いします。
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...