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てんやわんやの新たな日常

どうにも卑屈っぽさがあるらしい:Jealousy and envy

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「エドガー兄さんの鬼っ!」
「そうだな、そうだな。じゃあ、そんな鬼と一緒にやろうな」
「くッ」

 一晩の間に雪が降った。

 夜中にガタガタと天井が揺れ、轟音が響くくらいには豪雪だったため、俺の背丈くらいまで積もってしまった。

 つまり雪かきだ。

 嫌だ、寒い、死ぬ。四歳児に雪かきとか鬼すぎるだろっ!

 俺は玄関のドアノブにしがみつく。エドガー兄さんが俺の脇に腕を入れ、引っ張る。

「普通、お前くらいの年頃の子は雪に夢中になるもんだぞ。ほら、ラインだってあんなにはしゃいでるじゃねぇか」

 エドガー兄さんが周りを見渡す。
 
 玄関の周りはすでに雪かきしてあり、こんな極寒の中、軽装のロイス父さんはスコップ片手に道を切り裂いている。文字通り、スコップをひと振りすると降り積もっていた雪が切り裂かれるのだ。

 モーセの海割りならぬ、ロイスの雪割りだ。あのスコップはアロンの杖の代わりなのだろう。

 また、過剰なまでに防寒対策をしてブラウを抱っこしているアテナ母さんがロイス父さんの超常を眺めている。

 レモンはキャッキャとはしゃぐアテナ母さんとブラウに注意を払いながらも、冬雪亀の幼体としての力を発揮して雪を操作し、雪かきしているユキをべた褒めしている。ユキが「ヌー! ヌ―!」と胸を張っている。

 そんな様子をレモンの尻尾の中にいるミズチとアル、リュネ、ケンがジーっと見つめている。寒さが苦手らしく、けれど遊びたい思いもあるためか、一番暖かいレモンのモフモフの中に逃げ込んだのだ。

 屋敷の屋根の上にはユナやマリーさん、バトラ爺がいる。時々、ドサ、ドサ、と雪の塊が落ちてくる。

 そして、上級魔物の毛皮をふんだんに使った防寒具を着たライン兄さんとユリシア姉さんは、降り積もった雪の上を走り回っている。雪玉を投げたり、投げ返したり、かと思えば稽古で使っていたおんぼろの木の盾で雪の上を滑っていたりする。

 はしゃぎすぎだ。子供か。いや、子供だな。

 けど。

「俺の心は大人なのっ!」

 そう、俺は大人なのだ。精神年齢三十半くらいなのだ。

 そんな風に叫んだら、エドガー兄さんがニヤリと笑った。

「じゃあなおさら大人として雪かきしような?」
「ぐう」

 ぐうの音しかでない。くそ、エドガー兄さんったらいつの間にこんな会話トラップができるようなったんだ。無鉄砲だった時のあの頃が懐かし――

「まぁ兎も角、それっ!」
「なげっ、なげっ!!」

 投げられた。この一言に尽きる。

 ああ、降り積もった雪が太陽の光を反射してきれいだ……

 まるで走馬灯のようにそんな感想が思い浮かび。

「ぶべっ」

 雪に衝突した。

 が、案外雪は柔らかく、また俺がモコモコの防寒具を着込んでいたこともあり、衝撃はほとんどなかった。痛くない。

 けど、ただただ冷たい。雪に大の字でうつ伏せになりながら、淡々とそんなことを思った。

 と、ザッと足音が響き。

「ほら、起きろ。もう、これで寒く無いだろ?」
「寒いよっ! ってか、急に投げないでよっ!」

 俺はエドガー兄さんに食って掛かる。

「悪い悪い。けど、もうここまで雪に埋もれたんだ。雪かきか雪遊びでもいいから、楽しめ」
「……はぁ、うん、わかった」

 ニカッと笑うエドガー兄さんに根負けする。

 仕方ない。

「魔術でどうにかするか」
「おう、そうしてくれ。そうそう、町への道は父さんとアランが切り開いてるから、お前は屋敷の周りを頼む。あ、バトラたちが落としてくる雪には気をつけろよ」
「分かってるよ」

 新雪の上を歩いても埋もれないように氷魔術を発動させながら、俺は立ち上がる。パンパンと一番上に羽織っていたケープについた雪を払いのける。

 エドガー兄さんが背負っていたスコップを受け取り、俺は屋敷の裏側へと移動したのだった。


 Φ


「さて、どうするかな」

 身体強化をしながらスコップを振り回す。

 ……身体強化しない方がいいか? 普段から重い物を持つときは自然と強化しているが、それは成育としていいのか……

 まぁ出力を下げるか。

「……重い」

 重かった。四歳児に大人用の金属スコップは重かった。当たり前だ。

「……まぁ分かってたけど、スコップを使って雪かきをするのはなしだな」

 眼下に広がる真っ白な雪景色を眺める。屋敷が丘の上に建っているのもあり、スキーが楽しめそうだなとは思う。

「そうだ、スコップの上に乗って滑ったら面白……いや、それだと下に落ちるだけだし……っと、まずは雪かきだ」

 危ない危ない。

 ライン兄さんたちがはしゃいでいるのを見たためか、遊びたくなってきた。

 ……

 遊んじゃうか? 

