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一年

書くことの安易化:this winter

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「エドガー兄さん、そんなに警戒しなくて大丈夫だって」

 俺は紺の瞳を細めに細めて俺を見ているエドガー兄さんに安心させるように笑う。エドガー兄さんは嘘くせぇ、という感じに唇を歪める。

「ああ、それでつい最近余計な事を起こそうとして父さんに怒られてたのに、次は何しようとしてんだ?」
「……怒られてない。訂正して、怒られてないよ、エドガー兄さん」
「……はぁ、分かったよ。怒られてない。ただ、呆れられてただけだな。で、次は何をしようとしてるんだ?」

 溜息を吐いて呆れながら首を横に振るエドガー兄さん。

 ひどい、酷い。俺だって問題を起こそうとして起こしているわけではないのだ。うん、たぶん。

 というか、前世の俺だったらこんな活発的に動かなかったはずだ。だって、くたびれた社畜である。生まれ変わったところで性格やら何やらが直ぐに変わるわけではない。

 好奇心と行動力は俺がロイス父さんとアテナ母さんの子供だからだと思う。確かに子供だから二人のそれらを受け継いでいるだけなのだ。

 ……まぁ、いいや。

「ひどいな、エドガー兄さん。せっかく、簡単に綺麗な字を書く手伝いをしてあげようと思ってたのに」
「……何?」

 呆れ表情のエドガー兄さんが僅かに鋭く目を細めた。まぁ、綺麗な字を書くのが面倒臭いらしいからな。

「ああ、それにこれが一般的になればどんな人の字でも、簡単に読めるようになるのにな」
「……おい、マジで何を考えてんだ」

 何って、活字だよ。活字。

 電気技術による印刷はないから、金属か何かで押し付ける方向になるけど、だったらタイプライターだって作れる筈だ……

 筈だ。

 どうしよ、タイプライターの原理ってあんまり知らないんだよな。いや、見た目的な動きとかは何となく覚えているし、それから推測することはできるんだが……

 あ、クラリスさんに相談すればいっか。試作品ぐらいは俺自身で作れるだろうし、そこに改良点を上げてもらえばいい。うん。

「おい、セオ」
「ん? 何、エドガー兄さん」
「で、本当に何を作るつもりなんだ?」

 ……一つぐらいは今作れるかな。

 俺は“宝物袋”を発動させて、柔かい金属の塊を取り出す。また、金属を掘ったりするための道具を取り出す。

 そして“細工術”のあらゆる技能アーツを発動させて、取り出した柔らかい金属を更に柔らかくして、小さな四角へ整形していく。

 それから、粘土のように柔らかくした四角い金属の底に取り出した金属を掘るための道具を幾つか使って、窪みを作っていく。

 “錬金術”だったら、こんなことしなくても魔力操作だけで金属の容を操作できるのだが、“細工術”は無理だ。手作業でやらなければならない。

 まぁ、俺は作るよりも簡単な設計書などを書いたり、後は改良担当だ。俺自体には創造性もクソもないからな。“解析者”を使って、欠点を洗い出して、改良するのだけは得意だ。

 と、そんな事はおいといて、何をやり始めたんだコイツ?、的な感じに首を捻りながらも、口も手も出さず見守ってくれているエドガー兄さんを尻目に、俺はアルファベットで言う「a」の文字を掘り終えた。
 
