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ドワーフの魔術師と師匠
第7話 拳と謝罪と誇り
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「っ、〝魔の光よ。我の手となれ――念動〟っ」
父に殴り飛ばされて壁に激突した私は、しかしブランデーケーキが入った箱が手から離れて宙を舞うのに気が付いて慌てて魔術陣を一つ展開して、早口で詠唱します。
物を動かす魔術でブランデーケーキが入った箱の動きを止め、ゆっくりと私の手元に移動させました。
「ふぅ、危ない危ない。せっかく作ったのに中身がぐちゃぐちゃになるところでした」
ローブについたホコリを払いながら、私は立ち上がって目の前の父を見やりました。
ゴワゴワとした黒の髪に、鉄をも切り裂く剣のごとく鋭い黒の眼。頑固そうで厳つい顔立ちは、丁寧に整えられた立派なひげもあってとても威厳に満ちてきます。
鍛冶師がよく着る作業着を格式高くアレンジしたドワーフの正装をまとう身体はがっしりとしており、ドワーフの中でも脂肪は少なめです。裾から覗く手や首元、セイランと同じ右目から頬には深い傷跡があり、彼が歴戦の戦士であることが明確に分かります。
「……」
そんな父は、何故か呆然としていました。何かに驚いていた様子です。
けれど私の視線に気が付いたのか、すぐに厳つい目つきで私を見てきます。その黒の瞳は怖ろしいほどの覇気が宿っており、無意識に唾を飲みこんでしまいます。
「……ふん」
父は役員室に戻りました。私も一緒に入ろうかと思いましたが、扉が開けっ放しなのもあって待つことにしました。
しばらくして、父が役員室から出てきます。手には先ほどまで持っていなかった小さめの黒のトランクがありました。
役員室の扉を閉めて施錠し、廊下を歩き出しました。私は慌てて後を追います。
一階のエントランスホールまで移動します。その端っこにセイランがいることに気が付きました。
「父さん、少し待ってもらっていいですか?」
「……ふん」
待ってくれるようです。
私はセイランに話しかけます。
「セイラン」
「ああ、グフウ。どうだった? アタシの慰めが必要か?」
「いえ、まだ結構です。これからたぶん、父たちが住んでいる家にいくかと思います。なので、今夜はそこに泊まるかもしれません」
「そうか。なら、都合がいいな。アタシも姉がここで働いているらしくてな。今日はそこに転がり込む予定だ」
「分かりました。では、また明日」
「ああ。頑張れよ」
私はセイランと別れ、父のところに戻ります。
父は何も言わずに再び歩き出しました。調停館を出て、その裏手へと回り少しいくと、東と西で全く違う様式の住宅街が並んでいました。
東がドワーフで西がエルフです。区分けのためか、中央には大きな広場が設置されていました。
住宅街はそこまで広くなく、それぞれ数十ほどくらいの世帯でしょう。調停館で働いている人、いえそれなりに偉い人たちのための居住区なのかもしれません。
私たちはドワーフの居住区に入り、少しばかり歩いたのち、ある家の前にたどり着きました。
煉瓦の家です。
父は玄関の扉を開けて中に入りました。私も入ります。
「あら~、ハガネさん。今日は少し早かったの――」
靴を脱いで玄関を上がろうとしたところで、廊下の扉が開いて一人のドワーフの女性がでてきました。
……少し、老いたでしょうか。柔和な顔にはしわが増えていて、緋色の長髪も少しくすんで見えます。
ニコニコ微笑んでいた彼女は私に気が付いて目を大きく見開きました。
ぱくぱくと口を開き、声にならない嗚咽をもらし、わなわなと震えていました。その緋色の眼には雫が溜まっていきます。
ああ、なんて酷いことをしてしまったのだろうか。
改めて、置手紙一つで家出した自分の行動を悔やみながら、私は彼女に――私の母に微笑みました。たぶん、不格好な微笑みだったと思います。
「母さん。ただいまかえりました」
「っ、あんたっ! もう、いままでっ、どこをほっつき歩いてっ」
「……ごめんなさい」
何十年ぶりの母の抱擁はとても力強く、それでいて弱弱しいものでした。
ひどく懐かしくて安心するものでした。
Φ
