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ちょっとした激動の四か月

じゃれ合い:The genesis

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「こらセオ! 待ちなさい!」
「待てと言われて待つ人間がどこにいるの!? ってか、分身体でも戦闘能力変わらないし、いいでしょ! バレないんだし!」
「駄目よ!」

 俺は風魔術で風の弾丸を放ちながら、ソファーの裏へと跳ぶ。ライン兄さんは風魔法で風の膜を作り、それで飛んできた花瓶などを防ぎながら二階へと逃げ込む。

 アテナ母さんは一瞬で散らかった部屋を元に戻しながら、“解析者”で緻密に演算した風の弾丸の嵐を魔力波だけで消していく。そのすきに“隠者”を発動して、気配どころか存在感を消し、四体の分身体を召喚してかく乱する。

 ついでに、ライン兄さんを追おうとしていたロイス父さん目掛けて、即席で作った魔道具の罠を張る。

 俺とライン兄さんは、逃げていた。拗ねていたと言ってもいい。

 二日前のあの日。ニール団長に会ったあの日。

 帰りは夕方となり、その後もロイス父さんは忙しかったらしく、夕食は一緒に取れなかった。

 が、アテナ母さんたちはいたため、いろいろと聞いたのだ。今回のことを知っていたのか、ロイス父さんはどこまで予想してどういう計画を立てていたのか。

 まぁそこでちょっと知った。今回に関わらず、俺が三才の時にソフィアたちと初めて顔を合した時も、いろいろと計画を練っていたらしい。

 そして俺は見事に掌の上で踊らされていた。いや、ロイス父さんたちが俺の性格などを熟知していたからこそ、その計画が成り立っていたので、俺をよく見てくれて嬉しい気持ちもあるのだが、ちょっとムカついた。

 しかも、それは俺だけでなくライン兄さんも同様だった。ライン兄さんも掌の上で踊らされていたのだ。

 いや、こちらの損害はないし、ロイス父さんたちが俺たちを駒みたいに見ているわけではないことを知っているのだが、悔しいことには悔しい。それに、アテナ母さんに見事に話を逸らされたりして、計画自体の全容を知ることかできなかった。

 つまり、これからもいつの間にか計画通りに動いていることが多くなるのだ。

 一緒に食事をしていたエドガー兄さんはさもありなんと頷き、その計画の上で自分のやりたいことを引き出せばいいじゃないか、とか言っていたが冗談ではない。

 それは政治だ。俺もだが、ライン兄さんも貴族社会にはあまりかかわりたくないのだ。それに面倒だ。

 っということで、今は拗ねている。

 今日はエレガント王国第三騎士団との合同演習であり、ライン兄さんも俺も出なければならないのだが、拒否している。

 まぁ拗ねているだけなので出ることにはでるが、ちょっとした抵抗はさせてもらう。反抗の意思は示しておかないと。

『セオ、このまま工房に入るよ!』
『分かった』

 二階に上がったライン兄さんから〝念話〟が届く。俺が〝念話〟が使える魔道具をライン兄さんに渡してあるのだ。名前はツナガルン。形はガラパゴスの携帯電話だ。〝念話〟の魔道具を作る際に、パカパカするのって楽しいような、と思ってガラパゴス型にした。

 俺はソファーを風魔術で吹き飛ばした後、〝念動〟でリビングの窓を開け、そこから外へ飛び出す。

 空中に板状の結界を階段のように張り、その上を走る。屋根の上にたどり着いたら、〝念動〟で自室の丸窓の鍵を開ける。

「って、殺意が高い!」

 自室に入ろうとした途端、空中から水の鞭が現れ、しなるように襲い掛かってきた。アテナ母さんだろう。

 だが、俺は何とか風魔術で風の膜を張ってそれを一瞬弾く。その隙にスルリと部屋に飛び込んだ。

「よし、クローゼット――」

 クルクルとベッドから床へ前転しながら立ち上がった俺は、地下工房へ移動するための刻印が刻まれているクロゼットを見る。

 〝念動〟で扉を開け、飛び込もうとする――

「任せた、俺」
「任せられた、俺」

 ――というふりをして、分身体を召喚する。そして、分身体はクローゼットの中に入り、一瞬クローゼットを光らせたかと思うと、工房へ転移した。俺は音も立てずにベッドの下に入り込む。

 よし。“隠者”を最大出力で発動しているから、いくらアテナ母さんでも見つからない。隠蔽工作に本体が工房へ入ったかのような魔力と気配痕跡も残した。
 
 そして何より、ごめん、ライン兄さん。

 たぶん、いやほぼ確実に俺とライン兄さんの〝念話〟は傍受されていた。だってツナガルンには、〝念話〟の発動隠蔽はもちろん、魔力パスの隠蔽、思念偽装などが全く組み込まれていないのだ。

