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ちょっとした激動の四か月

セオは自覚あり。ラインは自覚なし:The genesis

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 俺の失言に部屋中が凍り付いた。そんな中、最初に動いたのは、意外にもライン兄さんだった。
 
 俺が指した方向をマジマジと見つめ、数秒後、翡翠の瞳を見開く。

「……あ、ホントだ。奇麗なメイドさんがいる」
「ッ」

 ……俺も俺だけど、ライン兄さんも結構あれだよな。ニール団長や官職さんなんてあんぐりと口を開いて呆然としてるのに。ロイス父さんが天を仰いでいるのに。そんなの気にせず、頬を紅潮させ、奇麗だなぁ、と言ってるライン兄さんは俺以上かもしれない。

 あ、けど、ライン兄さんも人を綺麗と思う感覚はあるらしいし、ここは喜んだ方がいいのでは? 同年代と遊ぶようになったことがライン兄さんにいい傾向を及ぼしているのかもしれない。

 っというか、今回はロイス父さんが悪いし。何となくは思ってたけど、言っちゃダメとは一言も言われてなかったし、俺は悪くない。こういうルールというか常識を教えてくれなかったロイス父さんが悪い。

 よし。

 俺が頷くと、天を仰いでいたロイス父さんがしらっとしたジト目を向ける。やっぱりロイス父さん並みのイケメンだと、そういう目も絵になるんだよな。

「セオ。普通は見えないんだよ?」
「ライン兄さんだって見えたし、ロイス父さんだって見えてたんでしょ。大体、街にいる四分の一くらいの大人は気が付くと思うよ?」
「……常識って難しいよね」

 ロイス父さんがソッポを向いた。

 俺とロイス父さんがそんなやり取りをしている間に、意識を飛ばしていたニール団長が元に戻ってきた。溜息を吐く。

「エマ。隠れていてもしょうがない」
「……かしこまりました」

 すると、今まで透けて見えていた姿がハッキリと見えるようになった。

 褐色の肌を持つ妙齢の女性。部屋の明かりに反射して艶めく白鼠色の長髪。フラットで冷徹な灰色の瞳。美しいというには幼いが、可愛いというには大人びている不思議で奇麗な顔立ち。無表情だ。

 少し背は低く、スレンダーな体つきを隠すのは黒子とも思える黒のヴィクトリアンメイド服。エプロンは清潔ながらも色合いは薄灰。

 なんというか、奇麗なのだが全体的に印象が薄いというか。そんな感じの雰囲気の女性だ。隠密とか諜報活動とか暗殺者にいそうだが、普通にニール団長の付き人だろう。

 ニール団長は粛然と頭を下げている彼女に手を向けた。何とも言えない表情をしていた。

「彼女はエマ。ただのエマ。俺の部下だ」

 ただのエマ? なにその言い方。カッコいい。

 まぁそう思ったのは俺だけなのか、ロイス父さんが申し訳なさそうに頭を下げた。

「一応、初めましてだね。エマさん。ロイス・マキーナルトです」
「僕はラインヴァント・マキーナルトです。よろしくお願いします、エマさん」

 やべ。俺も頭を下げなきゃ。ここで出遅れると面倒だ。

「セオドラー・マキーナルトです。なんか、すみません」
「……エマと申します。以後お見知りおきを」

 俺が頭を下げたのを確認したエマさんは、以後という言葉を強調してろうけた仕草で右足を一歩引き、楚々と頭を下げてカーテシーをした。

「うん。今後ともよろしくね」

 ロイス父さんが、今後と強調して頷いた。

 ……あ、もしかしてロイス父さんは今まで見えていたけど、見えてなかったていでいたってこと? で、今、こんな状態になったから今度から見えていますよ、という感じに……

 つまり、エマさんって影に徹する仕事だった? 存在を感知された駄目だった系の仕事だった? 

 なんか、じゃなくて本当に申し訳ないことしたかも。エマさんの仕事を奪った?