父はすぐに風呂に入りました。
私は客室にトランクやら何やらを置き、台所に向かいます。
「私も夕飯の用意を手伝いますよ」
「疲れているでしょうに悪いわね~」
「いえ。一度母さんと一緒に料理をしてみたかったので」
「嬉しいこと言ってくれるわね~」
母は柔和な笑みを浮かべました。
「じっちゃん、遊びにきた!」
「あ、こら! 靴を揃えなさい!」
玄関の扉が開く音が聞こえます。ドタバタという音と怒鳴り声も響きます。
「ハクボたちね~」
ハクボ姉さんたちでした。
「一緒に暮らしているのですか?」
「違うわよ~。今日はセイテツさん、あ、ハクボの旦那さんでね~、その人が明日の準備で忙しいのよ~。ハクボが結婚したのは知っている~? びっくりよね~。私たちもびっくりだったわよ~。脈絡もなく旦那さんを連れてきてね~。急に結婚して~子供作ったのよ~。結婚式もまだなのよね~」
「え、そうなのですか?」
驚きます。てっきり結婚式を挙げたものかと。けど、昼間会った時のことを思い返せば、そんなことは一言も言っていませんでした。
「だから言ったでしょ。式は私たちの仕事が落ち着いたら挙げるって」
「あ、ハクボ姉さん」
ハクボ姉さんが台所に顔を出しました。
「グフウ、昼間ぶりね。それにしても、ハガネ父さんに殺されたりはしなかったのね」
「一発もらっただけですよ」
「へぇ、一発で済んだの」
ハクボ姉さんは感心したように目を細めました。
「あんたたち、もう会ってたの~?」
「昼間に偶然。それより、ハクメイを見てなくていいのですか?」
「大丈夫よ。ハガネ父さんが見ているわ」
「……いつの間に」
魔力探知で確かめれば、風呂に入っていたはずの父さんが居間でハクメイと一緒にいました。
「カエデ母さん。夕飯の準備はこれから?」
「ええ~、そうよ~」
「じゃあ、私も料理を手伝うわ。何をすればいい?」
「それじゃあ、捕まえた暴れキャベツの千切りをお願い~。今日はオークの餃子よ~」
「了解」
ハクボ姉さんは台所の隅っこにおいてあった大きな平べったい金属の箱からビタビタと暴れるキャベツを取り出して、私の隣で千切りをし始めました。
「あの魔法具は?」
「冷蔵庫よ~。食材を保存する冷たい箱でね~ハガネさんが作ってくれたの~」
「ああ、冷蔵庫。魔法具なんて珍しいですね」
「何言ってるの? 魔法具以外の何があるのよ?」
「……それもそうでしたね」
私の冷蔵庫のイメージといえば、魔術具です。師匠と一緒に暮らしていた家の台所に置いてありました。
けれどここはドワーフの鍛冶魔法によって魔法具が溢れているのでした。魔術具が普及しているわけがありません。
いえ、そもそも今までの旅を思い返せば冷蔵庫自体あまり普及していませんでした。氷を利用した貯蔵庫くらいでしょう。
そんなことを考えながら、私も夕飯の手伝いをします。
餃子のタネを作ったり、チーズなど余った餃子の皮を巻いて揚げたり、スープを作ったりします。
お玉でスープを掬い、鍋から小皿に移します。
「母さん。味見をお願いします」
「分かったわ~。……ちょっと、いえ、だいぶ味が薄いわね~」
「え、そんなにですか?」
私もスープを味見しますが、特段薄いようには感じません。ハクボ姉さんもスープを味見します。
「……葉っぱの料理みたいに味が薄いわね。葉っぱと一緒に旅してたせいで舌が狂ったんじゃいの?」
「狂ったなんて言い方よしてくださいよ。けど、まぁ、確かにセイラン好みの味かもしれませんね。もう少し濃くしますか」
調味料を鍋にぶっこんでいると、母さんが頬に手を当てて首を傾げます。
「その、セイランって誰かしら~?」
「あれ、カエデ母さん知らないの? こいつ、あの父さんを殴って廻命竜を討った狂犬葉っぱと旅をしてるのよ。しかも、十年以上」
「えっ~!」
母さんはあり得ないと言わんばかりに目を見開き、口に手をあてます。
「そんなに驚くことですか?」
「だって~、大変じゃないの~? いつも一緒とか、殺し合っちゃうかもしれないじゃない~」
「しませんよ! せいぜい、ちょっとした口喧嘩をする程度です」
「ウソよ~! そんな仲がいいわけないわ~!」
「嘘じゃありませんってば。ほら、今日もってきたケーキ。あれもセイランと一緒に作ったんですよ」
「……ホント~?」
