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ちょっとした激動の四か月

成長の一手:アイラ

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「お茶会?」

 午前中にあるクラリスの講義の準備をしていたアイラは、〝念動〟で木製の車いすをリーナの方へ向ける。リーナの手には簡易な手紙が一枚あった。アイラから見れば魔力濃度がまばらな紙でしかないが。

「はい。ハティア様から今日の午後にと」
「……けど、クラリス様には……」

 アイラはその透明にすら見える白銀の瞳を伏せる。ここ最近は、自室などにおいては瞼を閉じる事はなくなった。普通に眼を見せるようになった。

 リーナはそんなアイラの変化に喜びながら、微笑みながら頷く。熟練の魔法使いであるリーナは成長していくアイラに負けないようにクラリスに頼み込んで、魔法の修練、特に体内魔力の質を高めている。

 魔力の世界だけを見ているアイラが、人の表情を多少なりとも見られるようにするためだ。現状、アイラがハッキリとした表情を見たことがあるのはクラリスだけだから。

 そうしてつい最近は、表情を作る際に、練った魔力を顔に意図的に集中させることによってアイラが表情をほぼハッキリと視れるようになったのだ。

 生まれた時から近くにいて仕えてくれているリーナの表情を見ることができたためか、アイラはずっと機嫌がいい。

 今も申し訳なさそうに目を伏せていたのに、リーナが微笑んだ瞬間、ニパーと表情が輝いたのだ。儚い雰囲気だったのが、ウッキウッキとした雰囲気に変わる。

「事前にハティア様がクラリス様に話をお通していたようです」
「……分かったわ」

 午前中の準備を確認し終えたアイラは丁寧に折り畳んだ一枚の紙を懐に入れた後、リーナに幾つかのお茶会のための準備を幾つか言いつけ、クラリスの自室へと向かった。


 Φ


「ッ」
「どうか致しましたか?」
「……いえ、大丈夫よ」

 クラリスの鬼のような指導により、アイラは〝念動〟を手足のように扱うことができる。むしろ、ここ最近は自らの魔力を纏わせることによって物の位置や輪郭等々を正確に把握している事もあり、手足以上に扱っているといっても過言ではない。

 だが、アイラが王城内を移動する際は、リーナが車いすを押すことで移動している。まだアイラが自分で移動できる事を知らしめる時ではないからだ。自らの成長や実力を適切な時に知らしめてこそ、意味がある。

 そうして三歳年上の姉、ハティアに指定された場所へ移動していたのだが、その途中でアイラの顔が真っ青になる。閉じていた瞼を薄っすらと開き、少し呼吸が乱れ始めた。整っていた魔力が若干乱れ、冷や汗をかいている。

「……アイラ様。本当に大丈夫ですか? 見るからに――」
「――大丈夫よ、リーナ。ちょっと動揺しただけだから」
「……そうですか」

 リーナは不審に思いながらもゆっくりと車いすを進めていた。途中すれ違う文官や騎士たちとは目を合すことなく、ゆっくりと堂々と歩みを進めていたのだが。

(なるほど。そういうことですか)

 目的地にある程度近くなった時、リーナは何故アイラがあんな表情になったのかを察した。その存在を魔力感知で捉えたからだ。

 それから少し迷ったが、アイラの震えながらもそれでも背筋を伸ばし佇んでいる様を後ろから見て黙った。

 見守る。見守り、失敗したら慰める。それが自分にできる事だと理解して。

 そして目的地、王城の中にある一つの中庭に着いた。中庭といっても結構広い。体育館ほどの広さだ。

 その近くにいたメイドに目配せして、リーナは中庭の中央にある八角形で屋根があって柱だけの吹き抜けの建築物、ガゼボへと車いすを進める。

 ガゼボには丸机とその上に紅茶やクッキーがおいてあり、それを囲う二人の美少女がいた。

「時間通りですわね、アイラ」
「本日はこのような場にお招きいただき感謝いたします、ハティアお姉さま」
「こちらこそ、わたくしの招待に応じて頂きありがとうございますわ」

 母親譲りの美しい金髪をサイドテールに揺らし、たおやかな碧眼を柔らかく細めるのはハティア・S・エレガント。アイラの三つ年上の姉だ。

 そしてもう一人は。

「……お久しぶりです。ルーシー様」
「ええ、お久しぶりね、アイラ様」

 ルーシー・バールク。

 バールク公爵家の娘であり、八歳、つまりアイラの一つ上でありながら才女とも言われるほど賢く美しい少女。まだ、幼女とも言える。

 だが、艶めく紫の長髪と切れ長で鋭い紫目はとても美しく、清楚居住まいでありながら少しアンニュイな雰囲気を漂わせる彼女は既に淑女。

 背はハティアよりも幾分か低いが、この中で一番年上に見えるだろう。

 そんなルーシーを半年近く前、アイラは無意識ながらも侮辱してしまった。クラリスと出会ったの日の事だ。あの後、手紙と直接、二回謝罪をしたが、彼女は以前のように優しく接してはくれなかった。

