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一年

専門性のあるなしは難しい:this summer

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「どうしたの、ロイス?」

 あまりの慌ただしさに、扉の前で立っているロイス父さんの後ろからアテナ母さんがやってきた。っていうか、タイミングが良すぎる気がする。

 エドガー兄さんとライン兄さんは面白いこと予測したのか、また、ソファーに戻った。

「どうもこうもないよ! あの魔道具はなんだい? セオが作ったのだろう!?」
「一旦、落ち着きなさい」

 興奮するロイス父さんの肩に手を置いて、ソファーまで引っ張るアテナ母さん。とても呆れた表情を浮かべていらっしゃる。

 ロイス父さんはそれを見てようやく自分を取り戻したのか、素直にアテナ母さんの誘導に従う。仕事関連になると見境がなくなる。

「で、結局どうしたのよ?」

 ロイス父さんがエドガー兄さんたちの隣に腰を下ろし、アテナ母さんは近くにあった椅子に座った。

「ああ、いやね。溜まっている仕事を片付けようと執務室に行ったらね、見たことない魔道具があったんだよ。で、込められている魔力からセオが作ったのは分かったんだ。しかも、使われている素材が尋常ではないほど珍しい素材でね」
「あら、そうなの」

 アテナ母さんは俺を見る。そこには冷静な表情と好奇心が溢れ出る翡翠の瞳があった。アテナ母さんは根っからの研究好きだからな。抑え切れないのだろう。

「なら、早速見に行きましょう。セオには執務室で説明して貰えばいいわ」

 そう言って、アテナ母さんはロイス父さんの手を掴み、そして俺に着いてこいといった感じの瞳を向ける。
 
 俺はそれに快く従う。そもそもそれが楽しみであったし。狙い通りである。

 ソファーに戻っていたエドガー兄さんたちもそれにくっついてくる。二人とも楽しそうである。

 リビングの隅で片付けなどを行なっていたレモンはまだ、仕事があるらしく、ついてこないらしい。もったいない。これからロイス父さんとアテナ母さんの間抜け面がみれるのに。

 それから、五人で廊下を歩いて執務室に向かう。流石に狭いので縦列である。

「セオったら、ボクたちがいない間に色々とやってたみたいだね。後で、聞かせてよ」
「ん? 分かったよ、ライン兄さん」

 ライン兄さんは宝箱がそこにあるような表情を浮かべている。ライン兄さんってアテナ母さんの子だよな。

「あ、それとあの子達に問題はなかった?」

 ライン兄さんが変なことを聞いてきた。ライン兄さんが「子」と言う存在なんていたっけ。エドガー兄さんも首を傾げている。

「あの子た……」
 
 だが、ライン兄さんの顔を見て、思い当たった。

「ああ、問題なかったよ。きちんと水やりと日光には当ててたし、きちんと世話をしたよ。ただ、色々あって成長速度は伸びたかも……」

 あの子達とはライン兄さんが育てている植物のことであった。自分が育てている植物を子と呼ぶその心意気はなんというか、すごいと思う。

「何それ」

 ただ、ライン兄さんは成長速度が伸びたことを気にしているみたいである。

 その疑念に俺が答えようとしたら、前を歩いていたロイス父さんが振り返った。

「ああ、それはセオがエウ様の祝福を授かったからだね」
「あれ、気づいてたの?」

 "隠者"である程度、祝福を隠している筈である。驚かせようと思ってたし。

「まぁね。色々あったから、祝福や加護に敏感になってね」

 ああ、なるほど。それに振り回されてきたからか。

「でも、セオってエウ様に嫌われてたよね。魔力の色波の相性が合わなかった筈だから。でも、どうして急に祝福を授かったの?」

 なるほど。ロイス父さんはエウが魔力が嫌いとか言ってた理由がわかるのか。後で詳しく聞こう。

「いや、二週間前くらいに鉱石を取りに分身体をアダト森林へ向かわせたんだけどね。その時に分身体がとってきた鉱石の一つの中に絶滅した植物の種が埋もれててね。何か、そのお礼らしい」
「それはまた……」

