154 / 316
ちょっとした激動の四か月
倦まず弛まず歩んでいけば、不可能は可能となる:Birth
しおりを挟む
「過剰吸魔障害で、しかも回転してっ!」
「分かっています。その準備をっ。セオ様。六三の薬品をっ」
「分かってるっ!」
アテナ母さんの顔が真っ青に染まっている。お腹の下は血だらけで、血が溢れている。前世の知識で事前にアテナ母さんの血を貯血していなければ、大量出血で大事に至っていだろう。
血の輸血に関しての細菌等々に関しては問題ない。助産をして下さるヴァレオさんは、“血液操作”という能力を持っている。今までの出産もそれを使って、母体や赤子の状態を調べたり、ある程度出血を制御していたらしい。
ただ、輸血の事は知らなかったらしく、俺が知っている限りの知識を伝えた。そのあとは、その知識を元に何度も検証と実験を重ねていた。これには手紙越しだがクラリスさんも協力しており、輸血は問題なく行われている。
だから、出血は問題ない。
けど、それ以外が問題だ。
赤子がなかなか出てこないのだ。それどころか、途中一度お腹に引っ込み、回転してしまった。逆子になってしまった。
前世では一度も聞いたことがない症例だ。っつうか、たぶんありえない事なのだろう。けど、起きてしまった。
まだ、それはいい。帝王切開自体はこの世界、というよりはこの地域にはあった。赤子をなんとしても産み、母親を守るために様々な能力と知恵を持つ人々が編み出したのだ。
それは前世にも劣らないのだろう。
だから執刀するのはそこまで問題ない。血がドバドバ溢れていて、アテナ母さんもとても苦しそうだから、問題ないなんて言えない。
どうにか“研究室”を使って心を平静に保っているからいいが、たぶん今はとても酷い顔をしているだろう。
けど、それはまだいいのだ。
それより問題なのが、過剰吸魔障害だ。
子は親の魔力を吸収しながら産まれてくる。なのだが、この子はアテナ母さんが命を落としかねない量まで奪っているのだ。
それは異常なことだ。弱体化自体は分かっていた。けど、アテナ母さんの魔力量は異常だ。その異常を吸いつくしているのだ。
通常の過剰吸魔障害よりも酷いのだ。
「純聖魔力結晶はっ!」
「今、集まてるっ。あ、一個来たっ!」
俺は分身が集めている属性や色に染まっていない純粋な魔力結晶を“宝物袋”から取り出す。“宝物袋”は繋がっているから、疑似的な物質転移ができるのだ。
取り出した不可侵に輝く透明な結晶石、純聖魔量結晶をレモンに渡し、レモンはそれを砕き、先ほどの薬品が入った試験管に入れていく。
混ぜ込み、それをうめき声を上げ顔を顰めるアテナ母さんの口に当てる。アテナ母さんはそれを飲んでいく。
少し口元から垂れた液体を拭きながら、レモンはこっちを向く。執刀を得意とするジュラリエさんが、用意していたメス等々を準備していた。
「セオ様。これから執刀を――」
レモンがそう言おうとした瞬間、爆発的な魔力が近くで感じた。
思わずそっちを見れば、百メートルほどの巨大な薔薇がいた。青の薔薇を咲かせ、茨を唸らせている。
見れば、その薔薇の周囲には草がなく、そもそも空気を漂う自然魔力すら感じない。感じるのは、その薔薇が発するおどろおどろしい魔力と瘴気だけ。
レモンが呆然としている。が、直ぐにハッと顔を上げ、叫ぶ。
「セオ様っ、結界に魔力をっ!」
「え――」
けど、それは遅かった。
アーティファクトで張っていた魔力物理防御結界が全て破壊された。否、きれいさっぱり消え去った。
そう、それは。
「くわ、れた?」
「セオ様っ、早く結界を張りなおしてっ、このままではアテナ様のっ!」
「あ、分かってるっ!」
俺は慌ててアーティファクトに魔力を注いで結界を張っていく。けど、先ほど以上に魔力を消費しているのに、張れた結界は三枚だけ。
“研究室”が教えてくれる。ここら周囲一帯の魔力すべてがあの巨大青薔薇怪獣に集められているのだ。喰らっていると表現するのが適しているか。
だからか、ロイス父さんとソフィア、アランやエウ等々といった人外クラスの人たち以外は一目散にその場から離れている。
たぶん、近くにいればいるほど魔力を喰われるのだ。しかも強制的に。奪われすぎれば命の危機に関わる。
……今のアテナ母さんのようにっ!
