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一年

寛ぎの場で:this winter

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 ライン兄さんが絵本を作っているのを知ってから一週間後。
 マキーナルト領は雪に包まれていた。

 ロイス父さんやアテナ母さん、バトラ爺たちは冬支度が全く済んでいないマキーナルト領の領民に緊急用の支給品を配ったり、なんだかんだと忙しい一週間だった。

 そしてようやくマキーナルト領全体の冬支度が終わった。

 一週間で領全体の冬支度を終わらせるロイス父さんたちは凄いと思った。

 そして、そんな凄い家族や使用人たちは、レンガの大きな暖炉があるリビングで寛いでいた。

 というか、豪雪の中、熱量の節約という事もあり、屋敷中の皆がリビングに集まっていたのだ。

 ロイス父さんとアテナ母さんはアンティークの机で温かな紅茶を飲みながら、取り留めもなく言葉を交わしている。

 また、それにアランやユナなども楽しそうに混じっている。

 暖炉の近くでは、ロッキングチェアに座ったクラリスさんがエドガー兄さんとユリシア姉さんに炉辺談話というか、色々なお伽噺を語っていた。ついでにバトラ爺とマリーさんも、コーヒーを片手にそれを聞いていた。

 いや、クラリスさんのお話に夢中になって聞いているエドガー兄さんとユリシア姉さんを好々爺の如くだらしなく微笑みながら見ていた。完全に孫を見る目である。

 そして、レモンは高級ソファーの上で惰眠を貪っているかと思えば違う。 

 ソファーに座り、あでやかな小麦色の狐尻尾をぶんぶんと振り回し、美少女というか美女然の美しき顔を本当にだらしなく、というか気持ち悪く歪め、膝の上にいる小さな白い亀を撫でている。

 白い亀はもちろん冬雪亀の子供であり、名前はユキである。レモンが名付けた。

 三日前に、契約やら自由ギルド、エレガント王国などとの手続きというか交渉というか、色々と厄介な面倒事が終わり、ようやく家に招き入れたのだ。

 そして、レモンはメイドの仕事もほっぽりだしてユキにべったりである。流石にそれだと困ったので、ユキに頼んでレモンに仕事をさせた。ユキは契約者でない俺達の言葉を聞いてくれた。

 当たり前というか、意外にもというべきか、ユキは俺達の言葉を理解していた。なので、こっちが頼めば簡単だった。ユキに「レモンが働いてるところ、見たい」と言ってもらったのだ。

 そしたら、いつも以上にテキパキとできる女性というか、メイドの仕事以外の仕事すら完璧に熟していた。

 けど、キャーキャーとか、デュフとか撫でるたびにそんな気持ち悪い笑い声が漏れている。大丈夫だろうか。捕まりそうで怖い。

 そして俺とライン兄さんはソファーの上で、肩を寄せ合い、こそこそと話を進めていた。計画を進めていた。近くにロイス父さんたちがいるが、話しに夢中でこっちの話は聞いていない。

 筈だ。

「で、セオ、量産はできないの? 計画通り、多くの人に読んでもらいたいんだけどさ」

 俺は手元の絵本を見る。ライン兄さんが描いただけあって、製本はされていないが、絵本の完成度はとても高い。

 まぁ、色合いから考えると子供用とは言えないが。複雑な色や淡い色が多いから、五、六歳以上から読める絵本だ。幼子は色をハッキリと認識できなかったはずだ。

 それに内容も複雑だ。『旅の蜥蜴』は文字がある程度読めるようになった貴族の子供たち、つまり、ライン兄さんよりも少し年上が読む童話だ。子供が理解しにくい。単純で奥が深い話ではない。

