異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

文字の大きさ
上 下
55 / 316
一年

プロトタイプが完成しました:this summer

しおりを挟む
「ふぅ」

 机に工具を置き、一息つく。

 俺は額に流した汗を手の甲で拭う。それに合わせて、首に下げている鈍い銀が光る縁を持つゴーグルが音を立てて揺れる。

「お疲れ様です」

 と、そこにバトラ爺がやって来た。手には柑橘系のジュースが入ったコップを持っていた。

「セオドラー様、重ね重ね感謝します」

 そして、コップを近くに置き、頭を下げた。

「バトラ爺。前にも言ったけど、俺の趣味だから、そんなに感謝されても困るよ。それに、上手くいけばこれも売り込めるからさ。俺にも利益があってやっていることだからさ。ロイス父さんにも恩が売れそうだし」
「……では、契約書などを作っておきましょうか」

 バトラ爺はその強面の優し気に歪める。
 
「じゃあ、お願いしようかな」

 ギブアンドテイクがあった方がバトラ爺も落ち着くだろう。

「承りました」
「うん。お願いね。ああ、それと午後には完成すると思うから、試用して改善点とか教えてくれる? 数回は改良するつもりだからさ」
「かしこまりました」

 そう言ってバトラ爺は一礼して出て行った。

 俺はそれを見送りながら、近くにあったコップを手に取る。そしてクイッといっぱい呷る。

「プハァー。……めっちゃ美味い!」

 口の中に広がる清涼な香り。爽やかで、しかし少し奥にある甘い色。めっちゃ美味い。流石、マキーナルト領でとれた果物である。自慢である。

 俺はそんな自慢の果物で作られたジュースを時間をかけて堪能する。

 そして、数分後。コップは外にも中にも汗をかいている。キンキンに冷えたコップは空になったのだ。

「……さてと、もうひと頑張りしますかね」

 手に持っていたコップを近くの机に置く。それから、首に下げていたゴーグルを掛けて、漆黒のグローブを嵌める。

 そして、目の前にあった工具を持ち、魔道具制作に取り組むのだった。


 Φ


 静寂がその部屋を包む。斜めの天井から幾つもの工具がぶら下がり、部屋の中心には天井窓から光が差し込んでいる。

 そして、その陽光の中心に俺がいた。

「はーーー。やっと終わった!」

 手を大きく広げ、後ろに倒れる。

「完成だ!」

 机の上には漆黒の模様が刻まれた深紅の箱が二つ。深紅の模様に刻まれた漆黒の球体が二つ。そして漆黒と深紅が混じり合った台形型の大きな箱が置いてあった。

 深紅の箱は所々に機構部分が見え、その奥には小さな世界が見える。漆黒の球体はほぼ真球を描き、まるでブラックホールがあるが如く光を飲み込んでいる。

 そして、大きな箱はとても緻密な機械部を多くつけ、傍から見ればゴミ屋敷にしか見えないようで。しかし、それは現時点で最も効率的な仕上がり。

 書類整理用の魔道具がようやく完成したのだ。

「ああー! ああー!」

 喜びで言葉がでない。連結方式がとても難しく、けれど苦労した甲斐があった。とても嬉しい。言葉に表せないほどうれしい。

 だから、やめられないのだ。何かを作る事がやめれられないのだ!

 と、とてもハイになっていたのだが、その時、控えめに扉を叩く音が聞こえた。

「……あの、セオ様。入ってもよろしいでしょうか……」

 そして、恐る恐る爆発物を扱うようなレモンの声が聞こえてきた。

「……大丈夫だよ!」

 返事をしたら、ゆっくりと扉が開いた。

「本当に大丈夫ですよね? いきなり、襲い掛かったりは……」
「しないよ!」

 流石に言いすぎだろ!

