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ちょっとした激動の四か月

倦まず弛まず歩んでいけば、不可能は可能となる:Birth

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「過剰吸魔障害で、しかも回転してっ!」
「分かっています。その準備をっ。セオ様。六三の薬品をっ」
「分かってるっ!」

 アテナ母さんの顔が真っ青に染まっている。お腹の下は血だらけで、血が溢れている。前世の知識で事前にアテナ母さんの血を貯血していなければ、大量出血で大事に至っていだろう。

 血の輸血に関しての細菌等々に関しては問題ない。助産をして下さるヴァレオさんは、“血液操作”という能力スキルを持っている。今までの出産もそれを使って、母体や赤子の状態を調べたり、ある程度出血を制御していたらしい。
 
 ただ、輸血の事は知らなかったらしく、俺が知っている限りの知識を伝えた。そのあとは、その知識を元に何度も検証と実験を重ねていた。これには手紙越しだがクラリスさんも協力しており、輸血は問題なく行われている。

 だから、出血は問題ない。

 けど、それ以外が問題だ。

 赤子がなかなか出てこないのだ。それどころか、途中一度お腹に引っ込み、回転してしまった。逆子になってしまった。

 前世では一度も聞いたことがない症例だ。っつうか、たぶんありえない事なのだろう。けど、起きてしまった。

 まだ、それはいい。帝王切開自体はこの世界、というよりはこの地域にはあった。赤子をなんとしても産み、母親を守るために様々な能力スキルと知恵を持つ人々が編み出したのだ。

 それは前世にも劣らないのだろう。

 だから執刀するのはそこまで問題ない。血がドバドバ溢れていて、アテナ母さんもとても苦しそうだから、問題ないなんて言えない。

 どうにか“研究室ラボ君”を使って心を平静に保っているからいいが、たぶん今はとても酷い顔をしているだろう。

 けど、それはまだいいのだ。

 それより問題なのが、過剰吸魔障害だ。

 子は親の魔力を吸収しながら産まれてくる。なのだが、この子はアテナ母さんが命を落としかねない量まで奪っているのだ。

 それは異常なことだ。弱体化自体は分かっていた。けど、アテナ母さんの魔力量は異常だ。その異常を吸いつくしているのだ。

 通常の過剰吸魔障害よりも酷いのだ。

「純聖魔力結晶はっ!」
「今、集まてるっ。あ、一個来たっ!」

 俺は分身が集めている属性や色に染まっていない純粋な魔力結晶を“宝物袋”から取り出す。“宝物袋”は繋がっているから、疑似的な物質転移ができるのだ。

 取り出した不可侵に輝く透明な結晶石、純聖魔量結晶をレモンに渡し、レモンはそれを砕き、先ほどの薬品が入った試験管に入れていく。

 混ぜ込み、それをうめき声を上げ顔を顰めるアテナ母さんの口に当てる。アテナ母さんはそれを飲んでいく。

 少し口元から垂れた液体を拭きながら、レモンはこっちを向く。執刀を得意とするジュラリエさんが、用意していたメス等々を準備していた。

「セオ様。これから執刀を――」

 レモンがそう言おうとした瞬間、爆発的な魔力が近くで感じた。

 思わずそっちを見れば、百メートルほどの巨大な薔薇がいた。青の薔薇を咲かせ、茨を唸らせている。

 見れば、その薔薇の周囲には草がなく、そもそも空気を漂う自然魔力すら感じない。感じるのは、その薔薇が発するおどろおどろしい魔力と瘴気だけ。

 レモンが呆然としている。が、直ぐにハッと顔を上げ、叫ぶ。

「セオ様っ、結界に魔力をっ!」
「え――」

 けど、それは遅かった。
 
 アーティファクトで張っていた魔力物理防御結界が全て破壊された。否、きれいさっぱり消え去った。

 そう、それは。

「くわ、れた?」
「セオ様っ、早く結界を張りなおしてっ、このままではアテナ様のっ!」
「あ、分かってるっ!」

 俺は慌ててアーティファクトに魔力を注いで結界を張っていく。けど、先ほど以上に魔力を消費しているのに、張れた結界は三枚だけ。

 “研究室ラボ君”が教えてくれる。ここら周囲一帯の魔力すべてがあの巨大青薔薇怪獣に集められているのだ。喰らっていると表現するのが適しているか。

 だからか、ロイス父さんとソフィア、アランやエウ等々といった人外クラスの人たち以外は一目散にその場から離れている。

 たぶん、近くにいればいるほど魔力を喰われるのだ。しかも強制的に。奪われすぎれば命の危機に関わる。

 ……今のアテナ母さんのようにっ!