 たまたま、遊びで作ったため、というか今度生まれてくる妹とどんな遊びをしようかなと妄想していたところ、かくれんぼとかドロケイでトランシーバーがあったら楽しいよな、と思って暇つぶしに作ったのだ。

 そして実験としてたまたまライン兄さんに渡していた。

 まぁつまり、おもちゃなのだ。

 っということで、実際に地下工房にいったのはライン兄さんだけだと思わる。だって、気配が地下工房にあるし。

 ……よし、アテナ母さんたちも自分たちの自室から地下工房にいった。

 この隙に――

「アル! アル!」
「え、アル!?」

 ベッドの下から匍匐前進して這い出た俺の目の前にアルがいた。一階でレモンと一緒にミズチたちと遊んでいたはずなのだが、いつの間に。

 っというか、何で俺の場所が、いや、その前にアルの居場所が不自然すぎる。俺の部屋の自室に一人でいるなど、引っ込み思案で後ろからついていくタイプのアルではありえない。

 俺がいない限り!

「シッ! シーな?」
「アル?」

 俺はアルを慌てて胸に抱きしめ、“隠者”をアルにもかける。

 だが、遅かったらしい。

「しまっ」
「捕まえたわよ」

 今の今まで、俺の存在そのものを正確に掴ませなかったからこそ、アテナ母さんは無闇矢鱈むやみやたらに転移をしなかった。

 転移をするには座標設定が必要だし、そもそも前兆を読み取りやすい。大雑把な転移は、“解析者”の“研究室ラボ君”を併用した俺ほどの実力があれば、その前兆から発動の妨害、果てには転移術式を利用した反撃ができる。

 未だに転移どころか空間魔法も使えないし、魔術化にも成功していないのだが。

 だが、正確な座標が伝わったら別だ。

 アテナ母さんが転移するわけではない。俺が転移させられるのだ。

 つまり。

「さて、久しぶりの母の腕の中はどうかしら?」
「むぐ、うぐ!」

 俺はアテナ母さんの腕の中でしっかりと拘束されていた。明らかに力は入っていない。なのに上手い具合関節を絞められていて、身動きが取れないのだ。

 ってか、腕の中なら、アルたちの“陽光球”を作ったときに抱きしめられたし、久しぶりじゃない。

 いや、その前に苦しい、苦しい!

「ギブ、ギブ!」
「あら、何か言ったかしら?」

 こういう時のアテナ母さんは意地悪だ。アテナ母さんの膨らんだお腹を蹴らないようにしながら俺はジタバタとする。

 頑張って大きく息を吸い、叫んだ。

「だから、抵抗しません! 出ますから!」
「はい、よろしい」

 叫んだ瞬間、アテナ母さんは母性を感じさせる声で頷き、俺の脇に手を入れて、向き合うように下した。

 そして屈み、微笑む。

「楽しかったかしら?」

 何が楽しかったかは聞かない。いくら身重だとしても、アテナ母さんは捕まえようと思えばいつでも捕まえられたのは事実だ。それにロイス父さんだっていたんだし。

 ただ、ある程度制限して追いかけっこをしていた理由は。

「……ライン兄さんに付き合っただけだし」
「そうね。そういうことにしましょう」

 俺はそっぽを向く。別に俺は違う。隣の部屋でロイス父さんの気配とライン兄さんの楽しい声が感じる。俺はライン兄さんに付き合っただけだ。

 じゃれ合いにに付き合っていただけだ。

 精神年齢じゃ、四十とは行かなくともそれに近い。じゃれ合いなどは俺はやらない。ライン兄さんに付き合っていただけ。

「セオ。私たちはアナタの親よ。前世があるとかは関係ない。私たちの息子して生まれてきたの」
「知ってる」

 心の中で言い訳していたのがバレていたのか、アテナ母さんは俺の頭をゆっくりと撫でた。

 俺の場合、前世の記憶はあるし人格もある程度受け継がれているけど、精神の成熟性は肉体と融合した魂魄の子に引っ張られてるからな。

 ……うん。まぁしょうがないことだ。赤ちゃんの頃はしたくもないおねしょをしたことあるし、生理現象だろう。

 俺は頭を撫でていたアテナ母さんの手を取り、腕を目一杯伸ばしながら、手をつないだ。四歳児だし、身長が低いからな。アテナ母さんにこれ以上屈ませるわけにもいかないし。

 そして俺とライン兄さんの拗ね、もといじゃれ合いは終わった。
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