異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

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一年

魔装と礼:this winter

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――問、個体名ラインヴァントが助けを求めています。対応しますか――

 ここ一年くらいで大分流暢に言葉を伝達する様になってきた“研究室ラボ君”が何か言って来た。

 なので俺は本を一旦閉じて、本以外の外部情報を受け入れるように“研究室ラボくん”に頼む。

 そして目の前に見えてきたのは姉弟の喧嘩だった。いや、ユリシア姉さんの一方的な蹂躙だった。

「あは、アハハハハ、ちょ、ユリ姉、待って、待って!」
「作るって言いなさい! 今すぐ、さぁ!」

 ここ最近落ち着いた、正確には暴力を振るう事が少なくなったユリシア姉さんは、ライン兄さんを暴力ではなく、くすぐりを振るっていた。

 ライン兄さんは、俺の耳がキーンとなるほどの大声で笑い泣いている。

 ソファーから降りて見てみると、目端に大粒の涙を浮かべながら苦しそうに笑っていた。

 超絶な美少年だからこそそれでも見れるが、普通の子供だったら悍ましすぎて見れないほど酷い顔だ。

 そして馬乗りみたいになり、ライン兄さんの脇や横腹、足裏に手を突っ込みこちょばしているユリシア姉さんは爛々と蒼穹の瞳を輝かせている。

 まぁ、一応、ライン兄さんの上に直接乗らないだけ配慮はあるのだろうが、ライゼが苦しむさまを見てニッと口角を上げている様はS気が目覚めたのかと思ってしまう。

 楽しそうだな。

 けど、流石にライン兄さんが苦しそうなので助け舟を出す。

「ちょ、何よこれ!?」
「ぁへ?」

 ユリシア姉さんが宙へ浮く。手足をバタバタさせながら、落ち着いた木材で彩られたリビングを浮いている。

 あまりの出来事に蒼穹の瞳をまん丸に開き、口をパクパクとして驚愕している。慌てて魔力を放出しているが焦っているため上手く魔力が練れていない。

 だから、俺の浮遊魔術を吹き飛ばすこともできていない。

 ライン兄さんは急になくなった地獄に腑抜けた声を出し、涙で歪んでいた視界を手でこすってクリアにする。

 そしてバタバタと陸地に上がった魚の様に無様に手足を動かして呆然としているユリシア姉さんを見た後、俺の方を見た。

 それによってユリシア姉さんも自分が浮かんでいる原因が分かったらしい。

「セオ! 降ろしなさい! 降ろさないと――」
「――降ろすのは良いけど、直ぐにライン兄さんを襲わない? それと謝る?」

 俺はユリシア姉さんの目を見ながらゆっくりと訊ねる。念のためだ。

「分かった、分かったから! 約束するから!」

 幾ら手足を動かしても、また魔力を放出しても自分の思い通りに身体が動かず恐怖しているユリシア姉さんはそう叫んだ。

「じゃあ、降ろすよ」

 俺はユリシア姉さんをソファーの目の前に降ろしていく。ユリシア姉さんは目をギュッと瞑り、踏ん張る様に地面に足を着く。

「ほっ」

 そして小さく安堵を漏らした。

「ロイス父さん、アテナ母さん、あとはよろしくね」

 けれど、その安堵は長くは続かない。

 あまりのライン兄さんの叫びと、突然膨大に放出されたユリシア姉さんの魔力に何事かと思ったロイス父さんたちがユリシア姉さんの後で仁王立ちしてたからだ。

 クラリスさんとユナもいる。レモンはたぶんユキのお世話で忙しいのだろう。ユナが紅茶を準備していて、クラリスさんはクッキーを並べている。

 俺が夕食前にアランに頼んで台所を貸してもらい、作ったのだ。ライン兄さんと約束したし。

「じゃ」

 なので、俺はギギギッと壊れたロボットみたいに顔を動かして後を見ようとしているユリシア姉さんと、笑い過ぎたせいで痛めた腹がようやく収まってきたライン兄さんに手を振ってクラリスさんたちの方へ移動した。