「ふふっ。冗談ですよ」

 と、思ったのだが、開いた扉から覗かせたレモンの顔には悪戯が成功したような顔が浮かんでいた。

 揶揄からかわれたらしい。

「無事に完成したようですね」

 レモンは机の上に置かれていた魔道具を見ながら、少し嬉し気に言った。

「うん。自動書類整理の魔法の魔道具のプロトタイプ、“オートドキュ”だよ」
「へー、そうなんですか。……でも、これのお陰で秋に激務に追われなくても済みそうですね。ありがとうございます。セオ様」

 満面の笑みを浮かべ、レモンは嬉しそうに感謝を言う。

 激務? 秋の……

「ああ、あれか。……レモン、喜んでいるところ悪いんだけどさ」
「はい?」
「この魔道具があっても激務は解消されないよ」
「え……」

 レモンは絶望を浮かべる。上げて落としたせいで、レモンの心はやられてしまったらしい。下げて上げるならまだいいんだが。

 俺は絶望で心を飛ばしたレモンに説明を始める。

「あのね、まず、これはプロトタイプなの」
「プロトタイプですか」

 レモンはオウムの様に可愛らしく、そして心無く聞き返す。

「うん。だから、まだ魔力効率が悪いの。魔法よりも魔道具の方が魔力を消費してしまうんだよ。それに、簡単な書類整理位なら可能なんだけど、高度の処理機構の理論や経験がまだ作れていないんだよね。だから、秋の激務をこなせないんだよ」
「そんなー!」

 そんなにガッカリしなくても。

「ようやく、計算ホムンクルスから抜け出せると思ったのに!?」
「計算ホムンクルス?」
「高度計算ができる作業人形ホムンクルスですよ! 高度な理論演算系能力スキルを持っているのはわたしとアテナ様だけなのですよ!」

 へぇー。ロイス父さんやアランも持っていると思っていたんだが違うのか。

 ん? 理論演算って何だ?
 
「しかし、秋はアテナ様は違う仕事で掛かりっきりになるんですよ! 結果、秋の膨大な書類や決算の全てはわたしが処理することになるんですよ! 他の皆さんは智が内事を個々に持っているので誰も手伝ってくれませんし」

 が、そんな疑問を持つことすら許してくれず、レモンは悲痛な声をあげる。

「ずっと、紙を見つめて能力スキルをフル稼働させて、来る日も来る日も……」

 いっきにヒステリックな感じになっていくレモン。顔がやばい。

「なので、ようやく解放されると思ったのに!」

 一気に暴走する声。本格的にやばい。

 そんなにストレスがあるのか。……これはロイス父さんとアテナ母さんに絶対に報告だな。っていうか、労働状態がやばいじゃん。

 説教だな。

「レモン、レモン。落ち着いて。大丈夫だよ。大丈夫だから」
「シクシク……セオ様?」

 おっと、泣いていらした。シクシクと声を鳴らして、目に涙を浮かべている。でも、眉が上がってる?

 ん? 若干、嘘くさいぞ。

「セオ様! もしかして何とかなりますか!?」

 あれ? 

