異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

文字の大きさ
上 下
101 / 316
一年

お兄ちゃんに……:this winter

しおりを挟む
「エドガー兄さん、魔装の整備終わったの?」
「ああ、終わったぞ。最近はようやく砥石を使わずに魔装を整備できるようになったからな」
「へぇー」

 うん、全くもって意味が分からない。砥石を使わずにエドガー兄さんの魔装である斧をどうやって整備するのだろうか。

 あ、もしかして魔力とか意思の力的な感じで整備するのかもしれない。まぁ、後で調べよ。今日は少しだけ疲れてるし。

 そう思っていたら、ユリシア姉さんへの説教が終わったロイス父さんとアテナ母さんが、クラリスさんの右側に並んで座った。

 紅茶を飲んでいたユナは、何を言われるでもなく自然に立ち上がり、ロイス父さんたちが言葉を発する前に二人の分の紅茶を入れて、差し出した。

「ありがとう、ユナ」
「ありがとうね、ユナ」

 ロイス父さんとアテナ母さんは、苦笑と微笑を浮かべた。

「いえ、当然のことですので」

 ユナは少しだけ鼻を膨らせながら、しかし華麗にカーテシーを決めて、ゆっくりと落ち着いた動作で再び椅子に座って紅茶を飲み始めた。

 そうして、日課である料理研究をしているアランや夫婦水入らずの夜を過ごしているバトラ爺とマリーさん、そして何故かここにいないレモン以外の全員が揃った。
 
 しかし、皆紅茶とお菓子に夢中で口すら開かず、静かな空間に包まれる。家ってこう、こういうのが好きだよな。

 と、思っていたら、ユナが出したクッキーが無くなった。

 また、運が良いのか悪いのか、ユキを頭に乗っけているレモンが現れた。ユキはレモンのモフモフの両耳の間にスッポリと収まって気持ちよさそうに目を瞑っている。何というか、絵にはなっている。

「……む、この匂いとお皿。ユナ、さてはあのクッキーを食べましたね。もちろん私の分は――」

 そしてレモンは丁度クッキーを食べ終わり、紅茶で最後をしめている俺達を見て、何かを思い出すように黄金の瞳を上に動かし、また鼻をヒクヒクと動かした。

 そして一番聞きやすかったのか、紅茶を優雅に飲んでいるユナに身体を向けた。

「――残していませんよ」

 ユナは、落ち着いた様子でピシャリと言った。レモンはガーンと崩れ落ちた。レモンの方が年上のはずなのだが、これではユナの方が大人に見えてしまう。

 そしてそんなレモンは縋るようにロイス父さんを見た。

「……ロイス様」
「僕はクッキーを作れないから、アランかセオに頼んだら?」
「セオ様……」

 矛先が俺に向かってきた。ここで断るのもできるが……

「……今日は無理だけど気が向いたら作るよ」
「しかと聞きましたからね。明日よろしくお願いします」

 俺はニコリとレモンに微笑む。

 よし、明日に先送りができた。ここで断るのは面倒なのだ。

 まぁ、俺は明日作るとは一言も言っていないし、微笑んだだけで頷いてはいないので言い訳は可能だ。明日頑張ろう。

「して、レモン。儂に用があったのだろう?」
「あ、そうでした」

 機嫌を取り戻したレモンにクラリスさんが問う。レモンは思い出したように頭に乗っけていたユキをそっと手に取りクラリスさんの前に置く。

 ユキは目を瞑ったままで起きる事はない。

「検査をお願いします」
「うむ」

 クラリスさんはそんなユキに手を翳した。

 検査って何だろ。クラリスさんがやるべきことなのだろうか。疑問は尽きないが、ライン兄さんやエドガー兄さんたちは紅茶を飲みながら黙ってみているし、ロイス父さんたちはそもそも見向きもしていないので、今は訊ねない方が良いだろう。

 なんかクラリスさんの邪魔をしちゃいけないと思うし。

 そうして数十秒か経った後、クラリスさんはユキに翳していた手をどかした。そして何故か眉を困ったように歪めていた。

「え、クラリス様。ユキになんかあるんですか!?」
「お、落ち着いておくれ!」

 それを見たレモンが思いっきりクラリスさんの肩を掴み、ガクガクと揺らす。クラリスさんは揺すられながら落ち着く様に声を掛ける。

「レモン、落ち着きなさい」
「クラリス、ユキに何かあったの?」

 また、流石にそんな様子にロイス父さんとアテナ母さんは飲んでいた紅茶のカップを机に置いて、レモンをクラリスさんから引きはがした。

 レモンはそれで我に返ったのか、コホンと咳払いした。立派な親である。また、レモンが引きはがされた事によって落ち着きを取り戻したクラリスさんは口を湿らせるためか、紅茶を一口だけ口に含んだ。

