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ちょっとした激動の四か月
心配してくれると嬉しくなってしまう子:Birth
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死之行進から二日目、三日目と過ぎ、一週間が経った。負傷者も少なからず出てきているが、重傷者はおらず皆無事だということ。
また士気も問題はないらしい。
けれど、だからこそここからが正念場なのだとか。
アダド森林の死之行進はどんなに魔物を倒しても一日では終わらない。
そもそも一日に倒せる魔物の総数には限界がある。
大魔境自体が魔物を制限しているからだ。迷宮みたいに魔物を生み出しているわけではないが、数日おきに魔物の数を増やしているのだとか。
それに瘴気の質が通常時よりも高く、押しきれないのだとか。ロイス父さんやアラン、ソフィアたちといった実力者たちは最終日付近で現れるはずの災害級や天災級を倒すために力を温存しなくてはならない。
町の人口が増えたため、それによる防衛線もかなりの密度でできるようになったため、異常に高い瘴気の質に対抗できているが、士気は落ちずとも体力が低下しているのは事実。
十分な入れ替えによる休憩を作っているとはいえ、過酷らしい。
ユリシア姉さんやエドガー兄さん、ライン兄さんから聞き、らしいとしか言えない自分が少しだけ嫌になるが、しょうがないと言われればしょうがない。
なので俺ができることはあまりない。戦うことはできない。こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ魔術を使うことは許されていない。あまりの劇薬となりすぎるから。
一度俺の意思でそれを決めたから後悔はないが、それでも少しだけもどかしい。
だからできるだけ“分身体”を召喚しまくり、色々な部隊に派遣している。魔力譲渡の魔法は無属性魔法。つまり俺が問題なく使える魔法だ。だから俺の魔力を回復系統の人や部隊維持に努めている人たちに渡す。攻撃よりも維持を優先する。
それに魔術は使えなくても魔道具は使える。俺が作った魔道具を使える。“宝物袋”は分身を基点に発動できるようにはなっているため、魔法薬や治癒薬、医療物資等々の輸送としても役に立てている。
ぶっちゃけ、物資を輸送するためには俺が全ての分身の状況を把握しなきゃいけないから、辛い。常に数十体もの分身の感覚や記憶を処理する必要があるからだ。
けど、それも“研究室”が補佐してくれているおかげでどうにかなっている。
戦う力は今も、そしてたぶんこれからも持つことはないかもしれないが、それでもやれることはやる。
「セオ様、休まれては?」
「いや、俺自身はそこまで動いてないしね。それに魔力もアテナ母さんのために十全に残してあるから疲れもないんだ」
「そうですが……」
ユナが赤茶色の瞳を心配そうに落としながら俺とアテナ母さんの紅茶を丸机に置く。俺たちはラート城壁の歩廊で丸机を囲んで座っている。
レモンは少し劣勢となっている部隊の援護に回りここにはいない。バトラ爺やマリーさんは普通に戦場に出ている。
ユナは戦いは苦手らしく、今はレモンの代わりにアテナ母さんの身の回りの世話をしている。
「それにアテナ母さんの許可は取ってあるし。ね?」
「まぁ、そうね。けど、休みたければ休んでいいのよ。休むことは悪いことじゃないし、むしろキチンと休められないことこそ駄目よ」
「……分かってる」
それは分かっている。だって、アテナ母さんの万が一の時に万全を出せないのが最も駄目なことだと思うし。
「ユナ、紅茶ありがとう。あと一時間後には休むからさ」
「そうですか。ならば私はそれに合わせて昼食を用意してまいります。アテナ様もセオ様と同じ時に取られますか?」
「ええ、そうね。お願い、ユナ。……ああ、ユナ。ユリシアの分も用意して頂戴。あと数十分もすればこっちに来るようだし」
「畏まりました」
いつもよりも張り詰めた雰囲気のユナは華麗にカーテシーをし、近くにいた護衛の兵士などに頭を下げた後、歩廊の一部に設置されている階段で階下へ降りて行った。
俺はそれを見送りながらユナが淹れた美味しい紅茶を飲む。分身から受け取る情報を他の分身に共有し、司令部の中枢を担っているソフィアたちも共有する。
