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王都邂逅

当主とその子供では身分が少し変わります。存じ上げるは最高敬語:First encounter

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「うげっ」

 ロイス父さんが思わずそんな声を出した。隣で優雅に座っていたアテナ母さんに肘で突かれ、こほんと咳払いする。

 ここは貴族街。王城を中心に円状に連なっており、とても広い。半径数キロほどあるのではなかろうか。たぶん、市街地よりも面積が広い。

 というのも一つ一つの家が大きいのと、家と家がそれなりに離れているのだ。

 ライン兄さんに聞いたところによれば、無用なトラブルを避けるためだとか。

 王都は基本的に南と東に門がある。

 それゆえか、王都に住まう貴族たちの屋敷も大抵は南と東側にある。あと、南門から王城までは一直線の道で繋がっており、貴族街であってもそこの領域は一般人でも入れるとか。

 色々な高級そうなお店が立ち並んでいた。

 そして西や北は、俺たちのような地方貴族が泊るための、別荘や借用屋敷が集合している。あとは巨大な演習場だったり、緊急時に民を受け入れる場所なのだとか。

 貴族街といいながら北は特に色々なものが入っているらしい。

 まぁ、北に行けば行くほど貴族にとって重要な場所ではなくなる。王城の影で太陽が隠れるから、基本的にそこに住みたいとは思わないだろうし。

「ねぇ、あれ、全員、使用人なの?」
「そうだよ。一昨年もあんな感じで父さんたち、嫌がってたんだよ。あ、それとあの人たち王家から派遣されている人たちだから」
「分かってる。それ相応の作法でしょ。大丈夫、礼儀作法はそれなりに問題ないんだから」
「……いや、礼儀作法は問題なくても常識に問題ありそうなんだよね」
「常識外れの天才が何を言っているんだか」

 俺はライン兄さんに呆れた表情を向ける。

 西側の一等地と言わんばかりの場所にある豪華な敷地内。

 敷地への門と屋敷はそれなりに離れていて、レモンが馬車を敷地内に進めた際は遠目でしか屋敷が見えなかった。

 しかしながら屋敷前に行くにつれ、それはハッキリ見えてきた。

 ずらりと若人から老人まで、性別問わず様々な使用人が恭しく並んでいて、俺たちに頭を下げていた。およそ四十人近くだろうか。

 The貴族って感じだ。レモンが使用人じゃなくてただの御者にしか見えないほど、動きが洗練されている。

 そしてそんなレモンもうげぇと顔を顰めていた。「これがあるからいつもユナに任せてたんですよね」とぶつくさ呟いていた。

 モフモフの狐尻尾はしんなりと垂れさがっていた。

 俺たちは馬車から降りた。

 すると、マリーさんかそれ以上に背筋が伸びて厳しそうな雰囲気のメイド服を着た女性が一歩前へ出た。ダークブラウンの瞳が鋭く光、白髪が少しだけ混じった長髪までもがピアノ線のように張り詰めていた。

 恭しく先頭を歩くロイス父さんとアテナ母さんに頭を下げる。

亭々ていていたる昇り竜が息吹を鳴らす頃、再びお会いできたこと光栄に存じ上げます」
「久しぶりです、リザさん」

 紳士服を着ているロイス父さんは、にこやかにその女性――リザさんに微笑みかける。

 頭は下げず、されど品と礼を保って。

 イケメンである。

 隣のアテナ母さんは一言も発することなく、けれど目くばせと仕草だけでリザさんに挨拶していた。

 ……うっわ。面倒くさそう。え、貴族スタイルで過ごさなきゃいけないの、マジで、面倒くさそう。

 俺が顔を顰めそうになると、隣のライン兄さんんが軽く咳払いする。

 う、我慢しないと。

 ロイス父さんが身体を一歩引いて、俺たちの方へ手を向ける。最初はライン兄さんの方。

「若葉盛る父の光に、その恵みに再び御目通り願えたこと、大変光栄でございます。お久しぶりでございます、ラインヴァント・マキーナルト様。リザ・リードバルトでございます」
「久しぶりです、リザさん」

 頭を下げたリザさんにライン兄さんは軽く目を伏せる。

 それからロイス父さんは俺の方に手を向ける。口を開く。紹介だ。

「リザさん、紹介するよ。こっちが今年生誕を授かる」
「セオドラー・マキーナルトです」

 一応、事前にこういう事は教わっていたので、頭は下げることなく、それでも丁寧に挨拶する。

 リザさんは一瞬だけ、俺とロイス父さん、アテナ母さんの顔を見比べ、直ぐに冷徹な表情を取り繕う。

 ……分かってるもん。

 そりゃ似てないよな、うん。ロイス父さんたち物凄い美形だけど、俺、そうじゃないもんね。天パ気味の眠たそうな顔してるもんね。印象薄い感じだもんね。

 知ってる。ラート町で散々言われたし、うん、知ってるよ。

「雫が命を芽吹かせ、残花が土に還りたてまつるこの地にてお会いできたこと、光栄でございます。初めまして、セオドラー・マキーナルト様。私はリザ・リードバルトと申します。此度、この屋敷を預かる使用人長でございます。何かあれば申し付けくださいませ」
「分かった。よろしく頼みます」

