異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

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一年

まずは初歩から:this winter

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 二時間後、ライン兄さんは宣言通り白黒の絵本を描き上げてきた。俺は自分の工房から出て中央エリアでそれを読んでいる。

 内容は、七星教会の聖典に書かれているお話の一つで、幸運の天使になった心優しき女の子の話だった。

 この話、俺の好きな話で少しだけ悲しい話なんだよな。

 ただ。

「漫画っぽいな」

 白黒だと、漫画に見える。いや、コマ割りとかしていないし、漫画的な技法も少ない……いや、なまじライン兄さんの技術があるためか、漫画らしい動きのある絵が描かれている。

 しかも、どういうわけか、クライマックスの場面では女の子の息遣いだけを文字で記し、一つのページに動きの連鎖を表した女の子が描かれている。

 体育の教科書とかの動きの動作を記すための絵みたいだ。パラパラ漫画にしたら動いて見える感じが脈動的に波を描きながら描かれていた。

 セーラー服を着て、動き回る女の子の超美麗な漫画みたいだ。明日とか付きそうな絵だ。

 服の皺とか、葉っぱとか背景が書き込まれ過ぎている。狼の毛並みも風が吹いているかのように書き込まれている。

 綺麗すぎる。白黒で描くのが楽しかったんだろう。ライン兄さんの翡翠の瞳が爛々と輝いている。

 だが……

「ライン兄さん、この絵本、本当に素晴らしいんだけどさ、たぶん印刷機で印刷できるのは当分先になると思う」
「えっ」

 細かすぎるんだよな。

 今、俺が考えている印刷機は版画とかそっちに近い方法だ。現代地球にあった電気で動く印刷機がどういう仕組みか分かっていない以上、世界史の知識と、ネット小説で読んだ転生した本好きの女の子が頑張る話で出てきた知識しか俺にはない。

 っていうか、それすらも結構欠けてるし。

「いや、俺が印刷する分には問題ないんだけど、この細かさだと職人さんとかじゃないと……」
「……どういう事? セオ?」

 あ、まだ、印刷方法については話してなかった。

「えっと、ね」

 俺は円卓の上にあったインクが滲まず、後に写りにくい紙を取り、懐からナイフを取り出す。そしてライン兄さんが二時間前に描いた狼の絵を思い出しながら、大雑把に容を切り込んでいく。

 数分後。

「こんな感じなんだ」

 “宝物袋”から取り出した筆を近くに置いてあったインクにつけ、一枚の紙の上に広げた狼の容を切り込んだ紙に豪快に塗っていく。そして、切り込みを入れた紙が全体的に真っ黒に染まったら、風魔術と火魔術で乾かし、剥がす。

 綺麗に描かれてはないが、狼だと分かる絵だ。やっぱ押しつけとかやってないから、甘いところがあるな。

「……セオ、これで印刷するの?」

 ライン兄さんが下にひいた紙に描かれた狼を見て、真剣な目で問うてくる。

「いや、紙を使うとほら」
「あ、べろんべろんになってる」

 インクをたっぷりと塗りこみ切り込みが入っている紙は、風魔術と火魔術で乾かしたせいで端から丸まってしまっている。たぶん、自然乾燥してもそうだろう。

「だから、こんな風にならない特別な紙を使うか、もしくは木を使うかを考えてるんだよ。一番いいのは金属だけど、流石に掘るのが大変でしょ」
「まぁ、確かに」
「まぁ、後はロイス父さんたちが言ってたクラリスさんが作った印刷機を改造するかを考えてるんだ」
「ふぅん」

 ライン兄さんはポケットから小さなナイフを取り出し、俺と同じように紙に切り込みを入れていく。

「なるほどね」

 そしてものの数十秒で蝶一匹を作り出した。

「分かった。技術の進歩が追いつくまでは大量生産用は簡単な絵柄にしてみるよ」
「ごめんね、ライン兄さん」
「うん。けど、セオや僕が魔法で転写する場合は問題ないんでしょ」
「うん、それは問題ないよ」