というか、そこに配置した分身がソフィアから指示を受け、その指示を俺が他の分身に共有しているだけなのだが。全ての分身の中継地点として俺は機能しているのだ。
ソフィアは視ることに特化しているらしい。今も全部隊、いやここで戦っている人々全員の動きを把握しているのだとか。俺では考えられない領域だ。
そこで得た情報を元にアーティファクトを介した緻密な遠距離〝念話〟で情報を伝達しているのだが、情報は直ぐに伝達できても物資等々は無理。
今の俺はその補佐をしているということだ。
「それで何でユリシア姉さんだけ?」
基本的な情報共有は“研究室”に任せて、俺は敵の勢力予想を解析しているアテナ母さんに尋ねる。
アテナ母さんは一瞬だけ暗い顔をする。膨らんだお腹を撫でる。
「……負傷したそうよ。それで下がらせたと」
「ッ。だ、大丈夫なのっ!?」
「ええ、問題ないわ。私がここに収まっているのだから問題ないわ」
「……それもそうだね」
確かに本当にヤバかったら、なりふり構わずアテナ母さんはここを離れているだろう。もしくは無理やりユリシア姉さんを転移でここに連れてくるか。
なので立ち上がった俺はゆっくりと椅子に座る。けれど少しだけ背筋に寒気が走る。……失う恐怖か。
一週間前、アテナ母さんは絶対誰も死なないからこそ町を作ったといっていたが、死ななくても傷つくことはある。
それを分かっていたが、それでもやっぱり大切な人にそれが起こると実感させられる。やっぱり甘く優しいだけの世界だけではないなと。
まぁだからこそ、優しく温かく暮らすスローライフをお望みで、こうしてその生活を守るためにできることをしているのだが。
それからアテナ母さんにユリシア姉さんの詳細を聞き、数十分が経った頃。
「どうしてレモンと一緒なの?」
「どうもなにも着替えもせずにこちらに向かうところを拝見しましたので」
「なによ、午後もでるんだからいいじゃない」
白のシャツに赤の線が入ったズボンといった軽装を纏ったユリシア姉さんとレモンが一緒に現れた。
ユリシア姉さんはぶすっと頬を膨らませレモンを睨む。蒼穹の髪は艶やかに湿っていて、体を洗ってきたのだろう。見た感じ怪我なども治癒されているようなので、安心する。
「いいえ、ユリシア様はここで待機でございます」
「えっ、何でよ!」
「何でって、ねぇ、アテナ様」
「そうね、レモン」
蒼穹の瞳を怒りに滲ませ怒鳴るユリシア姉さんを軽くあしらいながら、レモンはアテナ母さんを見た。
あ、今気が付いた。アテナ母さん、凄い怒ってる。これはすっごい叱られる感じだ。何したんだろ、ユリシア姉さん。
「ユリシア」
「な、何、母さん?」
「私に言うことがあるんじゃない?」
「い、言う事? な、ないわよ」
ユリシア姉さんもそれに気が付いたのだろう。さっきの怒気を霧散させ、しどろもどろに否定する。蒼穹の瞳は回遊魚の如く泳ぎ回り、一歩二歩と後ずさる。
そしてバッと反転し逃げようとしたが。
「ユリシア様。先ほどいた場所は戦場でした」
「ッ」
レモンのその一言でピタッと止まった。ゆっくりとこっちを向き、顔を伏せる。
「……ごめんなさい、母さん」
「……ふぅ、こっちへいらっしゃい」
「……はい」
ゆっくりと深呼吸したアテナ母さんは俯くユリシア姉さんを手招きする。ユリシア姉さんはトボトボとアテナ母さんの傍に寄る。
目の前に来たユリシア姉さんの頭をアテナ母さんは撫でる。それから抱きしめる。
「反省しているわね」
「うん。ごめんなさい」
「そう。なら次から気をつけなさい」
「……はい」
ポンポンと背中をさすり、もう一度ギュッと抱きしめた後アテナ母さんはユリシア姉さんを離す。
ユリシア姉さんは何度か瞳を伏せ、左右に動かし、もう一度頭を下げた後、ちょっとそっぽを向きながら唇を尖がらせる。
「そ、その午後――」
「駄目」
「……はい」
そんなに戦いに出たかったのか。そこら辺の感性は分からないが、当然アテナ母さんに却下されたユリシア姉さんはガックリと肩を落とした後、パンッと顔を叩いて椅子に座った。
晴れ晴れした顔だった。
まぁそれはそうとして。
「それでユリシア姉さんは何をしたの?」
「な、何って、何でもよ。アンタには関係ないでしょ」
「何で? 俺も数年後にはでるんだから聞いてるんだよ? 何したの?」
「うぐっ」
