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王都邂逅

一昨年はエドガーが護衛だと思われてました:Second encounter

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 赤毛の青年と別れた俺たちは斑魔市はんまいちを歩く。

 さっきの場所よりは人の数が多くないが、それでもそれなり人はいる。

 俺とライン兄さんははぐれないように手を繋ぎながら、キョロキョロと辺りを見渡した。

「それにしても、改めて見ると凄い活気だよね」
「ね。色々なものが売ってるし」

 手作り感満載の日用雑貨から、古めかしい、けれど質の悪い絵や彫り物。食器も売ってるな……。

 あ、あのグラス、結構良い質だぞ。
 っというか、あれ!

「セオも気が付いた?」
「あれ、たぶん前にアテナ母さんが言ってた太夫たゆうグラスだよね」
「うん。実物見たことあるから、絶対。それに太夫たゆうの人が使う紅の線があれだけ綺麗に入ってるのも珍しいよ」

 俺たちの視線の先にあるグラスは、紅い線が流星のように美しく描かれた絵が入っている透明度の高いグラスだ。

 娼婦の中でも、高位貴族だけを特別に相手にする太夫たゆうという称号の人が創り始めたグラスだ。また、太夫たゆうは自分が創った証拠として、使っている口紅の紅染料でグラスに美しい絵を書くのだ。

 というのも、太夫たゆうほどになると、知識に教養はもちろん、一芸にひいでている事が多い。なんせ、高位貴族だけを相手にするのだ。昔のヨーロッパの高級娼婦と同じようなものか。クルチザンヌだったけ。公妾こうしょうにも近いだろう。

 まぁ兎も角、太夫たゆうグラスが生まれたのは確か、細工産業が盛んな国だったので、教養に細工もあったのだろう。

 そして、多くのパトロンと共に創り、それが当時では、いや今でもあり得ないほどのガラスの透明度と美しさから、太夫たゆうと同じく、一般人やそこらの貴族では手に入れることもできない大変美しいものという意味で、太夫たゆうグラスとたたえられたとか。

 それが二つセットで滅茶苦茶安い値段で売られている。なんせ、小銀貨十九枚だ。

 安すぎる。価値が分かっていないのか。

 俺とライン兄さんは視線を合わせ、頷く。買うべきだ。ついでに、アテナ母さんたちに送るべきだ。

 俺たちは子供らしい笑顔を浮かべ、それを売っている若い男性に声をかける。

「お兄さん、これ、ください!」
「んあ? はっ。向こう行け、小僧ども。お前ら子供が買える値段じゃねえぞ。さっさとママの所にでも戻って、おまんま幼児飯でも食べてろ」

 若い男性は冷やかしだと思ったのか、しっしっとあっち行けと言う。

 そうか、小銀貨十九枚って、太夫たゆうグラスと比較すれば、それこそ天と地の差ほど安いけど、普通に考えれば高いのか。

 けど、欲しいことには変わりないので、俺とライン兄さんは印象が薄い感じに偽装していた放出魔力を威圧するような感じに偽装する。

 それから懐から小銀貨十九枚を取り出し、見せる。

「「お兄さん、これ、ちょうだい?」」
「ッ!」

 若い男性は息を飲む。
 
 それからへこへこと頭を下げる。

「へ、へい。お渡しはこのままでいいんすか?」
「うん。今すぐ、ちょうだい!」
「わ、わかりやした」

 そして俺たちは太夫たゆうグラスを二つ、手に入れた。

 それをローブの中で“宝物袋”に仕舞い、放出魔力を印象が薄い感じに偽装し直す。

「おえ? あ、アイツらは!?」

 カモれると思ったのだろう。

 俺たちを付けていた若い男性は俺たちを見失い、素っ頓狂な声を上げた。

 それから俺たちは人込みに紛れ、また、市場を散策する。

 と、

「あっ!」

 ライン兄さんが声を上げる。

 視線の先には、麻布のような少しだけ薄汚い荒い布を下にひき、木彫りの動物を売っている人がいた。浮浪者のような格好だが、蓄えられた髭や長い髪は丁寧にわえられている。仕草や背筋を見ると、品がある。

「セオ!」
「はいはい」

 グイグイと手を引っ張るライン兄さんに呆れる。よほど、長髭の男性の木彫りに目を奪われたのだろう。先ほどの太夫たゆうグラスとは比較にならないほど興奮しているし。

 まぁ、確かにあの動物の木彫りは良い物だと思うが、どこらへんがライン兄さんの琴線に触れたのだろう?