「レモン、使うっ!」
「待ってくださいっ。セオ様が魔力を消費すれば、魔力喰いを防いでいるこの結界そのものがっ!」
「どうするのっ! レモンの魔力は神聖魔力だから譲渡ができないんでしょ。そもそも――」
俺は魔術を使ってより効率のよい魔力譲渡をしようとしたが、レモンに止められた。レモンの顔は苦痛に歪んでいる。
今のアテナ母さんは産まれてくる子にも魔力を奪われて、しかも一瞬だけだが巨大青薔薇怪獣に膨大な魔力を奪われたのだっ!
命の危機だっ! “研究室”がそう伝えているっ!
「セオ様っ、落ち着いてください!」
混乱し、錯乱しそうになっていた俺をレモンが叱咤する。澄んだ声と共にとても清涼な魔力が広がる。
いつの間にか、レモンの後ろには九本の尻尾があった。体から清らかな魔力を立ち昇らせ、それを結界全体に広げている。
凛とした表情だった。
更にそれに驚く暇もなく、黄金の光がアテナ母さんの隣に輝く。ヴァレオさんとジュラリエさんはそれに驚くが、レモンは驚かない。
素早く指示を出す。
「ヴァレオさんはそのまま出血の制御をっ! ジュラリエさんは、執刀の準備を進めてください」
「分かっている」
「は、はい」
そして一分ほど経つと、輝いていた黄金の光が晴れる。そこにはクラリスさんがいた。
「セオ――」
クラリスさんは俺を見て何かを尋ねようとしたが、周りの状況を把握し、直ぐに動き始める。
「レモン、状況はっ!」
「直前に逆子になり、過剰吸魔障害ですっ! 喰らいの薔薇の変異種により周囲一帯の魔力がっ!」
「それは厄介だの」
そう頷きながら、クラリスは凛とした声を発する。
「この場はクラリス・ビブリオが預かる」
それから指示を出す。
「レモンは結界の強化。ヴァレオさんは、うむ。そのまま出血の調整を。それと、これを随時飲ませよ。お主は……」
「ジュラリエです」
「ジュラリエ、執刀は儂が行う。お主はその補助を頼む」
「分かりましたっ!」
一種のオーラだ。ヴァレオさんやジュラリエさんだってこの状況に少なからず焦りを抱いていた。
なのに、一瞬にしてその場がクラリスさんに支配され、テキパキと行動を始める。
クラリスさんは苦痛で声も出せず身動きも取れないアテナ母さんの額に手を当て、光厳の輝かせる。
「ゆっくり、ゆっくり深呼吸。吸って、吐いて。儂とレモンの魔力を意識せよ」
「……ええ、ええ。ありがと」
「しゃべるでない。吸って吸って、吐く。吸って吸って吐く」
血まみどろのお腹に手を当て、黄金に輝かせる。アテナ母さんの顔が少しだけ和らぐ。
「クラリス様、準備ができました」
「うむ。分かった。……セオ」
「あ、はいっ!」
クラリスさんが俺を呼ぶ。ロイス父さんたちが激闘をしているため、爆発や轟音が響き渡っているのに、大きくもないクラリスさんの声がハッキリと俺の耳に入る。
鈴のように清らかで落ち着いてた。
「お主は随時、魔道具を使って清潔を保つのだ。それと儂が言った時にこれらの薬品を使え」
「分かったっ!」
俺はクラリスさんから虚空から投げ渡された鞄を受け取り、その中から試験管に入った薬品を取り出す。
「上一、右二、赤色っ!」
「はいっ!」
執刀を始め、アテナ母さんのお腹を切り始めたクラリスさんの命令に従い、俺は指定された薬品をアテナ母さんに飲ます。
手を握り、先ほどクラリスさんが指定した呼吸を一心不乱にしているアテナ母さんの口にそれを当てる。
繰り返す。
繰り返して、一時間が経つ。
そしてようやく。
「おぎゃーーーーーーーー!」
命の産声が響き渡る。
それはなんというか、可愛らしくないけど愛おしいというか、なんというか。プクッと顔が膨らんでいて、ちょっと不細工な気がしなくもないけど、とても可愛いというか。
