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ちょっとした激動の四か月

できるとする:Birth

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「……すご」

 感嘆というか、畏怖というか、恐怖というか、俺は圧倒される。

 ドドドドドドドドドッと地鳴りを響かせながら流れ込む魔物たち。姿形、大きさ、纏う瘴気の強さ、全てが様々だが、けれど全てが強烈な殺戮の意思を放っている。

 エウとラート町の町人が作り上げた結界により、魔物たちはアダド草原にしか出ることができない。左右に回り、奇襲攻撃をすることができないのだ。

 十万にも昇る魔物が感知できるのに、アダド草原に侵攻できているのは一万程度。飛行できる魔物も合わせてだ。

 それでも互いにギュウギュウ詰めだ。

 だからだろう。

「……マジか。ちょっと己惚うぬぼれてたかな」

 侵攻する魔物たちの上空に魔力が集まったかと思うと、雷神が降り立ったかのような高密度の雷で形成された大槌が現れ、それが地面に叩きつけられた。

 紫電が走り、草原の草が一気に燃え、地面が抉れ、灰が舞う。

 けれどそれだけでは終わらない。

「「「「「「〝疾風〟!」」」」」」

 下級風魔法の〝疾風〟。ただただ強い突風を起こすだけの風魔法だが、ラート町の町人全員と魔法が使える冒険者と王国第三騎士団の人たち全員がその突風を前方に放った。

 事前に一番手前の城壁に組み込まれていた巨大な魔道具とアーティファクトにより、その突風の風向きは統一され、一斉に炎が燃え広がるアダド草原へと放たれた。

 音すら響かない。無音のまま目に見えるほどに渦巻く風が炎を纏い、雷の大槌を免れた魔物たちを襲いに行く。

 惨劇が広がる。魔物たちは各々の能力で火災旋風を防ごうとするが、全ては焼け石に水。そもそもの突風が台風並みに強くて大きく、逆らうことすらできず飛ばされていく。

 そして炎に焼き尽くされる。

 魔物の一陣が消滅した。

「……ねぇ、アテナ母さん」
「何?」
「なんでロイス父さんたちが来るまで、ここに住んでいた人たちはここを統治できなかったの?」

 俺は現状を見て思う。ロイス父さんたちは確かに強い。物凄い力を持っている。けど、それでも元々ここに住んでいた人たちだって力があった。知恵があった。生き延びてきたはずだ。

 ここまでとはいかなくとも、町を作り、死之行進デスマーチやスタンピード時期以外では安全に暮らせる場所を作れたと思う。

 けど、ソフィアたちに聞いたり、過去の資料を調べた感じ、人口数十の村が百近く分散してあったらしい。

 それはどこかが襲われるリスクを分散するため、と教えてもらったが、けど今この光景を見ると、その村すべてが結集して安全な場所を作ることに注力すればよかったのではとも思ってしまう。

 何より、人はそもそも集まる生き物だし。

「……そうね、セオ。もしかしたらそれもできたかもしれないわ。けど、ここに集まってきた人たちは、迫害された者、希少な種族として追い求められた者、罪を犯した者。色々な人々が逃げ延びるためにここに来たの」
「それは、知ってる。けど……」
「それに普通に魔物が多いのならば、集まっても問題はなかった。協力することによって防衛力は上がるし、技術の発展もある」

 真剣な表情をしているアテナ母さんが、とある方向を指さした。

「まずは、あれが最初の災害級ね」
「え?」

 先ほどまでなかった魔力反応がアダド草原に現れた。転移だ。

 それは体長十メートルほどある巨大なイノシシだった。……たぶん、イノシシだった。

 豚の鼻を持ち、牙も生えている。茶色の毛皮に丸っこい体躯。けど、体からはなんか気持ち悪いドロドロを流し、背中からは木々を幾つも生長させ、大きな目からは花が咲いていた。周囲に毒々しい木々を浮かべ、それらが小さなイノシシへと変化する。

「あれはフンコクチョウソね」
「ふ、ふん……え?」
「フンコクチョウソ。糞みたいな液体を体外に分泌して、そこから魔木を生み出すの。場所によっては土地神ともされてて、五穀を生み出したりする猪モドキね」
「は、はぁ。……強いの?」
「強いわよ。魔木ってね、魔物の木だけど、強さがピンキリなの。エウ様だって、霊樹であり神樹だけれども、極論を言えば魔石があるかないかだけよ」
「……」

