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ちょっとした激動の四か月

育て教え教えられ:Aruneken

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「その子たちの種族名は、本来ないの。いえ、あってないようなものかしら」
「うん?」

 余計に分からなくなる。学術的な種族としての名前がなくとも、アテナ母さんの口ぶりやエウの言葉から、アリュネケンが昔に存在していたのは確実だ。しかも人間と関わっていたのも。

 だったら、名前があったはずだ。

「う~ん、ここら辺は感覚的なものなのよね」

 アテナ母さんがどうやって伝えようかと首を傾げる。顔を覗かせていたアルが、それを真似てクイッと緑の葉っぱ事首を傾げる。直接見ることはできないが、感覚的にそれを感じ取れて、ほっこりする。

 って、そうじゃない。

「名前が感覚的ってどういうこと?」
「まぁセオなら理解できるわよね」

 アテナ母さんは投げやりに頷いた後、ビシリと人差し指を立てた。何か様になっているな。

「その子たちはエウ様と私たち人を繋ぐメッセンジャー的役割を持っていたのよ」
「メッセンジャー? っというか、いた?」
「ええ。昔はね、各トリートエウの神霊はそう簡単に姿を表さなかったの。理由は色々とあったのだけれどもね。でも、意思疎通ができないと、死之行進デスマーチの時に困るでしょ? いくら自分たちで瘴気を祓えるとはいえ、相当力は消耗するし、だったら戦う人が近くにいた方がいいわよね」
「……まぁ確かに」

 つまり、アリュネケンたちは神霊の使徒とかそんな感じでいいんだよな? なら猶更名前がなくちゃいけなくない? ってか人が名前をつけるよな。

「で、ここが問題なのだけれども、各トリートエウの神霊のメッセンジャーは、姿形特徴色々と違うのよ」
「……種族が違うってこと?」
「いえ、一緒よ。だけど各々の神霊や、あとは触れ合う人々の性質に影響を受けてしまうの」

 あん? どういうことだ。種族は同じだけど神霊や人によって姿形や特徴などが変わるってことか? 

 うーん。分かり辛い。

 けど。

「……鏡みたいなものって捉えておけばいい?」

 なんとなーく、人を映す鏡みたいなものと思えばいいのか。鏡はその人を映すものだし……

 そういえば、人も人の鏡とかいうよな。あなたが周りを嫌えば周りもあなたを嫌って、あなたが周りを好けば周りもあなたを好く。誰の言葉だったけ? 

 思い出せねぇや。けど、たぶん。

「ええ、ええ、それが一番近いわ!」

 アテナ母さんが少しだけ腑に落ちた様に口元を綻ばせるのをみれば、たぶんそれが一番近いのだろう。

 そして、ふんわりとだけど名前があってないようなものというのにも、少しだけ予想が立つ。予想というよりは妄想とか想像とかが近いが。

「つまり、時代によって、その同じ神霊のメッセンジャーは姿形特徴も変わるってこと? それか存在自体が不定形で、存在を表す名前が一貫しないって感じ?」
「う~ん。たぶん、言葉にするとそうなるのかしら? ……うん、そうね。たぶん、それが一番近いわ」

 どうやら、今回アテナ母さんが遠回しにいったのはいつもの悪い癖ではなく、アテナ母さんでも言語化するのに困る話だったんだろう。

 八の字の眉を見てそう思う。アテナ母さんがそんな表情をするなんて珍しいし。

「まぁ、つまり、今のアルたちはアリュネケンでいいってこと?」
「そうね。その子たちは確実にセオの影響を受けていて育ったのだから、そうなるわ。名前も、セオがその名前を思って口に出した瞬間、その種族名になったのよ」
「……ややこしいね」
「ええ、全くだわ」

 アテナ母さんはニッコリと頷いた。

「……う~ん」

 それを見ながら、俺は首を傾げる。

 アテナ母さんに慣れたのか、完全に俺の髪の毛から出てきて、俺の首元でアルアル! とはしゃいでいるアルにくすぐったさを感じながらも、心裡こころうちにこう、ふわっ、ぎゅ、もにょと、そんな気持ちが湧きあがり、もどかしくなる。

 それも後ろで、ミズチやユキ、ライン兄さんたちと戯れているリュネとケンの声が、異様に頭の中で響く、いや意識しているって感じか? どっちにしろ常に考えてしまうような……

「あらあらあらあら、まぁまぁまぁ!」

 と、俺がこの感触はなんだと悩んでいると、アテナ母さんがまるで蜂蜜を頬張ったかのような表情をして俺を見つめる。そのエメラルドの瞳には、生暖かさみたいな表情が浮かんでいる。

