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早春
雪合戦の始まり:sprout
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「……で何でこっちはこんなにハンデを背負ってるの?」
偵察を終えスルリと降りてきたハイターと、俺の隣で小さな雪だるまを作っていたクラリスさんに訊ねる。
どう考えてもおかしいハンデを背負っているからだ。
「ん? いや、だってクラリス様がいればそこらのおっさん何て敵いっこないしな。それに噂に聞くセオ様が大将やるなら俺達が勝ったも同然だしな」
「うむ。“分身”やら“隠者”を持つお主なら雪玉に当たらんだろう? これ以上こっちの人員を増やしたら向こうが可哀想だと思うぞ」
好戦的な表情を浮かべ、そして何を当たり前な事を、と宣う二人に俺は溜息を吐いた。
雪合戦は分かりやすく互いのチームの大将に雪玉を当てた者が勝ちという事だ。それ以外に雪玉が当たった場合、一分間何もできなくなる。
そして雪合戦は魔法あり、能力あり、何でもありだ。クラリスさんが個人個人に強烈な結界を結界を張っているし、俺やエイダたち、ユリシア姉さんや他の子供たちにはそれとは別に防御系のアーティファクトを持たせているし、ルールもあるので万が一はない。
まぁだが、それでも先程見た戦場のような雪合戦をやるという事なので、俺としては不安である。というか、俺のチームは相当のハンデを負っている。
「……魔法禁止にこっちがたったの三で向こうが十五。道具は禁止で、しかも子供たちには雪玉を投げちゃいけない」
俺は手袋を嵌めた指を順番に折っていく。三つのハンデだが、当然キツイ。
「魔法が使えないって、身体強化も駄目なんでしょ? それに五倍差じゃん。しかも向こうは俺に向かって雪玉投げていいのに、こっちは子供に向かって投げちゃダメって……」
まだ、雪合戦は始まっていない。いや、正確には一応始まっているのだが、最初の十分は準備時間という事で互いの陣地内で待機なのだ。
まぁ既に“魔力感知”などで気配などを探れば、向こうは何やら道具を作っている雰囲気があるし、変な行動を取っている子供たちがいる。エイダンとカーターは大人たちと行動しているが、ユリシア姉さんと他の子供たちはグルグルと陣地内を回っている。
対してこっちは魔法を使えないので雪玉は手作業で作るしかないし、罠やらを作る事も出来ない。ハンデ過ぎる。
「……そういえばロイスが言っておったな。お主は戦いがあまり好みではないと」
「いや、そりゃあ当たり前でしょ」
クラリスさんは雪玉を作らずに何故か可愛らしい雪だるまを作っている。それどころか、氷細工的な奴を作っている。
「お、そうなのか。じゃあ、セオ様は後で引っ込んでれば大丈夫だぞ。どうせこっちが勝つしな」
「うむ」
いや、どうやって勝つんだよ。
そんな疑問が出ていたのだろう、クラリスさんとハイターがやれやれと首を振っていた。
「魔法が使えなくなったところで能力は使えるしの。身体能力を向上させるのは可能だし、雪玉だって作れる。向こうは数が多いとはいえ、魔法が苦手な奴も少なからずおるし、こっちが狙えないといっても子供という足手まといがおる。そもそも流れ弾は問題ないぞ」
「……故意は流れ弾じゃないと思うんだけど」
幾ら自分が張った結界があるからといって、あれほどの豪速の雪玉を子供たちにあてるつもりなのか、クラリスさん。
……あ、隣でハイターも頷いてるからハイターもか。子供相手でも容赦ないな。この人たち。まぁこの町にいるのだから当たり前かもしれないが。
「ものはやりようだの。見た感じ統率はまぁまぁ取れておるようだが、だからこそ御しやすいしの」
「ああ、そうだな、クラリス様」
意味がわからない。
まぁだが俺は俺で好き勝手動いても問題な事は、作戦会議も全くせず寛いでいる二人を見ればわかる。“分身”と“隠者”を使って俺はユリシア姉さんたちをおちょくればいいか。
と、俺がそう思ったら、森緑公園内にキーンと甲高い音が弾けた。始まりの合図である。
そして俺達はそれぞれ行動を開始した。自分勝手に散り散りになったのだ。協調性もクソもない。
Φ
「うぁ、ひでぇ」