「おじさん! これ、おじさんが彫ったの!?」

 俺をズルズルと引きずりながら、ライン兄さんが長髭の男性は話しかける。

「……」

 長髭の男性はライン兄さんのキラキラ笑顔に一瞬だけ目を細め、辺りを見渡す。それから、もごもごと口の中を動かした後、無言で頷いた。

 たぶん、俺たちを鬱陶しがっているのだと思う。まぁ、勘が良い人は、なんとなく俺たちの存在を察してしまうだろうしな。

 だがしかし、ライン兄さんはそんな事、知らない。これをコミュ障というか、コミュ強というかは、たぶん結果の違いとしか言えない。

 つまるところ、

「カッコいい! 特にこれ! シンジュセンリスだよね!? ここの、ほら、線! おじさん、実際のシンジュセンリス見たの!? あと、これも!」

 マシンガンの如くライン兄さんはまくしたてる。並べてある木彫りの動物を手にとっては、モデルとなっている動物の種目名を当てる。

 シンジュセンリスと言えば、エレガント王国の北の小さな森林にしかいないリスだったはず。

 なるほど。普通に動物って感じよりは、珍しい動物の木彫りなのか。

 長髭の男性は絶句する。

 ライン兄さんは気にせず続ける。

「全部スケッチして、彫ってるの? あ!ここの動物たちって全て地元で神聖視されてる、遣いの動物だし、もしかしておじさんって神官の人!? 詳しいの!? あと、 この彫り方、ギュレース式だよね! これって神像彫刻神官が使う技術だよね!? 欲しい! おじさん、全部、ちょうだい! いくらっ!?」
「……ぼ、坊主!」

 ライン兄さんがローブの懐から硬貨を入れた袋をドサリと置き、ジャラジャラとお金をひっくり返す。

 ……ライン兄さん、酷く興奮しているな。

 長髭の男性なんて、絶句を通り越して辺りを見渡して慌てているし。トラブルに巻き込まれたくないというよりは、普通にライン兄さんを心配してか。良い人だな。

「こら、ライン兄さん!」
たっ! 何するの、セオ!」
「何するのじゃないでしょ。困ってるじゃん」
「あ」

 ライン兄さんは今気が付いたらしい。

 慌てて散らばしたお金をかき集めて懐に仕舞い、申し訳なさそうに長髭の男性をチラチラと見やる。

 それから、頭を下げる。

「あの、ごめんなさい」
「……いや、いい」

 長髭の男性はホッと一息吐き、それから無愛想に首を振る。

 興奮はある程度覚めたライン兄さんは、気まずそうにソワソワした後、口を開く。

「あの、おじさん。お金はキチンと払いますので、全部の木彫りを買いたいんですが……」

 長髭の男性は何度か逡巡し、仕方なさそうに溜息を吐く。それから何度か辺りを見渡し、こっちをチラチラと見ていた人たちににらみ利かせる。

「……大銀貨六枚」

 そしてライン兄さんだけに聞こえるように小さく呟く。

 ライン兄さんも意図を把握したのだろう。顔を輝かせながらも、ローブの中で大銀貨六枚を取り出し、こそっと長髭の男性に差し出す。

 長髭の男性はそれを直ぐに受け取らない。一度、溜息を吐いた後、俺をチラリと見やる。確認を取るような仕草をする。

 ……?

 なんで俺に確認を……

 俺がそれに戸惑っていたが、長髭の男性は俺の無言を自分で解釈したらしい。

 ライン兄さんから大銀貨六枚を受け取り、並べていた木彫りの動物を上品な布にくるんでいく。

 それからそれをライン兄さんではなく、俺に渡す。

 また、小さく、

「護衛。金銭感覚くらい教えておけ。厄介事に巻き込まれるぞ」

 と呟かれた。

 あ、そういうことか。俺を小人族か何かの護衛だと思ったのか。

 まぁ、大銀貨六枚って、王都の相場が分からないから何とも言えないが、たぶん日本円で十万近くのはず。

 そりゃあ、まぁ、うん。

 にしても、俺は護衛でもないし本当にライン兄さんの弟なのだが、向こうの勘違いを否定する必要もないだろう。

「分かっている」
「そうか。それと儂はここの者じゃ。護衛を貸す。あの坊主は見込みがあるし、あれほど喜んで買ってくれた礼じゃ。気にせんでいい」

 長髭の男性は小さなロザリオを俺に見せた。

 なるほど。さっき、ライン兄さんが神像彫刻神官などと言っていたが、当たっていたのか。

 たぶん、王都の偉い神官なのだろう。

 長髭の男性が小指を軽く立てた瞬間、俺たちの周りに明らかに気配の違う存在が現れた。

 護衛を貸すという言葉のままだろう。

 ……あとで面倒が起こりそうな気がするが、まぁいいか。

「感謝する」

 俺は恰好をつけながら長髭の男性に軽く頭を下げる。
 
 それから嬉しそうに上品な布にくるまれている木彫りの動物を抱きかかえているライン兄さんの手を掴む。

「あ、セオ。仕舞って!」
「はいはい」

 俺は受け取ったくるまれて木彫りの動物をローブの中に仕舞い、それから“宝物袋”を発動させて、異空間に仕舞う。

 ライン兄さんは長髭の男性に頭を下げる。

「おじさん、全部大事にします! あと、ありがとうございます!」
「……ああ」

 長髭の男性は少しだけ嬉しそうに目を細め、それから無愛想に頷いた。
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