異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

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さて準備かな

ちょうどその時、「王都よ、私は帰ってきたっ!」をしていた:アイラ

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 決して煌びやかとは言えない。派手でもないし、金銀宝石などが装飾されているわけでもない。

 だがしかし、美しさはある。質の良い木材と金属を無駄なく使い、流麗な造形は技術のすいが詰まっている。

 それをいている馬もまた、王国随一といわれる毛並みと忍耐力を持ち、瞳は澄んでいながら主のために一生を費やすほどの強さがある。

 そんな馬車から一人の年端もいかない少女がたおやかなメイドの手を借りて降りる。

 少女――アイラは左足一本で地面に降り立つと、馬車の後ろに備え付けている折り畳んでいた車いすを〝念動〟で取り外し、広げる。

 メイド――リーナの手を借り、車いすに座った。

 王宮仕えの一流御者、いわば引退間際の近衛騎士なのだが、彼は孫を見るような瞳でアイラたちに微笑んでいた。

「オーゲン。一ヵ月、大儀でありましたわ」
「ありがたきお言葉。アイラ殿下」

 頭は下げない。されど、誠実が籠った礼に御者の近衛騎士のオーゲンは歓喜に震える。

 ここ一ヵ月。

 オーゲンは、東の運河を仕切るフェーダー伯爵と共に視察するアイラを見てきた。今までの貴族や騎士の間での噂事はなんだったのか。

 明るく優しく美しく。賢く知恵にあふれ、その不自由であろう身でそこらの貴族にはできないことを為そうとしていた。

 引退最後にこの仕事ができてよかったと思う。

 だが、アイラを心配する心持も生まれる。

 彼女に専属の騎士がいない。王族は専属の騎士が何人もいるものだ。なのに、アイラ本人に仕えているのはリーナ一人。
 
 圧倒的に少ないと言わざる負えない。

 ゆっくりと城内に去っていくアイラの後姿を見やりながら、オーゲンは口惜しさを抱えていた。


 Φ


「ふぅ。疲れたわ」
「そうですね、アイラ様」
「もう、リーナ。貴方も少しは休みなさい。紅茶なら私だって入れられるのよ」
「淑女の嗜みでしたね」

 〝念動〟を使いティーポットを宙に浮かして、温度や入れ方をじっくりと見極めティーカップに紅茶を注いでいるアイラに、ソファーに座らされていたリーナは苦笑する。

 ここ一ヵ月。

 アイラは初めて王都を出た。

 今までも貴族のお茶会や懇親会など、色々と赴いていたものの、それは王都内だけだった。

 しかし、アイラは初めて王都を出て、東のフェーダー領に足を伸ばしたのだ。運河のお陰で道はそれなりに整備されていたのだが、それでも道中は暇だったらしい。

 オーゲンを含め、アイラが自力で交渉し雇ったメイドや老年、もしくは女騎士などとそれなりに交流を深めた際、淑女の嗜みなるものを覚えたのだ。

 いや、本人は淑女の嗜みなどと言っているが、その実極める作業が好きなのだろう。特に紅茶を淹れる事や裁縫などは、ここ一ヵ月で一級の腕前になっていた。

 リーナとしては普通にアイラが趣味を持ってくれたことに頬を綻ばせるばかりである。

「それでアイラ様。明後日より誕生祭ですが」
「ええ、ギリギリ間に合ってよかったわ。準備の方はどうなの?」
「アイラ様がクラリス様をこき使ったこともあり、こちらもギリギリ間に合っております」
「こき使ってなどいないわ。喜んで手伝ってくださったのよ」

 さらりと冗談を混ぜた返答にアイラは、冗談を冗談として否定する。

 すると、不規則な三回のノックの後、クラリスが疲れた表情で部屋に入ってきた。

「……こき使われたと思うのだがの」
「大変助かりました、クラリス様」

 怨みがましいクラリスの瞳をさらりと受け流し、アイラはスーパーな微笑みでクラリスに礼をする。

 クラリスははぁ、と溜息を吐き、リーナが座っていたソファーの隣に腰を降ろす。それから真剣な表情をアイラに向ける。

 クラリスの魔力の感情が変わったことを、その特異な両眼で感じ取ったアイラは背筋を伸ばす。

「それでどうだったのだ? 今回の視察は」
「……足りないことだらけでした。知識も準備も手札も何もかも。お金はギリギリ足りていましたが」

 クラリスは顔色一つ変えない。

「ですが、事業としてこぎつける事には成功いたしました」
「ふむ、そうかの」
「あ」

 クラリスは淡々と頷き、リーナのティーカップを奪い取って紅茶を飲み干す。リーナは少し唇を尖がらせながらも、溜息を吐いて部屋の隅の棚からクラリスのティーカップを取り出すため、立ち上がる。移動する。