何をしたのか分からないが、ユリシア姉さんはアテナ母さんにあんな表情をさせることをしたのは確かだ。今後のためにも知っておいた方がいい。
だけどユリシア姉さんは口をつぐむ。どうにも俺には言いたくない感じだ。すかさずレモンが口を挟む。
「魔法薬と回復魔法の過剰使用でございます」
「あ、れ、レモ――」
「どういうことかな、ユリシア姉さん?」
レモンの言葉を聞いた瞬間、俺は一瞬でユリシア姉さんを問い詰める。グイッと膝の上に乗り、肩を掴む。
「そういえば、二時間前に一部隊の魔法薬の補給を頼まれたとか言って俺に直接接触してきたけど……ねぇ、どういうこと? あれ嘘だったの? もしかしてあの渡した魔法薬全てを使ったの? ねぇ」
「こうなるから言いたくなかったのよっ! セオって怒ると本当に厄介なのっ!」
魔法薬や回復魔法は過剰使用すると自然治癒力が一時的に下がる。やりすぎると普段は全くもって問題ない病原菌等々にも負けるのだ。
病気は怪我よりも怖ろしい。外的要因による損傷ならばならば回復魔法で治すことも可能だが、内的要因、病原菌や遺伝子等々を回復魔法で治すのは難しい。病気を治す魔法はあるが、それでもその使用は極力控えたい。
体に相当の負担がかかるからだ。だから、魔法薬とは別に地球の薬のようなある程度負担が少ない治癒薬が存在するのだが。まぁ前世も副作用が強いやつは本当に強いが。
どっちにしろ過剰使用はだめなのだ。
ユリシア姉さんはガンガンと肩を揺らし問い詰める俺を引き離す。それからレモンを睨む。けどレモンは涼しい顔で言い返す。
「怒られるような事をしたのが悪いと思います。それにそのニヨニヨと緩む頬は何でしょうか?」
「そうだよ、何で笑ってるの? あれだけの魔法薬を使ったなら、今日だけじゃなくここ一週間は体を動かしちゃだめだからねっ! 切り傷なんてもってのほかっ! ねぇ、聞いてる!」
「き、聞いてるわよ!」
「じゃあ、何でそんな嬉しそうなのっ!?」
何故かニヨニヨと嬉しそうに俺を見つめるユリシア姉さんに俺は問い詰める。
けど、そんな俺の背中をユリシア姉さんは優しく撫でる。
「ホント、ごめん。それと心配してくれてありがとう」
「ッ。そうだよ、心配したよっ! で、どうして過剰使用なんてしたのっ!」
一瞬だけ泣き落されそうになったが、俺は心を鬼にしてユリシア姉さんを問い詰めていく。
それはユナが昼食を持って来るまで続いた。
また士気も問題はないらしい。
けれど、だからこそここからが正念場なのだとか。
アダド森林の死之行進はどんなに魔物を倒しても一日では終わらない。
そもそも一日に倒せる魔物の総数には限界がある。
大魔境自体が魔物を制限しているからだ。迷宮みたいに魔物を生み出しているわけではないが、数日おきに魔物の数を増やしているのだとか。
それに瘴気の質が通常時よりも高く、押しきれないのだとか。ロイス父さんやアラン、ソフィアたちといった実力者たちは最終日付近で現れるはずの災害級や天災級を倒すために力を温存しなくてはならない。
町の人口が増えたため、それによる防衛線もかなりの密度でできるようになったため、異常に高い瘴気の質に対抗できているが、士気は落ちずとも体力が低下しているのは事実。
十分な入れ替えによる休憩を作っているとはいえ、過酷らしい。
ユリシア姉さんやエドガー兄さん、ライン兄さんから聞き、らしいとしか言えない自分が少しだけ嫌になるが、しょうがないと言われればしょうがない。
なので俺ができることはあまりない。戦うことはできない。こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ魔術を使うことは許されていない。あまりの劇薬となりすぎるから。
一度俺の意思でそれを決めたから後悔はないが、それでも少しだけもどかしい。
だからできるだけ“分身体”を召喚しまくり、色々な部隊に派遣している。魔力譲渡の魔法は無属性魔法。つまり俺が問題なく使える魔法だ。だから俺の魔力を回復系統の人や部隊維持に努めている人たちに渡す。攻撃よりも維持を優先する。
それに魔術は使えなくても魔道具は使える。俺が作った魔道具を使える。“宝物袋”は分身を基点に発動できるようにはなっているため、魔法薬や治癒薬、医療物資等々の輸送としても役に立てている。