クラリスさんやヴァレオさんたちの手によって、血に染まった体が丁寧に丁寧に拭かれていく。また、クラリスさんが黄金の瞳をさらに光らせ、その赤子を視る。調べているのだ。
俺はそれを間近で見ながら、エドガー兄さんたちに分身を通して産まれた事を伝える。
おお、大騒ぎだ。
けど、そんな事なんて気にすることができない。
「ほれ、アテナ。子に異常はない」
「……ん」
極限に疲れている状態なのだろう。アテナ母さんはろくに声も出せていない。顔も痛みと疲れで歪めている。
けど、ヒッグヒッグウッグと泣いている我が子を抱き、頬をほころばせる。頭を優しくなでる。
「……セオ。セオ」
「なに、アテナ母さん」
掠れるような呟きに俺は優しく反応する。目は赤子から離れないが。
「……名前」
「え?」
「この子の名前はアナタが……」
「え」
そう言いながらアテナ母さんは目を細める。俺は混乱する。
けど、弱体化したアテナ母さんの処置を魔法でしていたクラリスさんとレモンがわぁと声を上げる。
「それはよいのぅ」
「はい。確かに素晴らしいです」
え。俺が名前? この子の?
ロイス父さんに許可は? え、いいの?
そんな疑問が湧きあがる。混乱する。
けど。
「アナタがいいのよ。セオ」
そう、アテナ母さんが言った。
「……分かった。うん、素敵な名前にしたい」
そう思った瞬間。
「ギャグァゥァァァッッッッツゥツッッッウッ!!」
怖ろしいほどの断末魔が響き渡った。
思わずそちらを見れば、巨大青薔薇怪獣、喰らいの薔薇変異種が、ロイス父さんが振り下ろした空を切り裂くほど巨大な大剣によって、真っ二つに切断されていた。それは綺麗な切断だった。
そして畳みかけるように、アランが振り下ろした衝撃波を纏った巨大化した金棒によって潰され、エウとソフィアと後、超高ランクの冒険者やアカサたちが膨大な魔力を使った火炎魔法で焼き尽くしている。
そして巨大青薔薇怪獣が消滅した。それと同時にパンッと音が響き、高く蒼く染まっていた空から青の薔薇の花びらが降ってきた。
青薔薇の雨だ。
「ブラウローゼ」
スッとその名前が出てきた。
「ブラウローゼ……うん、いい名前ね」
アテナ母さんはそう言い、赤子――ブラウローゼの頭を撫でた。
その瞬間。
――確認しました。個体名:セオドラー・マキーナルトによる名づけが個体名:アテナ・マキーナルトに了承されました。
――確認しました。ブラウローゼ・マキーナルトの名づけを開始します。……終了しました。
「え」
久しぶりに聞いたその天の声に戸惑っている俺を他所に、アテナ母さんはやり切ったような表情でクラリスさんを見た。
「名づけが終わったわね。……クラリス、レモン、ヴァレオさん、ジュラリエ。後はお願い」
「うむ」
「畏まりました」
「はい、分かった」
「はい、分かりました」
皆がそう頷き、アテナ母さんは眠りについた。
「アテナ!」
「母さんっ!」
「母さん」
「アテナ様っ!」
ロイス父さんやエドガー兄さんたちが飛び込んでくる。
そして妹――ブラウローゼが誕生し、死之行進が終わった。
「分かっています。その準備をっ。セオ様。六三の薬品をっ」
「分かってるっ!」
アテナ母さんの顔が真っ青に染まっている。お腹の下は血だらけで、血が溢れている。前世の知識で事前にアテナ母さんの血を貯血していなければ、大量出血で大事に至っていだろう。
血の輸血に関しての細菌等々に関しては問題ない。助産をして下さるヴァレオさんは、“血液操作”という能力を持っている。今までの出産もそれを使って、母体や赤子の状態を調べたり、ある程度出血を制御していたらしい。
ただ、輸血の事は知らなかったらしく、俺が知っている限りの知識を伝えた。そのあとは、その知識を元に何度も検証と実験を重ねていた。これには手紙越しだがクラリスさんも協力しており、輸血は問題なく行われている。