俺は“隠者”で気配どころか存在感や魔力、挙句の果てにはある程度の擬態をしていた。
裸の木の上で佇む俺は、しかしながら外部からみたら木の幹にしか見えない。
……筈である。
というのも、この町の人たちの感知能力がどれくらいかハッキリ分かっていはいないのだ。
召喚した三体の分身体が使っている劣化版の“隠者”の効果を見破るほどの感知能力を持っていることは分かったが、それ以上は分からない。
さっきから俺の分身体がおっさんたちに群がられてバカスカバカスカと雪玉を当てられているが、ただただポフンと間抜けな音を立てて消えていくだけである。ユリシア姉さんも本物を見つけたと思って当てたら、消えていき悔しそうである。
しかもクラリスさんとハイターがそれぞれ好き勝手に俺の分身体を囮にしておっさんたちを一網打尽にしている。エイダンたちは流れ弾を当てられていた。おっさんたちが避けるのを入れ込んで雪玉を投げているのだ。
ただ、向こうの大将は結界魔法が得意らしく、自身で張った結界の中に引きこもっている。結構な強度だ。
だがそれでもこっちが押している。
クラリスさんとハイターが意外にも練度高く動いているおっさんとエイダンたちを翻弄しているのだ。因みにユリシア姉さんたちは別行動らしい。
まぁそれは置いといても、クラリスさんが開始前に言っていた意味が分かった。練度は高いがおっさんたちの動きはとても読みやすいのだ。
いや練度が高いからこそ、中途半端に高いからこそ読みやすいのだ。
というのも、向こうの動きはとても基本的だ。素早く判断し、流れるように陣形を変えながら魔法などを使って雪玉を豪速でクラリスさんたちに投げている様子は見事である。
しかし、分かりやすく言えばその動きは軍隊なのだ。しかも戦術が得意な司令官や奇策が得意な司令官がいるのではなく、合理的に基本的な連帯を突き詰めた動きである。
もちろん、通常ではそれは強い。とても強い筈だ。
だが、好き勝手に動き、神出鬼没で魔法を使えないのに向こうに負けないほどの豪速で雪玉を投げるクラリスさんたち相手だと悪手だった。
クラリスさんたちもその動きができるのだ。連綿で基本的な軍事的行動ができるからこそ、向こう側の行動が手に取る様に分かり、手玉に取っているのだ。
しかもエイダンたちがいるからおっさんたちは余計な行動をしない。俺達が来る前のように好き勝手に相手を罵り、ストレスを発散するような行動はしない。
たぶん、将来エイダンたちがこの地に残る選択をするなら、こういう戦い方は知っておいた方がいいから、実践も兼ねて教えているつもりなのだろう。
それが裏目にでた。というか、そんな良心をクラリスさんたちは容赦なく利用してボコボコにしている。そして大将は結界をガッチガチに張って引きこもっているから、それでも雪玉を当てる事は出来ない。
完全な膠着状態である。
向こうの唯一の活路としては好き勝手に動きているユリシア姉さんたちだ。
たぶん俺達が来る前にやっていた雪合戦でユリシア姉さんは直感的に大人たちと一緒にいると負けると分かったので別行動しているのだろうが、どっちにしろ、おっさんたちがクラリスさんたちに釘付けである以上、ユリシア姉さんたちが直接俺を見つけて叩くしかない。
そしてそのタイムリミットが向こうの大将が張っている結界が無くなる、つまり魔力切れになるかクラリスさんとハイターが無理やりぶち壊すかのどちらかまでである。
このまま俺がユリシア姉さん率いる子供部隊に見つからなければこっちの勝ちになるが……
ああ、めっちゃ嫌な膠着状態だ。
このまま勝つのは何かいやだ。プライドが邪魔をするわけではないが、ここ最近ユリシア姉さんが絡んだ物理対決で俺は勝っていない。
俺はまだ四歳児だから剣を扱ったりはしていないが、身体強化ができて躱すのはできるだろうという事で、ロイス父さんが俺をユリシア姉さんやエドガー兄さんの的役にするのだ。
半年前までは俺は一度も当たったりしなかったのだが、ここ最近は俺の身体能力を軽々しく超えているため、幾ら“解析者”などによって知覚能力や予測能力を高くても当たるのだ。
負けっぱなしである。
それは少し悔しい。
どうせならユリシア姉さんが勝ったと錯覚した瞬間に、こっちが勝つっていう感じにしたい。それができなくとも時間切れでこっちの勝ちというのは、ユリシア姉さんに言い訳を与えてしまうし、嫌だ。
