異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

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ちょっとした激動の四か月

戦乱時代の魔法領主の戦いを打ち込んでいます:アイラ

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 コンコン、と扉をたたく音が響いた。

 夕方。春も終わり、南から雨雲が昇ってくるだろうと思う季節。

 ヘトヘトな声色のアイラは、しかし自らの右手で車いすを操作してある部屋の前に立った。

 クラリスの方針で、魔法を使ってもいいので自ら移動できるようにしろと言われたのだ。

 そのため、一応後ろでリーナが立っているが、アイラは無属性魔法の〝念動〟と身体強化で車いすを押していた。

「入ってよいぞ」
「失礼いたします」

 王城内で自らの手で車いすを進めることは、父親であるオリバーたちはいい顔をしなかった。

 当たり前だ。そのような雑事を自らの手で行うなど、王族として浅ましいと思われるからだ。オリバーたちが思わなくとも、高位貴族などがいい顔をしないのだ。

 しかし、クラリスは言った。

 それらを雑事ではなくしてしまえと。自ら車いすを進めること自体が、雑事では、下賤ではないようにしろと。

 それでアイラが思いついたのが、車いすを進めるごとに煌びやかな光が現れる、といった事。そうすれば、みんなそっちに目を捉われるのではと、思ったらしい。

 リーナとしては、それは流石にヤバい、と思ったのだが、クラリスは、それはいいと笑ったので、それが採用された。

 もし、それが何か文句を言われてもクラリスはこっそり後ろから自分の名前を出すつもりだし、案外それも悪くないのだ。

 クラリスの特異性を示す面でも、またアイラがこの手では自分の思うように状況を変えられないと、気が付くためにも。

 そういう、失敗して反省する分かりやすい機会を作るのは重要なのだ。

「……その様子だと、上手くいかなかったようだの」
「……はい」

 そんな機会を与えられたアイラが入った部屋は、図書館と見間違うほどに本棚が溢れた部屋だった。ざっと、サッカーグラウンドくらいあるだろうか。

 アイラの家庭教師をするため、クラリスに与えられた王城の一室だ。主に国王一家が暮らすプライベート区画に近い一室だ。

 そしてその一室は元々、テニスコート程度の広さしかなかった。そのはずだったのだ。

 なのに、部屋を与えられてから二日後。この部屋は改装も何もしていないのに、部屋の内部が広くなっていたのだ。ついでに、どこから持ってきたのかと思うほどに、何万冊という本が部屋に入っていた。

「どんなに魔法を扱えようと、戦闘経験のない者を連れていくつもりはないと」
「至極全うだの」

 そんな空間魔法で部屋の空間を拡張して作った図書館兼居住室を見渡しながら、アイラは部屋の最奥にいるクラリスへと車いすを進める。

 魔力姿はハッキリと捉えられていないのに、声がハッキリと聞こえるのに違和感を感じる。

「諦めはついたかの?」
「いえ、クラリス様。私に魔法戦闘を身に着けさせてください」
「今から身に着けても、間に合わんと思うのだが」
「確かに今回はだめそうですが、もし同じようなことがあった場合のためにです。それにクラリス様は、私が成長したら外に連れていくつもりでしょう?」

 ようやく、アイラはクラリスの魔力姿を捉えた。空中に浮かんでいたのだ。黄金の魔力を周囲に漂わせながら、何らかの魔法で浮いていたのだ。

 アイラの知識にはない魔法だった。

 なのでアイラは、その天性の魔力を見る力と身から溢れである魔力を使ってそれを真似ようとする。

 が、失敗する。魔力の属性変質が上手い具合にいかなかったのだ。

「まぁ、時機を見てな。……ところでアイラ。おぬしにその魔法は使えんぞ」
「……使えない、ですか。それは、私の技術が足りないということでしょうか」
「いや、根本的に適性がないのだ。おぬしの魔力波長では、その属性には変質できん。というか、大体の人間は無理だがの」

 クラリスが、スイーと空中から降りてきた。そんなクラリスに、アイラの後ろで控えていたリーナが興奮気味に訊ねる。

「重力魔法、だからですか」
「そうだの。無属性魔法に適性がなければ、それを扱うのは相当に困難だ。まぁ無属性魔法に適性があったところで、普通は重力に属性転換できる者がいないのだが。概念を理解できておらんからな」
「概念ですか」

 リーナはポツリと呟いた。

 魔法についてそこからの魔法使いよりも詳しいアイラでさえ、今の二人の会話はあまり理解できていない。

 無属性魔法に適性がある、という事実も初めて知った。無属性魔法は誰にでも扱えるから無属性魔法なのだ。適性が必要ということを聞いたことはなかった。

 しかし、リーナはそれに疑問も持っていない様子だった。

「と、アイラ様にはまだここを教えていませんでしたね」
「そうだの。……よし、明日にでも教えるとするか」

 一応、クラリスはアイラの魔法の師匠として雇われている。なので、魔法について教えるのは何ら不思議ではないのだ。

「よろしくお願いいたします。それで、魔法戦闘については」
「うむ。……お主、どれほどまでにそれを自らで移動できるようになった?」
「城内なら問題なく」
「では、王都内の石畳の上や総合演習場などは」
「……まだ、ふらつきます」