だから、出血は問題ない。
けど、それ以外が問題だ。
赤子がなかなか出てこないのだ。それどころか、途中一度お腹に引っ込み、回転してしまった。逆子になってしまった。
前世では一度も聞いたことがない症例だ。っつうか、たぶんありえない事なのだろう。けど、起きてしまった。
まだ、それはいい。帝王切開自体はこの世界、というよりはこの地域にはあった。赤子をなんとしても産み、母親を守るために様々な能力と知恵を持つ人々が編み出したのだ。
それは前世にも劣らないのだろう。
だから執刀するのはそこまで問題ない。血がドバドバ溢れていて、アテナ母さんもとても苦しそうだから、問題ないなんて言えない。
どうにか“研究室”を使って心を平静に保っているからいいが、たぶん今はとても酷い顔をしているだろう。
けど、それはまだいいのだ。
それより問題なのが、過剰吸魔障害だ。
子は親の魔力を吸収しながら産まれてくる。なのだが、この子はアテナ母さんが命を落としかねない量まで奪っているのだ。
それは異常なことだ。弱体化自体は分かっていた。けど、アテナ母さんの魔力量は異常だ。その異常を吸いつくしているのだ。
通常の過剰吸魔障害よりも酷いのだ。
「純聖魔力結晶はっ!」
「今、集まてるっ。あ、一個来たっ!」
俺は分身が集めている属性や色に染まっていない純粋な魔力結晶を“宝物袋”から取り出す。“宝物袋”は繋がっているから、疑似的な物質転移ができるのだ。
取り出した不可侵に輝く透明な結晶石、純聖魔量結晶をレモンに渡し、レモンはそれを砕き、先ほどの薬品が入った試験管に入れていく。
混ぜ込み、それをうめき声を上げ顔を顰めるアテナ母さんの口に当てる。アテナ母さんはそれを飲んでいく。
少し口元から垂れた液体を拭きながら、レモンはこっちを向く。執刀を得意とするジュラリエさんが、用意していたメス等々を準備していた。
「セオ様。これから執刀を――」
レモンがそう言おうとした瞬間、爆発的な魔力が近くで感じた。
思わずそっちを見れば、百メートルほどの巨大な薔薇がいた。青の薔薇を咲かせ、茨を唸らせている。
見れば、その薔薇の周囲には草がなく、そもそも空気を漂う自然魔力すら感じない。感じるのは、その薔薇が発するおどろおどろしい魔力と瘴気だけ。
レモンが呆然としている。が、直ぐにハッと顔を上げ、叫ぶ。
「セオ様っ、結界に魔力をっ!」
「え――」
けど、それは遅かった。
アーティファクトで張っていた魔力物理防御結界が全て破壊された。否、きれいさっぱり消え去った。
そう、それは。
「くわ、れた?」
「セオ様っ、早く結界を張りなおしてっ、このままではアテナ様のっ!」
「あ、分かってるっ!」
俺は慌ててアーティファクトに魔力を注いで結界を張っていく。けど、先ほど以上に魔力を消費しているのに、張れた結界は三枚だけ。
“研究室”が教えてくれる。ここら周囲一帯の魔力すべてがあの巨大青薔薇怪獣に集められているのだ。喰らっていると表現するのが適しているか。
だからか、ロイス父さんとソフィア、アランやエウ等々といった人外クラスの人たち以外は一目散にその場から離れている。
たぶん、近くにいればいるほど魔力を喰われるのだ。しかも強制的に。奪われすぎれば命の危機に関わる。
……今のアテナ母さんのようにっ!
「レモン、使うっ!」
「待ってくださいっ。セオ様が魔力を消費すれば、魔力喰いを防いでいるこの結界そのものがっ!」
「どうするのっ! レモンの魔力は神聖魔力だから譲渡ができないんでしょ。そもそも――」
俺は魔術を使ってより効率のよい魔力譲渡をしようとしたが、レモンに止められた。レモンの顔は苦痛に歪んでいる。
今のアテナ母さんは産まれてくる子にも魔力を奪われて、しかも一瞬だけだが巨大青薔薇怪獣に膨大な魔力を奪われたのだっ!
