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ちょっとした激動の四か月

結局、途中で目が覚めたアランに見つかった:Previous day

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「……ぅうん」

 ……あれ? 何で、俺は……

 自然と瞼が開いた。優しい光が目に入ってくる。月の淡い陽光だ。けれど部屋は少し蒸し暑く、少し体が湿っぽかった。たぶん、汗だろう。

「……へや……かな」

 チラリと横を見れば、見覚えのある棚があり、そもそも月の光が差し込む天井窓は俺のベッドの上にあるのと同じ。

 いつの間にか自室で寝かされていたらしい。

 …………そうだ。

 ぼんやりとする頭の中で思い出す。

 確か、エドガー兄さんとユリシア姉さんを呼びに町に行ったら、変な儀式に遭遇して……

 明日は死之行進デスマーチで……

「あっ!」

 俺はガバッと体を起こす。

 ライン兄さんは大丈夫だろうかっ? いや、その前にあんなに怯えていたアルたちはっ?

 俺は魔術で明かりを付け、少しだけ植物が増えた部屋を照らす。インク壺や手紙の束、後は印刷機よりも大きな魔道具やら、後はここ最近作っている玩具や絵本の数々が散らばっていた。

 そしてその奥で。

「……よかった。寝ている」

 部屋の片隅で、アルたちは植木鉢に体を沈めて眠っていた。寝息は聞こえないが、葉っぱがゆらりゆらりと安らかに揺れているから大丈夫だろう。

 俺は胸を撫でおろした。

 あ、でも、ライン兄さんは……

「まぁ大丈夫か。レモンがいただろうし」

 最初と普段の印象が強すぎるが、レモンはあれでしっかりしている。めちゃくちゃしっかりしている。

 なら、大丈夫だろう。

「……お腹空いた」

 月の高さからしてたぶん夜中に近いのだろうが、夕食を食べてない。クーとお腹がなり、俺は冴えてしまった目を擦りながら自室である屋根裏部屋の扉を開けた。

 梯子にも近い階段を下り二階に立った俺は、“隠者”を発動しながら足音を立てないようにゆっくりと歩く。

 深夜に近いだろうし、流石にロイス父さんたちも寝ているはずだ。明日は大事な日だし。

 それなのに起こすのは忍びない。

 そろーり、そろーり、抜き足差し足で歩きながら俺は一階に降りた。リビングの裏を通り、調理室の扉を開けて中に忍び込んだ。

 瞬間。

「ッ!」
「誰ですか!」

 いつの間にか口元を抑えられていて、首元に短刀を突き付けられていた。怖気が走るような殺気をぶつけられ、思わず魔力を放出した。

 そして。

「……驚かせてしまいすみません、セオ様」

 放出した魔力は隠蔽され、首元に突き付けられていた短刀は消えた。口元を抑えていてた手が離れ、俺は安堵するように座り込んだ。

 フッと魔力が一瞬走り、真っ暗だった部屋についた明かりつき、そこにいたのはレモンだった。黒のロングワンピースを身に纏い、申し訳なさそうに眉を曲げ、黄金の瞳を伏せている。

「……こっちこそごめん。“隠者”を発動してたから、勘違いしたんだと思うんだけど」
「ええ。まぁ、急に扉が開いたので」

 レモンが屈み、俺を抱き上げた。調理室においてある丸椅子に俺を座らせる。俺は背中にある机に寄りかかる。
 
 そしてレモンは俺に尋ね、

「それで何故こんな時間に――」

 ようとして、俺のお腹がグーと大きな音を立てた。レモンは納得ったように頷き、黒のロングワンピースの袖を軽くまくる。

「そういえば夕食を食べずに寝てしまいましたね。時間が時間ですしがっつりしたものではなく、軽食でも作りましょうか」
「……できるの?」

 紅茶を入れたりクッキーを作るところは見たことがあるが、アランの料理を手伝っているところすら見たことがない。

 大抵つまみ食いするから追い出されていたし、そもそも手伝う前にサボろうとしていたことも多い。

 それに普段のズボラなイメージからすると、作れるとは思えないんだが……

「……はぁ」

 レモンは深々と溜息を吐いた後、やれやれと首を横に振った。ついでに大きな小麦色の狐尻尾がゆらゆらりと振れる。

「そこで見ていてください。アランさんよりも素晴らしい料理を食べさせてあげますから」
「……分かった。お願い」

 心外だなぁ、と言った具合に鼻を鳴らした後、レモンはビシッと俺に人差し指を突き付けた。

 そしてフスンと鼻を鳴らし、反転する。

 カチャカチャとフライパンを取り出したり、冷蔵庫から野菜やら何やらを取り出したりする。

 あ、小さな鍋を取り出した。瓶に入った牛乳を取り出ししているし……

 まぁレモンが変なものを出すとは思わないしいいか。サボりがちだし、怠け者のイメージが強いけど、しっかりしているところはあるし、頼りになるし。

 ……にしても何でレモンが調理室にいたんだろう?