 そして金属を掘るための道具をしまうついでに“宝物袋”から紙一枚と、ライン兄さんが用意してくれた原価が安い黒インクが入った壺を取り出しす。

 そして壺の蓋を外し、またそこにインクを垂らす。流石に金属をインク壺に直に突っ込むのは抵抗がある。変質したら面倒だし。

 それからインク壺の蓋に張ったインクに「a」の文字を掘った底を付け、そして一枚の紙に思いっきり押し付ける。

「おぉ!」
「む」

 それを見てエドガー兄さんが少しだけ驚いた様に声を上げ、俺は少しだけ不機嫌そうに唇を曲げた。

 うん、最初だから悪いんだ。うん、こういう繊細な作業は俺には向いてない。うん、そうだ。鋳造の方が良いかもしれない。うん。

「セオ、これすげぇな。ちょっと曲がってるけど、押し付けるだけでこんな綺麗な字が書けるんだろ。しかも、どんな時でも、いや誰でも!」

 流石。どんな時でも誰でもという事に気が付くエドガー兄さんは凄い。流石はエドガー兄さん。

「ともすれば、アレか。さっき言ってた『タイプライター』っていうのは、こんな文字を簡単に書ける道具の事か? で、『活字』はこの文字の事か!」
「頭の回転が早いね」

 本当に早い。そして勘がいい。

 目をキラキラさせて喜んでいるエドガー兄さんを見ると年相応の九歳のやんちゃそうな子供に見えるが、うん、賢いな。嬉しい。

 まぁ、それは置いといても、エドガー兄さんを味方に付けられるな。

「で、エドガー兄さん。協力してくれる? たぶん、タイプライターが家中に回れば字を読むことに苦労しないと思うし、それに文字を書く速度が凄い早くなるよ」
「本当か、それ」
「うん、一定の訓練は必要だけど、一分間に二百文字くらい書けるようになるはずだよ」

 ……嘘です。二百文字も書けるわけありません。けど、まぁ問題ないだろう。

「本当か!?」
「う、うん。相当な訓練が必要だったりするけど、さ」

 ゴリ押す。そういう事にしよう。案外、エドガー兄さんたちなら可能そうだし。

 そして普段なら俺の嘘など簡単に見破るエドガー兄さんだが、文字を書く必要がないという事実に興奮していて、気付かない。

 だが、そんなエドガー兄さんも冷静な表情へと戻っていく。

「なぁ、セオ。俺に何をさせたいんだ?」
「えっと、開発費とロイス父さんの説得と後は町に行ってもらいたいんだけど……だめ?」

 まぁ、開発費は出してもらわなくてもいい。どうせ、活字以外にも点字とかを作るつもりではいたし、ただ、これは領地経営の事業として使えそうだと思ったから、開発費を出してもらった方がやりやすい。

 エドガー兄さんは金の短髪を指でくるくると回しながら考え込む。

 そして顔を上げる。

「よし、セオ。これは最初から事業として通すぞ。そのタイプライターとやらが普及すれば、書類作業が簡単になるし、今まで高給で雇ってた筆記秘書や筆記代行が安くできるかもしれない。自由ギルドに利権を流してもいいだろうし。それに、力がない者でも仕事ができるようになる」

 その上がった顔は先程の少年らしい顔でも、興奮に満ちた顔でもなかった。

 為政者として領地の発展を考える、立派な次期領主の顔だった。

 凄いよな、エドガー兄さん。ユリシア姉さんは言わずもがな、俺やライン兄さんだって領地経営は面倒臭いと思っているのだ。

 だって、普通に面倒そうだし。

 それなのにこんなにもしっかりと色々と考えていて……うん、できる限りの協力は惜しまない。頑張ろう。

 それに、タイプライターを作らないと教科書は書けないし、絵本の方も行き詰ったりしてるからな。

 玩具や遊戯は暇つぶしに色々と作れるからアレだけど、うん。

「ちょっと待っててくれ。今、父さんを呼んでくる。それと、セオ。できるだけで良いから、その活字とやらを作っておいてくれ。それとタイプライターとやらの原理も紙に纏めておいてくれ」
「うん、分かった」

 立ち上がるエドガー兄さんに頷きながら、俺は分身体を三体召喚する。そして、張り切っているエドガー兄さんのために“宝物袋”を発動させて手を動かし始める。

 そして十分後、雑事を終えたロイス父さんとアテナ母さん、バトラ爺がエドガー兄さんに連れられてやってきた。

 と、思ったらついでにクラリスさんも付いてきていた。ワクワクした表情を見ると物見遊山とかそんな感じだろう。

「で、セオ、エドガー。何をするつもりだい?」

 そして俺とエドガー兄さんは、というか主に俺がその十分間で作った金属活字とタイプライターの原理をプレゼンした。

 途中から面白がったクラリスさんが助力してくれたこともあり、この冬の間の一事業となった。

 何でも、誰でも字が書けたり、また文字を書く事自体のコストが下がることが魔術の土台を作るために重要だという事らしい。

 俺もそう思う。
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