命の危機だっ! “研究室”がそう伝えているっ!
「セオ様っ、落ち着いてください!」
混乱し、錯乱しそうになっていた俺をレモンが叱咤する。澄んだ声と共にとても清涼な魔力が広がる。
いつの間にか、レモンの後ろには九本の尻尾があった。体から清らかな魔力を立ち昇らせ、それを結界全体に広げている。
凛とした表情だった。
更にそれに驚く暇もなく、黄金の光がアテナ母さんの隣に輝く。ヴァレオさんとジュラリエさんはそれに驚くが、レモンは驚かない。
素早く指示を出す。
「ヴァレオさんはそのまま出血の制御をっ! ジュラリエさんは、執刀の準備を進めてください」
「分かっている」
「は、はい」
そして一分ほど経つと、輝いていた黄金の光が晴れる。そこにはクラリスさんがいた。
「セオ――」
クラリスさんは俺を見て何かを尋ねようとしたが、周りの状況を把握し、直ぐに動き始める。
「レモン、状況はっ!」
「直前に逆子になり、過剰吸魔障害ですっ! 喰らいの薔薇の変異種により周囲一帯の魔力がっ!」
「それは厄介だの」
そう頷きながら、クラリスは凛とした声を発する。
「この場はクラリス・ビブリオが預かる」
それから指示を出す。
「レモンは結界の強化。ヴァレオさんは、うむ。そのまま出血の調整を。それと、これを随時飲ませよ。お主は……」
「ジュラリエです」
「ジュラリエ、執刀は儂が行う。お主はその補助を頼む」
「分かりましたっ!」
一種のオーラだ。ヴァレオさんやジュラリエさんだってこの状況に少なからず焦りを抱いていた。
なのに、一瞬にしてその場がクラリスさんに支配され、テキパキと行動を始める。
クラリスさんは苦痛で声も出せず身動きも取れないアテナ母さんの額に手を当て、光厳の輝かせる。
「ゆっくり、ゆっくり深呼吸。吸って、吐いて。儂とレモンの魔力を意識せよ」
「……ええ、ええ。ありがと」
「しゃべるでない。吸って吸って、吐く。吸って吸って吐く」
血まみどろのお腹に手を当て、黄金に輝かせる。アテナ母さんの顔が少しだけ和らぐ。
「クラリス様、準備ができました」
「うむ。分かった。……セオ」
「あ、はいっ!」
クラリスさんが俺を呼ぶ。ロイス父さんたちが激闘をしているため、爆発や轟音が響き渡っているのに、大きくもないクラリスさんの声がハッキリと俺の耳に入る。
鈴のように清らかで落ち着いてた。
「お主は随時、魔道具を使って清潔を保つのだ。それと儂が言った時にこれらの薬品を使え」
「分かったっ!」
俺はクラリスさんから虚空から投げ渡された鞄を受け取り、その中から試験管に入った薬品を取り出す。
「上一、右二、赤色っ!」
「はいっ!」
執刀を始め、アテナ母さんのお腹を切り始めたクラリスさんの命令に従い、俺は指定された薬品をアテナ母さんに飲ます。
手を握り、先ほどクラリスさんが指定した呼吸を一心不乱にしているアテナ母さんの口にそれを当てる。
繰り返す。
繰り返して、一時間が経つ。
そしてようやく。
「おぎゃーーーーーーーー!」
命の産声が響き渡る。
それはなんというか、可愛らしくないけど愛おしいというか、なんというか。プクッと顔が膨らんでいて、ちょっと不細工な気がしなくもないけど、とても可愛いというか。
クラリスさんやヴァレオさんたちの手によって、血に染まった体が丁寧に丁寧に拭かれていく。また、クラリスさんが黄金の瞳をさらに光らせ、その赤子を視る。調べているのだ。
俺はそれを間近で見ながら、エドガー兄さんたちに分身を通して産まれた事を伝える。
おお、大騒ぎだ。
けど、そんな事なんて気にすることができない。
「ほれ、アテナ。子に異常はない」
「……ん」
極限に疲れている状態なのだろう。アテナ母さんはろくに声も出せていない。顔も痛みと疲れで歪めている。
けど、ヒッグヒッグウッグと泣いている我が子を抱き、頬をほころばせる。頭を優しくなでる。
「……セオ。セオ」
「なに、アテナ母さん」
掠れるような呟きに俺は優しく反応する。目は赤子から離れないが。
「……名前」
「え?」
「この子の名前はアナタが……」
「え」
そう言いながらアテナ母さんは目を細める。俺は混乱する。
けど、弱体化したアテナ母さんの処置を魔法でしていたクラリスさんとレモンがわぁと声を上げる。
「それはよいのぅ」
「はい。確かに素晴らしいです」
え。俺が名前? この子の?
