異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

文字の大きさ
上 下
219 / 316
王都邂逅

雷:third encounter

しおりを挟む
「な……」

 紫髪紫目の少女は言葉を失っている。それから、大広間の方を二度見して、また俺を見て、唖然とする。

 ついでに、俺は頭を悩ましている。

 幸い、ここは庭園の影であり多くの貴族がロイス父さんたちに注目しているおかげで、今のところこの状況を他の誰かに見られていないが、いつ気づかれるか。

 というか、警備の人がオルドナンツの声を聞きつけて、こちらに向かってきているのもある。

「あ――」

 なので、俺は慌てて気づかれないように靴裏に火の魔術陣を創り出し、氷を溶かす。オルドナンツの氷は溶かさない。面倒だし。

「ッ!!??」

 そしたらハッと我に返り、何か言いかけていた紫髪紫目の少女が、更に驚愕の表情を浮かべた。

 ……あれ? 何で、俺の靴裏を見ている……い、いや、まぁ、氷が溶けたからそれに目を奪われていたんだと思う。うん、そうだよな。

 俺はそう思い込みながら、逡巡する。

 ここからどう動けばいいんだろ。流石に、この状況でこのまま退散するのは違う気がする。いや、した方がいいのか? 

 でもな、一昨日のプライベートな時なら兎も角、公の場所だしな。しかも、会場が王城で、王族開催の式典だし……

 う~ん……

 そう悩んでいたら、

「おいっ! ババアッ! 俺をどうする気だ!」

 オルドナンツが紫髪紫目の少女に叫んだ。少女は今度こそ、我に返り、オルドナンツに凍える瞳を向ける。

「騒がしい。黙りなさい。栄えあるバールク公爵の血を引く存在として、相応しい振る舞いをしなさい」

 フィンガスナップ。オルドナンツに向かって魔力による威圧をしつつ、拘束の氷を解除した少女は、俺に向き直る。

 それから、軽くカーテシーをし、俺をチラリと見やる。

 ……ええっと、あれか。オルドナンツに家名をいいながら説教したのは、自分の地位をそれとなく知らせるため。

 で、この場だと一応、子爵家扱いなので俺が先に頭を下げないといけないのか。先ほどの事があっても。

 ……はぁ、だからこういう場所には来たくなかったんだよな。

 そう思いながら俺はおでこに当てていたゴーグルを首に下げ、左胸に手を当てつつ一つ、二つ呼吸を計りながら礼をする。

「風の女神、エンリルが踊る夜風の中、今宵、麗しの魔法のいとし子にお会いできたことを大変光栄に思います。初めまして、私の名は、セオドラー・マキーナルト。蒼蓮そうれんの鑑賞を趣味としております」
 
 マリーさんにみっちり叩き込まれた礼儀作法。仕草一つ一つに無駄はないはずだ。まぁ、ライン兄さんにはいかないだろうが。

 それと『風の女神~』は貴族が、夏の晴れた夜に会った時に使う挨拶だ。『魔法のいとし子』は、バールク公爵の子供を指し、『麗しの』は美しい女性に付ける枕詞。

 『蒼蓮の鑑賞~』は先ほどの失礼は見逃します、という意味だ。

 より正確に言えば、それとなく見返りを要求しますと言った感じだ。蒼蓮は、前世で言う蓮。泥水の中にこそ美しく咲くことから、そんな意味合いがあるとか。

 まぁ、なのでいくつか他にも言い回しがあったりするが、夏なのでこの言い回しを選んだ。

 そして、紫髪紫目の少女は一瞬目を見張りつつ、直ぐに深紅のドレスの裾を持ち、優雅に深々とカーテシーをする。

「夏月蝶が夜風に微笑む下、今宵、宝子たる邪を祓いし天のいとし子にお目にかかれたこと、光栄に思います。初めまして、ルーシー・バールクでございます。白き昇り龍が安寧に眠る草木の鑑賞を嗜んでございます」

 ……凄く洗練された仕草。言動の隅から隅までもが計算されたかの如く澄んでいて、スッと心に残る。

 感動するレベルだ。凄い。

 ちなみに、『夏月蝶が~』は『風の女神~』の返しの言葉であり、『邪を祓いし天のいとし子』は、マキーナルト家の子供を指す。『宝子たる』は今年、貴位の言祝ことほぎを授かる子のこと。

 『白き昇り龍~』は夏の終わりにそれとなく手紙をお送りします、という意味だ。

 それから、俺と紫髪紫目の少女、ルーシーはゆっくりと顔を上げる。

 と、その時、

「これは、お嬢様方。夜花を愛でるところ申し訳ございませんが、もうすぐ貴位の言祝ことほぎが始まるお時間です」

 見計らっていたのだろう。

 美しい、それでいて動きやすそうな鎧を纏った女騎士の人が華麗に現れた。兜は被っていなかった。

 錆色の長髪を後ろで結び、目鼻立ちは整っている。柔らかく錆色の瞳は細められ、にこやかに俺たちに、というか主にルーシーに礼をする。

 ……あれ、この人、どっかで見たような……

 いや、直接見たというより、誰かに似ているような……

 そう思っていたら、

「セオドラー」
「うっ」

 アテナ母さんが近くに来ていた。

 ルーシーとその女騎士の人は驚き、慌ててアテナ母さんの方を向き直るが、アテナ母さんはしーっと口元に指を当てる。

 よくよく周りを見渡してみれば、不可視の結界がいつの間にか張られており、大広間を見やれば俺の分身体に似た要領で創り出されたアテナ母さんの幻影が、ロイス父さんの隣で微笑んでいた。