 その間に、クラリスはアイラに片手をかざした。

 突風がアイラに向かって放たれる。

「………………警戒は怠っていないようだの」
「ええ、クラリス様相手でも」

 アイラはもちろんの事、部屋は問題なかった。

 突然のクラリスの蛮行突風にアイラは驚くこともなく対応したのだ。クラリスが発動させた突風を同じ威力で放ち、相殺。その瞬間に結界で閉じ込めることにより、霧散した風が部屋を散るのを防いだのだ。

 王族であるアイラを魔法で攻撃したクラリスは、仕方なさそうに頷いた。

「これなら、リーナ以外の側仕えを雇っても問題ないだろうて」
「ようやく許してくださるのですか」
「うむ。まだ納得はいないのだがの、それでもお主がこれから益々ますます外に出る。リーナ一人では回らんだろうて」

 クラリスは、クラリスの意図を読んで『私、見てないし聞いていませんよ』というていを取っていたリーナを見やる。

 リーナは一瞬溜息を吐いた後、ティーカップを棚から取り出し、席に戻る。ソファーに座り、ティーポットを手に取り、紅茶を淹れる。

 そして物凄くいい笑顔でクラリスに渡す。

「お、すま――」

 クラリスは嬉しそうに礼をいって、リーナからティーカップを受け取り、口に着け、

「――熱いっ!」 

 瞬間、リーナが優れた炎魔法でティーカップの紅茶の温度を沸点温度までにあげる。クラリスは思わずティーカップを投げてしまうが、リーナは器用に風魔法と〝念動〟を発動させ紅茶一滴こぼさず、自らの手元へ。

 手を風の膜で覆っているため、ティーカップの熱さなどものともせず、クラリスにティーカップを押し付ける。

「どうしたのですか、クラリス様? 飲まないのですか?」
「お、お主、押し付ける出ないっ!」
「偉大なるクラリス様のために淹れたのです。ぜひ、ぜひ出来立てを飲んでください」
「飲んだら死んでしまうわっ!」

 クラリスが本気で叫んだことにより、リーナは小さく嘆息。「仕方ないお方ですね」と呟きながら、氷魔法を応用してアッツアツのティーカップを冷ます。

 クラリスの前に置く。

「ったく、確かに多少悪い事をしたとは思うが、そう怒らんでも――苦い」
「まぁ、一気に沸騰させ、一気に適温まで下げましたからね。それくらい我慢してください。先ほどの暴挙だって殺意が湧きましたから」
「お主はお主で過保護だの」
「私以外の側仕えを増やさないために、自ら雑事をこなす神金冒険者クラリス様には言われたくありません」

 そうやって言い合うリーナとクラリスにアイラは微笑む。

 自分は幸せだと。守ってくれる人がいて、大事にしてくれる人がいる。

 だからこそ、報いたい。

「リーナ。クラリス様」
「何でしょうか、アイラ様」
「どうしたのだ、アイラ」

 アイラはその透明は瞳で、リーナとクラリスを見やる。

「明後日から、一週間。戦い抜くわ」
「アイラ様。生誕祭は子供たちのおままごとを見守るお祭りですよ」
「そうだぞ。無垢な子供をダシに大人たちが無駄に騒ぎ立てるだけでもある」

 リーナもクラリスもアイラの心を知りながら、冗談めかす。

「はい。そんな子供を守るのが私の務めですから。それに、私、お姉さんですから慕われたいのですよ」
「高々三年早く生まれただけなのに、よく言うの」

 最高齢のおば――お姉さんが呆れる。リーナは少し思案顔だ。
 
「でも、クラリス様。お姉さんをしているアイラ様って結構よくありませんか?」
「……まぁ確かに」
「何が確かにですか、やめてください。冗談ですよ、冗談」

 リーナとクラリスの真剣な声音に、アイラは少しだけ照れる。

 そしてアイラは、チラリと窓側を見やって、

「ッ!?」

 数千メートルの魔力を見通す特異な瞳が、貴族街に向かう一つの馬車を捉えたのだった。
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