 さっきの悲壮感は何処へ?っと思うくらい、キラキラした目で問いかけてくる。

「う、うん。さっきの問題はプロトタイプだからで改良すれば問題ないよ。ところでレモン。そんなに辛いの……」

 その眩しい目は圧倒的に力があり、あらゆる疑問が浄化されてしまいそうだ。

「ええ、本当に辛くて……」

 嘘くさい。およよと変に艶めくレモン。目端に涙を溜めて、最も弱弱しい姿を晒している。

「……ねぇ、めっちゃ嘘くさいんだけど」

 普段のレモンの様子ではとても考えられず、そしてレモンのスペックなら、そもそも問題がないはずだ。去年、ボーっと見学させてもらったがそこまで問題ではなかったはずだ。

 だって、激務というイメージが直ぐに思い浮かばなかったのだから。

 むしろ、去年見たレモンはとても怠けていたし、手を抜いていた。そしてマリーさんに怒られていた。そんな余裕があったはずなのだ。

「……バレましたか。ええ、そうですよ。そもそもわたしがあの程度の雑魚作業に手間取るわけがありません。高速演算の能力スキルを有しているんですよ」

 ふすんっと鼻を鳴らし、自慢するレモン。凄いムカつく。

「じゃあ、何であんなことしたのかな? ねぇ?」

 俺はその感情をそのままレモンにぶつける。もちろん、適度な範囲で。

「何を言っているんですか、セオ様。サボるためですよ」

 ……そんな当たり前ですよ的な言葉を言われても。いや、どちらかというと俺もレモン側の人間だから何とも言えないのだがさ。

「元々、部屋に入った瞬間から、その魔道具の大方の性能と性質は見抜いていました。だからこそ、セオ様に頑張ってもらえば、今年の秋はいつも以上にサボれると踏んだのです。なので、セオ様の同情を引けばと――」
「――俺が頑張って改良に乗り出すと」
「はい」
「……はぁ」

 本当に残念だ。何でレモンは素直に尊敬させてくれないのだろう。

 色々と助けてもらっていて、恩がある。普段している仕事は尊敬に値するし、そのお陰で俺たちの生活が守られている。

 しかも、レモンは人望がとても厚い。特に獣人族から。

 齢二十にして覚醒個体であり、しかもそれは神祖だ。

 覚醒個体とは、“覚醒”という獣人族の源流である神獣の力を一時的に一部、身に宿す能力スキルを所有している個体の事を言う。そして、その能力スキルは才能がある獣人族が数十年間、日夜問わず鍛錬してようやく獲得できる能力スキルなのである。

 レモンはそれを十五歳の時に獲得した。

 しかも、それだけにとどまらず、レモンの“覚醒”は神祖なのだ。

 神祖とはすなわち神獣の事。レモンの場合は九尾である。

 レモンはその九尾の力を一部ではなく、全て身に宿すことができるのだ。つまり一時的とはいえ、レモンは神と名がつく存在と並ぶのだ。

 もちろん才能もあっただろう。しかし、それだけでは辿り着けない領域なのだ。文字通りの血が滲む努力がそこにあり、想像を絶する過去があるのだろう。

 物凄い存在なのだ。

 つい一週間前に部品の受け取りに行った際に、その事をアカサから聞いたのだが、初めは全く信じられなかった。しかし、アカサは嘘はつかない主義なので本当に驚いた。

 俺にとっては想像し難いんで、大した実感がわかないが、同じ覚醒個体であるアカサが言うのだから本当に凄い事なのだろう。

 なのに、なのに。

 燃え尽き症候群なのか。頑張り過ぎて、その反動で怠惰になったのだろう。

 尻尾をゆらゆらりと上機嫌に揺らしているレモンを見て、不思議に思った。
しおりを挟む
読んでくださりありがとうございます!!少しでも面白いと思われたら、お気に入り登録や感想をよろしくお願いします!!また、エールで動画を見てくださると投稿継続につながりますのでよろしくお願いします。
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

成長促進と願望チートで、異世界転生スローライフ?

後藤蓮
ファンタジー
20年生きてきて不幸なことしかなかった青年は、無職となったその日に、女子高生二人を助けた代償として、トラックに轢かれて死んでしまう。 目が覚めたと思ったら、そこは知らない場所。そこでいきなり神様とか名乗る爺さんと出会い、流れで俺は異世界転生することになった。 日本で20年生きた人生は運が悪い人生だった。来世は運が良くて幸せな人生になるといいな..........。 そんな思いを胸に、神様からもらった成長促進と願望というチートスキルを持って青年は異世界転生する。 さて、新しい人生はどんな人生になるのかな? ※ 第11回ファンタジー小説大賞参加してます 。投票よろしくお願いします! ◇◇◇◇◇◇◇◇ お気に入り、感想貰えると作者がとても喜びますので、是非お願いします。 執筆スピードは、ゆるーくまったりとやっていきます。 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 9/3 0時 HOTランキング一位頂きました!ありがとうございます! 9/4 7時 24hランキング人気・ファンタジー部門、一位頂きました!ありがとうございます!

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

処理中です...