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ちょっとした激動の四か月

動きながら詠唱するのは難しい。無詠唱はもっと:The genesis

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 シャンっと鈴を鳴らしたような音が響く。

 戦いそのものを演劇という演じる芸術に見立てたライン兄さんはタルワールを上品に振り下ろす。俺はクロスした短剣で受け止めて逸らした。

 だが、そもそものツッコミを入れる。

「何で、木剣でこんな音がなるの!?」
「何でって、こういう音がなった方が綺麗でしょ?」
「んなっ!」

 体を半身にしながら逆手に持ち替えた短剣で斬りつけるが、ライン兄さんは華麗なバックステップでそれを躱す。

 そして会場全体に響かせるように詠唱する。何故か余計な身振り手振りをしているが、隙がない。

「ああ、猛り狂う嵐よ。彼のも――」
「――消えろ!」

 だが、俺はそれを消す。

 魔術は使ってはいけないが、魔法は使っていい。俺が使える魔法は、純粋な無属性魔法だけだが、その中には〝魔法殺し〟という魔法がある。

 原理は簡単。構築している魔法に魔力をてるだけ。相手の魔法構築の魔力を捉えられ、自らの魔力を精密に操ることができるなら、誰にでもできる簡単な技。

 朝稽古でレモンやアテナ母さんと魔法戦闘する際は、この魔法をどれだけ上手に使えるかが肝となる。〝魔法殺し〟を何重にも使い、相手の〝魔法殺し〟を妨害する。頭脳戦だ。

 ライン兄さんはまだまだこの域にはいないので、構築していた魔法が消えるだろう、と思ったのだが。

「――のにはりつけを――〝風楔〟!」
「いつの間にそんなことできるようになったの!?」
「戦いの中で成長する。いい物語でしょ?」
「そうだけどっ!?」

 俺の〝魔法殺し〟を妨害して作り出された四つの風の十字架、〝風楔〟を躱す。攻撃力は全くないのだが、一度触れると巻き起こる風に絡めとられ十字架に縛り付けられるのだ。

 厄介だ。

 俺の魔力量は多い。それによる身体強化も可能だ。

 だが、身体強化には限界がある。元の肉体に出力によるのだ。いわば掛け算。どれほどの数字を掛けられるかは掛けられる元の数字で決まる。

 一ならば、十まで。二なら二十まで。三なら三十まで。

 結果的に、一は十までしか強化できない。二は四十。三は九十。

 簡単な例だが、しかしだからこそ四歳児の俺にとって厄介だ。

 ライン兄さんは華奢だ。線が細い色白も美少年だ。だが、毎朝朝稽古で走っているし、フィールドワークもよくする。体を動かすのが得意ではないが、筋力や体力は同年代よりもずっとある。

 そして、今までは魔力操作がそこまで得意ではなかったため、身体強化も得意ではなかった。必然的に、筋肉量等々が少ない俺でもライン兄さんに力勝負で勝てたのだ。

 だが、今は違う。

「シッ」
「クッ」

 ライン兄さんがタルワールを振るう。それはまるで美しき演舞を見ているが如く、静と動、緩急がついていて美麗だ。

 だが、実際は数秒で縮められる距離。鞭のように唸りながら不規則な軌道をもってして襲い来る。俺のタイミングを完璧に読んでいるのか、力が一番出しにくい態勢の時に狙ってくる。

 それでも俺は四歳児の柔らかい体。猫のようにしなやかでのびやかな体裁きをもってしてそれらを躱し、犬のような素早さをもって地を這うように移動し、ライン兄さんの懐に入り込む。

 そして放つは。

「穿て」

 超絶至近距離の十発の〝魔力弾〟。魔力を実体化し、放つだけの簡単な無属性魔法。そもそも、無属性魔法は『魔力の実体化』・『物理干渉』・『魔力干渉』・『強化』。この四つだけだ。