 それにロイス父さんは驚いていて、ライン兄さんは少し拗ねていた。

「なるほどね。エウ様ったら、素直じゃないんだから」

 そして、今まで静観を決めていたアテナ母さんが話に入ってくる。嬉しそうな秘密を抱えて、楽しそうな思いを声に乗せている。

「……ああ、なるほど。確かにそうだね」

 それにロイス父さんも同意する。何がなるほどなのだろう。意味がわからない。

 が、こう言うのはよくあるので、放っておく。いくら追求してもはぐらかされるし。

「セオ、後でその種を見せてよ。絶対だよ!」

 ライン兄さんが後ろから俺の肩を掴み、ゆっさゆっさと揺する。

「わ、分かったから! 揺らさないで!」
「あ、ごめん」

 ライン兄さんは申し訳なさそうに手を離す。エドガー兄さんは隣でやれやれと溜息を吐いている。

「種は明日見せるからさ、ねぇ」
「わかったよ」

 ライン兄さんは素直にひいた。

「ついたわよ」

 と、そんなやり取りをしていたら、どうやら執務室の扉の前に着いたらしい。

 ロイス父さんがさり気なく開けた扉を通り、執務室に入る。

 そこは書類の山々が連なっていた。

「ねぇ、ロイス父さん。ロイス父さんが帰ってくるまで執務室はもっと整頓されてたはずなんだけど。どういうこと?」

 なんせ、執務室を“オートドキュ”を使って整頓したのは俺なのだから。

「ん? セオったら何を言ってるの? 整頓されてるよ」
「ふぁ?」

 おかしなことを言っている。どう見てもぐちゃぐちゃの書類の山なのだが。

「エドガー、ライン、セオ。そこを突っ込んではいけないわよ。そういうものだと捉えておきなさい」

 不思議に首を傾げていた俺たちにアテナ母さんが諭す。俺たちは納得したように無言で頷く。ロイス父さんは逆に不思議そうに首を傾げる。

 なるほど。ロイス父さんはいわゆる、天然とか天才とかそんなイメージがもたれるタイプなのか。初めて知った。バトラ爺が書類の整理に戸惑るわけだ。

「まぁ、それはいいわ。で、あれがロイスがいってた魔道具ね。ふぅん」

 アテナ母さんは乱雑に散らかっている書類を軽やかに避けて、部屋の中央に立ち、四隅に置かれている“オートドキュ”を見渡す。

「……早速、立体構造式を取り入れたのね。しかもこれは……」

 アテナ母さんは言葉に詰まり、瞳を驚愕の色に染めている。それにロイス父さんが少し心配そうに聞く。 

「どうしたんだい、アテナ?」

 俺の後ろではエドガー兄さんとライン兄さんが自分の立つ場所を確保するために、せっせと書類を整理している。

「連結方式だわ! セオ、どうやって連結方式を確立させたの!?」

 しかし、それを無に還すのがアテナ母さん。疾風の如き速さで俺の肩につかみかかってくる。疾風によって書類が宙を舞う。

「もう、母さん! せっかく整理したのに!」

 エドガー兄さんがアテナ母さんに声を荒げる。ライン兄さんがそれにうんうんと頷いて同意する。

「あら、ごめんなさい」

 アテナ母さんは申し訳なさそうに顔を歪め、そして、俺の肩から手を放し、指を軽く振る。

 そうすると、散らかっていた書類がふわふわと浮き出し、そして躍り出した。それは乱れていた紙々が軍隊のように整列していく。

 そしてそれらは部屋の端々においてある書類入れに入っていく。

「よし、これでいいわね」

 綺麗に整った執務室を見て、アテナ母さんは満足げに頷いている。ロイス父さんはえぇーと少し項垂れている。

「さて、セオ。詳しく教えて貰えるかしら」

 振り返ったアテナ母さんは俺を見て言う。その翡翠の瞳は抑えきれない好奇心と研究心を宿していた。

「……それは良いけどさ、先にロイス父さんたちに連結方式とか立体構造式とか、魔道具の効果を説明した方が良いと思うんだけど? 専門性の話を聞かせてもさ」

 さっきまで項垂れていたロイス父さんや、エドガー兄さんたちはそもそも立体構造式や連結方式を理解していなさそうだし。

「確かにそうね」
「うん。だから、はい。これ」

 俺は“宝物袋”により虚空からある一冊のノートを取り出した。

「一応、連結方式についてある程度の情報は纏めてあるから」
「あら、ありがとう」

 アテナ母さんはそれを受け取り、そして近くに置いてあった椅子に座った。

「じゃあ、説明していくね」

 俺はロイス父さんたちの方を見てそう言った。

 因みに、アテナ母さんがいると話が進まなそうだったので、少し話から退いてもらった。意外と専門性がある人とない人が混ざると面倒だしな。
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