 ライン兄さんは俺の返事を聞いて満足そうに頷いた。販売用と個人用で分けるのだろう。

 ……七星教会とアカサ・サリアス商会を巻き込んだ方がいいかな。あ、それに今は冬だし、ケーレス工房も暇な筈だ。

 豪雪によって町に出るのは大変だが、仕事を依頼するのもいいだろう。

 ……まぁ、どっちにしろクラリスさんとアカサをこっちに完全に引き込むのは確定だな。後、ロイス父さんやソフィア達には勘ぐられないように行動しないとな。

 一応、これが当面の目標でいいか。

「じゃあ、あと一刻後には夕食になるし、上に上がる?」
「うん、そうしよう」

 そして俺達は自室へ転移して、リビングに移動した。廊下は寒かった。


 Φ


「ライン、面白かったわ」

 夕食が終わり、暖炉のソファーで寝転びながらライン兄さんと一緒に本を読んでいたら、ユリシア姉さんがライン兄さんが描いた絵本を持って現れた。暖炉の影がユリシア姉さんを彩る。

 何で、ユリシア姉さんが持ってるんだろう。

「何で、ユリ姉が持ってるの?」
「母さんが貸してくれたのよ。楽しく本が読めるって」

 ロイス父さんの指金か?

「へぇー、そうなんだ。……ん」

 ライン兄さんはソファーで寝転びながら腕を伸ばし、絵本を受けとった。

「ねぇ、ライン! 他にはないの!?」
「ちょ、待って」

 そしてライン兄さんが受け取った瞬間、ユリシア姉さんはソファーで寝転がっているライン兄さんの上に覆いかぶさった。

 おお、凄い興奮してるな。勉強が嫌いで本を全く読まないユリシア姉さんが絵本とはいえ、文字を読むことに興奮する何て。

 だが、ユリシア姉さんが蒼穹の瞳を爛々と輝かせていたからか、ライン兄さんはとても困惑気味にユリシア姉さんをどかそうとどうにかする。

「ユリ姉、ちょっと待って! どいて、どいてッ!」
「キャンキャンうるさいわね。あるの、ないの」

 しかし、ライン兄さんに、鍛えに鍛えまくってしなやかな筋肉を持ったユリシア姉さんをどかすことはできない。

 そんなユリシア姉さんは、最近落ち着いたと思ったのに、ドスのきいた声で訊ねる。怖い。

「あ、あるから。後一冊あるからどいて!!」
「分かったわ」

 あると聞いた瞬間にユリシア姉さんはあっさりと退いた。

「ん!」

 そして退いたユリシア姉さんは、思いっきり右手をライン兄さんに差し出した。困惑していたライン兄さんは更に困惑する。

「ん!」
「……何?」

 手に持っていた本を脇において、ライン兄さんは苦笑いしながら頬を掻く。

「だから、もう一冊を出して!」
「……セオ、お願い」

 ユリシア姉さんの言葉を聞いたライン兄さんは、少しだけ溜息を吐きながら俺の方を向いた。

「ん。分かった」

 そして俺は“宝物袋”に仕舞っていた今日、ライン兄さんが描いた白黒の絵本と取り出した。それをライン兄さんに渡す。

「はい、ユリ姉。色がついている絵本じゃないけど」
「そんなのはどうでもいいわ。ありがと、ライン!」

 白黒の絵本を受け取ったユリシア姉さんは天真爛漫な笑顔を浮かべ、宝物を抱えるように白黒の絵本を抱える。

「ちょ」

 そして俺とライン兄さんが寝転がっていたソファーに飛び込んだ。

「セオ、足どけなさい」
「はいはい」

 こう夢中になったユリシア姉さんは止まらない。俺は粛々と従う。ライン兄さんは無理やり端に移動させられたため、少しだけムッと儚い顔を歪めたが、直ぐに溜息をついて脇に置いていた本を読み始めた。

 俺もそれを尻目に、冒険者として活躍しながら作家としても活動しているバック・グラウスの最新作の続きを読む。

 好きな作家なので、自費で高いお金を払って自由ギルドに依頼して輸送してもらったのだ。バック・グラウスは他大陸で主に活動しているため、本がエア大陸に出回るのは凄い後になってしまうのだ。

 なので、あんまりユリシア姉さんたちの会話にも邪魔されたくないので、研究室ラボくんに頼んで外部の音をシャットダウンしてもらった。

 もし、なんかあれば研究室ラボくんが教えてくれる。
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