 あまりに俺が遅いから迎えに来たのか。っというか、あらあらうふふと笑うその翡翠の瞳の奥が恐ろしい。やばい。凄い怒ってる。

 なので、俺は逆らわないようにトテトテとアテナ母さんの隣へと移動する。

「では、失礼」

 それから、嫋やかにカーテシーをしたアテナ母さんの影に隠れるようにしながらその場を離れた。

「……あ、あの、ですね。アルたちが少し疲れていたので、休ませて――」
「セオ?」
「あ、はい。ごめんなさい」

 認識阻害の結界を張っているため、大広間をゆっくり横断している俺達に誰も気が付かない。

 しょんぼりと顔を下げた俺は、アテナ母さんの様子が気になって恐る恐るアテナ母さんの顔を見やる。

 すると、アテナ母さんは困ったように目元を下げていた。

 それから、何度か逡巡した後、静かに口を開いた。

「……セオ。バールク公爵令嬢と揉めていたこととか色々言いたいことはあるけれども」
「はい」
「本当に嫌なら、いいからね。軽はずみなら怒るけれども、セオが本気でその選択を選ぶのなら、私はそれでも構わないわ」
「……それは」

 つまり、本気で貴族と関わらないと決めるなら、今日この場をバックレてもいいと言っているのだろう。

 たぶん、アテナ母さんは俺を子供としてではなく、セオとして判断をゆだねているんだと思う。

 ……いや、まぁ、なんか、情けなくなってくるな。

「大丈夫だよ。ちょっと、嫌だっただけ」
「そう」

 アテナ母さんは静かに頷いた。

 そして俺達は認識阻害をしたままするりとロイス父さんの後ろに回る。

「ちょっと失礼」

 それと同時にロイス父さんが少しだけせき込むふりをして、周りにいた貴族たちの視線を引き、俺は分身体と、アテナ母さんは幻影と入れ替わった。

 そして、それと同時に、

「お時間ですわね」

 厳かな低い金管楽器の音が響いた。チューバに近いかも。

 それを聞いて、アテナ母さんがうふふと笑いながら、中央から奥に伸びて二手に分かれる大きな階段の方を見やる。

 既に数十人の使用人が近くにあった丸机などを移動し、その階段の前に大きなスペースを創り出し、大きな階段に向かい合うように椅子をいくつも設置していた。

 また、そこに俺と同じくらいの背丈の子たちが集まっていた。

 貴位の言祝ことほぎの始まりの知らせだ。

「セオ。緊張しなくて……いや、少しは緊張感をもってね。ほら、行っておいで」

 ロイス父さんが俺の背中を押す。少し誇らしげに、少しだけ心配するように、そして何かに緊張するような顔色だった。

 それに何とも言えない気持ちになりながら、俺は回りにいた貴族の紳士淑女に礼をしつつ、そのスペースに移動した。

 俺が移動し終わる頃には全ての椅子が既に設置されており、俺は事前にロイス父さんから教えられた場所に座る。結構後ろであり、後ろから二列目である。

 周りの子も緊張しながら、あるいは子供ながらの自信に満ちた様子で各々椅子に座っていた。

 そして、警護の騎士たちの人の指示もあり、皆が椅子に座り終わった時、

「起立ッ!」

 突然、軽やかで清々しいトランペットの音が響いたき、俺達が慌てて立ち上がると、左右に分かれた階段から人が現れた。

 俺から見て、右手側、つまり上手かみてには何故か悔しそうな表情をしているクラリスさんと……あれ、市場で木彫りを売っていた髭長の男性じゃん。立派な法衣を着てるし……もしかして、大司祭?

 ……ら、ライン兄さん。大司祭の顔を覚えてなかったの!? 

 左手側からは背の高い茶髪茶目の青年、エドガー兄さんよりも少しだけ背丈がある金髪茶目の少年、ユリシア姉さんよりも少しだけ背丈が低い金髪碧眼の少女。

 そして、

「あ」

 美しい銀髪の少女。王城に入った時から感じていた大きな魔力の正体。車いすに乗り、茶髪のメイドに押されながら降りていた。

 何かが俺を貫いた。
しおりを挟む
読んでくださりありがとうございます!!少しでも面白いと思われたら、お気に入り登録や感想をよろしくお願いします!!また、エールで動画を見てくださると投稿継続につながりますのでよろしくお願いします。
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

成長促進と願望チートで、異世界転生スローライフ?

後藤蓮
ファンタジー
20年生きてきて不幸なことしかなかった青年は、無職となったその日に、女子高生二人を助けた代償として、トラックに轢かれて死んでしまう。 目が覚めたと思ったら、そこは知らない場所。そこでいきなり神様とか名乗る爺さんと出会い、流れで俺は異世界転生することになった。 日本で20年生きた人生は運が悪い人生だった。来世は運が良くて幸せな人生になるといいな..........。 そんな思いを胸に、神様からもらった成長促進と願望というチートスキルを持って青年は異世界転生する。 さて、新しい人生はどんな人生になるのかな? ※ 第11回ファンタジー小説大賞参加してます 。投票よろしくお願いします! ◇◇◇◇◇◇◇◇ お気に入り、感想貰えると作者がとても喜びますので、是非お願いします。 執筆スピードは、ゆるーくまったりとやっていきます。 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 9/3 0時 HOTランキング一位頂きました!ありがとうございます! 9/4 7時 24hランキング人気・ファンタジー部門、一位頂きました!ありがとうございます!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

処理中です...