 いや、遊んだっていいだろう? 俺、子供なんだし。肉体子供なんだし。

 うん、大人だって童心に変えるだろうし、だとすると大人と子供の区別は肉体なのでは……

 ウズウズする。楽しそう。

「よし、遊ぶか。けど、単に遊ぶのは面白くないな……」

 考える。

 最も素晴らしい遊びの一つは趣味と実益を兼ねられることだ。

 たぶん……そのはず。

「実益は雪かきだな」

 俺は屋敷を見る。ちょうど、一階の窓にまで雪が降り積もっている。

 まずは、屋敷の周りの除雪だな。アテナ母さんが劣化防止の魔法を掛けているとはいえ、雪に触れ続けると屋敷が腐る。駄目になる。

 けど、どうせあとからユナたちが屋根上に降り積もった雪を落としてくるはず。

 すると積み重なるし……

「いや、やってみてからでいいか。屋敷の周りの除雪を適当にするのを目的にするか。うん」

 実益をしっかりと設定できたはずだ。

「遊びだよな。……俺は遊びたい。たぶん、確かだ」

 口に出して言うと凄い恥ずかしいけど、かっこいい大人ってこんな感じのはずだ。ブラウが自立思考がはっきりできる年頃になったとき、蔑まれる目で見られたくはない。

 なのだが、俺は貴族として生きたくはないと思ってる。面倒だし、なんかしょうに合わない。

 ブラウは……貴族として生きるのだろうか?

 そうでなくともエドガー兄さんはマキーナルト領の領主として、ユリシア姉さんは騎士として、つまり貴族として生きる道を定めている。

 ライン兄さんは……分からないけど、なんとなく貴族として生きていく気がしなくもない。

 俺と違って優しくて、それに賢いから、貴族としての立場に立っていたら貴族として振舞ってしまうだろう。

 それがいいかどうかは――俺が手助けできる部分はそこまで多くなく――ライン兄さん自身が決めることだ。

 何が言いたいかというと、趣味人として生きる俺はクズではないかというとこだ。

 いや、趣味人で生きる人間がクズと言っているわけではない。けど、俺自身がそうではないかと思ってしまうのだ。

 昨日のロイス父さんとユリシア姉さんのやり取りを聞いてると。

 …………

「まぁいっか」

 面倒なことは時間があったときに考えよう。

 まずは遊びだ。

「前世ではスキーはやったことなかったしな。滑りたいと思う。けど、雪かきをするとなると、屋敷の周りを滑れるようにしないとならない」

 口に出して述べると状況が見える。まぁ独り言をぶつぶつと呟くって傍から見ればアレだが。

 スキーをするには坂に必要だ。

 けど、屋敷は丘の上に立っているから、スキーをしようとすれば屋敷から離れるしかない。

 屋敷の周りを滑れるように……

「あ、さっきユキが雪を操作してたな」

 ……ダジャレではない。

「雪を操作して、屋敷の周りに坂を作るか。坂を作りながら除雪をするか。具体的なのは分からないけど、やって試すか」

 俺は“宝物袋”から頑丈な糸を取り出す。その糸をスコップの取っ手にしばりつけてる。

 糸を引っ張ってスコップを少したてて、スコップの面に乗る。

 そして。

「ぶっつけ本番だけど、ユキの魔力の流れを真似て」

 俺は周囲に百近い深緑の魔術陣を浮かべる。それを降り積もっている雪にスタンプするように貼り付ける。

 すれば。

「あっ、やべっ」

 降り積もっていた雪がまるで生きているかの如くうねり、トランポリンのように跳ねる。

 なので、スコップに乗っている俺も跳ねる。

「おわわっ、ちょ、危ないっ!」

 魔術の操作をミスったせいで、二階まで飛び上がってしまった。スキーどころではない。

 頭から落ちそうになる。

 と。

「受け身くらい取れなきゃだめよ」
「あ、ユリシア姉さん」

 ユリシア姉さんに抱きとめられた。後ろには雪玉をいっぱい抱えたライン兄さんがいた。
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