 俺のそんな内心を感じ取ったのか、エマさんは灰色の目を伏せる。

「……セオドラー様。私が未熟なだけでございます」
「いや、俺もそういうの気にせず言って、申し訳ありません」

 ホント、申し訳なくて頭を下げると、エマさんは深々と頭を下げる。

 え。

「セオ、セオ。こういう場合は、頭を下げては駄目だよ」
「あ」

 そういえばそうだった。うちは結構緩いし忘れてたけど、一応私的な場とはいえ、俺が頭を下げると流石に不味いのか。特に一般市民ならともかく、貴族社会に関わっている人間相手だと。

 こういう場合は。

「今後ともよろしくお願いします」

 片手を上げてですます調で言えばいいのかな? まぁ幼児のやることなので合っていなくとも曖昧にしてくれるだろう。

 と、ぼへぇとエマさんを見ていたライン兄さんがソファーを降りて、ハッと満面の笑みを浮かべ、エマさんに近づく。エマさんは突然の事に目を細めているが、ライン兄さんは気にしない。

 そのままエマさんの右腕についている木製の腕輪をジッと見た。それは視線だけでその穴が空くのではと思うほどだ。

 流石にそれを見かねたロイス父さんは声を掛ける。

「ライン。戻ってきなさい」
「……はい」

 ライン兄さんは名残惜しそうにその腕輪を見ていたが、流石に失礼だと思ったのか渋々とソファーに座った。

 それを見ていたニール団長が溜息を吐いた。

「ラインヴァント殿もセオドラー殿もやはりロイス殿の息子か」
「誰の息子だと思っていたのさ?」

 ロイス父さんがジト目を疲れた表情をしてるニール団長に向けた。ニール団長はもっと疲れた表情になる。

「少なくともたちの悪いサプライズをしたり、こんな時でも冗談をいうような性悪な男の息子ではないと思っていたぞ。健気でいい子たちだからな」
「……まぁ、二人はアテナ似だからね」
「そっちも似なくていいと俺は思うが……」

 やっぱりこんなやり取りができる時点で、ニール団長ってロイス父さんと相当仲がいいんだな。普通だったら問題に発展しそうだし。

 にしてもいい子か。ライン兄さんは当然として、俺がそう言われるのは純粋に嬉しいな。うん、嬉しい。

 ……あれ? でも、やはり息子かって言われたからいい子じゃない? え、それは嫌だな。小心者という自覚はあるが、それでも悪いことに手を染めたことはないし……

「……やっぱり純粋な子だな。でも、こんなに顔に出やすいとは」
「まぁそれは僕も少しだけ困っているんだよね」
「あ」

 慌ててスンと無表情になるが、ニール団長は生暖かな目を俺に向けてきた。ライン兄さんは相変わらずエマさんと右腕の腕輪を交互にジッと見ている。

「……ラインヴァント様。この腕輪がどうかいたしましたか?」
「あ。ええっと、失礼ですけど、エマさんってレア―諸島のハラカン一族の出身ですか?」
「ッ」
「んなぁ!?」

 ライン兄さんにジーっと見つめられても崩さなかったその無表情が崩れた。思いっきり目を見開き、一歩二歩と後退る。

 ニール団長は俺がエマさんの事を言った以上に驚愕を浮かべている。な、な、な、な、と壊れた人形のように戦慄わなないている。

 ロイス父さんは……え、どいうこと? と首を捻っている。俺も首を捻る。

 レア―諸島って、確か俺たちが住んでいるエア大陸の南東に位置する小さな島々の総称で、小さな島々一つ一つに固有の部族が住んでいる。ただ、その島の数は百にも及ぶため、本当に小さな島の事は地元民しか知らないことも多い。

 けれどその一族を当てたからといって、ニール団長があそこまで驚く理由はないだろうし……

 ……あれ、でもな、どっかで聞いたことあるんだよな。ハラカン一族、ハラカン一族……

 ……そういえば、エマさんって気配や魔力ではなく、姿が見えなくなってた……透明化というより、霊体になった……

「あ! さっきのあの透明って継承能力スキルの“夢現”。ああ、だからライン兄さん腕輪に釘付けだったのか。ハラカン島にしかない育霊木で作られた腕輪に」
「うん」

 ライン兄さんはビンゴと言う具合に頷いた。俺もライン兄さんが何でエマさんに釘付けだったのか分かって良かった。エマさんに興味津々じゃなくて、固有種の木から作られた腕輪に興味津々だったのか。

 奇麗なって、たぶん奇麗な(腕輪を付けた)メイドさんっていうことだったのか。

 俺がそんな納得いっていると、落ち着きを取り戻したエマさんが俺たちに顔を向けた。ニール団長は未だに驚愕から戻ってきていないし、官職の人は我関せずと紅茶を淹れている。ロイス父さんはまだ首を捻っている。

「…不躾ながら、…ラインヴァント様もセオドラー様も何故その事を知っているのでしょうか?」
「ええっと、これだね」

 ライン兄さんは懐に仕舞っていた魔法袋からある本を取り出した。

 それは『ラクラマンによるアル蝶とヴェバル蛾の蠱毒の功罪。また自然発生による環境変遷』だった。
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