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てんやわんやの新たな日常

ユキの朝:小さき者たち

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 ユキの朝は早い。

「……ヌ」

 朝日が昇る前にパチリと目を覚ましたユキは、甲羅に内に引っ込めていた首を出し、辺りを見渡す。

 すぐ隣にはだらしない寝顔をしている養母レモンの顔があった。ユキは養母レモンの枕元で寝ている。

 養母レモンがぐっすり寝ていることを見たユキは、「ヌーー」と言いながら甲羅の内に引っ込めていた両手両足尻尾を出し、全身を伸ばす。

 それからトテトテと歩き、レモンの顔の上に乗った。

「ヌーヌー。ヌ~っ!」
「……ゥキ、もう少し……」
「ヌー!」

 むにゃむにゃと抵抗する養母レモンを前足でペチペチと叩く。すると、ようやく養母レモンはもぞもぞと小刻みに震えた後、パチリと瞼を開く。

「……ぅ……分かったからぁ~!」
「ヌッ!」

 自らの狐尻尾を動かし、ユキを顔から退けた養母レモンは目を擦りながら体を起こした。
目の下には隈があり、あまり寝ていないことが分かる。

 モフモフの狐尻尾に気持ちよさそうにしていたユキは、養母レモンを心配そうに見上げる。

「ヌー?」

 起こしてと頼まれたから起こしたけど、大丈夫? と。

「大丈夫。それより起こしてくれてありがとうね」
「ヌ」

 人差し指の腹で頭を撫でられたユキは気持ちよさそうに目を細める。養母レモンはそれを見て頬を緩ませる。

「ふぁ~ぁ。……さて、身支度をしますか」
「ヌーヌ!」

 太ももまで隠れるほどダボっとした厚手の長袖シャツ一枚しか着ていない養母レモンは、ベッドから降りた後、近くに掛けてあった皴一つないメイド服を手に取る。またドレッサーの上においていたいくつかの小瓶も手に取る。

 それからそれらを持って自室を出て共用スペースへ移動する。浴室へと移動する。

 養母レモンが住んでいるのは、使えているマキーナルト子爵家に併設されている別棟の二階だ。一階は皴が多い男ボスバトラ怖くて優しい女ボスマリーが暮らしており、しっかりお姉さんユナ養母レモンと同じ二階だ。

 養母レモンしっかりお姉さんユナはシェアハウスをしている。各々の自室を持ち、キッチンやリビング、浴室や脱衣所などといった共用スペースがある。

 養母レモンの頭に乗ったユキは鼻歌を歌う。これから温かな雨を浴びるからだ。

「こら、ユキ。私の耳で遊ばないでください」
「ヌ」

 楽しすぎて養母レモンの狐耳に寄りかかっていたら、怒られた。少しシュンとする。

 けどすぐに。

「ほら、温かな雨ですよ」
「ヌー! ヌー!」
「こらこら、暴れないでください」

 養母レモンが手に持った道具から温かな雨――魔道具からお湯のシャワーが放出され、ユキはそれを浴びた。気持ちい。温かい。

 ユキがある程度シャワーを浴びた後、養母レモンもシャワーを浴びる。

 それから浴室を出て脱衣室に常備してあるバスタオルで体を拭く。もう、冬に近いのでユキも養母レモンも湯冷めしないように、手早くだ。

 それから養母レモン葉っぱ兄弟の父セオが作ったドライヤーで、小麦色の長髪や狐尻尾を乾かし、ブラシでく。メイド服を身に纏う。

 また、養母レモンは脱衣室にある鏡を見ながら、いくつかの小瓶から変なお水を少しだけ手に出して、顔に塗る。

 また、大き目の小瓶からちょっといい香りがするオイルを取り出して、顔や手足に滑らせる。ユキの全身にも滑らせる。

「ヌー」
「そうでしょう。アランさんに頼んで作ってもらった特製保湿オイルです。乾燥しますしね」
「ヌー」

 オイルを塗った後、養母レモンはユキを頭の上に乗せて脱衣室を出て、自室に向かう途中、メイド服に身を包み酷く眠たそうな表情をしているしっかりお姉さんユナと出会う。

「あ、ユナ。ご苦労様です」
「あ~、はいです。時間まで寝ますので」
「分かりました。あ、ブラウ様の様子は?」
「いつも通りです。ただ、今日はアテナ様ののどの調子が少し悪そうです」
「分かりました」

 必要な情報は伝えた、と言わんばかりにしっかりお姉さんユナはふらふらと自室へと入っていった。

 ユキは心配そうに鳴く。しっかりお姉さんユナも心配だが、昨夜の養母レモンもあんな感じだったのだ。

「ヌー?」
「大丈夫ですって。もうすぐ本格的な冬が始まれば、私たちも忙しさから解放されますから」
「ヌーヌ?」
「いえ、嫌じゃありませんよ。それは寝る時間が短くなったりしますけど、それを知ってこの仕事に就いていますし、他の貴族のメイドの仕事よりもよほど快適ですからね、ここは。って、分かりませんよね」
「ヌー」

