異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

文字の大きさ
上 下
22 / 316
一年

稽古はまだ始まりません:this spring

しおりを挟む
 空中に漂う幾つもの光球。

 世界を切り離すように佇む微かに蒼みがかった結界。

 そして中心に三人の人影。

 それが今の稽古場を表す端的な羅列だろう。

「あら、まだ始めてなかったのね」

 確かに。

 俺がコートなどを取りに行ったし話しながらここに来たから、まぁまぁな時間が経っている筈なのだ。

 なのに、三人とも準備運動すら始めていなかった。

 どうしたんだろ?

 そう疑問に思っていたら、ロイス父さんがこっちにやって来た。

「セオも一緒に稽古に参加しないかい? 今日は魔法中心だから本格的に体を動かす事はないからさ。お試しという事でどうだい?」

 なるほど。その為に稽古を始めずに待っていたのか。

 しかし、俺はライン兄さんが昨日の特訓の成果を出せるかどうかを見守るために早起きしたのだ。参加する気などさらさらない。

 ないのだが……。

 なんだあれは!

 エドガー兄さんとライン兄さんが俺を見つめてくる! 切実に何かを訴えるように! 懇願するように!

 ひ、卑怯だぞ! 俺がそういうのに弱い事を知っていて!

 アテナ母さんが「やるわね」と呟いている。ロイス父さんはニコニコとイケメンオーラ満開の爽やか笑顔で、俺の視線をさりげなく兄さん二人に誘導してくる。

 くそぅ! 演技指導を入れたな。その為の待ち時間か!

 しかし、俺も負けてはいられない。

「きょ、今日は魔力の調子が悪くて……。魔法は使えなさそうかな……」

 言ってやったぞ。これで参加せずに済むぞ!

 と、思っていたらロイス父さんが懐に手を突っ込んだ。

「そう思ってさ。ほら、これ」

 そして俺に緑の液体が入った試験管を渡してきた。

「はぁ!? 楽仙去優香らくせんきょうか!」
「あ、アナタッ! 馬鹿じゃないのっ!? ホント馬鹿じゃないのっ!? なんてモノを出してるのっ! 一刻も早くしまってちょうだい!!」

 俺とアテナ母さんは絶叫をあげる。アテナ母さんなんて、ここ一帯を滅ぼしかねない魔力を一点に集中させている。

「アテナ。開放したりはしないから、落ち着いて」

 ロイス父さんは俺に見せつけるように試験管を揺らす。

 試験管の中身、楽仙去優香はたゆんたゆんと蠢いている。

 楽仙去優香。それは昔、楽仙去という人物が優香と呼ばれる魔法植物――神話級――を使って作り出した万能薬。死病や欠損すら即時治し、体力、魔力、精神を即時回復、増幅してくれる霊薬。不老不死すら可能とする神薬。

 が、しかし。

 しかしだ!

 とてもつもなくまずい。いや、まずいとすら表現できない物なのだ。

 近くにいるだけで吐き気どころか錯乱すら催し、飲むことはできないほどの苦さと甘ったるさと不味さ、そして腐臭。それからそれを飲んだ者は必ず死ぬ。比喩ではなく本当に死ぬ。そして楽仙去優香の効能によって生き返るのだ。

 別名――死練。

 この世のものではないのだ。

 この世界にはこんな諺がある。

 邪神すら命惜しく楽仙去優香。

 この世界の共通認識に邪神と言う存在がいる。あらゆるお伽噺で最も恐ろしい存在として登場し、子供の躾に使われる存在。

 そして、実際に数百年前にこの世界を支配しようとした魔物。

 ただその邪神は最後、楽仙去優香によって滅ぼされたのだ。正確には滅んだのだ。自らの意思で。

 邪神は楽仙去優香を身体に浴び、想像を絶する痛みと匂いと、まぁ、とにかく地獄すら生ぬるい体験をして、自殺したそうだ。

 自殺だ。世界を支配しようとした存在が世界に絶望し自殺する程の代物なのだ。

 因みに、邪神が滅んだ地は楽仙去優香の影響により豊か過ぎる地になっている。しかし、魔物はおろかあらゆる生物は存在しない地でもある。生物にとって楽仙去優香は害悪以外何者でもないのだ。

 不思議な事に植物は楽仙去優香の悪影響を受けない。原材料のせいなのか?