「カエデ母さん。信じられないかもしれないけど、事実よ。私もこの目でハッキリと見たもの。あ~んとかしてたわ」
「そんなことが……」
母さんが呆然とします。ハクボ姉さんがそんな母さんに同意するようにウンウンと頷きました。
「ばっちゃん! 母さん! 腹減った!」
ハクメイが台所に飛び込んできました。私に気が付きます。
「あ、昼間のおじちゃんだ!」
「グフウです。おじちゃんはやめてください。ピチピチの六十一歳ですよ」
「おじちゃんじゃん!」
成人したばかりの年齢でも、幼子にとってはおじちゃんなのですか。
……くっ。
「……はっ。ハクメイちゃん。ご飯はもうすぐだから、ハガネさんと一緒にテーブルをの準備をお願いできるかしら~?」
「まかせて、ばっちゃん! じっちゃんといっしょにやるよ!」
我に返った母さんからテーブル拭きを渡されて、ハクメイは居間へと戻りました。私たちはその間に作った夕飯をお皿に移しました。
Φ
夕飯を食べ終え、洗い物を済ませました。
母さんと一緒に居間に戻ると、父さんが火酒を片手に一足先にブランデーケーキを黙々と食べていました。
私たちもブランデーケーキを切り分けて、お皿によそります。
「あ、私の分もちょうだい」
「ハクメイはもう寝たのですか?」
「うん。寝かし付けたらすぐにね」
ハクボ姉さんの分も切り分け、私たちも席に座ってブランデーケーキを食べ始めました。
「これ、本当に美味しいわ~。家の火酒によく合うわ~」
「そうね。ちょっと香りが弱い気もするけど」
「文句があるなら食べないでください」
「いやよ。美味しいもの」
母さんもハクボ姉さんもブランデーケーキを気に入ってくれたようです。
肝心の父は……分かりません。何せ表情がまったく動かず、ずっと厳しい顔つきだったからです。
けれど、黙々と食べているところを見るに、気に入らなかったわけではないようです。
「美味しかったわ~」
「ごちそうさま」
「……」
「お粗末様でした」
ブランデーケーキを食べ終えました。
ナイフと食器を台所に片付け、居間に戻った私は火酒を飲んでいた父さんたちに向かい直って頭を下げました。
「置手紙一つで家出したこと。本当に心配をかけました。申し訳ありません」
「あら~、もういいのに~」
「そうそう。過ぎたことだし、気にしないの。せっかくのお酒が不味くなるじゃない」
「そういうわけにも。あの時の私の行動は思慮に欠けていました。置手紙ではなく、キチンと別れの挨拶を言って旅立つべきでした。申し訳ありません」
私はもう一度頭を下げました。
「……ふんっ」
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
いつの間にか私の横に立っていた父さんが拳を放ってきました。事前に準備していた〝魔盾〟で防ぎます。
「ハガネさんっ!?」
「ちょっ、何よそれっ!? 魔法っ!?」
驚く母さんたちを他所に、父さんはその立派なひげに隠れた口を開きました。
「……謝る気はないのだな」
「ええ。手紙で何度も申した通り、私はあの時家を出たことを後悔していません」
確かに父さんたちに別れの挨拶もせずに、置手紙一つで旅立ったことは短慮だったと思います。物凄く心配をかけました。それについては後悔していますし、反省しています。
けれど、あの時旅立ったこと自体は後悔していません。間違いだったとも思っていません。
あの日旅立っていなければ、私は師匠に会うこともできず、今も魔法を使える方法を探して彷徨っていたと思います。
魔術師になれたのは、今の私があるのはあの日旅立ったからです。それが私の誇りであり、それを後悔するなどあってはなりません。
怖ろしい程の殺気と覇気を放つ父さんの目から、決して目を逸らしませんでした。
「……烈火鉄拳っ」
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
父さんがもう一度拳を放ちました。緩慢でありながら、しかし濃密な闘気を纏ったそれは先ほどと比べ物にならないほど鋭いものでした。まるで竜のブレスのようです。
けれど、早口で詠唱した〝魔盾〟で受け止めました。衝撃も何もかもを吸収しました。