 ユナが入れる紅茶はとても美味しいので楽しみだ。


 Φ


「おつかれ」
「ありがと、セオ」

 ユナが用意した紅茶を飲んでいた俺は、ユリシア姉さんの謝罪とロイス父さんによる事情聴取が済み、ようやく解放されたライン兄さんにクッキーを一枚差し出しながら労う。ユリシア姉さんはまだ、叱られている。

 ライン兄さんは俺の手から直接クッキーを食べ、そしてユナに紅茶を用意してもらってゆっくりと飲む。それから俺の隣の椅子をひいて座る。

「そういえば、エド兄は?」

 それからお皿に入ったクッキーを上品に食べ、紅茶を飲んでいるライン兄さんは辺りを見回して首を捻った。
 
「さぁ、知らない」
 
 俺もそれは気になったが知らない。なので、ライン兄さん以上に気品たっぷりに紅茶とクッキーを楽しんでいたクラリスさんに目配せする。

 ただ、答えたのはクラリスさんではなかった。

「エドガー様は自室にて斧の手入れをしています。ですが、もうすぐ降りてくると思いますよ」

 俺が焼いたクッキー以外にもお菓子を用意していたらしく、スコーンやらをテーブルに置いたユナが教えてくれた。

 にしても、夕食が終わった後なのにこんなに食べて良いのだろうか。まぁ、未だにユリシア姉さんを叱っているロイス父さんたちが何にも言わないのだし、いいのだろう。

「へぇ、そうなんだ、ありがとう」

 俺はそんな事を思いながら、自らも席に着いたユナに礼をいう。ユナも夕食後の紅茶を楽しむようだ。

 まぁ、今は勤務外になるらしいし、問題ないのだろう。普段でも問題ないが。

「いえ」

 ユナはそう言って自らの紅茶を口にした。ホッと落ち着いた吐息を漏らした。

「ねぇ、セオ。エド兄の斧って魔装とかっていうやつなんだよね」

 それを見ていたライン兄さんは少しだけ首を捻って俺を見た。

「うん」
「手入れの必要ってあるの?」

 ああ、確かに魔力によって装備を創造顕現する魔装は、普通に考えたら手入れは必要ないだろう。だけど。

「それでも手入れは必要だの」
「そうなの、クラリスさん」

 今まで優雅に紅茶を飲んでいたクラリスさんが会話に入ってくる。

「うむ。魔装は己の魔力と願いと魂魄が顕現した物と捉えればよい。だからこそ、魔装を手入れしないという事は、魔力と願いと魂魄を汚したままにするというわけなのだ」
「へぇー。つまり、魔装の手入れって武器自体の手入れじゃなくて、魔力や心の修練に近い感じなの?」

 最近、ライン兄さんが鋭くなって来たな。

「うむ。どんなに使っておらずとも手入れしなければ魔装は使えなくなる。しかも、真剣に魔装と向き合って手入れしなければ、余計に駄目になってしまう。まぁ、その分とても強力なそうだがの」
「そうなんだ。ありがとう、クラリスさん」
「うむ」

 クラリスさんは優雅に紅茶を飲んだ。

 ……ユリシア姉さんも剣の魔装を持っているが手入れしてるのかな。

 俺はチラリとユリシア姉さんの方を見た。そしたら、ユリシア姉さんはいなく、よくよく気配を探ってみると俺の後にいた。

 駄目だな。気配が常に意識できない。

「何、ユリシア姉さん」
「セオ、アンタじゃないわ。ライン」
「ん?」

 ユリシア姉さんは俺の隣でクッキーを美味しそうに食べていたライン兄さんに声を掛ける。ライン兄さんは口にクッキーを含んだまま振り返る。

「言い忘れたけど、面白かったわ。また、作ったら読ませてよ」
「……ありがと、ユリ姉」

 ユリシア姉さんはもじもじとしながら、しかし笑って礼を言った。ライン兄さんは少しだけ照れたように顔を下げて頷いた。

 うん、嬉しいよな。自分が作ったものを喜んでもらえると嬉しいよな。

「お、良い匂いがする」

 と、俺が微笑ましい様子にウンウンと頷いていたら、横から手が伸び、入っていたクッキーが鷲掴みされた。

 エドガー兄さんが降りてきたらしい。
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