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王都邂逅

人に行けない場所はない:アイラ

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 準備はほぼ完璧だとアイラは自負していた。

 大司教であるスコプターとの予定調整も上手くいった。生誕祭で出される料理の全ても監督していたのだが、食材の調達や料理人の手配も過不足なく準備を行えた。

 特に日持ちしにくい果物や生野菜などの食材は、クラリスの協力も得て過去一で安全に過不足なく調達できた。ワインや果実水などの飲み物も問題なかった。

 また、食材は生誕祭終了後、必ず余るようにしてある。例年そうなのだ。

 そのため、例年、余った食材や手を付けられなかった料理などを翌日に七星教会を通して貧困街に炊き出しという名目で供給するのだが、その手筈も整った。

 そして生誕祭当日に昼間に行われた宣言式で、マキーナルト子爵と交渉して師匠であるクラリスを生誕祭の貴位の言祝ことほぎで見届け人として引っ張り出したのだ。

 クラリスは聖典に登場し、多くの人々から尊敬されている精霊と契約している。これは神々をたてまつる七星教会が公式に発表している事であり、周知されている。

 つまるところ、クラリスは大司教と引けを取らないほど、七星教会にも影響を持っているのだ。

 もちろん、クラリス本人はそれを良しとせず、不干渉条約などを七星教会と結んでいるが、それでもやはりその精霊の契約者として少なからず信仰にあつい人々から尊敬されている。

 そしてエレガント王国の貴族にとっても、神金冒険者であり、生ける英雄であり、その精霊の契約者として、クラリスは特別視されている。

 そんな彼女が自分の子供の見届け人となるのだ。

 嬉しいし、誇らしいし、自慢できる。

 そして、アイラがクラリスの弟子である事は周知であり、それ故にクラリスを見届け人として引っ張り出した事がアイラの功績になるのだ。クラリスを利用したとも言える。

「今回だけだぞ」
「来年もよろしく頼みますよ、クラリス師匠」
「むぅ……」

 貴位の言祝ことほぎの直前の会話で、クラリスは少しだけ不満そうな表情をする。しかし、利用されていることには不快感を示さない。

 元々、アイラの師匠になる時にこういう事も考慮していたのだ。

 それに、むしろアイラの師匠としてクラリスは、アイラが為政者として親しい存在自分であろうとキチンと利用できることが嬉しいのだ。そういう力が必要だし、存分に自分を使って欲しいとは思っている。

 なので、このやり取りも冗談であり、二人ともそれを楽しんでいた。

「起立!」

 そして貴位の言祝ことほぎが始まった。

 今回、アイラは車いすを〝念動〟で動かすことはせず、リーナに押してもらうことに決めた。

 理由としては、まずリーナという存在を多くの貴族に知らしめるため。自分の手足であると知らしめるため。

 実はいうと、王族の手足と知らしめることはそれなりのリスクがある。裏を返せばその手足を排除すれば、その王族の動きをほぼ封じることができるからだ。

 つい先日、クラリスはアイラの側仕えを増やしてもよいという許可を出した。しかし、教育はまだまだいき届いておらず、その時間稼ぎとして、わざとリーナを注目させ、他の側仕えへの注意を逸らしたのだ。

 他にも理由として、アイラ自身の力量を隠すためである。

 高位貴族、それこそ公爵家や国の重鎮などには、アイラが〝念動〟で自力で移動できることをそれとなく周知させているが、他の貴族は未だにアイラの魔法の腕前を正確に把握しているわけではない。

 なので、アイラの魔法の力量自体が政治の手札として有効活用するために、できないふりをするのだ。

 そういうわけで、アイラはリーナに車いすを押されながら、階段のスロープを降り、事前に定められた位置で止まる。階段の中央に車いすを向ける。隣には姉であるハティアが美しくたたずんでいて、目の前には二人の兄が堂々と佇んでいた。

 車いすのタイヤにロックをかけ、滑り落ちないようにしながら、アイラは目を閉じたまま魔力だけを見る瞳で下を見やる。

「!」

 声には出さなかった。

 けれど、驚愕というべきか、僅かばかり息を飲む。

(私を見ている……?)