「夕方の時は甘んじて受け入れましたが、私も魔術師で冒険者です。父さんであろうが、売られた喧嘩は買いましょう。ああ、安心してください。命までは取りません」
指輪に〝変化〟させていた大杖を元に戻して握りしめ、魔力をうねらせながら二十ほどの魔術陣を父の周囲に浮かべます。
睨み合いました。
「……ふん。生意気な」
最初に視線を外したのは父でした。
「……明日の祭りに出ろ」
そう言って父は居間から出ていきました。
父に殴り飛ばされて壁に激突した私は、しかしブランデーケーキが入った箱が手から離れて宙を舞うのに気が付いて慌てて魔術陣を一つ展開して、早口で詠唱します。
物を動かす魔術でブランデーケーキが入った箱の動きを止め、ゆっくりと私の手元に移動させました。
「ふぅ、危ない危ない。せっかく作ったのに中身がぐちゃぐちゃになるところでした」
ローブについたホコリを払いながら、私は立ち上がって目の前の父を見やりました。
ゴワゴワとした黒の髪に、鉄をも切り裂く剣のごとく鋭い黒の眼。頑固そうで厳つい顔立ちは、丁寧に整えられた立派なひげもあってとても威厳に満ちてきます。
鍛冶師がよく着る作業着を格式高くアレンジしたドワーフの正装をまとう身体はがっしりとしており、ドワーフの中でも脂肪は少なめです。裾から覗く手や首元、セイランと同じ右目から頬には深い傷跡があり、彼が歴戦の戦士であることが明確に分かります。
「……」
そんな父は、何故か呆然としていました。何かに驚いていた様子です。
けれど私の視線に気が付いたのか、すぐに厳つい目つきで私を見てきます。その黒の瞳は怖ろしいほどの覇気が宿っており、無意識に唾を飲みこんでしまいます。
「……ふん」
父は役員室に戻りました。私も一緒に入ろうかと思いましたが、扉が開けっ放しなのもあって待つことにしました。
しばらくして、父が役員室から出てきます。手には先ほどまで持っていなかった小さめの黒のトランクがありました。
役員室の扉を閉めて施錠し、廊下を歩き出しました。私は慌てて後を追います。
一階のエントランスホールまで移動します。その端っこにセイランがいることに気が付きました。
「父さん、少し待ってもらっていいですか?」
「……ふん」
待ってくれるようです。
私はセイランに話しかけます。
「セイラン」
「ああ、グフウ。どうだった? アタシの慰めが必要か?」
「いえ、まだ結構です。これからたぶん、父たちが住んでいる家にいくかと思います。なので、今夜はそこに泊まるかもしれません」
「そうか。なら、都合がいいな。アタシも姉がここで働いているらしくてな。今日はそこに転がり込む予定だ」
「分かりました。では、また明日」
「ああ。頑張れよ」
私はセイランと別れ、父のところに戻ります。
父は何も言わずに再び歩き出しました。調停館を出て、その裏手へと回り少しいくと、東と西で全く違う様式の住宅街が並んでいました。
東がドワーフで西がエルフです。区分けのためか、中央には大きな広場が設置されていました。
住宅街はそこまで広くなく、それぞれ数十ほどくらいの世帯でしょう。調停館で働いている人、いえそれなりに偉い人たちのための居住区なのかもしれません。
私たちはドワーフの居住区に入り、少しばかり歩いたのち、ある家の前にたどり着きました。
煉瓦の家です。
父は玄関の扉を開けて中に入りました。私も入ります。
「あら~、ハガネさん。今日は少し早かったの――」
靴を脱いで玄関を上がろうとしたところで、廊下の扉が開いて一人のドワーフの女性がでてきました。
……少し、老いたでしょうか。柔和な顔にはしわが増えていて、緋色の長髪も少しくすんで見えます。
ニコニコ微笑んでいた彼女は私に気が付いて目を大きく見開きました。
ぱくぱくと口を開き、声にならない嗚咽をもらし、わなわなと震えていました。その緋色の眼には雫が溜まっていきます。
ああ、なんて酷いことをしてしまったのだろうか。
改めて、置手紙一つで家出した自分の行動を悔やみながら、私は彼女に――私の母に微笑みました。たぶん、不格好な微笑みだったと思います。
「母さん。ただいまかえりました」
「っ、あんたっ! もう、いままでっ、どこをほっつき歩いてっ」
「……ごめんなさい」
何十年ぶりの母の抱擁はとても力強く、それでいて弱弱しいものでした。
ひどく懐かしくて安心するものでした。
Φ
父はすぐに風呂に入りました。
私は客室にトランクやら何やらを置き、台所に向かいます。
「私も夕飯の用意を手伝いますよ」
「疲れているでしょうに悪いわね~」
「いえ。一度母さんと一緒に料理をしてみたかったので」
「嬉しいこと言ってくれるわね~」
母は柔和な笑みを浮かべました。
「じっちゃん、遊びにきた!」
「あ、こら! 靴を揃えなさい!」
玄関の扉が開く音が聞こえます。ドタバタという音と怒鳴り声も響きます。
「ハクボたちね~」
ハクボ姉さんたちでした。
「一緒に暮らしているのですか?」
「違うわよ~。今日はセイテツさん、あ、ハクボの旦那さんでね~、その人が明日の準備で忙しいのよ~。ハクボが結婚したのは知っている~? びっくりよね~。私たちもびっくりだったわよ~。脈絡もなく旦那さんを連れてきてね~。急に結婚して~子供作ったのよ~。結婚式もまだなのよね~」
「え、そうなのですか?」
驚きます。てっきり結婚式を挙げたものかと。けど、昼間会った時のことを思い返せば、そんなことは一言も言っていませんでした。
「だから言ったでしょ。式は私たちの仕事が落ち着いたら挙げるって」
「あ、ハクボ姉さん」
ハクボ姉さんが台所に顔を出しました。
「グフウ、昼間ぶりね。それにしても、ハガネ父さんに殺されたりはしなかったのね」
「一発もらっただけですよ」
「へぇ、一発で済んだの」
ハクボ姉さんは感心したように目を細めました。
「あんたたち、もう会ってたの~?」
「昼間に偶然。それより、ハクメイを見てなくていいのですか?」
「大丈夫よ。ハガネ父さんが見ているわ」
「……いつの間に」
魔力探知で確かめれば、風呂に入っていたはずの父さんが居間でハクメイと一緒にいました。
「カエデ母さん。夕飯の準備はこれから?」
「ええ~、そうよ~」
「じゃあ、私も料理を手伝うわ。何をすればいい?」
「それじゃあ、捕まえた暴れキャベツの千切りをお願い~。今日はオークの餃子よ~」
「了解」
ハクボ姉さんは台所の隅っこにおいてあった大きな平べったい金属の箱からビタビタと暴れるキャベツを取り出して、私の隣で千切りをし始めました。
「あの魔法具は?」
「冷蔵庫よ~。食材を保存する冷たい箱でね~ハガネさんが作ってくれたの~」
「ああ、冷蔵庫。魔法具なんて珍しいですね」
「何言ってるの? 魔法具以外の何があるのよ?」
「……それもそうでしたね」
私の冷蔵庫のイメージといえば、魔術具です。師匠と一緒に暮らしていた家の台所に置いてありました。
けれどここはドワーフの鍛冶魔法によって魔法具が溢れているのでした。魔術具が普及しているわけがありません。
いえ、そもそも今までの旅を思い返せば冷蔵庫自体あまり普及していませんでした。氷を利用した貯蔵庫くらいでしょう。
そんなことを考えながら、私も夕飯の手伝いをします。
餃子のタネを作ったり、チーズなど余った餃子の皮を巻いて揚げたり、スープを作ったりします。
お玉でスープを掬い、鍋から小皿に移します。
「母さん。味見をお願いします」
「分かったわ~。……ちょっと、いえ、だいぶ味が薄いわね~」
「え、そんなにですか?」
私もスープを味見しますが、特段薄いようには感じません。ハクボ姉さんもスープを味見します。
「……葉っぱの料理みたいに味が薄いわね。葉っぱと一緒に旅してたせいで舌が狂ったんじゃいの?」
「狂ったなんて言い方よしてくださいよ。けど、まぁ、確かにセイラン好みの味かもしれませんね。もう少し濃くしますか」
調味料を鍋にぶっこんでいると、母さんが頬に手を当てて首を傾げます。
「その、セイランって誰かしら~?」
「あれ、カエデ母さん知らないの? こいつ、あの父さんを殴って廻命竜を討った狂犬葉っぱと旅をしてるのよ。しかも、十年以上」
「えっ~!」
母さんはあり得ないと言わんばかりに目を見開き、口に手をあてます。
「そんなに驚くことですか?」
「だって~、大変じゃないの~? いつも一緒とか、殺し合っちゃうかもしれないじゃない~」
「しませんよ! せいぜい、ちょっとした口喧嘩をする程度です」
「ウソよ~! そんな仲がいいわけないわ~!」
「嘘じゃありませんってば。ほら、今日もってきたケーキ。あれもセイランと一緒に作ったんですよ」