という事で俺はもう二体分の分身を召喚して動き始めた。
偵察を終えスルリと降りてきたハイターと、俺の隣で小さな雪だるまを作っていたクラリスさんに訊ねる。
どう考えてもおかしいハンデを背負っているからだ。
「ん? いや、だってクラリス様がいればそこらのおっさん何て敵いっこないしな。それに噂に聞くセオ様が大将やるなら俺達が勝ったも同然だしな」
「うむ。“分身”やら“隠者”を持つお主なら雪玉に当たらんだろう? これ以上こっちの人員を増やしたら向こうが可哀想だと思うぞ」
好戦的な表情を浮かべ、そして何を当たり前な事を、と宣う二人に俺は溜息を吐いた。
雪合戦は分かりやすく互いのチームの大将に雪玉を当てた者が勝ちという事だ。それ以外に雪玉が当たった場合、一分間何もできなくなる。
そして雪合戦は魔法あり、能力あり、何でもありだ。クラリスさんが個人個人に強烈な結界を結界を張っているし、俺やエイダたち、ユリシア姉さんや他の子供たちにはそれとは別に防御系のアーティファクトを持たせているし、ルールもあるので万が一はない。
まぁだが、それでも先程見た戦場のような雪合戦をやるという事なので、俺としては不安である。というか、俺のチームは相当のハンデを負っている。
「……魔法禁止にこっちがたったの三で向こうが十五。道具は禁止で、しかも子供たちには雪玉を投げちゃいけない」
俺は手袋を嵌めた指を順番に折っていく。三つのハンデだが、当然キツイ。
「魔法が使えないって、身体強化も駄目なんでしょ? それに五倍差じゃん。しかも向こうは俺に向かって雪玉投げていいのに、こっちは子供に向かって投げちゃダメって……」
まだ、雪合戦は始まっていない。いや、正確には一応始まっているのだが、最初の十分は準備時間という事で互いの陣地内で待機なのだ。
まぁ既に“魔力感知”などで気配などを探れば、向こうは何やら道具を作っている雰囲気があるし、変な行動を取っている子供たちがいる。エイダンとカーターは大人たちと行動しているが、ユリシア姉さんと他の子供たちはグルグルと陣地内を回っている。
対してこっちは魔法を使えないので雪玉は手作業で作るしかないし、罠やらを作る事も出来ない。ハンデ過ぎる。
「……そういえばロイスが言っておったな。お主は戦いがあまり好みではないと」
「いや、そりゃあ当たり前でしょ」
クラリスさんは雪玉を作らずに何故か可愛らしい雪だるまを作っている。それどころか、氷細工的な奴を作っている。
「お、そうなのか。じゃあ、セオ様は後で引っ込んでれば大丈夫だぞ。どうせこっちが勝つしな」
「うむ」
いや、どうやって勝つんだよ。
そんな疑問が出ていたのだろう、クラリスさんとハイターがやれやれと首を振っていた。
「魔法が使えなくなったところで能力は使えるしの。身体能力を向上させるのは可能だし、雪玉だって作れる。向こうは数が多いとはいえ、魔法が苦手な奴も少なからずおるし、こっちが狙えないといっても子供という足手まといがおる。そもそも流れ弾は問題ないぞ」
「……故意は流れ弾じゃないと思うんだけど」
幾ら自分が張った結界があるからといって、あれほどの豪速の雪玉を子供たちにあてるつもりなのか、クラリスさん。
……あ、隣でハイターも頷いてるからハイターもか。子供相手でも容赦ないな。この人たち。まぁこの町にいるのだから当たり前かもしれないが。
「ものはやりようだの。見た感じ統率はまぁまぁ取れておるようだが、だからこそ御しやすいしの」
「ああ、そうだな、クラリス様」
意味がわからない。
まぁだが俺は俺で好き勝手動いても問題な事は、作戦会議も全くせず寛いでいる二人を見ればわかる。“分身”と“隠者”を使って俺はユリシア姉さんたちをおちょくればいいか。
と、俺がそう思ったら、森緑公園内にキーンと甲高い音が弾けた。始まりの合図である。
そして俺達はそれぞれ行動を開始した。自分勝手に散り散りになったのだ。協調性もクソもない。
Φ
「うぁ、ひでぇ」
俺は“隠者”で気配どころか存在感や魔力、挙句の果てにはある程度の擬態をしていた。
裸の木の上で佇む俺は、しかしながら外部からみたら木の幹にしか見えない。
……筈である。
というのも、この町の人たちの感知能力がどれくらいかハッキリ分かっていはいないのだ。