 極論は大袈裟な論理だから話半分だが、確かにあのフンコクチョウソが生み出す木々や木製の魔物が内包する魔力はかなりの量だ。それに瘴気もエグイ。

 俺一人じゃ絶対に対処できないレベルだ。いや、そもそも俺は戦いは得意じゃないし。けど、それでも全力全開の魔術にも耐えそうな気がする。

「大魔境の特性ね。近くに巨大な魔力反応や、後は魂魄の密度と強さね、それらに呼応するように強大な魔物を創り出すのよ。ある程度それらが分散していると、それはないわ」
 
 フンコクチョウソを見定めながら、アテナ母さんは淡々という。

「さっき言ったでしょう? この地に集まったものの多くを。総じて彼らは力があった。あったからこそ、こんな場所に逃げ延びるという選択肢ができた」
「つまり、持っていた魔力や魂魄が強かった? いや、まぁ今の光景を見ると強いんだろうけど」

 ある者は風を切り裂く速度で魔木を一掃し、ある者は地獄の業火で燃やし尽くす。互いに互いの攻撃を邪魔しないように妙な連帯を持ちながら、それらは一つの清流のように淀みなくフンコクチョウソを削っていく。

 それらは全員ラート町の町人だ。あと俺でも見覚えのある超高ランクの冒険者たち。普通の冒険者や王国騎士団の殆どは周囲に流れる魔物を掃討している。

 役割の違いと言えばそうなのだろうが、それでも特出した力があるのは間違いない。今、本当の意味で実感できたくらいだ。

「……いい、セオ。安全レベルなんて意味がないのよ。絶対。絶対に誰も死なない。そのレベルでの防衛ができるならば、町が作れるのよ」
「……アテナ母さんたちはその絶対ができたの?」
「私たちはただ足りなかった部分を補っただけ。さっきロイスが言ってたけど、その絶対を作れたのは過去の人たちが自らの死すらも利用して今があるからよ。私たちのおかげではないわ。皆のおかげよ」

 アテナ母さんは淡々と言った。謙遜でもなく、事実として言った。

 ……凄いな。

 さっきの質問が恥ずかしいと思うくらいには凄い。たぶん、俺はそう言い切れる自信がない。どこかで己惚れてしまいそうだ。

 大きな力があったからとか、自分のおかげとか考えてしまいそうだ。どんなに大きな力があったとはいえ、自分がきっかけを作ったとはいえ、それでも結局は周りの人が、個々それぞれがいなければできないのだと。

「セオ。そう落ち込まないの」
「落ち込んではないよ。ただ、なんか凄いなって。あとちょっと恥ずかしいなと思っただけ」

 アテナ母さんの細い手が俺の癖毛を触る。

「セオ。己惚れていいのよ。私だって己惚れてる。どこかでそう思っていて、だからこそ普段から意識している。無自覚にできる人は、たぶんそれが凄いことだと一生理解できない人」

 目の前で繰り広げられている戦いは凄いのに、ここだけ凄く温かい。

「セオ。アナタはいい子よ。それを恥ずかしいと思い、口に出して誰かに伝えることができたのだから。凄いなと感心できたのだから」
「……誰にでもできることだと思うけど」
「できることでも、やる人は多くないわ。恥ずかしいと思った感情を素直に吐露する人は少ないのよ」

 それに、とアテナ母さんは続ける。

「アナタは既に色々なきっかけを作ってるわ。最もたるが魔術だけど、それ以外にも数々の魔道具に絵本。印刷という技術だって多くの人のきっかけを作る。……まぁ、私はそこらへんはちょっと疎いから、クラリスの言葉だけどね」
「……それは俺が前世で知ってたから。前世の過去の人たちが積み重ねた――」
「さっきも言ったけど、知っている、できる、そういう可能性があったとしても、実際に動く人は多くない。動き出せた勇気や好奇心、想いを誇っていいわ。己惚れてもいい」

 だから、と続ける。フンコクチョウソの目玉がえぐり取られ、立派な牙が両断されていた。

「アナタが周りに優しくすれば、その己惚れは自信となる。周りを支える導となる。大丈夫。前世があろうとなかろうと、どんな時でも人は子供。学び努め、それ相応に力をつけていく。今のようにね」

 そうアテナ母さんが言った瞬間、小さな国を滅ぼすらしい災害級のフンコクチョウソは死んだ。

 それを為した人たちは全員無傷だった。
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