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てんやわんやの新たな日常

そのあと、寝ているブラウたちを起こそうとして止められた:小さき者たち

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「アルル!」

 穏やかに晴れた日。昼食を終えたアルは早速大好きなセオパパに飛びつこうとした。

 なのだが。

「ブラウ。ほらでんでん太鼓だよ」
「ウィっ!」

 大好きなセオパパは新しく家族になった新参者ブラウに夢中だった。

「ア……ル」

 アルは項垂れる。このまま飛びつきたいけど、セオパパの邪魔をしたくないし、けど大好きなセオパパを取られた感じで悔しいし、悲しいし……

 そうして項垂れていたら。

「リュネ?」
「ケン?」

 弟のリュネとケンが不思議そうに首を傾げていた。

 そういえば、二人はセオパパが好きだけどセオパパとずっと一緒にいるわけではない。色々な人と遊んでる。

 ……対して恥ずかしがり屋で引っ込み思案。

 ユキやミズチとだって、ここ最近になってようやく打ち解けてきたのだ。

 ……ズルい。

 そんな事を思ってたら。

「リュネ、リュネっ!」
「ケンケン」

 弟たちがアルの手を引く。遊びに行こうと誘ったのだ。

「ア……アルっ!」

 少し逡巡したものの、アルは頷く。

 そうだ。今日はセオパパ以外と遊ぼう。それで、寂しがっていっぱい遊んでくれるはずだ。

 ……寂しがってくれるかな……

 一瞬そんな思いがよぎったものの、アルはブンブンと首を横に振る。

 リュネが不審に思ったのか、アルの顔を覗き込んだ。

「リュネ?」
「アル、アルル!」
「リュ、リュネ!」

 アルがリュネの手を引っ張り、リビングから出ていった。

「ケンケン」

 ケンは少しだけやれやれといった表情をし、三枚の紅い葉っぱを揺らした後、二人についていった。


 Φ


「アル?」
「シュッ!」

 リビングを出たアルたちが最初に行ったのは強面でいい匂いがするおじさんの住処である厨房だ。厨房の中央にある机に立っていた。

 その厨房にはミズチがいた。

 氷の魔道具が使われた冷蔵庫を器用に開けて、とある水が入った瓶を取り出しているところだった。

 その水とは、アダド森林に隣接し霊峰とも言われるバラサリア山脈からアランが採ってきた湧き水であり、舌触りは柔らかで少し仄かな甘みと大地の優しさを味わえる素晴らしい水だ。

 宗教の水ではない。実際にある自然の水だ。

 ミネラルや鉄分等々の普段摂取しにくい鉱物関連の栄養素が溶け込んでおり、それを特別な薬草に付けお茶とし、産後の弱体化やバランスの不安定化による不調なアテナに飲ませるのだ。

 つまり勝手に手に出してはいけないお水である。

 なのだが、ミズチは本来清い水に棲む幻獣。つまり清く澄んだ水が大好きなのだ。大好物なのだ。

 なので、アランやラインがミズチようにお水を汲んでいるのだが、それだけでは我慢できなかったのようだ。ちょっとだけ、ちょっとだけ、という気分だ。

 そんな盗み食い、いや盗み飲みをしようとしたミズチはアルたちの存在に驚く。

「シューっ、シューシュー!」

 ミズチは尻尾を巻きつけ持っていた瓶を落とした。直ぐに飛び降りて体全体を巻きつけ、割れる事を防いだ。

 が、体を地面にぶつけてしまった。のたうち回る。

「アルアル!」
「リュネっ!」
「ケンっ!」

 アルたちは机からピョンッと飛び降り、のたうち回るミズチに駆け寄る。頭の葉っぱでミズチが地面に叩きつけたところをさする。

 するとパァーと優しい大地の光が灯り、ミズチの真っ白な鱗にできた傷が癒えていく。

「シュー」

 ミズチが安心するように翡翠の瞳を細め、気持ちよさそうな声を出す。

「アル、アル?」
「シュー。シュシュシュー」

 傷が癒えたミズチは湧き水が入った瓶を立てて老いた後、心配そうに見つめてくるアルにペコリと頭を下げる。リュネとケンにもだ。

 いや、頭を下げるどころか命の恩人とさえ言わんばかりに体を絡める。

 アルは満面の笑みで頷き、リュネとケンを見た。

「アルル、ル」
「リュ」
「ケン」

 二人とも照れたように頭の葉っぱを揺らし、それでも満面の笑みで頷いた。

 それからアルは湧き水が入った瓶を見た。

「アル? アルル?」
「シュ、シューー」

 純真な瞳がミズチを貫く。ミズチは冷や汗をかきながらそっぽを向く。如何にも盗み飲みをしようとしてなかったんです。ただ、冷蔵庫の扉が開いてたから閉めようとしただけなんです、と言わんばかりだ。

