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てんやわんやの新たな日常

書類整理と会話:Younger sister

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「……どれくらい経てば、良くなるの?」
「……何とも。セオ様の時はまだマシだったのですが、いえ、それでも一か月間一睡もしないなんてことをやらかしてましたし、マシとは言えないんですが……」

 アテナ母さんたちがぐっすり寝ているのを確認した後、レモンがちょっとした遮音と癒しの結界を張り、俺たちはその部屋を後にした。ユリシア姉さんとライン兄さんも一緒に寝ている。

 起きるのは二時間半後くらいだろう。丁度夕食前になるだろうし。

「やっぱり離れてよかったの?」
「ええ、大丈夫です。むしろ四六時中張り込むわけにもいかないですから。本当に深刻な事態があれば直ぐに分かるようになっていますので」
「そう。ならいいけど」

 リビングに向かって廊下を歩きながら、チラリと窓の外を見上げれば、太陽が西へと近づいていた。あと、二時間も経たずに日が落ちるだろう。

 と、思っていたらそういえば、と思い出す。

「トラブルは大丈夫だったの?」
「はい。死之行進デスマーチを乗り切った祝勝祝いでかこつけてやって来ようとした貴族たちは、まぁ少なくなりました。第三騎士団の方々の多くも帰ってもらいました」
「だよね。アテナ母さんがあんな様子だと家には呼べないし……」
「はい。ですが、その様子を馬鹿正直に伝えるわけにはいかないので。ロイス様も大変です。アテナ様とブラウ様の傍にいたいでしょうに」
「……計画しなかったのがわる――」

 悪いとは言えないな。クラリスさんやマリーさんとかなら兎も角、俺は言えないな。うん、言えない。

「どっちにしろ仕方ない」
「確かに、そうですね」

 今日も帰ってこない、というかここ二週間くらい他領等々を回ってるロイス父さんに苦笑する。

 手紙は毎日送られてきているし、明日には帰ってこれるらしいが大変そうだ。

「お、セオ、レモン」
「あ、エドガー兄さん。仕事終わったの?」
「おう」

 とエドガー兄さんと遭遇。もう十歳。だいぶ背も伸びたエドガー兄さんの両手にはたくさんの書類があった。両手だけじゃない。頭にもあった。どれだけ優れたバランス感覚なんだっ、とツッコミたくなるくらいの書類が頭に乗っていた。

「駄目ですよ」

 思わず俺はバッと振り返り逃げそうになったが、レモンの狐尻尾に絡めとられる。モフモフで脱力してしまう。

「ちょうどいい。セオ、手伝ってく――そんな不満そうな顔するな。ドルック商会の書類なんだぞ」
「あ、マジで。え、アカサに放り投げたんだけど」
「ド阿保。放り投げたって、お前がサインしなきゃならねぇ書類は多いし、だいたい発案はお前だろ? 向こうができるのは生産体制等々や経理、販路に売買だけだ。それにお前もラインも、専用の部下を作った方がいいぞ。こういう雑事を処理しなきゃならないんだから」
「……商会作ったのは失敗だったかな。けど、作らなかったら作らなかったで、俺の研究費が……」

 俺は四歳児の両手で持てる分だけ、書類を受け取る。レモンも、あ、私も持ちますよ、といいながら書類を受け取っていた。器用に狐尻尾に書類を乗せる。

 便利そうだ。

「っつうか、ラインは? アイツの血が必要なんだけど」
「え、何、契約でもあったの?」
「あった。聞いたかもしれないが、ほら今年は例年以上に収穫祭の参加希望の貴族が多かっただろ? あれ、死之行進デスマーチの経済効果を受けようとするのもあって、アカサ・サリアス商会と、その支援を受けてるドルック商会に接触しようしてたんだ」
「……俺たちは繋ぎ?」
「まぁそうだな」

 なるほど。

 死之行進デスマーチは確かに凄いからな。経済効果が。

 そもそも他の地域だと数年に一度しか市場に流れないような魔物の素材が、ポンポン手に入るのが死之行進デスマーチだ。まぁそれほどまでに強大な魔物が多かったって事なんだが。

 災害級や天災級の魔物なんて、ほんの一欠片で豪華な家が建つらしいし、魔石一つで王城が建つとか。そりゃあ美味い話なのだろう。

 そしてその美味い種はマキーナルト家と自由ギルド、そしてアカサ・サリアス商会からしか流れない。

 家は子爵家でロイス父さんたちは、エレガント王国の英雄。無下に扱うことはできないし、交渉も難航する。自由ギルドは独自の販売ルートを持ってるし、貴族が干渉できない。

 すると、商会であるアカサ・サリアス商会からしか、その美味い種を得られないんだろうが、アカサもサリアスも優秀だからな。伝手を作るのが難しいのだろう。

 だからこそ、俺たちか。

 ……それにしても最近、サリアス見てないな。っというか、そのせいでアカサがちょっと怠けすぎなんだよな。

「で、ラインは?」
「アテナ母さんたちと寝てる。ユリシア姉さんも」
「……なるほど。まぁ明日父さんが帰ってきてからでいいか。一応、確認はしておきたいし」

 そう言いながらリビングに入ったエドガー兄さんは、ローテーブルにドサッと書類を置く。俺もレモンもだ。

 ……にしても、エドガー兄さんって本当に十歳なのかな? 同年代よりも身長は高いし、ガタイもいいし、野性味もあるし、それでいて頬にインクを付けてる感じ、なんというか立派だよな。