「レモン、使うっ!」
「待ってくださいっ。セオ様が魔力を消費すれば、魔力喰いを防いでいるこの結界そのものがっ!」
「どうするのっ! レモンの魔力は神聖魔力だから譲渡ができないんでしょ。そもそも――」

 俺は魔術を使ってより効率のよい魔力譲渡をしようとしたが、レモンに止められた。レモンの顔は苦痛に歪んでいる。

 今のアテナ母さんは産まれてくる子にも魔力を奪われて、しかも一瞬だけだが巨大青薔薇怪獣に膨大な魔力を奪われたのだっ!

 命の危機だっ! “研究室ラボ君”がそう伝えているっ!

「セオ様っ、落ち着いてください!」

 混乱し、錯乱しそうになっていた俺をレモンが叱咤する。澄んだ声と共にとても清涼な魔力が広がる。

 いつの間にか、レモンの後ろには九本の尻尾があった。体から清らかな魔力を立ち昇らせ、それを結界全体に広げている。

 凛とした表情だった。

 更にそれに驚く暇もなく、黄金の光がアテナ母さんの隣に輝く。ヴァレオさんとジュラリエさんはそれに驚くが、レモンは驚かない。

 素早く指示を出す。

「ヴァレオさんはそのまま出血の制御をっ! ジュラリエさんは、執刀の準備を進めてください」
「分かっている」
「は、はい」

 そして一分ほど経つと、輝いていた黄金の光が晴れる。そこにはクラリスさんがいた。

「セオ――」

 クラリスさんは俺を見て何かを尋ねようとしたが、周りの状況を把握し、直ぐに動き始める。

「レモン、状況はっ!」
「直前に逆子になり、過剰吸魔障害ですっ! 喰らいの薔薇の変異種により周囲一帯の魔力がっ!」
「それは厄介だの」

 そう頷きながら、クラリスは凛とした声を発する。

「この場はクラリス・ビブリオが預かる」

 それから指示を出す。

「レモンは結界の強化。ヴァレオさんは、うむ。そのまま出血の調整を。それと、これを随時飲ませよ。お主は……」
「ジュラリエです」
「ジュラリエ、執刀は儂が行う。お主はその補助を頼む」
「分かりましたっ!」

