異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

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ちょっとした激動の四か月

ゆったりな昼食:Birth

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 ユナが持ってきた昼食は軽めだった。お腹が張っているアテナ母さんはそこまでの量を食べられないのはもちろん、魔法薬を過剰摂取したユリシア姉さんのお腹はタプタプだ。

 俺は俺で、分身の情報処理のために甘い紅茶をガブガブと飲んでいたため、お腹がタプタプだ。

 ユナはそれを見越して、少ない食事を持ってきていた。レモンはユリシア姉さんを送り届けた後、用事があるからと消えていった。

「……ねぇ、やっぱりせめて屋内にしない?」
「それは無理な相談ね。ここで産むって決めてるのよ」
「何でそんな事決めちゃうかな……」

 屋敷外で産むのはいいとして、せめてラート城壁内の一室で産んで欲しいと思ってしまう。

 けど、嫌だそうだ。衛生面も確保できるし、屋外だろうが屋内だろう環境的に問題ないと本人がそう言っているが、やっぱりそれでも屋内の方が精神的に安心できる。

 だって。

「何でってあれが見えないからよ」
「見えるから言っているんだけどな……」

 屋外で、つまりラート城壁上部の拠点歩廊で産むとなると、見えるのだ。

 魔物たちと人々が戦っている姿を。血飛沫と殺気が舞い踊り、魔法と爆発が咲き乱れ、金属音と怒声が響き渡る。そんな光景が見えるのだ。見渡せるのだ。

 ここはラート城壁上部でも一段と高くなっている場所だ。左右にまぁまぁな勾配のある坂があり、少しだけ出っ張っている。つまり側防塔にも近い作りとなっている場所なのだ。

 怖ろしいくらいに戦況全体が把握できる。だからこそ、アテナ母さんはここにいて、部隊配置の指示や書類整理等々をしているのだが。

 そしてアテナ母さんはそんな光景が見えるところで産みたいらしい。破天荒というか、頑固というか、おかしいというか、何にせよ特別な感性をしていると再確認した。

 そんな光景を見て少しだけげんなりしていると、柔らかな白パンをゆっくりと食べていたユリシア姉さんが右目をすがめる。

「あ、ラインだ」
「え、どこ?」

 温かなスープに浸した黒パンを食べていた俺は、ユリシア姉さんの呟きに目を向ける。魔力で視力を強化し、ユリシア姉さんの視線の先を見つめる。

「……いないよ?」
「ほら、ひふはない、あほこよ」

 ユリシア姉さんがやれやれと肩を竦めながら指をさす。口に白パンを咥えたままだ。それを見てアテナ母さんはユリシア姉さんを窘める。

「ユリシア、行儀が悪いわよ」
「むぐもぐ……はぁーい」

 ユリシア姉さんはリスみたいに頬を膨らませ、白パンを飲み込んだ。

「ほら、あそこよ、セオ。丁度狼型の……フロストウルフね」
「……あ、ホントだ。エドガー兄さんと……ピョートル? あと、知らない冒険者たちがいる」
「冒険者たちはエドの方ね。ピョートルは使役している魔物でラインの担当ね」

 基本的に、前線で戦う人たちは三人一組のチームを組む。子供はそのチームに加わる感じだ。

 もちろん子供は至宝であり、万が一があってはいけないため、熟練のチームに組み込まれる。それでも前線に出さないということはないらしいが。

 けどライン兄さんの年齢では通常前線にはでない。のだが、領主の息子という事と本人が希望したため、ライン兄さんは前線で戦うチームに所属している。

「ねぇ、一昨日聞いた時は、ピョートルじゃなかった気がするけど。ほら、神官のジャックと剣士のグヤック、後……あれ、誰だったけ?」
「ミヨさんね。シーカーとしてとても優秀な索敵者よ」
「そうそう。けど、その三人の姿が見えないんだけど……」

 俺はライン兄さんがいる辺りを探す。曲芸みたいな動きで氷を操るフロストウルフを翻弄しているライン兄さんはいいとして……

 うん、やっぱり見当たらない。

 と、首を傾げているとアテナ母さんが微笑む。

「それは予想以上にラインの実力が上がったからなのよ」
「あがった?」
「そう。三週間前くらいにセオと模擬戦闘してからメキメキと実力を上げててね」
「……あの理不尽な解釈か」
「そうね。確かにあれはラインにしかできない解釈ね」