 これが基本。それに火という属性がつけば火炎が熾り、水という属性がつけば水が流れる。

 俺はその属性変換においての才能がない。だが、魔力操作は得意だ。

 だから、高密度に圧縮した十の魔力を実体化し、射出した。

「クッ――〝風散〟」

 その即時放たれた〝魔力弾〟を防ぐために、ライン兄さんは慌てて周囲の風を集め、一瞬で霧散させることによって作られる衝撃波の壁、〝風散〟を使い〝魔力弾〟を逸らした。

 また、最初に行使した〝風纏〟によって、軽やかにバク転しながら後ろに跳ぶ。三回転するぐらいの跳躍力だ。

 だが、これ自体が囮。昨日までのライン兄さんなら、そもそも一瞬にして〝風散〟を行使することは無理だったが、それは昨日まで。

 今日からは違うと思い、俺は手を緩めない。

「なっ!」
「ライン兄さん、勝つのは俺だよ」

 ポフンと間抜けな音が響いたかと思うと、ライン兄さんの着地地点に俺の分身体が現れ、身体強化による跳躍でライン兄さんを斬りつけようとする。

 ライン兄さんは一瞬驚いたものの、すぐさまキメ顔をしながら蝶が舞うように空中を蹴って宙返りをし、分身体を斬る。〝風纏〟を足裏に移動させ、足場としたのだ。

 ポフンと間抜けな音を立てて分身体が消える。
 
 だが、これで終わりとはいっていない。

「えっ」
「落ちて」

 宙返りしているライン兄さんの上空に、分身体が現れた。“隠者”で姿形や気配を隠蔽していただけで、今召喚したわけではない。さっきの消えた分身体と同時に空中に召喚したのだ。

 その分身体は落下しながらライン兄さんのお腹に右手を添え、〝魔法殺し〟を行使する。

 すると、ライン兄さんの体に纏わりついていた〝風纏〟が消える。ついでに、魔力を衝撃波に変え、ライン兄さんを真下に落とす。手に持っていたタルワールを奪っておく。

 そして。

「捕まえた」
「え、何これ!」

 落下地点に張っていた罠。

 それは〝魔力網〟。名前の通り、実体化した魔力の網だ。また、その網に〝魔法殺し〟を組み込んである魔法封じの罠でもある。

 そんな中にライン兄さんが閉じ込められた。落下時の衝撃はそれで受け止めてある。

「で、どうする?」

 網の中で藻掻くライン兄さんに尋ねる。〝魔力網〟の強度は結構高めにしてある。ライン兄さんが可能な身体強化の最大出力でも破れないようにしてある。また、魔法は使えないため、出ることは不可能だ。

 それを悟ったのか、ライン兄さんが藻掻くのやめ、項垂れた。

「……降参」
「……うん、よかった」

 負けたのが悔しかったのか、少しだけ涙が滲んだ様子を見て俺は崩れ落ちそうになるが、必死に胸を抑えてニッコリと勝利宣言しておく。ライン兄さんの負けず嫌い的な性格を考えると、慰めるよりも勝ち誇る方がいいだろうから。

 と、まぁ、それはいいとして。

「…………」

 会場自体が静かなのだ。唖然、呆然、阿鼻叫喚。

 ……阿鼻叫喚は違う。意味が違う。ゴロがいいから言ったけど意味が違う。

 まぁどっちにしろ、会場全体が驚愕で声も出せないようだ。

 第三騎士団の人たちや冒険者たち、自警兵団の人たちも分かる。昨日、エドガー兄さんにちょっと確認した感じ、六歳児と四歳児の戦いにしては異常な戦いだったし。常識的に考えて呆然しているのは、まぁ分かる。

 だが、俺の実力を把握していて全力を出してもいいと言ったロイス父さんやアテナ母さんたちが驚いているのがおかしい。

 そも、俺はまだ全力を出していない。それでも驚く……いや、ライン兄さんの方に驚いているのか?

 確かに、別人かと思うほどの戦いぶりだったからな。ユリシア姉さんとエドガー兄さんが大きく目を見開いて呆然としている様子から分かる。

 だけどな、こう皆が黙り込んでていて静かすぎるのもあれだ。居心地が悪い。

 周りの様子が変だと顔を上げたライン兄さんも戸惑っている。さっきまであれほどまでに落ち込んでいたのに。

 しょうがない。

「ねぇ、ルルネネさん。ルルネネさんっ!」
「……ハッ」

 俺は審判役のルルネネさんを揺さぶる。ついでにライン兄さんを閉じ込めていた〝魔力網〟を解除する。

 唖然としていたルルネネさんは、ようやく我を取り戻し俺たちを見た。

 そして周りを見て、声を張り上げる。

「しょ、勝者、セオドラー・マキーナルト様!」

 静寂に包まれた会場全体に勝利宣言が響き渡った。

 歓声はなかった。
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