「……いや、ユキはいたって健康に成長しておる。体内の魔石も契約と盟約によって安定的に存在しておるし、魔力循環や肉体と魂魄の融合も安定的だ」
「なら、どうしてそんな表情をしているのかしら?」

 クラリスさんはまだ、困ったように眉を顰めている。ライン兄さんやユリシア姉さんたちが、心配する様に見ている。

「いや、そのな……」
「ハッキリしなさい」

 アテナ母さんが詰問する様にクラリスさんに顔をずいッと近づける。そうされて、クラリスさんは決心がついたのか、溜息をついてアテナ母さんとロイス父さんを見た。特にアテナ母さんに対しては心配というか、喜びというか、迷いなどを浮かべていた。

「……アテナ、ロイス。落ち着いて聞いておくれ」
「何よ改まって」
「どうしたんだい?」

 クラリスさんは金の瞳を何度も左右に揺らした後、立ち上がり、首を傾げているロイス父さんたちの肩に手を置いた。二人は身体をずらし、クラリスさんの方に身体を向けた。

 俺達はどうなっているのか分からず、クラリスさんが立ったのと同時に自分たちも立って、アテナ母さんたちの周りに移動した。

「……アテナ、ロイス。エルメス死神様の残滓がないのは確かなのだな?」
「え、ええ」
「うん、そうだけど……」

 クラリスさんは真剣に問うた後、アテナ母さんのお腹に手を当てた。

「“祝福”」
「えっ?」
「クラリス?」

 クラリスさんは黄金の魔力を手から放ち、アテナ母さんを優しく包み込んでいった。本当に優しく、大地の様に温かい光だった。

 そして、アテナ母さんは。ロイス父さんは。

「……ほ、本当なの、ねぇ、クラリス?」
「クラリス、騙してるわけじゃ……」

 呆然と間抜けな表情を晒した後、ゆっくりと目の端に涙を溜めていった。レモンとユナがハッと息を飲んでいた。

 俺達は全くもってさっぱりである。ユリシア姉さんなんて、分からな過ぎてアテナ母さんたちを睨み付けている。ユリシア姉さんは分からないことが溜まっていくと、睨むような形相になるのだ。

「そんな事をするわけなかろう。というかお主ら、衰えを……いや、それよりもアテナ、お主、まだ弱体化が収まってるわけないだろうに。せめて、計画性を」

 クラリスさんは先程とは打って変わって心底呆れた瞳をロイス父さんとアテナ母さんに向けている。それどころか、説教まで始めようとする。

 そして弱体化という言葉で俺は飲み込めないが、飲み込めないが、とある推測が頭を過った。 

「……い、いや、何というかさ、ね。つい、こないだ暴れる冬雪亀を抑えるのに力を使ったらさ」
「そ、そうよ。久しぶりの戦闘で……」
「昂ったのか」

 過った推測が俺を混乱させる中、ロイス父さんとアテナ母さんがしどろもどろに手をワタワタ動かす。けれど、その言葉には歓喜が溢れていて。

「……はぁ。まぁ、いい。お主ら、おめでとう」

 そしてそんなアテナ母さんたちを見て、クラリスさんは少しだけ嬉しそうに、呆れたように溜息をついて、二人に微笑んだ。

「ほんっっとうにおめでとうございます!」
「おめでとうございます、アテナ様、ロイス様!」

 また、レモンとユナがロイス父さんとアテナ母さんに飛び込むように近づき、けれど飛びつく瞬間に止まって、ゆっくりと二人を抱きついた。

 もう、俺の頭を過った推測の可能性が高すぎて、けれど信じられなくて。戸惑っているライン兄さんやエドガー兄さんたちのためにも。

「ね、ねぇ! ロイス父さん、アテナ母さん、もしかして……」

 目尻に涙を浮かべて喜んでいるアテナ母さんとロイス父さんは、抱きついているレモンとユナをやんわりと離し。

「ええ。セオ、お兄ちゃんになるわよ」
「…………お腹の中にいるの?」
「そうだの。“祝福”を掛けたから、確かだの」

 確かって、つまり確実に着床して、流れる……いや、ってか着床すらまだじゃ……え、でも、クラリスさんが確かっていうなら……“祝福”が、あるのか。

 え?

「マジか……」

 俺は思わず腰が抜けそうになって、けれど吸い寄せられるようにアテナ母さんのお腹の前をマジマジと見た。

「……お兄ちゃんになるのか」

 前世も含めて、初めてのお兄ちゃんである。
しおりを挟む
読んでくださりありがとうございます!!少しでも面白いと思われたら、お気に入り登録や感想をよろしくお願いします!!また、エールで動画を見てくださると投稿継続につながりますのでよろしくお願いします。
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...