ロイス父さんに許可は? え、いいの?
そんな疑問が湧きあがる。混乱する。
けど。
「アナタがいいのよ。セオ」
そう、アテナ母さんが言った。
「……分かった。うん、素敵な名前にしたい」
そう思った瞬間。
「ギャグァゥァァァッッッッツゥツッッッウッ!!」
怖ろしいほどの断末魔が響き渡った。
思わずそちらを見れば、巨大青薔薇怪獣、喰らいの薔薇変異種が、ロイス父さんが振り下ろした空を切り裂くほど巨大な大剣によって、真っ二つに切断されていた。それは綺麗な切断だった。
そして畳みかけるように、アランが振り下ろした衝撃波を纏った巨大化した金棒によって潰され、エウとソフィアと後、超高ランクの冒険者やアカサたちが膨大な魔力を使った火炎魔法で焼き尽くしている。
そして巨大青薔薇怪獣が消滅した。それと同時にパンッと音が響き、高く蒼く染まっていた空から青の薔薇の花びらが降ってきた。
青薔薇の雨だ。
「ブラウローゼ」
スッとその名前が出てきた。
「ブラウローゼ……うん、いい名前ね」
アテナ母さんはそう言い、赤子――ブラウローゼの頭を撫でた。
その瞬間。
――確認しました。個体名:セオドラー・マキーナルトによる名づけが個体名:アテナ・マキーナルトに了承されました。
――確認しました。ブラウローゼ・マキーナルトの名づけを開始します。……終了しました。
「え」
久しぶりに聞いたその天の声に戸惑っている俺を他所に、アテナ母さんはやり切ったような表情でクラリスさんを見た。
「名づけが終わったわね。……クラリス、レモン、ヴァレオさん、ジュラリエ。後はお願い」
「うむ」
「畏まりました」
「はい、分かった」
「はい、分かりました」
皆がそう頷き、アテナ母さんは眠りについた。
「アテナ!」
「母さんっ!」
「母さん」
「アテナ様っ!」
ロイス父さんやエドガー兄さんたちが飛び込んでくる。
そして妹――ブラウローゼが誕生し、死之行進が終わった。
14
読んでくださりありがとうございます!!少しでも面白いと思われたら、お気に入り登録や感想をよろしくお願いします!!また、エールで動画を見てくださると投稿継続につながりますのでよろしくお願いします。
お気に入りに追加
951
あなたにおすすめの小説

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました
おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。
※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。
※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・)
更新はめっちゃ不定期です。
※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
成長促進と願望チートで、異世界転生スローライフ?
後藤蓮
ファンタジー
20年生きてきて不幸なことしかなかった青年は、無職となったその日に、女子高生二人を助けた代償として、トラックに轢かれて死んでしまう。
目が覚めたと思ったら、そこは知らない場所。そこでいきなり神様とか名乗る爺さんと出会い、流れで俺は異世界転生することになった。
日本で20年生きた人生は運が悪い人生だった。来世は運が良くて幸せな人生になるといいな..........。
そんな思いを胸に、神様からもらった成長促進と願望というチートスキルを持って青年は異世界転生する。
さて、新しい人生はどんな人生になるのかな?
※ 第11回ファンタジー小説大賞参加してます 。投票よろしくお願いします!
◇◇◇◇◇◇◇◇
お気に入り、感想貰えると作者がとても喜びますので、是非お願いします。
執筆スピードは、ゆるーくまったりとやっていきます。
◇◇◇◇◇◇◇◇
9/3 0時 HOTランキング一位頂きました!ありがとうございます!
9/4 7時 24hランキング人気・ファンタジー部門、一位頂きました!ありがとうございます!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。
亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。
さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。
南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。
ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる