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一年

稽古の始まり:this spring

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「ホントに来たんだな」

 腕を組み仁王立ちしているエドガー兄さんが鼻を鳴らしながら言った。

 おお。これは嬉しがっているな。

 エドガー兄さんってツンデレ――展開ではない――っぽい部分があるんだよな。今だって若干不機嫌そうな感じだが、一瞬両方の口角が綺麗に上がったし目の色が喜んでいる雰囲気があるのだ。

 長く一緒にいないと分からないくらいな感じだが。

「ホント、ね。父さんから話を聞いた時は半信半疑だったけど」

 ライン兄さんがエドガー兄さんにニコニコと笑いかけながら同意する。ライン兄さんも、ライン兄さんが喜んでいるのが分かったんだろう。

 だからエドガー兄さんが少しバツが悪そうにそっぽを向く。恥ずかしいらしい。

 可愛い。愛くるしいというべきか。容姿と行動のギャップがあるから余計にそう思う。野生的でカッコイイのにそう照れる行動をされると、しかも九歳という良い年齢だし。誰でもそう思うだろう。

 それにしても……。

「二人ともそんないい服を持ってたんだね」

 二人が着ている服、稽古着は一見とても寒そうだ。薄い上着と薄いズボン。それから上着の袖や首元から除くパッツンパツンのインナーシャツくらいだ。

 たったそれだけだ。こんな寒いのに大丈夫なのかと、心配になるくらいだ。

 が、しかし俺の目は誤魔化せない。

 先ず全ての服は静刃森蜘蛛せいはしんぐもという魔物の糸が使われていて、特にインナーシャツはその糸だけでできている。

 静刃森蜘蛛の糸はとても性能が高い。衝撃性・防刃性・耐火性・耐魔性・伸縮性などといった具合に様々な性能を持っている。ただ、静刃森蜘蛛は目撃例が少なくまたとても強いので、静刃森蜘蛛の糸は超が付くほど稀少なのである。

 また上着とズボンには、風山狼と呼ばれる稀少な魔物の毛皮がふんだんに盛り込まれている。

 風山狼の毛皮はとても暖かく、またとても乾きやすく通気性に優れている。勿論それだけだはなく、耐久性や耐火性その他諸々も一級品である。

 貴族の間では手のひらサイズで大銀貨28枚――日本円で70万前後――程度で取引されるのでその稀少性が分かるだろう。

 それを服として全体に使っている。

 さらに、所々には“温度調節”や“体力回復”、“変形調整”の特性を持つ金具や糸が盛り込まれている。

 全くもって阿保らしいのだ。ぶっちゃけ超高ランクの冒険者やどっかの国の英雄様が着ている防具と言われた方がしっくりくるレベルの服なのである。

 前々から思っていたのだが、うちのロイス父さん達はそういった所が少し、いや結構おかしいかもしれない。

 ロイス父さんもアテナ母さんも金遣いは荒くないし、むしろ貴族としてはとても締めている方だろう。だが、本人たちが冒険ランクでも最高峰の神金級だった事もあり、魔物の素材とかに関する金銭感覚というか価値観が狂っている。

 そこは確かなのだ。

 今だって、喧嘩と称して幻想級の魔法や能力スキル、アーティファクトを使って後ろでドンパチやってるし。色とりどりの光が入り乱れている。

 とても小規模で。ホント小規模で膨大な魔力をガソリンとして技を放っている。なんで小規模で収まっているか不思議でならない。

 ってか、あの二人イチャついてないか。アテナ母さんが「かまってよ」的な言葉を放ってロイス父さんが「好きだよ」的な言葉を返している。痴話喧嘩みたいだ。

 見ていて恥ずかしいから他所でやって欲しい。っていうか早くして欲しい。

 そう思ったのは俺だけだはないらしい。

「ねえ、エド兄、セオ。先に準備運動しとこうか。あの様子じゃね」

 ライン兄さんが緑に煌めく白髪を揺蕩わせながら遠い目をして俺の後ろを見た。

「ハァー、ハァー」

 エドガー兄さんがそれに同意したのか頷きながら、白い息で手を暖める。

 それを横目にライン兄さんが手を擦りながら言った。

「それにユリ姉も来たしさ」

 バッと後ろを向くと、ユリシア姉さんが、まだ今の空には適さない色の髪をブンブンと振り回しながら、豪速でこっちにくる。髪の動きといい馬みたいである。
 
 ダダダッと音を立てて走るユリシア姉さんはイチャついているロイス父さん達の横を素通りして俺たちの前で止まった。

 それから手を上げて、

「ねぇ、あれなんなの?」

 両親の方を指し素朴な感じに聞いてきた。

「セオドラーがここにいる代償だな」
「何それ」

 ユリシア姉さんはキッと俺を睨み付けながらエドガー兄さんに聞き返す。その目はまたお前か!といっている感じだった。

「セオを稽古に参加させるために母さんを使った結果、ああなっている」
「父さんは具体的に何をしたわけなの?」
「楽仙去優香」
「え?」
「楽仙去優香を出したんだ。そしたらセオがこっちに来た」
「何で!?」

 その問いにエドガー兄さんは「さぁ」という感じに手を広げ首を振った。

「……。まぁいいわ。それより稽古を始めちゃいましょう」

 ユリシア姉さんはそう言って走り出した。

 どうやら面倒になったらしい。

 残された俺達は顔を見合わせ、そしてユリシア姉さんに続くように走り出した。

 もちろん、俺も走った。アテナ母さんの霊魂魔法によって、稽古に含まれる全ての運動は俺の意思に関係なくさせられるからである。

 全くもって酷い魔法である。
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