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王都邂逅

雷:third encounter

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「な……」

 紫髪紫目の少女は言葉を失っている。それから、大広間の方を二度見して、また俺を見て、唖然とする。

 ついでに、俺は頭を悩ましている。

 幸い、ここは庭園の影であり多くの貴族がロイス父さんたちに注目しているおかげで、今のところこの状況を他の誰かに見られていないが、いつ気づかれるか。

 というか、警備の人がオルドナンツの声を聞きつけて、こちらに向かってきているのもある。

「あ――」

 なので、俺は慌てて気づかれないように靴裏に火の魔術陣を創り出し、氷を溶かす。オルドナンツの氷は溶かさない。面倒だし。

「ッ!!??」

 そしたらハッと我に返り、何か言いかけていた紫髪紫目の少女が、更に驚愕の表情を浮かべた。

 ……あれ? 何で、俺の靴裏を見ている……い、いや、まぁ、氷が溶けたからそれに目を奪われていたんだと思う。うん、そうだよな。

 俺はそう思い込みながら、逡巡する。

 ここからどう動けばいいんだろ。流石に、この状況でこのまま退散するのは違う気がする。いや、した方がいいのか? 

 でもな、一昨日のプライベートな時なら兎も角、公の場所だしな。しかも、会場が王城で、王族開催の式典だし……

 う~ん……

 そう悩んでいたら、

「おいっ! ババアッ! 俺をどうする気だ!」

 オルドナンツが紫髪紫目の少女に叫んだ。少女は今度こそ、我に返り、オルドナンツに凍える瞳を向ける。

「騒がしい。黙りなさい。栄えあるバールク公爵の血を引く存在として、相応しい振る舞いをしなさい」

 フィンガスナップ。オルドナンツに向かって魔力による威圧をしつつ、拘束の氷を解除した少女は、俺に向き直る。

 それから、軽くカーテシーをし、俺をチラリと見やる。

 ……ええっと、あれか。オルドナンツに家名をいいながら説教したのは、自分の地位をそれとなく知らせるため。

 で、この場だと一応、子爵家扱いなので俺が先に頭を下げないといけないのか。先ほどの事があっても。

 ……はぁ、だからこういう場所には来たくなかったんだよな。

 そう思いながら俺はおでこに当てていたゴーグルを首に下げ、左胸に手を当てつつ一つ、二つ呼吸を計りながら礼をする。

「風の女神、エンリルが踊る夜風の中、今宵、麗しの魔法のいとし子にお会いできたことを大変光栄に思います。初めまして、私の名は、セオドラー・マキーナルト。蒼蓮そうれんの鑑賞を趣味としております」
 
 マリーさんにみっちり叩き込まれた礼儀作法。仕草一つ一つに無駄はないはずだ。まぁ、ライン兄さんにはいかないだろうが。

 それと『風の女神~』は貴族が、夏の晴れた夜に会った時に使う挨拶だ。『魔法のいとし子』は、バールク公爵の子供を指し、『麗しの』は美しい女性に付ける枕詞。

 『蒼蓮の鑑賞~』は先ほどの失礼は見逃します、という意味だ。

 より正確に言えば、それとなく見返りを要求しますと言った感じだ。蒼蓮は、前世で言う蓮。泥水の中にこそ美しく咲くことから、そんな意味合いがあるとか。

 まぁ、なのでいくつか他にも言い回しがあったりするが、夏なのでこの言い回しを選んだ。

 そして、紫髪紫目の少女は一瞬目を見張りつつ、直ぐに深紅のドレスの裾を持ち、優雅に深々とカーテシーをする。

「夏月蝶が夜風に微笑む下、今宵、宝子たる邪を祓いし天のいとし子にお目にかかれたこと、光栄に思います。初めまして、ルーシー・バールクでございます。白き昇り龍が安寧に眠る草木の鑑賞を嗜んでございます」

 ……凄く洗練された仕草。言動の隅から隅までもが計算されたかの如く澄んでいて、スッと心に残る。

 感動するレベルだ。凄い。

 ちなみに、『夏月蝶が~』は『風の女神~』の返しの言葉であり、『邪を祓いし天のいとし子』は、マキーナルト家の子供を指す。『宝子たる』は今年、貴位の言祝ことほぎを授かる子のこと。