 アテナ母さんは苦笑する。

「それで基礎的な戦いもできたから、今度はミズチと一緒に戦う事を学んだ方がいいのではってなってね」
「ミズチ?」
「あ、ホントだ。ラインの頭の上にいるわ」

 ユリシア姉さんが目を細めに細める。俺もさっき以上に魔力を注いで視力を強化する。

「ホントだ。いる。……治癒?」
「そうね。ミズチは基本的に支援系に向いているのよ。まぁ水系統の攻撃系も得意のようだけれども」
「へぇ」

 ミズチが戦っているところって一度も見たことがないし、普段能力スキル等々を使っているところも見たことがない。

 だから今初めて知ったわ。

「ミズチはラインが使役しているわけじゃないけど、それでもピョートルたちと従魔の戦い方は参考になるのよ。ほら、周囲に青い小鳥が飛んでいるでしょ。あれは鳥獣の魔物の使役を得意としているテルサルッガの従魔ね
「ふぅん」

 ぶっちゃけ、ここから見るのは少しだけ骨が折れるため、後で分身を派遣しようと思いながら、俺は昼食の残りを食べきる。

 その後もユリシア姉さんに実戦の様子を教えてもらった。


 Φ


 ユリシア姉さんが後方待機となってから五日が経ち、今日で七日目。

 つまり、今日で死之行進デスマーチは終わる。

 なのにアテナ母さんにまだ規則的な陣痛も破水も来ていない。結構怖い。このままだと安定出産期が過ぎてしまうのだが……

 クラリスさんと相談してた誘発を……いや、この世界の医療技術だとまだ安全性がな……

 そう悩みながらアテナ母さんとユリシア姉さんと昼食をとっていた。ここ六日はこれが日課となっている。今日は、それにプラスしてレモンもいた。ユナはちょっとしたお手伝いで下にいる。

 二人とも死之行進デスマーチ終盤となり、やることがなくなったのだ。というよりも、多くの人たちだが。

 ここ昨日もそうだが、ここ最近は雑魚と呼ばれる魔物は一切でてきていない。全て高ランク冒険者が束となって戦う魔物ばかりが出現するようになり、魔物の数の減ってきている。

 つまり、死之行進デスマーチが量ではなく質になったのだ。

 すると、戦闘時間に隙間ができるようになってきた。現れた魔物を速攻で倒せば、次に現れるまでに時間があくからだ。

 ということで、今はその空いている時間となっている。

 ちなみに、アテナ母さんは既に椅子ではなくベッドで食事を取ってもらっている。いつ分娩が始まってもおかしくないし、四人の子供を既に産んでいるのだ。出産までの時間が相当短いはず。

 なので即時に行動に映せるように俺が作った斜めになるベッドで寝てもらっているのだ。

「セオ。やっぱりこれ売れるわよ。凄い楽だもの」
「そりゃあね。少し斜めの方がお腹が張っている分呼吸がしやすいと思うし」
「……セオ。今だから許すけど、お腹が張ってるなんて出産後に言ったら」
「分かってる。だからその握りこぶしをやめて、怖い!」

 城壁の側防塔らしき上部でベッドに横たわるアテナ母さんは異質に見えるが、それ以上にギリギリと握られる拳が怖い。

 っというか。

「ねぇ、さっきから我慢してるよね」

 いつもみたいなのほほんとした微笑みを浮かべているけど、目元や口元などが少し歪んでいる。我慢している証拠だ。

 ここにロイス父さんがいれば、もっと正確に分かるだろう。ロイス父さんはアテナ母さんを見抜くことだけは一流だし。

「……してないわよ。ちょっと陣痛がきただけ」
「……いつもみたいな前駆陣痛……かな。いやでもこの時間じゃなかった……分娩が始まったんじゃないの、それ?」
「いや、違う……と思うわ」
「なに、その間」

 レモンが作った特別製のフルーツパンをチョビチョビと食べているアテナ母さんに俺はしらっと目を向けながら、“宝物袋”から色々と出産用の魔道具を取り出していく。

 アテナ母さんの言葉はあまり信用できない。本人が我慢できそうな事柄にかんしては。ロイス父さんに言われているのだ。強情で痛みとかそういうのを我慢する癖があるって。無意識に我慢していることもあるし、ちょっとくらいなら大丈夫大丈夫、って感じで後々になってやばい――

「レモンッ!」
「分かっています!」

 と、思った瞬間、本当に我慢できなかったのか、クゥーと掠れるような声を出しながらアテナ母さんが背中を丸める。

 アテナ母さんが我慢できない痛みが来た。くそ、もっと注意していればっ!
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