ぶっちゃけ、物資を輸送するためには俺が全ての分身の状況を把握しなきゃいけないから、辛い。常に数十体もの分身の感覚や記憶を処理する必要があるからだ。
けど、それも“研究室”が補佐してくれているおかげでどうにかなっている。
戦う力は今も、そしてたぶんこれからも持つことはないかもしれないが、それでもやれることはやる。
「セオ様、休まれては?」
「いや、俺自身はそこまで動いてないしね。それに魔力もアテナ母さんのために十全に残してあるから疲れもないんだ」
「そうですが……」
ユナが赤茶色の瞳を心配そうに落としながら俺とアテナ母さんの紅茶を丸机に置く。俺たちはラート城壁の歩廊で丸机を囲んで座っている。
レモンは少し劣勢となっている部隊の援護に回りここにはいない。バトラ爺やマリーさんは普通に戦場に出ている。
ユナは戦いは苦手らしく、今はレモンの代わりにアテナ母さんの身の回りの世話をしている。
「それにアテナ母さんの許可は取ってあるし。ね?」
「まぁ、そうね。けど、休みたければ休んでいいのよ。休むことは悪いことじゃないし、むしろキチンと休められないことこそ駄目よ」
「……分かってる」
それは分かっている。だって、アテナ母さんの万が一の時に万全を出せないのが最も駄目なことだと思うし。
「ユナ、紅茶ありがとう。あと一時間後には休むからさ」
「そうですか。ならば私はそれに合わせて昼食を用意してまいります。アテナ様もセオ様と同じ時に取られますか?」
「ええ、そうね。お願い、ユナ。……ああ、ユナ。ユリシアの分も用意して頂戴。あと数十分もすればこっちに来るようだし」
「畏まりました」
いつもよりも張り詰めた雰囲気のユナは華麗にカーテシーをし、近くにいた護衛の兵士などに頭を下げた後、歩廊の一部に設置されている階段で階下へ降りて行った。
俺はそれを見送りながらユナが淹れた美味しい紅茶を飲む。分身から受け取る情報を他の分身に共有し、司令部の中枢を担っているソフィアたちも共有する。
というか、そこに配置した分身がソフィアから指示を受け、その指示を俺が他の分身に共有しているだけなのだが。全ての分身の中継地点として俺は機能しているのだ。
ソフィアは視ることに特化しているらしい。今も全部隊、いやここで戦っている人々全員の動きを把握しているのだとか。俺では考えられない領域だ。
そこで得た情報を元にアーティファクトを介した緻密な遠距離〝念話〟で情報を伝達しているのだが、情報は直ぐに伝達できても物資等々は無理。
今の俺はその補佐をしているということだ。
「それで何でユリシア姉さんだけ?」
基本的な情報共有は“研究室”に任せて、俺は敵の勢力予想を解析しているアテナ母さんに尋ねる。
アテナ母さんは一瞬だけ暗い顔をする。膨らんだお腹を撫でる。
「……負傷したそうよ。それで下がらせたと」
「ッ。だ、大丈夫なのっ!?」
「ええ、問題ないわ。私がここに収まっているのだから問題ないわ」
「……それもそうだね」
確かに本当にヤバかったら、なりふり構わずアテナ母さんはここを離れているだろう。もしくは無理やりユリシア姉さんを転移でここに連れてくるか。
なので立ち上がった俺はゆっくりと椅子に座る。けれど少しだけ背筋に寒気が走る。……失う恐怖か。
一週間前、アテナ母さんは絶対誰も死なないからこそ町を作ったといっていたが、死ななくても傷つくことはある。
それを分かっていたが、それでもやっぱり大切な人にそれが起こると実感させられる。やっぱり甘く優しいだけの世界だけではないなと。
まぁだからこそ、優しく温かく暮らすスローライフをお望みで、こうしてその生活を守るためにできることをしているのだが。
それからアテナ母さんにユリシア姉さんの詳細を聞き、数十分が経った頃。
「どうしてレモンと一緒なの?」
「どうもなにも着替えもせずにこちらに向かうところを拝見しましたので」
「なによ、午後もでるんだからいいじゃない」
白のシャツに赤の線が入ったズボンといった軽装を纏ったユリシア姉さんとレモンが一緒に現れた。
ユリシア姉さんはぶすっと頬を膨らませレモンを睨む。蒼穹の髪は艶やかに湿っていて、体を洗ってきたのだろう。見た感じ怪我なども治癒されているようなので、安心する。
「いいえ、ユリシア様はここで待機でございます」
「えっ、何でよ!」
「何でって、ねぇ、アテナ様」
「そうね、レモン」
蒼穹の瞳を怒りに滲ませ怒鳴るユリシア姉さんを軽くあしらいながら、レモンはアテナ母さんを見た。