 城内はオリバーが改装を命令したことにより、段差や凸凹などが少なくとても車いすで進めやすい。

 しかし、石畳や土の上では木製の車輪が跳ねるのだ。そうすると、直ぐに倒れそうになる。

「なら、まだ無理だの。〝念動〟の精度が上昇したり、車いす自体の性能が上がれば別だが」
「……つまり、今は〝念動〟に励めと」
「うむ。何度もいうようにお主は才覚だけで魔法を扱いすぎなのだ。技術が疎かになっておる」
「〝念動〟はそれに最適だと」
「うむ。魔力制御を高めることがまずは先決だからの」

 そう言いながら、クラリスは手に持っていた本をパタンと閉じ、そしてパチンとフィンガースナップをする。

 すると、アイラの前に木製の机が現れた。

「ということで、疲れているところ悪いが、いつも通り訓練をしてもらうぞ」
「はい」

 そしてその机の上には、束になっている紙と深緑の魔力が込められているタイプライターがあった。

 アイラは、〝念動〟で紙束から一枚の紙を浮かし、また同じく〝念動〟で用紙抑えを持ち上げる。この際、力を入れすぎるとすぐに壊れるため、繊細な魔力操作が必要になるのだ。

 それから浮かせた用紙を横長の筒、プラテンの奥側の隙間へと時間をかけて入れていく。これが意外にもむつかしい。

 リーナは相変わらず高等な訓練だと感心し、クラリスはアイラの様子を見ながらメモをしていく。

 アイラはそんな二人に構う様子なく、プラテンの左右についている丸いノブ、プラテンノブを奥側に回していく。そうすると、用紙が巻き込まれていく。

 用紙が一定以上巻き取られたらアイラ、〝念動〟で上げていた用紙抑えを元に戻し、用紙を固定する。

 用紙がずれなく抑えられているのを、右手で確認した後、アイラは刻まれているメモリをのくぼみを頼りに、〝念動〟でタイピングする左端と右端を記憶するマージンセットスライダーを抑えながら印字範囲を決めていく。

 そして右手でタイプライターのキーをさわり、そこに刻まれていた点字を頼りに黒のインクをセットする。

「準備完了しました」
「よし。では、いつも通り行くぞ」
「はい」

 クラリスは、閉じていた本をまた開く。また、体内の魔力を練り上げていき、空中に浮いていた金属球を包んでいく。

「北のブルーバルク――」

 そして本に書かれている内容を読み上げていく。アイラは、全くもって手加減せずに早口で述べられていく本の言葉を一言一句違えないように、右手を猛スピードで動かしていく。

 キーに刻まれていている点字は、もう頼っていない。すでにどこに何のキーがあるか、それを体にたたき込んでいる。

 それでも最終確認をしながら、打ち込んでいき、チーンと右端に近づいた音が聞こえたら、〝念動〟で改行作業をしていく。

 そうして、幾分か経った後。

 クラリスの黄金の魔力に包まれていた金属球が、アイラ目がけて落ちてきた。

 けれど、アイラはそのしみ込んだ黄金の魔力を頼りに、その金属球の位置を把握して直ぐに自らの魔力でその金属球を包み込んでいく。

 そして〝念動〟でそれらを持ち上げる。

 そしてそれを皮切りに、アイラの頭上に次々と金属球が降り注ぐ。アイラはそれらすべてを魔力で包み込み〝念動〟で浮かせていく。

 だが、それで終わらない。なんと、金属球が落ちてくるだけでなく、アイラが浮かせている金属球目がけて、飛んできたのだ。

 そして、アイラはその対応に遅れて金属球が弾き飛ばされる。そしたら、その弾き飛ばされた金属球が黄金の魔力に包まれて、再びアイラを襲いだした。

 アイラは、必死に右手を動かしてクラリスの言葉を打ち込みながらも、自分や金属球へ飛んでくる金属球を、〝念動〟で操っている金属球で弾き飛ばしていく。ついでに虚空から落ちてくる金属球を自らの支配下に置いていく。

 あれだ。

 陣取りゲームをしているのだ。制御圏の奪い合いをしているのだ。

 タイプライターで打ち込みながら、金属球を制御する。また、クラリスが放つ金属球をどうやって弾き飛ばすかなど、その処理能力を高める。

 しかも、チーンと音が鳴れば改行作業し、用紙が切れたら瞬時に用紙を入れ替える。それらすべてを〝念動〟で操作していく。

 高等な訓練だった。

 それを一時間。夕日が沈み、宵の口になったころ。

「では、今日の訓練は終了だの」
「……ありがとう、ございました」

 アイラは息絶え絶えになっていた。大粒の汗が浮き上がり、頬は赤くなっていて、とても疲れていた様子だった。

 充足していた魔力は尽きていた。

 これがここ数ヶ月の訓練の集大成だった。
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