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ちょっとした激動の四か月

基本的に礼儀作法は気にしなくていいです:The genesis

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「ありがとう、父さん」
「ありがと、ロイス父さん」
「どういたしまして」

 ロイス父さんの片手を借りながら、ライン兄さんと俺は馬車を降りた。目の前にはうちの屋敷よりも少しだけ小さな屋敷があった。眼前にある両扉の直ぐ近くに騎士が二人いた。

 二人とも腰に騎士剣をいているが、服装は身軽だ。動きやすそうな群青のシャツとズボン。胸には鼠のタペストリーがついている。靴は金属で補強されていながらもしなやかだ。少しだけ動くとカチャカチャとなるから、たぶん鎖帷子を着ているのだろう。

「お待ちしておりました、マキーナルト子爵様!」

 ビシッと惚れ惚れするような敬礼をした二人の騎士のうち、一人が俺たちを見て声を張り上げた。やっぱり、騎士団とかってうるさいんだよな……と思いながらも、必死に顔を顰めないようにする。

 ロイス父さんはそんな大声ににこやかな笑顔を返しつつ、手を上げた。そして左胸を右拳で一回叩いた。ライン兄さんも数秒、を取った後、左胸を右拳で二回叩いた。

「「ハッ」」

 騎士二人はビシッと両手を下げた。一応、今回は貴族としての正式な挨拶として来ているため、ロイス父さんもライン兄さんも騎士たちに声を掛けないのだ。まぁ、声を掛けても問題はないらしいが。

 こういうのは時と場合、特に相手によりけりな部分がある。今回は協力体制を築くうえでも、第三騎士団の力は重要なため、声を掛けないらしい。逆じゃね、と思うのだが、騎士にとって戦において信頼できるのは気さくな人間ではなく、威厳ある人だからだそうだ。

 また、ロイス父さんとライン兄さんの胸を叩いた回数が違うのは、その場においての階位を表していて、少ないほど階位が高い。

 そして俺はというと、胸すら叩かない。それどころか、騎士たちの人たちに会釈はしないし、向こうも俺と目を合わせない。

 そもそも俺はまだ貴族ではない。王国法においての正式な貴族とは、生誕祭、つまり五歳を超えた者を指す。ただし、貴族の息子ではあるから、それなりに地位は高いのだが。

 まぁそれはおいておいて、そもそも五歳を超えていない俺は貴族の正式な場に出ることはあまり推奨されていない。子供たちだけが集まるお茶会やら何やらは出てもいいのだが、大人――貴族がメインの場所には通常出ない。

 ただ、例外はどこにでもある。

 例えば、マキーナルト領。あとは、北の辺境でもあるグロラルア領。南東の辺境でもあるリートレ領。ランク指定Aのダンジョンを持つシレント領。

 つまり、他国と接していたり、海と接していたり、魔物や多大資源を保有していたりする領地の領主の子供は例外なのだ。

 理由は色々とあるが、分かりやすく言えば普通の子供としてのわがままがきく年齢が低いのだ。通常の平民と同じなのだ。安全性が低いから、というのが大きな理由だろう。

 なので、貴族ではないから貴族としての礼式は公式の場ではしてはいけない。だけど公式の場に出るから、礼儀を欠いてはいけない。結構面倒なのだ。しかもそれでいて、公式の場の中にも非公式というのが存在し、第三騎士団長に挨拶する場合は、その非公式にあたる。

 その公式、非公式で態度やら礼節やら態度やら言葉遣いやら全てを変えなきゃいけないため本当に面倒である。

「こちらです」

 騎士の一人が屋敷の両扉の片方を開け、もう一人が案内する。ロイス父さん、ライン兄さん、俺の順番でカルガモのように先頭を歩く騎士の人についていく。

 お、ライン兄さんが少しだけよろけた。着ている服はカッチリとしていて動きづらそうだし、履いている靴も履きなれていないから歩きづらそうだ。

 だから、大変だな、と頑張って歩いているライン兄さんを見て余裕ぶりたいところだが、俺も同様なのだ。そんな余裕はない。

 というか、普段から結構しっかりとした服を着ているライン兄さんと違って、普段俺は軽装だ。モノづくりしたり、魔道具を弄ったり、散歩したり、昼寝したりするために旅装といっても過言ではないほどラフな恰好をしている。
 
 だから、俺は本当に不慣れなのだ。

 しかし、先週もそうだった。俺は学ぶのだ。こういうのは俺がするべきことではないし、解消できるなら解消した方がいい。

 なので“研究室ラボ君”に俺の体の制御を任せる。勝手に体が動く。まるで決められた機械のように。ただし、“隠者”を意識的に使い、能力スキルの発動を隠蔽する。あと、“隠者”自体の発動も隠蔽する。ロイス父さんに使うなと言われたからな。