 調子のいいことで。

 なのだが。

「リュ、リュネっ!」
「ケンっ!」

 清く澄んだ水が好きなのはミズチだけでない。植物としての側面を持つリュネやケンも好きなのだ。

 つまり、リュネが二枚の黄色の葉っぱで固く閉ざされた瓶の蓋を開け、ケンが三枚の紅い葉っぱでちょっと深めのお皿を厨房の中央にあった机から引きずり降ろす。

 そして二人は協力して、そこに湧き水を注ぎ飲んだ。

 お皿に顔を突っ込み、パシャパシャとはしゃぎながら湧き水を飲む。素早い手つきだった。

 それに我慢ができなかったのだろう。

「シューー!」

 ミズチも湧き水が入ったお皿に顔を突っ込み、チロチロと長い舌でそれを飲む。

「ア、アル。アル! アル……アル……」

 アルはそんな三人を止めようとするが、美味しそうに飲んでいる三人に釣られ、湧き水に引き寄せられてしまう。

 そして。

「アル!」

 アルも湧き水を飲んでしまった。

 そこからは食欲旺盛な子たちの蹂躙が始まった。

 ものの数分もすれば。

「ア、ル」
「リュ、ネ」
「ケ、ン」
「シュ、ゥー」

 皆のお腹がパンパンに膨れ上がり、湧き水が入っていたはずの瓶は空っぽだった。飲み尽くしてしまったのだ。

 当然。

「……アルル。アルル!?」
「リュネっ!?」
「ケンっ!?」
「シューシュー!?」

 皆、驚き、やべっと顔を青ざめ、ワタワタとあっちこっちへとオロオロする。

 どうしよ、どうしよ。

 大切なお水飲んじゃった。アテナ大母さんのお水飲んじゃった。

 ああ、ああ、ああっ。

 怒られる。怒られちゃうっ!

「アル~アルゥ~~~!」
「リュネぇ~~~!」
「ケン~~~」
「シュ~~シュ~~!」

 大号泣。大号泣である。先ほど飲み干した湧き水を消費するように大泣きする。

 と、そこへ。

「あん? お前た――……はぁ。やっちまったか」

 昼食の食器を集め、片付けようとしたアランが大声で泣く四人に首を傾げ、近くにあった空瓶とお皿を見て溜息を吐いた。

 セオとライン、ユリシアとアテナ、そして自分の分の食器を抱えたアランは、器用にそれを台所に置いた後、屈む。

 アルたちは最初、アランに気が付きガタガタと震えていた。だって強面だし。自分たちより数十倍大きいし。

 何より悪い事をしたのだから。

 けど、ガタガタと震えてはいけないと思った。

 いつもセオパパラインお兄ちゃんの行動を思い出した。

「……アル」
「……リュネ」
「……ケン」
「……シュー」

 深々と頭を下げた。悪いことをしたら謝る。悪いと認め、ごめんなさいする。

「ったく」

 アランはそんな様子に苦笑し、その凶悪な貌には似合わない優しい声音で微笑む。

「反省してるならいい」
「アルル?」
「そうだ。許す」

 アランは空瓶と皿を取り、台所に置く。それから、それに、と呟き屈む。

「お前たちがこの水を好むのは分かるしな。キチンと欲しいと言ってくれたら、ちょっぴりならやるんだぞ。まぁおやつ程度だが」
「アル~」
「リュネ~」
「ケン~」
「シュ~」

 アランのゴツゴツとした大きな手に撫でられ、アルたちは嬉しそうに目を細めた。

 そうして撫で終わった後、アルは四人を手に抱える。

「だが、今日は出禁だ。分かったな」
「アル~!」

 アランはポイッと四人を厨房の外に追い出した。

 アルたちはあ~れ~と言わんばかりの声を上げ、ポトリと地面に落ちる――

「ヌーヌー」

 かと思われたが、ポテポテと歩いていたユキが自慢の甲羅でみんなを受け止めたのだった。

「ヌーヌーヌ」
「アル?」

 ユキは皆が厨房から追い出された事は尋ねず、けれど行きたい場所があるからとアルたちを誘う。

 ユキ一人だと行けない場所だ。

「アルル? アル、アル?」
「リュネ、リュ~ネッ?」
「ケン……」
「シュー」

 つまり、二階だ。

 アルたちは雪を持ち上げて階段を昇るポーズをする。

「ヌー」

 ユキは頷き、ひっくり返る。とあるポーズをとる。

「ヌーヌーヌー」
「アル……アルっ!」

 そのポーズは新参者ブラウが寝ているポーズだ。会いに行きたいらしい。

 アルは少し悩んだものの、セオパパを奪った敵情視察としてその提案を飲む。

「アルル?」
「リュネっ!」
「ケンっ!」
「シュー!」

 リュネたちも乗る気らしい。


 そうして皆はブラウの部屋へと三時間ほど掛けてたどり着いたのだった。亀であるユキを二階に昇らせるのには、結構大変だったようだ。
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