 面倒、面倒と心の中で叫びつつ、俺はなんとか右手を胸に当てる。

 すると、ロイス父さんが俺たちに向かい直った。

「っということで、荷物の搬入とか色々あるから、遊んできていいよ」
「え。いいの」
「うん。あと二時間後には夕方になるから、その前までには帰ってきなさい。あと、夕立があるかも知れないから気を付けて。じゃあ、これ」

 ロイス父さんは俺たちに銀色のコインをそれぞれ渡した。仰々しい模様が刻まれており、精巧だとわかる。逸品ものだろう。

「懐に隠し持ってなさい。そしてトラブルに巻き込まれたなら、見せなさい」

 注意するように静かにそういったロイス父さんは俺たちの背を向け、リザさんたちと話し込む。レモンは他の使用人に指示を出していた。

 優雅にニッコニッコと微笑むアテナ母さんに視線を送れば、軽く頷き、外を指さす。

 たぶん、俺たちがいると邪魔、もしくは面倒なのだろう。

 ということで、俺とライン兄さんは敷地の外に出たのだった。


 Φ


「生誕祭って明後日でしょ?」
「そうだね」
「エド兄によればだけど、うちってかなり王都にいることが少ないからさ。あの使用人の中にも色々いるらしいんだって」
「……諜報員?」
「ひも付きとか言ってた」

 王家から手配された使用人たちって話しだったけど、つまり王家が採用するほどの人たちだから、多分、騎士爵や男爵、後は爵位を持たない宮廷貴族の人たちの子息子女が王家に雇われている感じなんだろう。
 
 リザさんはそのまま王家の方に仕えてるって感じか?

 まぁどっちにしろ、血のつながりがあるわけだし、完全につのは難しいのは確かだろう。

「危険とかはないし、王家の方も注意して監視してるらしいから問題はないんだけど、なるべく手札を隠して起きたいんだって」
「俺の情報って事か」
「らしいよ。特に生誕祭はどれだけ相手の子息子女の情報を持っているかがカギになるとか言ってたし」
「ああ、面倒くさい。そんな泥沼そうなところに明後日足を踏み入れるのか」

 そう言いながら、俺とライン兄さんは貴族街と市街地を分断する二メートルほどの壁の影に隠れる。

「ねぇ、普通に市街地に行っても良いんだよね」
「うん、たぶん。本当は貴族通りで過ごして欲しいんだろうけど」
「貴族通り?」
「ほら、南から一直線に伸びてる通り。高級店が多いでしょ。だから治安がいいんだよ」
「確かに」

 貴族街の影に隠れた俺たちは、面倒くさい肩っ苦しい上着を脱ぎ捨て、シャツだけになる。ライン兄さんも同様だ。

 俺の“宝物袋”に仕舞い、準備していたフードが付いた上品なローブを取り出す。

 ローブを羽織る。ついでに俺は首からゴーグルを下げる。

 すると懐から、

「アル?」
「リュネ?」
「ケン?」

 アルたちが現れた。

 王都に入る前に俺の懐に隠れているように言っておいたのだ。たぶん、もう出ていいと判断したのだろう。

「俺から離れなこと。あと、あまり人の目に付かないこと。じっとできる?」
「アルル!」
「リュネネ!」
「ケケン!」

 皆が頷いた。俺は微笑み、それからアルたちを頭に乗っける。三人とも俺の天パ気味の頭に埋もれ、葉っぱだけが頭から見える。

「中から覗いてね」
「アル!」
「リュネ!」
「ケン!」

 小さな声と共に俺の頭から生えた葉っぱがピンと立った。

 それを見ていたライン兄さんがプククと笑う。

「へ、変だよ、セオ。頭から葉っぱなんて……」
「そういうライン兄さんだって、ミズチを堂々と首にまいてるじゃん」
「そういうファッションなんだよ、ね」
「シュー」

 ライン兄さんの首にまきついていたミズチがチョロチョロと舌を出して頷いた。それから直ぐに微動だにしなくなる。

 つまるところ、アルたちの存在を隠すためだ。

 アルたちをずっと押し込めるのは嫌だ。だから、どうにかアクセサリーとかそういう装飾品として納得してもらうのだ。

 それに一応、認識阻害やら、ようやくモノになった放出魔力偽装などにより一般人の眼ではアルたちは認識できないはずだ。

 だから、問題ない。

「じゃあ、行こうか」
「え、跳ぶの?」
「貴族通りから市街地に抜けるのだって一応門番いるでしょ? 面倒じゃん。だから、こうやってっ!」

 そう言いながらライン兄さんは風魔法で脚に風圧を纏うと、そのままハイジャンプする。貴族街と市街地を分断する二メートルほどの壁を飛び越えた。

 仕方ないので俺も風魔術を発動させて飛び越えた。

 そして俺の初めての王都探索が始まる。
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