 冷たい。

 魔力で分かる。ルーシーはアイラに好感情を抱いていない。悪感情すら抱いていない。ただただ冷たい。

 アイラはそんな彼女に若干強張った表情を向けながらも、端然たんぜんと座りながらカーテシーをする。向こうも優雅にカーテシーをする。

「リーナ。下がっていなさい」
「かしこまりました」

 アイラは凛然とした態度でリーナに命令を出す。ここは外。身内のハティアがいるとはいえ、甘えは許されない。だからこそ、主人らしくリーナに命令を出すのだ。

 リーナもそれを汲んでいる。少しだけ頬を緩めながらも、粛然とした態度でカーテシーと控えの一礼をハティアとルーシーにして、後ろに下がった。

 アイラはそれを感じながらも見ることはない。

 それを見たルーシーは少しだけ不審な表情をする。

 半年前の貴族然とした態度を取れていなかったアイラが、そういう態度を取ったという事はどうでもいい。どうせ、人は成長する。できなかった事ができるようになる。そもアイラは王族であり、それができるようになったからといって驚きはないし、称賛もない。

 だが、馬鹿なのかと思ってしまう。

 車いすに乗ったアイラは、まだガゼボに上がっていない。三段の階段という隔たりがあり、車いすでその隔たりを乗り越えるのは不可能だ。まして、右足もない。左腕もない。目は閉じていて立つことすらできない。

 よもやガゼボに上がるつもりはないのか? とでも思ってしまうが、流石にそれはないだろう。

 ルーシーはハティアに目配せする。ハティアはハティアで首を傾げていたが、まぁ大丈夫でしょう、という感じに優雅に紅茶を啜った。

 と、その時。

「ッ」
「まぁ!」

 階段の前で微動だにしなかったアイラが、ガゼボへと車いすを進めた。浮いている車いすを進めた。

 理屈は簡単。手足以上に扱うことができるようになった〝念動〟だ。魔力で包んだ生物以外の物体を触ることなく動かす事ができる〝念動〟で車いすを浮かして階段を乗り越えたのだ。

 口で言うと結構簡単だが、通常の魔法使いでもこれができる者はそう多くない。

 純粋な無属性魔法である〝念動〟を使う際、まず物体に自分の魔力をむらなく浸透させる必要がある。魔力を浸透させたら、その形状に合わせて魔力を纏わせる。これは浸透とは違い、覆う感じだ。

 次に無属性魔法がもつ『物理干渉』でその物体を動かすのだが、浮かす場合はその物体にかかる重力等々を配慮して浮かさなければならない。しかも、形状によって重心が変わったりして、まっすぐに浮かすことは難しい。回転してしまうのだ。

 人が乗っているのであればなおさらだ。

 小さな箱が絶妙なバランスで細い棒の上に乗り、尚且つそこに人が乗る。そして手元にあるコントローラーで乗っている人が落ちないように、箱の傾きを操作する感じだ。

 自分が乗っている場合は、自分で動きながら重心を操作し、またコントローラーで傾きも操作するっていう感じ。

 大陸でも有数の実力を持つエレガント王国の魔導士でも、できる者はほんの一握りになる。

 だからこそ、その知識を持ち魔法にも精通しているルーシーは表情には出さないものの内心驚愕していて、ハティアは普通に驚いていた。アイラはハティアにこれができることをまだ伝えていなかった。

「アイラ、凄いですわ! いつのまにそんな事ができるようになったんですの?」
「つい最近です、ハティアお姉さま」

 アイラは瞼を閉じたすまし顔で軽く一礼しながらも、内心はむふーといった感じにどや顔している。大好きな姉が喜んで切れたこともあるが、ルーシーから零れる驚愕の魔力を目にして、なんというか嬉しかったのだ。

 アイラに冷たいルーシーだが、しかし冷たいのは自分のせい。

 だからこそ、アイラはルーシーに少しでも関心を持ってもらえたことが嬉しかったのだ。まぁそれを表情に出すことはないが。

 そして最初の一手でアイラの流れとなったお茶会が始まる。
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