 『白き昇り龍~』は夏の終わりにそれとなく手紙をお送りします、という意味だ。

 それから、俺と紫髪紫目の少女、ルーシーはゆっくりと顔を上げる。

 と、その時、

「これは、お嬢様方。夜花を愛でるところ申し訳ございませんが、もうすぐ貴位の言祝ことほぎが始まるお時間です」

 見計らっていたのだろう。

 美しい、それでいて動きやすそうな鎧を纏った女騎士の人が華麗に現れた。兜は被っていなかった。

 錆色の長髪を後ろで結び、目鼻立ちは整っている。柔らかく錆色の瞳は細められ、にこやかに俺たちに、というか主にルーシーに礼をする。

 ……あれ、この人、どっかで見たような……

 いや、直接見たというより、誰かに似ているような……

 そう思っていたら、

「セオドラー」
「うっ」

 アテナ母さんが近くに来ていた。

 ルーシーとその女騎士の人は驚き、慌ててアテナ母さんの方を向き直るが、アテナ母さんはしーっと口元に指を当てる。

 よくよく周りを見渡してみれば、不可視の結界がいつの間にか張られており、大広間を見やれば俺の分身体に似た要領で創り出されたアテナ母さんの幻影が、ロイス父さんの隣で微笑んでいた。

 あまりに俺が遅いから迎えに来たのか。っというか、あらあらうふふと笑うその翡翠の瞳の奥が恐ろしい。やばい。凄い怒ってる。

 なので、俺は逆らわないようにトテトテとアテナ母さんの隣へと移動する。

「では、失礼」

 それから、嫋やかにカーテシーをしたアテナ母さんの影に隠れるようにしながらその場を離れた。

「……あ、あの、ですね。アルたちが少し疲れていたので、休ませて――」
「セオ?」
「あ、はい。ごめんなさい」

 認識阻害の結界を張っているため、大広間をゆっくり横断している俺達に誰も気が付かない。

 しょんぼりと顔を下げた俺は、アテナ母さんの様子が気になって恐る恐るアテナ母さんの顔を見やる。

 すると、アテナ母さんは困ったように目元を下げていた。

 それから、何度か逡巡した後、静かに口を開いた。

「……セオ。バールク公爵令嬢と揉めていたこととか色々言いたいことはあるけれども」
「はい」
「本当に嫌なら、いいからね。軽はずみなら怒るけれども、セオが本気でその選択を選ぶのなら、私はそれでも構わないわ」
「……それは」

 つまり、本気で貴族と関わらないと決めるなら、今日この場をバックレてもいいと言っているのだろう。

 たぶん、アテナ母さんは俺を子供としてではなく、セオとして判断をゆだねているんだと思う。

 ……いや、まぁ、なんか、情けなくなってくるな。

「大丈夫だよ。ちょっと、嫌だっただけ」
「そう」

 アテナ母さんは静かに頷いた。

 そして俺達は認識阻害をしたままするりとロイス父さんの後ろに回る。

「ちょっと失礼」

 それと同時にロイス父さんが少しだけせき込むふりをして、周りにいた貴族たちの視線を引き、俺は分身体と、アテナ母さんは幻影と入れ替わった。

 そして、それと同時に、

「お時間ですわね」

 厳かな低い金管楽器の音が響いた。チューバに近いかも。

 それを聞いて、アテナ母さんがうふふと笑いながら、中央から奥に伸びて二手に分かれる大きな階段の方を見やる。

 既に数十人の使用人が近くにあった丸机などを移動し、その階段の前に大きなスペースを創り出し、大きな階段に向かい合うように椅子をいくつも設置していた。

 また、そこに俺と同じくらいの背丈の子たちが集まっていた。

 貴位の言祝ことほぎの始まりの知らせだ。

「セオ。緊張しなくて……いや、少しは緊張感をもってね。ほら、行っておいで」

 ロイス父さんが俺の背中を押す。少し誇らしげに、少しだけ心配するように、そして何かに緊張するような顔色だった。

 それに何とも言えない気持ちになりながら、俺は回りにいた貴族の紳士淑女に礼をしつつ、そのスペースに移動した。

 俺が移動し終わる頃には全ての椅子が既に設置されており、俺は事前にロイス父さんから教えられた場所に座る。結構後ろであり、後ろから二列目である。

 周りの子も緊張しながら、あるいは子供ながらの自信に満ちた様子で各々椅子に座っていた。

 そして、警護の騎士たちの人の指示もあり、皆が椅子に座り終わった時、

「起立ッ!」

 突然、軽やかで清々しいトランペットの音が響いたき、俺達が慌てて立ち上がると、左右に分かれた階段から人が現れた。

 俺から見て、右手側、つまり上手かみてには何故か悔しそうな表情をしているクラリスさんと……あれ、市場で木彫りを売っていた髭長の男性じゃん。立派な法衣を着てるし……もしかして、大司祭?

 ……ら、ライン兄さん。大司祭の顔を覚えてなかったの!? 

 左手側からは背の高い茶髪茶目の青年、エドガー兄さんよりも少しだけ背丈がある金髪茶目の少年、ユリシア姉さんよりも少しだけ背丈が低い金髪碧眼の少女。

 そして、

「あ」

 美しい銀髪の少女。王城に入った時から感じていた大きな魔力の正体。車いすに乗り、茶髪のメイドに押されながら降りていた。

 何かが俺を貫いた。
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