 ツクルに非常によく似た魔力を持つマキーナルト子爵の息子。昼間の宣言式で調べた名は、セオドラーといったか。

 相変わらず体内魔力と放出魔力が一致しておらず、しかも首元には別の体内魔力を持つ三つの存在が持っていて、つかみどころがなかった。

 そんな彼が自分に強い視線を向けていた。

 が、直ぐに、

「エレガント王国国王陛下マジェスティ、並びに王妃陛下マジェスティ出御しゅつぎょッ!!」

 と声が響き、父親のオリバーと母親のカティアが現れ、その視線は外れた。下を向いたのだ。

 アイラは表情には出さないものの、ほっと心を撫でおろす。

 どんなに魔力が似ていてもセオドラーはツクルではない。クラリスが零した発言からアイラはそう判断していた。

 けれどそれは理性が判断した結果であり、感情は、己では制御できない部分が彼をツクルだと言っていた。違うはずなのに。

 それもあり、セオドラーに視線を向けられるのが落ち着かないのだ。

 それから、貴位の言祝ことほぎが本格的に始まり、貴官爵、騎士爵、男爵とアイラが事前に調整した順番に子供たちの名前が呼ばれ、祝福を授かっていった。

 そして、

「セオドラー・マキーナルト!」

 セオドラーの名前が呼ばれた。

 目の前に通る子の魔力の特徴と名前を頭に叩き込んでいたアイラは、その名前が呼ばれて緊張した。

 ゆっくりとした足取り。とても高いアイラの聴力が捉えたその足音はとてもゆったりとしていて、心地がよかった。妙に耳に残り、自然と意識が奪われる。

 セオドラーが階段を昇り始め、そしてアイラの目の前まで昇った。

 その時アイラは、思わず閉じていた目を見開いた。我慢できなかったのだ。その魔力を、その全てを視たくなったのだ。

 体内魔力を視れば、セオドラーは他の子供たちと同じく緊張した感情を放っていた。首元の三つの魔力はとても安心した感情の魔力で、アイラは首元の三つの魔力はセオドラーとは別の存在ではないかと思った。

 と、その時、

「……」

 セオドラーは少しだけ足を止めた。チラリとアイラの方を見た。視線があった。

 それと同時にセオドラーの緊張していた魔力がスーと消えていき、とても安心した魔力へと変わっていった。

「ッ!!」

 アイラは思わず頬を紅潮させる。

 とても嬉しかったのだ。何故か、嬉しいと思えたのだ。

 むろん、頬を紅潮させたのは一瞬のため、隣にいたハティアもそれに気が付いた様子はなかったが、アイラの心は高揚していた。

 だが、それが直ぐに一変する。

「翼なき竜は如何様いかようにして、翼を得て空を羽ばたく事が許されるであるか?」

 父親であるオリバーが慣例とは違う問いをしたからだ。セオドラーだけの特別な問いだったからだ。

 その問いは何故か自分を想起させて。

「翼なき竜がどのようにして、空を羽ばたけるか。はっきりと申せば、翼なき竜は空を羽ばたくことは不可能でございます」
「ぁ」

 そしてアイラはセオドラーのその返答を聞いた瞬間、息を飲んだ。スーッと心が冷たくなっていくのがはっきりと分かる。

「どんなに手を尽くそうとも翼なき竜は、翼なき竜として生きるしかないのでございます。翼を得るなど、愚かな考えだと私は愚考いたします」

 愚か。愚か……

 アイラの頭の中がその言葉に支配される。

 ああ。そうだ。当たり前だ。それは愚かな考えで、不可能なのだ。

 まるで、自分を否定されたかのように、アイラは悲しくなって顔を落としていく。魔力だけを視る視界は、自分の右足がないことをはっきりと示していた。

 けれど。

「しかしながら、翼なき竜は必ずや空に行けるでしょう!」
「ッ!!」

 セオドラーから発せられたその力強い言葉にアイラはハッと顔を上げる。国王を相手にしているのに、物怖じしない言葉に心を奪われていく。

 そして、

「それこそ、普通の竜ではたどり着くこともできない今宵の夜空に輝くあの月さえも!」

 アイラはセオドラーが続けたその言葉に、言葉を失った。

 セオドラーのその声音は絶対的確信に満ちていた。発せられる魔力はどこまでも澄み切った深緑で、嘘偽りがないことを表明していた。

 一度沈んだ心がまた高揚していく。

 そこから交わされるオリバーとセオドラーの禅問答のような言葉。

 そしてセオドラーが自分の方を、車いすを見やりながら発した言葉。

 アイラが夢を見るには十分だった。
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