 一種のオーラだ。ヴァレオさんやジュラリエさんだってこの状況に少なからず焦りを抱いていた。

 なのに、一瞬にしてその場がクラリスさんに支配され、テキパキと行動を始める。

 クラリスさんは苦痛で声も出せず身動きも取れないアテナ母さんの額に手を当て、光厳の輝かせる。

「ゆっくり、ゆっくり深呼吸。吸って、吐いて。儂とレモンの魔力を意識せよ」
「……ええ、ええ。ありがと」
「しゃべるでない。吸って吸って、吐く。吸って吸って吐く」

 血まみどろのお腹に手を当て、黄金に輝かせる。アテナ母さんの顔が少しだけ和らぐ。

「クラリス様、準備ができました」
「うむ。分かった。……セオ」
「あ、はいっ!」

 クラリスさんが俺を呼ぶ。ロイス父さんたちが激闘をしているため、爆発や轟音が響き渡っているのに、大きくもないクラリスさんの声がハッキリと俺の耳に入る。

 鈴のように清らかで落ち着いてた。

「お主は随時、魔道具を使って清潔を保つのだ。それと儂が言った時にこれらの薬品を使え」
「分かったっ!」

 俺はクラリスさんから虚空から投げ渡された鞄を受け取り、その中から試験管に入った薬品を取り出す。

「上一、右二、赤色っ!」
「はいっ!」

 執刀を始め、アテナ母さんのお腹を切り始めたクラリスさんの命令に従い、俺は指定された薬品をアテナ母さんに飲ます。

 手を握り、先ほどクラリスさんが指定した呼吸を一心不乱にしているアテナ母さんの口にそれを当てる。

 繰り返す。

 繰り返して、一時間が経つ。

 そしてようやく。

「おぎゃーーーーーーーー!」

 命の産声が響き渡る。

 それはなんというか、可愛らしくないけど愛おしいというか、なんというか。プクッと顔が膨らんでいて、ちょっと不細工な気がしなくもないけど、とても可愛いというか。

 クラリスさんやヴァレオさんたちの手によって、血に染まった体が丁寧に丁寧に拭かれていく。また、クラリスさんが黄金の瞳をさらに光らせ、その赤子を視る。調べているのだ。

 俺はそれを間近で見ながら、エドガー兄さんたちに分身を通して産まれた事を伝える。

 おお、大騒ぎだ。

 けど、そんな事なんて気にすることができない。

「ほれ、アテナ。子に異常はない」
「……ん」

 極限に疲れている状態なのだろう。アテナ母さんはろくに声も出せていない。顔も痛みと疲れで歪めている。

 けど、ヒッグヒッグウッグと泣いている我が子を抱き、頬をほころばせる。頭を優しくなでる。

「……セオ。セオ」
「なに、アテナ母さん」

 掠れるような呟きに俺は優しく反応する。目は赤子から離れないが。

「……名前」
「え?」
「この子の名前はアナタが……」
「え」

 そう言いながらアテナ母さんは目を細める。俺は混乱する。

 けど、弱体化したアテナ母さんの処置を魔法でしていたクラリスさんとレモンがわぁと声を上げる。

「それはよいのぅ」
「はい。確かに素晴らしいです」

 え。俺が名前? この子の?

 ロイス父さんに許可は? え、いいの?

 そんな疑問が湧きあがる。混乱する。

 けど。

「アナタがいいのよ。セオ」

 そう、アテナ母さんが言った。

「……分かった。うん、素敵な名前にしたい」

 そう思った瞬間。

「ギャグァゥァァァッッッッツゥツッッッウッ!!」

 怖ろしいほどの断末魔が響き渡った。

 思わずそちらを見れば、巨大青薔薇怪獣、喰らいの薔薇変異種が、ロイス父さんが振り下ろした空を切り裂くほど巨大な大剣によって、真っ二つに切断されていた。それは綺麗な切断だった。

 そして畳みかけるように、アランが振り下ろした衝撃波を纏った巨大化した金棒によって潰され、エウとソフィアと後、超高ランクの冒険者やアカサたちが膨大な魔力を使った火炎魔法で焼き尽くしている。

 そして巨大青薔薇怪獣が消滅した。それと同時にパンッと音が響き、高く蒼く染まっていた空から青の薔薇の花びらが降ってきた。

 青薔薇の雨だ。

「ブラウローゼ」

 スッとその名前が出てきた。

「ブラウローゼ……うん、いい名前ね」

 アテナ母さんはそう言い、赤子――ブラウローゼの頭を撫でた。

 その瞬間。

――確認しました。個体名:セオドラー・マキーナルトによる名づけが個体名:アテナ・マキーナルトに了承されました。

――確認しました。ブラウローゼ・マキーナルトの名づけを開始します。……終了しました。

「え」

 久しぶりに聞いたその天の声アナウンスに戸惑っている俺を他所に、アテナ母さんはやり切ったような表情でクラリスさんを見た。

「名づけが終わったわね。……クラリス、レモン、ヴァレオさん、ジュラリエ。後はお願い」
「うむ」
「畏まりました」
「はい、分かった」
「はい、分かりました」

 皆がそう頷き、アテナ母さんは眠りについた。

「アテナ!」
「母さんっ!」
「母さん」
「アテナ様っ!」

 ロイス父さんやエドガー兄さんたちが飛び込んでくる。

 
 そして妹――ブラウローゼが誕生し、死之行進デスマーチが終わった。
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