あ、今気が付いた。アテナ母さん、凄い怒ってる。これはすっごい叱られる感じだ。何したんだろ、ユリシア姉さん。
「ユリシア」
「な、何、母さん?」
「私に言うことがあるんじゃない?」
「い、言う事? な、ないわよ」
ユリシア姉さんもそれに気が付いたのだろう。さっきの怒気を霧散させ、しどろもどろに否定する。蒼穹の瞳は回遊魚の如く泳ぎ回り、一歩二歩と後ずさる。
そしてバッと反転し逃げようとしたが。
「ユリシア様。先ほどいた場所は戦場でした」
「ッ」
レモンのその一言でピタッと止まった。ゆっくりとこっちを向き、顔を伏せる。
「……ごめんなさい、母さん」
「……ふぅ、こっちへいらっしゃい」
「……はい」
ゆっくりと深呼吸したアテナ母さんは俯くユリシア姉さんを手招きする。ユリシア姉さんはトボトボとアテナ母さんの傍に寄る。
目の前に来たユリシア姉さんの頭をアテナ母さんは撫でる。それから抱きしめる。
「反省しているわね」
「うん。ごめんなさい」
「そう。なら次から気をつけなさい」
「……はい」
ポンポンと背中をさすり、もう一度ギュッと抱きしめた後アテナ母さんはユリシア姉さんを離す。
ユリシア姉さんは何度か瞳を伏せ、左右に動かし、もう一度頭を下げた後、ちょっとそっぽを向きながら唇を尖がらせる。
「そ、その午後――」
「駄目」
「……はい」
そんなに戦いに出たかったのか。そこら辺の感性は分からないが、当然アテナ母さんに却下されたユリシア姉さんはガックリと肩を落とした後、パンッと顔を叩いて椅子に座った。
晴れ晴れした顔だった。
まぁそれはそうとして。
「それでユリシア姉さんは何をしたの?」
「な、何って、何でもよ。アンタには関係ないでしょ」
「何で? 俺も数年後にはでるんだから聞いてるんだよ? 何したの?」
「うぐっ」
何をしたのか分からないが、ユリシア姉さんはアテナ母さんにあんな表情をさせることをしたのは確かだ。今後のためにも知っておいた方がいい。
だけどユリシア姉さんは口をつぐむ。どうにも俺には言いたくない感じだ。すかさずレモンが口を挟む。
「魔法薬と回復魔法の過剰使用でございます」
「あ、れ、レモ――」
「どういうことかな、ユリシア姉さん?」
レモンの言葉を聞いた瞬間、俺は一瞬でユリシア姉さんを問い詰める。グイッと膝の上に乗り、肩を掴む。
「そういえば、二時間前に一部隊の魔法薬の補給を頼まれたとか言って俺に直接接触してきたけど……ねぇ、どういうこと? あれ嘘だったの? もしかしてあの渡した魔法薬全てを使ったの? ねぇ」
「こうなるから言いたくなかったのよっ! セオって怒ると本当に厄介なのっ!」
魔法薬や回復魔法は過剰使用すると自然治癒力が一時的に下がる。やりすぎると普段は全くもって問題ない病原菌等々にも負けるのだ。
病気は怪我よりも怖ろしい。外的要因による損傷ならばならば回復魔法で治すことも可能だが、内的要因、病原菌や遺伝子等々を回復魔法で治すのは難しい。病気を治す魔法はあるが、それでもその使用は極力控えたい。
体に相当の負担がかかるからだ。だから、魔法薬とは別に地球の薬のようなある程度負担が少ない治癒薬が存在するのだが。まぁ前世も副作用が強いやつは本当に強いが。
どっちにしろ過剰使用はだめなのだ。
ユリシア姉さんはガンガンと肩を揺らし問い詰める俺を引き離す。それからレモンを睨む。けどレモンは涼しい顔で言い返す。
「怒られるような事をしたのが悪いと思います。それにそのニヨニヨと緩む頬は何でしょうか?」
「そうだよ、何で笑ってるの? あれだけの魔法薬を使ったなら、今日だけじゃなくここ一週間は体を動かしちゃだめだからねっ! 切り傷なんてもってのほかっ! ねぇ、聞いてる!」
「き、聞いてるわよ!」
「じゃあ、何でそんな嬉しそうなのっ!?」
何故かニヨニヨと嬉しそうに俺を見つめるユリシア姉さんに俺は問い詰める。
けど、そんな俺の背中をユリシア姉さんは優しく撫でる。
「ホント、ごめん。それと心配してくれてありがとう」
「ッ。そうだよ、心配したよっ! で、どうして過剰使用なんてしたのっ!」
一瞬だけ泣き落されそうになったが、俺は心を鬼にしてユリシア姉さんを問い詰めていく。
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