異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

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ちょっとした激動の四か月

サプライズはセオとラインの心を緩ますため:The genesis

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 ライン兄さんはよいしょ、と言いながら取り出した『ラクラマンによるアル蝶とヴェバル蛾の蠱毒の功罪。また自然発生による環境変遷』をローテーブルに置いた。結構分厚いし、六歳のライン兄さんが持つには結構重いのだ。

 それをよく空間拡張が施されている魔法袋に仕舞っていたなと思ったんだが。ってか馬車においてきたものだと思っていた。

「……あの、ロイス様。これは……」

 エマさんはライン兄さんが取り出した本を見て、先ほどの驚愕以上の表情筋を使って引いている。

 ドン引きである。

 特にロイス父さんには、軽蔑の視線すら向けている気がする。

 ……やっぱり普通読む本じゃないのか、あれ。いや、まぁ分かってたけどさ。

 そしてドン引いていたのは、エマさんだけではない。我関せずと紅茶を淹れていた官職の人は、手に持っていたティーカップをカタリと地面に落とし、驚愕に戦慄わなないていたニール団長はロイス父さんの肩を掴んだ。

「お、お前。息子になんてもん、読ませてんだ! アル蝶とヴェバル蛾の蠱毒っていったら王国では有名な禁術じゃねぇか!? そんなんが記された本を読ませたのか!? ってか与えたのか!?」
「ちょ、落ち着いて! ぼ、僕が読ませたわけでもなく、ラインとセオが読みたいって言ったし、自分たちでクラリスから買ってたんだよ! それで、アテナがキチンと検閲したし、事前に読むための授業と教育をしてあるって! 倫理的に問題は――」
「あるわ!」

 ニール団長が思いっきり突っ込む。ライン兄さんがエマさんの反応にえ? と首を捻っていたが、ニール団長の言葉でああ、と納得したらしい。

 納得するだけの常識はある。なければアテナ母さんが読むことを許さない。

「ってか、ラインヴァント殿もセオドラー殿もあれ、あの分厚い本を理解できてるのか!?」
「ま、まぁ理解してると思うよ。二週間前くらいにちょろっと話し合っているところ聞いたし」
「ッ!」

 ニール団長がバッと俺たちを見た。二―メートルを超える錆色の大男に睨まれて、俺とライン兄さんはちょっと足が震える。

 それを見てニール団長は余計わけがわからないと錆色の短髪を掻き毟る。そうして数秒。ポツリとロイス父さんに尋ねた。

「……エドガー殿とユリシア殿は?」
「いや、エドガーもユリシアも読んでも理解できないんじゃないかな。特にユリシアは。エドガーは時間を掛ければ理解できると思うけど」
「そうか」

 ニール団長は静かに頷いた。ロイス父さんはここぞとばかりに顔をパァッと輝かせる。ここぞってなんだ?

「あ、でも、エドガーは領地経営とか政治の方は得意なんだよ。ラインやセオは天才だけど、そういうところはからっきしだしね。ユリシアは戦うのが得意だよ。ホント、二日後をたの――」
「親バカは黙ってろ」

 鼻を高く伸ばしながら興奮したように口早に言うロイス父さんの口をニール団長がふさいだ。ニール団長の表情はなんというか、透明だった。

 ……家だと分からないけど、ロイス父さんって結構親バカなんだ。あんな感じに自慢するんだ。先週だとあんな姿見てなかったんだけど……へぇ。

 と、ドン引いていたエマさんが再び無表情に戻り、ライン兄さんが取り出した本を見る。

「……失礼ながらラインヴァント様、セオドラー様。どこに私たち一族について書いていたのか教えてもらえないでしょうか?」
「あ、うん、いいですよ!」
「はい」

 ドン引かれて納得した表情を見せながらも、少しだけ物悲しく眉を寄せていたライン兄さんの顔がパァッと輝く。……さっきのロイス父さんと似ている。

「ええっと、第四部二章の備考欄に……あ、あった。エマさん、ここです」
「……失礼します」

 ライン兄さんは手早く該当のページを開く。そのページはラクスマンにとっての重要人物が載っているページだ。その重要人物がハラカン一族の出身であり、そのため備考欄にハラカン一族とは、と書いてあったのだ。

 ライン兄さんは一度開いたページをなぞって確認した後、よいしょ、と言いながらエマさんの方向へと本を向ける。

 ライン兄さんに少し頭を下げた後、エマさんは目を細めて本を見た。何度か首を傾げて、文字を指でなぞったり、次のページを開いたりしている。

 ……失礼だけどやっぱり印象が薄いな。綺麗なのは分かるんだけど、人目を引かないというか。

 まぁ理由は分かっている。俺の“隠者”と同じだ。ハラカン一族には継承能力スキルという、いわば一族秘伝の能力スキルがある。“夢現”だ。

 “夢現”は姿を隠すことに特化しているらしいが、それでも存在感や気配などが薄くなるんだろう。

 ……もし、将来貴族関連の仕事に就かなければならないなら、“隠者”を活かす仕事でも……いや、面倒に巻き込まれやすいか。やっぱり、このまま色々と物を作って金を稼いで隠居が一番だな。