「どうしたの、アテナ母さん?」
「アル?」

 俺はますます首を傾げ、アルはそんな俺の真似をする。アテナ母さんはさらにニコニコとしながら、自らの膨らんでいるお腹を撫でた後。

「リュネちゃん、ケンちゃん、ちょっとこっちへいらっしゃい」
「リュネ?」
「ケン?」

 後ろで戯れていたリュネたちに声を掛ける。俺は振り返り、突然の呼びかけに首を傾げているリュネとケンを見て、二匹はそんな俺を見た後、ハッと頷き、タタタタッと掛けてくる。

「っと」

 そして俺の懐へ飛んでくる。ガラス細工を抱きしめるように優しくリュネとケンを受け止め、二匹の頭をなんとなしに撫でる。

「セオたち、こっちを向きなさい」
「うん?」
「アル?」
「リュネ?」
「ケン?」

 アテナ母さんが向けと言われたので、俺はアテナ母さんの方を向いた。アルたちも同様だ。

 その瞬間。

 パシャ。

 そう効果音と一緒に、アテナ母さんの瞳に魔力が集まり、一瞬だけ光る。俺はそれに驚くが、アテナ母さんはニコニコとしたまま異空間から一枚の紙を取り出し、それを見つめる

「アテナ母さん、何で撮ったの!?」

 俺はそんなアテナ母さんに問い詰める。後ろにいたレモンやライン兄さん、ユリシア姉さんたちもなんだなんだとこっちへ来た。

「うふふ。ちょっと待ちなさい」
「待ちなって、いや、ホント、何で撮ったのさ!?」

 俺は写真を撮るのは好きなのだが、撮られるのはあまり好きではない。少なくとも、こう不意打ちで撮られるのは苦手だ。それでも家族に撮られるのは嫌いではないので、こう理由を問い詰めるだけなのだが。

 ……こういうところって人間面倒だよな、と想ったりするが、どうでもいい。

 俺に問い詰めらえるアテナ母さんは、けれどあらあらうふふと、ゴンドラを操る雪の妖精とそっくりの微笑みを湛えながら、手に持った紙へと魔力を注ぐ。

 そうすれば。

「ねぇ、セオ。あなた、こんな顔をしてたわよ」

 魔力が込められたその紙には俺の絵が写っていた。瞳で見た光景を紙に写す魔法〝想起〟なのだが……

「だれこれ」
「アンタ、デレッデレじゃない」
「セオってこんな表情できたんだ」
「まるで我が子を抱いているようですね」

 そこに写っていた表情に俺は愕然とする。ぶっちゃけ自分で言うのもあれだが、俺って結構間の抜けた表情だ。ボーっとしていえるというか、ぼんやりとしているというか。

 毎朝鏡を見て、ヌボーってしてるよなと自分で思うくらいにはボヤっとした顔をしている。

 けど、目の前にいる表情は。

「気持ち悪い」

 あれだ。前世の親父が姉の子供、つまり孫を見た感じの顔だ。デレデレしていて、ニチャアと顔を歪めていて、気持ち悪いって感じの。

 ユリシア姉さんはその写真の表情と俺を見比べ、蒼穹の瞳を爛々と輝かせながら俺の頬を抓る。ライン兄さんは感心したように写真を見つめ、レモンはニヤニヤとしながら、モフモフの狐尻尾で俺の首筋を撫でる。

「セオ。あなたはその子たちの親なのよ」
「……お、や?」
「そうよ。大事に大事に水をやり、土を変え、魔力を注ぎ、命在りてその腕の中にいるの。とてもとても深い存在」

 アテナ母さんが大切な宝物を見せびらかす様に、とても温かで透明感のある言葉を吐露する。

「たぶん、疲れることもあるわ。その子たちは生まれたばかりだから、色々と教える必要がある。力を制御させなきゃならない」

 それは俺に向けられた言葉のようで、けれど自分にも言っているような。俺の頬を抓っていたユリシア姉さんと珍しそうに見ていたライン兄さんが、ハッとアテナ母さんを見た。

「それでも大切で愛おしい。その感情を言葉にすると陳腐になるでしょうけれどもね」

 アテナ母さんは俺たちを見つめた。俺は息を飲み、隣でユリシア姉さんとライン兄さんが唾を飲み込んだ音が聞こえた。

「セオ。倦まず弛まず共に歩みなさい。見守りなさい」

 真摯なエメラルドの瞳が俺を射貫き。

「そして困ったら、いいえそうでなくても頼りなさい。これでも少しだけ先輩なのだから」

 少しだけ誇るように俺に微笑んだ。

「……はい!」

 俺は頷いた。

 ユリシア姉さんとライン兄さんがアテナ母さんに抱きついた。
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