 バレないように頑張らなければ。

「ニール団長。マキーナルト子爵様をお連れ致しました!」
「……うむ」

 と、そんなことを考えていたら着いたらしい。先導していた騎士が個室の扉をノックして声を張り上げた。そしたら中から野太い男の声が響いた。ニール団長とやらの声だろう。

 中の気配や魔力反応を探れば、三人か。それほど人は多くないらしい。挨拶と聞いていたから、もう少し人がいるかと思ったのだが……

 あ、けど俺がいるから非公式ではあるのか。それに一か月後の準備でも忙しいのは確かだろうし、それくらいか。

 ガチャリと先導した騎士が扉を開けた。ロイス父さんはその騎士の右胸を一度だけ拳で軽くたたき、部屋に入った。ライン兄さんは自分の胸の前で手を合わせ、二回ほど前後に振った後、目配せして部屋に入った。

 もちろん俺は何もしない。

 扉が閉まった。

 部屋を見渡した。そこまで大きくない。小さな執務室程度か。校長室のように一際目立つ机が一つに、その前に二対の上質なソファーが置いてあった。もちろん、これらはこっちが用意したものだ。

 ただ、他にも部屋にある植物やちょっとした調度品。あと、なぜかあるベッド。これらは向こうが置いた物だろう。長期滞在する場合は、こっちで要望を聞いて手配することも多いのだが、一品ものなどは自分で持ってくるのだとか。

 見た感じ皮肉でもなんでもなくいい趣味をしていると思う。部屋に置かれている植物はリラックス効果や観賞用としても優れている植物ばかりで、配色と配置も良い。ライン兄さんがほぅと若干頬を緩ませているところを見れば、それは確かなのだろう。

 ライン兄さんって芸術家の天職もあってか、美には一定のこだわりがあるようだし。今回の場合は機能美の中にある遊び心というべきか。

 ただ、そんな部屋の主は、見た目的にはその部屋に似合っているとは言い難かった。

「遠路はるばるようこそ、マキーナルト子爵殿」
「遠路ではありませんでしたが、お久しぶりです、ニール団長殿」

 部屋には貴族というより戦士というべきか、錆色の短髪と瞳を宿した筋骨隆々の二メートルを超える大男とその後ろに簡単な貴族服に身を包んだ官職がいた。

 官職の人は微動だにせず置物のように立ちながらこっちを見つめている。

 ただ、さっきの騎士と同じような群青色の服に身を包み、通常の騎士剣よりも一回り大きい剣を左腰に差している大男は、その野性味のある顔を快活に歪ませ、ロイス父さんに右手を差し出した。

 ロイス父さんは少しだけ見上げる形でイケメンスマイルを浮かべ、同じく右手を差し出し握手する。

 爛々と輝く錆色の瞳と、優し気で泉のように透き通った蒼穹の瞳が交差する。
 
 やり取りから見れば、気心知れている仲なのだろう。貴族のやり取りでもその距離の近さや仲から多少、挨拶が変わったりする。今回は、二人して冗談を言い合う形なのだろう。

「お初にお目にかかります、ドゥクス子爵様。ラインヴァント・マキーナルトです。以後お見知りおきを」

 二人が手を離したタイミングを見計らい、ライン兄さんがニール団長に挨拶した。右足を一歩だけ下げ、指先を揃えた右手を右胸に当て華麗に腰を少しだけ下げる。朗々とした名乗り上げであり、また少しだけ後ろに引きながらもへりくだってはない挨拶だった。

 堂々としていた。カッコいい!

「これはこれは、こちらこそ初めましてラインヴァント殿。ニール・ドゥクスです」

 堂々としたライン兄さんの挨拶にニール団長は一瞬だけ目を見開いた。直ぐに胸を張り、ライン兄さんの挨拶に応えるようにニール団長は、ニカッと横溢する太陽が笑ったかのように綺麗な歯を見せて口角を上げ、右胸を一回叩いた。

 ドンっと大太鼓をバチで叩いたかのように胸筋が鳴り響いた。ダンプカーか何かがあそこには入っているのだろう。

 その後、ニール団長は少しだけロイス父さんに目配せし、ライン兄さんの前で片膝を突いた。腰を曲げて屈み、ようやくライン兄さんが真上を見上げない形になった。まぁそれでも見上げるには見上げるのだが。

「これからよろしく、ラインヴァント殿」
「こちらこそよろしくお願いいたします」

 ニールは爛々と輝いていた錆の瞳を優し気に丸め、ライン兄さんに右手を差し出した。ライン兄さんは小さく頭を下げた後、右手を差し出し握手した。

 数秒経った後、握手は終わりニール団長が立ち上がった。

 次は俺の番…………なのだが、あれ? 気配は三つなのに部屋には二人しかいない。どういうことだ?
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