召喚した三体の分身体が使っている劣化版の“隠者”の効果を見破るほどの感知能力を持っていることは分かったが、それ以上は分からない。
さっきから俺の分身体がおっさんたちに群がられてバカスカバカスカと雪玉を当てられているが、ただただポフンと間抜けな音を立てて消えていくだけである。ユリシア姉さんも本物を見つけたと思って当てたら、消えていき悔しそうである。
しかもクラリスさんとハイターがそれぞれ好き勝手に俺の分身体を囮にしておっさんたちを一網打尽にしている。エイダンたちは流れ弾を当てられていた。おっさんたちが避けるのを入れ込んで雪玉を投げているのだ。
ただ、向こうの大将は結界魔法が得意らしく、自身で張った結界の中に引きこもっている。結構な強度だ。
だがそれでもこっちが押している。
クラリスさんとハイターが意外にも練度高く動いているおっさんとエイダンたちを翻弄しているのだ。因みにユリシア姉さんたちは別行動らしい。
まぁそれは置いといても、クラリスさんが開始前に言っていた意味が分かった。練度は高いがおっさんたちの動きはとても読みやすいのだ。
いや練度が高いからこそ、中途半端に高いからこそ読みやすいのだ。
というのも、向こうの動きはとても基本的だ。素早く判断し、流れるように陣形を変えながら魔法などを使って雪玉を豪速でクラリスさんたちに投げている様子は見事である。
しかし、分かりやすく言えばその動きは軍隊なのだ。しかも戦術が得意な司令官や奇策が得意な司令官がいるのではなく、合理的に基本的な連帯を突き詰めた動きである。
もちろん、通常ではそれは強い。とても強い筈だ。
だが、好き勝手に動き、神出鬼没で魔法を使えないのに向こうに負けないほどの豪速で雪玉を投げるクラリスさんたち相手だと悪手だった。
クラリスさんたちもその動きができるのだ。連綿で基本的な軍事的行動ができるからこそ、向こう側の行動が手に取る様に分かり、手玉に取っているのだ。
しかもエイダンたちがいるからおっさんたちは余計な行動をしない。俺達が来る前のように好き勝手に相手を罵り、ストレスを発散するような行動はしない。
たぶん、将来エイダンたちがこの地に残る選択をするなら、こういう戦い方は知っておいた方がいいから、実践も兼ねて教えているつもりなのだろう。
それが裏目にでた。というか、そんな良心をクラリスさんたちは容赦なく利用してボコボコにしている。そして大将は結界をガッチガチに張って引きこもっているから、それでも雪玉を当てる事は出来ない。
完全な膠着状態である。
向こうの唯一の活路としては好き勝手に動きているユリシア姉さんたちだ。
たぶん俺達が来る前にやっていた雪合戦でユリシア姉さんは直感的に大人たちと一緒にいると負けると分かったので別行動しているのだろうが、どっちにしろ、おっさんたちがクラリスさんたちに釘付けである以上、ユリシア姉さんたちが直接俺を見つけて叩くしかない。
そしてそのタイムリミットが向こうの大将が張っている結界が無くなる、つまり魔力切れになるかクラリスさんとハイターが無理やりぶち壊すかのどちらかまでである。
このまま俺がユリシア姉さん率いる子供部隊に見つからなければこっちの勝ちになるが……
ああ、めっちゃ嫌な膠着状態だ。
このまま勝つのは何かいやだ。プライドが邪魔をするわけではないが、ここ最近ユリシア姉さんが絡んだ物理対決で俺は勝っていない。
俺はまだ四歳児だから剣を扱ったりはしていないが、身体強化ができて躱すのはできるだろうという事で、ロイス父さんが俺をユリシア姉さんやエドガー兄さんの的役にするのだ。
半年前までは俺は一度も当たったりしなかったのだが、ここ最近は俺の身体能力を軽々しく超えているため、幾ら“解析者”などによって知覚能力や予測能力を高くても当たるのだ。
負けっぱなしである。
それは少し悔しい。
どうせならユリシア姉さんが勝ったと錯覚した瞬間に、こっちが勝つっていう感じにしたい。それができなくとも時間切れでこっちの勝ちというのは、ユリシア姉さんに言い訳を与えてしまうし、嫌だ。
という事で俺はもう二体分の分身を召喚して動き始めた。
応援ありがとうございます!
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