「……どうなんだろ。印刷技術はある程度あるのは知ってるけど」

 この世界は地域に差はあれど、少なくともエレガント王国の印刷技術は高い筈である。その筈だ。今まであんまり考えた事はなかった。

 けど、アカサが惜しげもなく紙を使っていたし、屋敷に紙は多くある。自由ギルドが新聞みたいな情報雑誌をよく格安で売っていたし、ラート町には本の数もある。

 ……いや、本は全て手書きだったような……。魔法でどうにかした感が……

 だけど、印刷技術は兎も角、製紙技術は優れていたはずだ。

 動物紙だけでなく、植物紙、果てには魔法紙という特別な紙もある。また、薄い紙や堅い紙、燃えにくい紙なども多い。まぁ、魔法などで作ってるから安いわけではない。

 ただ、インクが分からない。そして、やっぱり印刷技術も分からない。

「……そもそも、どうやって本を印刷してるか知らないんだよ。手書きなのか、それとも本当に印刷なのか」

 そう、思い返してみれば、筆を動かしたりする魔法もあったはずだし、念写というおかしな魔法もある。印刷技術なしでもそれっぽいことはできているはずだ。

 読んできた本が専門書というか魔法本が多かったこともあり、全て手書きだったからあまり気にしていなかったが、もしかしたらこの世界は手書きで量産しているかもしれない。

 という事は、色がついている絵本、つまり芸術にも近い本を量産は難しかもしれない。

「父さんに聞いてみよっか」
「うん」

 という事で、俺達はソファーから飛び降り、あらあらうふふと、または、うんうんニコニコとしているアテナ母さんたちのところに移動して、椅子に跳び乗る。

 俺は手も持っていた絵本を後に隠す。“隠者”なども使う。“宝物袋”を使うと魔力反応で怪しまれる。ソファーにおいておくべきだった。

「ん? どうしたんだい?」

 と、微笑ましく温かい話しに興じていたロイス父さんがそんな俺達に顔を向ける。
アテナ母さんたちも話を一旦止め、俺達の方を見る。

「ねぇ、ロイス父さん。本ってどうやって書かれてるの? 手書き? それとも印刷機で刷ってるの?」

 ロイス父さんは俺とライン兄さん二人を警戒しながら見て、顎に手を当てて答える。さっきまで、こそこそと小さな声で何か話していたのに、急にこっちにきて本について聞いているのだ。警戒する。

「……手書きもあれば、魔法で書いてる場合もあるよ。それより印刷機って確か」
「ええ、クラリスが作ったあれよね」

 アテナ母さんとロイス父さんがチラリと暖炉の傍で物語を語っているクラリスさんを見る。また、アランが少し考え込んだ後。

「あれだろ、念写の魔法よりも魔力を消費するのに、念写より精度が低い魔道具だったはずだ」

 魔道具なのか。うん? つまり、魔法を使っている感じか。じゃあ、俺が知っている印刷機とは違うな。

「……思い出しました。確か、数百年前に作られた骨董品でしたっけ? でも、あれってルール・エドガリスって方では……」

 そしてその言葉にユナが疑問を持つ。アランは、あっという感じに呟き、チラリとロイス父さんを見た後、溜息を吐いて、話している。

 そうしてユナはクラリスさんがルール・エドガリスである事を知った。ライン兄さんも知った。

 まぁ、それは置いといて、やっぱり魔法の方でどうにかしていたのか。

 確かに無属性魔法と魔力操作の技術がある程度あれば、念写という頭の中に思い浮かべた文字を書き込む魔法は誰だって使えるし、そっちが主流になったんだろう。

 それに筆を事前に設定して自動的に動かす魔法や能力スキルがあったはずだし、そっちでやっているのか。紙自体が安いから、流通はそれですると。

 でも、両方とも色付きは無理なんだよな。色を付けるとなると、もう二段階以上レベルの高い魔法が必要になる。

 絵本には向かない。

 いや、絵を量産するに向かない。白黒の絵すら量産できない。

「……ライン兄さん。絵本計画の前に、先に印刷機を作るところから始めないと駄目らしいよ」
「分かった。そっちはセオの領分だから任せるね。それより、僕はその間に何をした方がいい?」
「ライン兄さんが絵を書く際に使う絵具の中で、大量生産しやすくて、乾いても水に溶けにくくて、剥がれにくいやつない?」
「……手元にはないね。知り合いの冒険者に頼んで、アダド森林で原材料を集めて貰ってるから、全て量産には向かない……いや、黒の絵具なら――」

 俺とライン兄さんはロイス父さんたちの前で情報を交換し始める。俺達は今、共通の目標を持って、計画を立てているのだ。周りはあんまり見えていない。

 だから。

「――ちょ、二人とも。何をしようとしてるの? ねぇ」

 うっかりしていた。クラリスさんにはバラしていたが、ロイス父さんたちにはまだ話しているない。面倒だったからだ。

 それに、俺が色々とやっているのもあり、また、今年の異常気象などもあってロイス父さんたちは忙しい。だから、そうすると、これを事業として計画を起こそうとしている俺とライン兄さんの計画は一時的に凍結される。

 それ故に不穏な空気を感じ取ったのか、ロイス父さんが俺達の話を遮った。嫌な予感が的中したという顔をしていた。

「い、いや、何でもないよ。ねぇ、ライン兄さん」
「うん。そうだよ、父さん。ちょっと僕の絵についてセオに講評して――」

 いつの間にか俺に後にはアテナ母さんが立っていた。

「――絵ってこれの事かしら。セオったら、何で隠して……これって絵のついた本かしら?」

 そしてアテナ母さんは絵本をパラパラと捲って首を捻りながら俺達に聞いた。
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