 そんな危険物をこの場に出したのだ。ロイス父さんは!

 正気ではない。

 幸いと言うべきか、楽仙去優香が入っている試験管は空間遮断を盛り込んだ特別製なので、外部に影響はない。

 が、ほんの少し扱いを間違えればここ一帯が魔境と化してしまう。

 ロイス父さんはそれを俺に見せつけるように揺らしているのだ。

 脅しである。

 稽古に参加しろと言う脅迫だ。

 ただ、ロイス父さんが楽仙去優香を開放することは絶対ないので無駄な俺にとっては無駄な脅しである。

 が、しかし。

 ロイス父さんの交渉相手は俺ではなさそうで……。

「な! 体が、体が勝手に!」

 俺の体が稽古場の中心、エドガー兄さん達がいるところへと勝手に動き出した。

「何するの、アテナ母さん!」

 アテナ母さんが霊魂魔法――幻想級――で強制的に俺の体を操作していたのだ。

「ごめんなさい、セオ。本当にごめんなさい。これだけは本当に無理なの。今度、好きな鉱物を買ってあげるから稽古に出てちょうだい。お願いします」

 深々と頭を下げるアテナ母さん。声は恐怖におののくように震え、顔は真っ青で、髪はヤバいほど逆立っている。そしてロイス父さんを悪鬼羅刹もかくやというほどの眼光で睨んでいた。

 アテナ母さんは楽仙去優香に絶大なトラウマがあるらしい。アテナ母さんの様子からそんな感じがヒシヒシと伝わってくる。

 それから、アテナ母さんはロイス父さんにニッコリと笑いかけて、

「アナタ、今夜は覚えときなさい」

 低く低く唸るように、しかしとても静かに呟いた。

「ア、アハハ」

 冷や汗をダバダバとかきながら、ロイス父さんは苦笑いする。ついでに懐に楽仙去優香を仕舞う。実際には異空間に収納しているのだが。

 それにしてもご愁傷さまです。

 ……。

 いや、これは当然の報いだ。自業自得なのだ。だから、こうだな。

 ロイス父さん、ざまー見やがれ! ヒャッハー!

 うん。よし。これで少しは鬱憤が晴れたな。

 それにしても……。何でロイス父さんはこんなことをしたんだろう。そんな事をした場合のリスクは分かっていたはずなのに……。

 俺は自動人形の如く目的地に進む体に身を委ねながらそれについて思考する。
しおりを挟む
読んでくださりありがとうございます!!少しでも面白いと思われたら、お気に入り登録や感想をよろしくお願いします!!また、エールで動画を見てくださると投稿継続につながりますのでよろしくお願いします。
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

成長促進と願望チートで、異世界転生スローライフ?

後藤蓮
ファンタジー
20年生きてきて不幸なことしかなかった青年は、無職となったその日に、女子高生二人を助けた代償として、トラックに轢かれて死んでしまう。 目が覚めたと思ったら、そこは知らない場所。そこでいきなり神様とか名乗る爺さんと出会い、流れで俺は異世界転生することになった。 日本で20年生きた人生は運が悪い人生だった。来世は運が良くて幸せな人生になるといいな..........。 そんな思いを胸に、神様からもらった成長促進と願望というチートスキルを持って青年は異世界転生する。 さて、新しい人生はどんな人生になるのかな? ※ 第11回ファンタジー小説大賞参加してます 。投票よろしくお願いします! ◇◇◇◇◇◇◇◇ お気に入り、感想貰えると作者がとても喜びますので、是非お願いします。 執筆スピードは、ゆるーくまったりとやっていきます。 ◇◇◇◇◇◇◇◇ 9/3 0時 HOTランキング一位頂きました!ありがとうございます! 9/4 7時 24hランキング人気・ファンタジー部門、一位頂きました!ありがとうございます!

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

処理中です...