 お金さえあれば、多少のことはどうにかなる。……たぶん。

「……なるほど。確かに私たち一族について事細かに……」

 ありがとうございます、といいながらエマさんはライン兄さんに丁重に分厚い本を返し、立ち上がる。そしてライン兄さんと俺を見た。

「エマ、どうかしたか?」
「……いえ、流石はロイス様とアテナ様の子供だと関していたところです。私の隠形を見破ったのもそうですが、本文とは全くもって関係ない備考欄の内容を覚えていたこと。そもそもあの本の内容を理解していること。チラリと読ませていただきましたが、そこらの貴族では読めません」
「……この親にしてこの子ありか」

 ニール団長が嘆息する。ロイス父さんはふふん、と鼻を鳴らす。

 それを見てニール団長はさらに嘆息する。

「褒めてな――いや、ラインヴァント殿とセオドラー殿の事は褒めているが、お前は褒めていないぞ」

 ……ロイス父さんって俺やライン兄さんに常識常識って言うけど、ロイス父さんが一番常識がない気がする。どんなにニール団長と仲が良くとも、ここまで大っぴらな態度なのもアレだし。

 アテナ母さんも同様かな。そんな気がする。

 と、俺がそんな事を考えて、ライン兄さんが『ラクラマンによる以下略』の本を魔法袋に仕舞い、その魔法袋を懐に仕舞い終わった後。

 ニール団長がポツリと呟いた。

「『ガンサク』、『ツクル』」
「!」
「ッ」

 予想もしていなかった言葉にライン兄さんと俺が一瞬だけビクッと肩を揺らす。慌てて平静を装うも、ニール団長はその厳つい顔に合わない気苦労を湛えた中間管理職のような表情をした。

 嘆息する。

「なるほど。ロイス殿のいう通り、どうやら上二人はロイス殿、下二人はアテナ殿に似たというわけか」

 やべ、バレた。ライン兄さんと俺のギルド登録名義がバレた。『ツクル』は言わずもがな、俺だ。去年の秋に詐欺防止のために世間に物を出す場合はこの名前を使っている。

 ライン兄さんは『ガンサク』。贋作から来ている。ライン兄さんも詐欺防止と絵本専門の商会を立ち上げる際に、商会長の名義がライン兄さんの名前なのも面倒だし、空欄も面倒なので偽名を作ったのだ。

 何で贋作かと言えば、ライン兄さんは自分が作る物全てが贋作だと思っているらしい。変なこだわりだ。その変なこだわりを名前にした。

「……さて、ライン、セオ。先に馬車に帰ってなさい」
「そうだな。エマ。二人を馬車に送ってやってくれ」

 と、ロイス父さんの雰囲気が変わった。先ほどの大っぴらな感じはなり潜め、冷徹な空気を纏い始めた。その蒼穹の瞳は青空の温かさではなく、冷たい水晶だ。

 俺とライン兄さんは、やべ、本当にやべ、と青ざめる。

「……ラインヴァント様、セオドラー様」
「……はい」
「……うん」

 俺たちは頭を落としながら、エマさんに連れられその部屋を出た。出た瞬間、何とか頭を切り替えて、すれ違う騎士の人たちにそれ相応の態度を取り、馬車に着いた。

 エマさんの手を借りて、馬車に乗った。エマさんも乗った。

「……そう気を落とされませんように」

 周りに遮音の結界を張ったエマさんはそう言った。

「……此度の件、予想外の事もありましたが、概ねロイス様の予定通りに動いていると思われます。ラインヴァント様たちの別の名がニール団長に伝わるのも計画通りでしょう」
「……計画通り?」

 ライン兄さんが問いかける。

「……はい。ロイス様がニール団長であれだけ砕けた態度であったのもそうですが、事前に幾つか匂わせた情報が第三騎士団の方に届いておりました。それに私たちの調査でラインヴァント様たちは、今貴族社会を騒がせる『名』の候補として上がっておりました。信じる者は多くありませんでしたが、私たちは諜報活動を主にしてるため、その可能性を十分に検討しておりました」

 諜報活動? え、第三騎士団ってそんな活動……いや、マリーさんやアテナ母さんの授業では……

 隠れ蓑? 本来は諜報活動などを主に……エマさんがいる理由もそう?

「エマさん。それって……」
「……伝えても問題ありません。先ほども申した通り概ね予定通りなのです。ライン様だけでなく、ニール団長にとっても。それにエドガー様も知っております」
「ユリね……ユリシア姉さんは……」
「知っていると思われますが、分かりません。エドガー様はニール団長が直接お話になりましたので」

 話した? 話してもいい内容……ではないよな。ってことは、そもそもロイス父さんとニール団長は協力体制……いや、マキーナルト家と第三騎士団……

 ………………

 ああ、面倒だ!

 大体、今回、俺とライン兄さんに落ち度は全くない。うん、ない! なら、うじうじ考えるのはやめだ。

 俺は考えることを放棄した。隣を見たらライン兄さんもだった。もういいや、といった表情をしていた。そしてエマさんの右腕の腕輪を見た。

「あの、エマさん。可能ならその腕輪を近くで見せてもらえませんか?」
「……問題ありません。もう少し時間が掛かるでしょうし」
「ありがとうございます!」

 ……俺はどうしよ。あ、新しい絵本の内容でも考えよ。絵や構図とかはライン兄さんだけど、原案のストーリーは俺が作るからな。

 そうだ。今度生まれる妹だけじゃなくて、銀月の妖精さんも楽しめるやつにするか。年齢は俺やライン兄さんに近いようだし。
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