 ロイス父さんの後を継ぐために領主の仕事も手伝ってるし……

「んだよ、その温かい目は」
「いや、立派だなぁと」
「何言ってんだ、お前だって立派だろ? 俺たちがいない間に母さんとブラウの面倒を見て……ってか、母さん大丈夫だったか?」
「いや、駄目そう」
「そうか。やっぱりアランとレモンの言う通り当分仕事は無理そうだな」

 ガシガシと金の短髪を掻きながら、エドガー兄さんはドサッとローテーブルの前にあるソファーに座り込む。

 それから一枚一枚書類を読んでいく。

 俺も“宝物袋”からインクと羽ペンを取り出し、書類を選別していく。直ぐにサインできる奴はパッパッと掃いていく。

 レモンも書類の選別を手伝っていた。

 そうして、数十分。大きな足音を感じて横を見上げれば、アランがいた。いつも通りの強面だ。

「ほれ」

 巨漢の体で屈み、手に持っていたお盆をローテーブルの端に置く。お盆の上には野菜のクッキーと紅茶があった。

一刻二時間もすれば夕食だしな。ちょっとだけだ。あ、片づけはいいぞ。夕食前に回収する」

 流れるような速さで立ち上がったアランは厨房の方へと向かっていく。俺たちは慌ててその背中に礼を言う。

「ありがと、アラン」
「アランさん、ありがと」
「ありがとうございます」

 アランは「おう」と返事しながら厨房の方へと消えた。

 ……収穫した小麦や他の農産物の販路調整等々の仕事があったはずなんだが、凄いな。これから夕食の準備をするんだろうし。

 なんというか、働き者が多い。レモンもここ最近は怠けなくなってる……うん、怠けてない。意外と仕事していることが多い。
 
 たぶん、サボれそうだったら存分にサボるんだけど、そうじゃなかったら真面目に働くんだろうな、レモン。つまり、レモンが真面目に働いてるときはとても忙しい時だ。

 ……嫌だな、その基準。

「あ、エドガー様とセオ様。もう少ししたら風呂に入ってきてください。ユナが時間に合わせて入れてるでしょうし」
「分かった」
「ん」

 ティーカップを片手に書類を選別しながら俺たちは頷く。書類選別用の魔道具、オート・ドキュは、バトラさんとマリーさんが使ってるしな。

 量産して……いや量産できないんだった。まぁ、いいや。今度余裕があったらもう一個作ろ。

 あ、でも、その前にタイプライターの改良しなきゃ。月銀の妖精さんの使用状況から見て、もうすぐ修理しなきゃいけないだろうし。

 近くにいるであろうクラリスさんでもいいのだが、使用の癖は知っておきたいしな。なら、俺が修理した方がいい。

 あ、点字を打ち込む魔道具も改良しなきゃな。魔力効率がもうちょっと改良できそうな気がするし。

 本当は直接会って使用状況とか確認したいんだが……それは叶わなそうだし。あと数ヶ月で五歳になって、俺も貴族と本格的に関わるようになるが……何となく、やんごとなきお方な気がするし。

 まぁ詮索はしない。客? いや、研究協力者として接するだけだ。

 っと、書類作業を並列思考で熟しながら、違うことを考えていたら、もうそろ風呂の準備するか、と立ち上がったエドガー兄さんが辺りを見渡す。

「お、そうだ。そういえば、アルたちはどこにるんだ? ユキとミズチもだが?」
「そういえば、見えませんね。セオ様、知っていますか?」
「あ、いや、知らない。っというか、レモンはユキの居場所分かるでしょ?」

 レモンは俺の質問に苦笑する。

「そうですけど、常に居場所を把握してるのってちょっとアレじゃないですか?」
「ああ、確かに。俺もアルたちの居場所を常に把握しない様にしてるよ」

 アルたちとはなんというか、繋がりがある。だから遠くに行っても居場所は分かるけど、常に把握しているってちょっと束縛感があってやだなんだよな。

 普通のペットとかならまだいいかもしれないけど、アルたちって普通に知性高いし。まぁ遊び好きで子供っぽいけど。

「だが、この時間になっても見えないのは心配だろ? 大体、アルはお前にベッタリだし」
「確かに。けど、まぁどっかにいるだろうし、着替えを取りに行くついでに探しておくよ」
「あ、じゃあユキもお願いします」
「分かった」

 俺とエドガー兄さんは自室に寝間着を取りに行った。
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