 確かに言っている多くが難しいけど、養母レモンが無理しているでもなく楽しそうなので大丈夫だとユキは思った。

 自室に戻り、灯を付けた養母レモンはドレッサーの前に座り、白い粉みたいなものを顔、特に目元に付けていく。それが終わったらブラシで小麦色の長髪と狐尻尾を整えていく。

「ヌー」
「いつも鏡越に私を見てますけど、楽しいですか?」
「ヌッ!」

 ユキは力強く頷く。鏡と見つめっこしながら、白い粉を薄く付け、髪や尻尾を整えて、ちょっとした装飾品で身を飾っている養母レモンの姿はとても好きなのだ。

 なんというか、こう、好きなのだ。

「……ユキも女の子ですからね。おしゃれにでも興味があるのでしょうか?」
「ヌ?」
「いえ、今度セオ様にでも作ってもらいましょうか……」

 ユキはピコピコと耳を動かす養母レモンに首を傾げる。

 が、ぶつぶつと呟いていた養母レモン

「さて、ユキ。朝から忙しいですが手伝ってください」
「ヌ!」
「ふふ、頼りにしています」

 そうしてユキの朝支度は終わった。


 Φ


「では、ユキ。ブラウ様とアテナ様を頼みます」
「頼むって、私は大丈夫よ」
「どこがですか。そんなよわよわな体で、とても寒い朝稽古を見に来ようとした馬鹿はどこの誰ですか」
「……む」
「むくれても駄目ですよ。ったく、今のアテナ様は弱って幼児退行気味なんですから、気を付けてください」
「……分かってるわよ」

 微かに白み始めた朝日が窓から注がれる。そんな部屋で養母レモン大女主アテナが小声でそんなやり取りをする。

 それから。

「では、ユキ。アテナ様がベッドから無駄に起き上がろうとしたら叱ってくださいね。それとブラウ様の子守も頼みます」
「ヌ」

 ベビーベッドで寝ている妹分ブラウの抱き枕と化していたユキは、自信満々に頷く。責任重大だけど、養母レモンの助けになるから嬉しい。

 そんな想いが見て取れたのか。

「ふふ。こんど、いっぱい遊びましょうね」
「ヌ」

 養母レモンは頬を緩ませ、部屋を出て行った。

 そしてユキの仕事が始まる。

「ヌーヌー」
「……分かってるわよ」

 まずは大女主アテナに優しく言う。大女主アテナは参ったと言わんばかりに起こしていた体を横にする。布団を被り、妹分ブラウの方を見ながら横になる。

 けど、目を瞑ったりしない。

「ヌ」
「うん、分かってる。けど、少しだけ、ね?」
「……ヌ」
「ありがとう」

 ここで強く言っても大女主アテナは聞かない。なので、ユキは条件付きでそれを許す。

 そうして数分すると、満足したのか大女主アテナは目を瞑る。数分もすれば、穏やかなな寝息が聞こえる。

 さて、ここからがユキの朝の仕事の本番だ。

「ヌーヌーヌ~。ヌ~ヌヌ、ヌーヌ~」

 決して耳障りにならない揺りかごのような鼻歌が響く。養母レモンが自分にしてくれたように、安心させる歌を歌う。

 だから、その歌は音だけではない。

 養母レモンがいつもくれる神聖魔力を柔く穏やかに放出していく。

 それはまさしく子守歌。

 ここ最近の妹分ブラウは泣きやすい。理由もなく大声で泣くことが増えた。それにつられて大女主《アテナ》が起きる時間も増えている。妹分ブラウが泣いていると自然と起きてしまうのだ。

 だから、ゆっくりと寝る時間を作りために、ユキは妹分ブラウがなるべく起きないようにする。あとは、大女主アテナの睡眠を手助けする。

 それがこの歌。

「ヌ~ヌ~、ヌヌヌ~」

 歌のイメージは養母レモン。温かく見守ってくれる好きな人。歌い方のイメージは葉っぱ兄弟セオ水蛇の兄ラインの歌い方。お風呂とかで歌ってくれる歌い方がキレイで優しい。

 歌う、歌う。子守歌は淡く広がっていく。

 途中で、葉っぱ兄弟アル、リュネ、ケン水蛇ミズチが乱入してきたりはしたが、養母レモンが朝稽古から帰ってくるまでの間、ユキはずっと歌いつづけた。

 大女主アテナ妹分ブラウもぐっすりと寝ていた。

 よかった。
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