 屋敷の防衛システムは魂魄レベルで構築されているから、夜の見回り等々は必要ないだろうし……

 緊張で喉でも渇いたのか? いや、レモンに限ってそんな事はないだろうし。

 う~ん。

 と、そんな風に目を閉じてうんうんと悩んでいたら、とてもいい匂いが鼻の奥をくすぐった。口の中に思わず涎が溢れ、ごくりと飲み込む。

「ちょっと待ってって下さいね」

 ちょうど料理はレモンに隠れて見えないが、乳に幾つかの野菜の風味が漂ってきている。やっぱり、シチューか何かだろう。

 お肉はないと思う。流石に重いし。

 四歳児の体はとても若いが、だからこそ深夜に肉は重すぎる。伊に負担がかかるからレモンは除くだろう。

 あ、レモンが〝念動〟を使って皿を取り出した。

 うん、深い丸皿だ。やっぱり汁物なのは間違いないだろう。

 そうして、カチャンカチャンという音とレモンの鼻歌を聞きながら、待っているとレモンが反転した。

「はい、セオ様」

 レモンは手に持っていたスプーンが入った深皿を俺が寄りかかっていた机に置く。俺は反転し、レモンを見た。

「……ありがとう、レモン」
「どういたしまして」

 レモンがふんわりと微笑み、俺は食欲を誘る匂いにつられ、目の前にある料理を見た。

 やっぱり汁物だった。この短時間にどうやって煮込んだのか、トロトロに溶けた玉ねぎや葉野菜、キノコが入っていて、色は白い。

 先ほどの乳だろう。

 少し甘さのある匂いとともに、安心するような風味を感じる。

 とても美味しそうだ。

「では、召し上がってください」
「……いただきます」

 レモンが近くの丸椅子に座ったのを見て、俺は両手を合わせる。

 涎がジュルリと垂れるのを必死に抑えながら、ゆっくりといただきますと言い、俺はスプーンに手を掛けた。

 まずは汁だけをゆっくりと掬いあげる。

 そして口元に近づけ、口に含んだ。

「んぅんん!」

 美味しい。野菜の甘みと仄かな苦味。コクのある乳の味に少しだけハーブが効いている。

 美味しい。きゃっきゃと唸る。

 スプーンをギュッと握り、ガツガツと貪欲に食べる。

 マキーナルト領で採れた野菜はやっぱり美味しいし、料理をした結果、それが更に増幅されている。結局、俺の好みでしかないが、俺の好みのドストライクをついていて、アランの料理とは違った美味さがある。

 目一杯口に含み、こぼさない様に必死になりながらも味わって食べる。

 たぶん、今の俺はどこにでもいる幼児みたいだろう。少しだけ眠気が復活したこともあってか、肉体に引っ張られているようだ。

 そして一心不乱に食べ。

「………………美味しかったぁ」

 完食した。

 満腹だし、満足だ。まだ口と鼻の奥にあの美味しい匂いが残っていて、味を思い出せる。

 ポカポカと体が温まり、少しだけ目がトロンとする。夏の夜だから普通ポカポカすると汗をかくはずなのだが、それはなく、心地の良い温かさ。

 優しい。

「セオ様。これもどうぞお飲みください」
「……何これ?」
「消化を助ける飲み物です。美味しいですよ」
「……ありがとう」

 微笑ましそうに俺を見ていたレモンが俺にマグカップを差し出した。受け取る。

 少しだけ温かい。俺は両手でマグカップを持ちながら、それを口に当てた。

「ふぁぁぁ」

 はちみつ? 少しフローラルな香りがするけど、甘い。それでいてくどくなく、やんわりとしている。

 コクコクと喉にそれが流れる。遮るものはなく、ああ、素晴らしい。

 そして飲み切った。

「……おいしかった。ありがとう、れもん」
「どういたしまして。それでは部屋に戻りましょうか」
「うん」

 ショボショボする目を擦りながら、俺はレモンに連れられるまま自室に戻りベッドに横になった。

「では、おやすみなさい」
「……おやすみ」

 そして俺は今日二度目の眠りについた。



 Φ



「ふぅ、危なかったです」

 レモンは安心したように寝息を立てるセオを見ながら、胸を撫でおろす。

 お腹が空いたから調理室に忍び込んだはいいものの、ユナが大事にとっていたお菓子をいつの間にか食べてしまったし、セオが使っていた愛用のコップも割ってしまったのだ。

 それになんといっても、アランが大事にしている包丁の刃が欠けてしまったし。

「さて、皆さまが起きる前に全てを元通りにしなくては」

 フラグめいた事を言いながら、レモンはセオの部屋を後にした。


 死之行進デスマーチの前日なのに締まりがなかった。
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