「……ホント~?」
「カエデ母さん。信じられないかもしれないけど、事実よ。私もこの目でハッキリと見たもの。あ~んとかしてたわ」
「そんなことが……」
母さんが呆然とします。ハクボ姉さんがそんな母さんに同意するようにウンウンと頷きました。
「ばっちゃん! 母さん! 腹減った!」
ハクメイが台所に飛び込んできました。私に気が付きます。
「あ、昼間のおじちゃんだ!」
「グフウです。おじちゃんはやめてください。ピチピチの六十一歳ですよ」
「おじちゃんじゃん!」
成人したばかりの年齢でも、幼子にとってはおじちゃんなのですか。
……くっ。
「……はっ。ハクメイちゃん。ご飯はもうすぐだから、ハガネさんと一緒にテーブルをの準備をお願いできるかしら~?」
「まかせて、ばっちゃん! じっちゃんといっしょにやるよ!」
我に返った母さんからテーブル拭きを渡されて、ハクメイは居間へと戻りました。私たちはその間に作った夕飯をお皿に移しました。
Φ
夕飯を食べ終え、洗い物を済ませました。
母さんと一緒に居間に戻ると、父さんが火酒を片手に一足先にブランデーケーキを黙々と食べていました。
私たちもブランデーケーキを切り分けて、お皿によそります。
「あ、私の分もちょうだい」
「ハクメイはもう寝たのですか?」
「うん。寝かし付けたらすぐにね」
ハクボ姉さんの分も切り分け、私たちも席に座ってブランデーケーキを食べ始めました。
「これ、本当に美味しいわ~。家の火酒によく合うわ~」
「そうね。ちょっと香りが弱い気もするけど」
「文句があるなら食べないでください」
「いやよ。美味しいもの」
母さんもハクボ姉さんもブランデーケーキを気に入ってくれたようです。
肝心の父は……分かりません。何せ表情がまったく動かず、ずっと厳しい顔つきだったからです。
けれど、黙々と食べているところを見るに、気に入らなかったわけではないようです。
「美味しかったわ~」
「ごちそうさま」
「……」
「お粗末様でした」
ブランデーケーキを食べ終えました。
ナイフと食器を台所に片付け、居間に戻った私は火酒を飲んでいた父さんたちに向かい直って頭を下げました。
「置手紙一つで家出したこと。本当に心配をかけました。申し訳ありません」
「あら~、もういいのに~」
「そうそう。過ぎたことだし、気にしないの。せっかくのお酒が不味くなるじゃない」
「そういうわけにも。あの時の私の行動は思慮に欠けていました。置手紙ではなく、キチンと別れの挨拶を言って旅立つべきでした。申し訳ありません」
私はもう一度頭を下げました。
「……ふんっ」
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
いつの間にか私の横に立っていた父さんが拳を放ってきました。事前に準備していた〝魔盾〟で防ぎます。
「ハガネさんっ!?」
「ちょっ、何よそれっ!? 魔法っ!?」
驚く母さんたちを他所に、父さんはその立派なひげに隠れた口を開きました。
「……謝る気はないのだな」
「ええ。手紙で何度も申した通り、私はあの時家を出たことを後悔していません」
確かに父さんたちに別れの挨拶もせずに、置手紙一つで旅立ったことは短慮だったと思います。物凄く心配をかけました。それについては後悔していますし、反省しています。
けれど、あの時旅立ったこと自体は後悔していません。間違いだったとも思っていません。
あの日旅立っていなければ、私は師匠に会うこともできず、今も魔法を使える方法を探して彷徨っていたと思います。
魔術師になれたのは、今の私があるのはあの日旅立ったからです。それが私の誇りであり、それを後悔するなどあってはなりません。
怖ろしい程の殺気と覇気を放つ父さんの目から、決して目を逸らしませんでした。
「……烈火鉄拳っ」
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
父さんがもう一度拳を放ちました。緩慢でありながら、しかし濃密な闘気を纏ったそれは先ほどと比べ物にならないほど鋭いものでした。まるで竜のブレスのようです。
けれど、早口で詠唱した〝魔盾〟で受け止めました。衝撃も何もかもを吸収しました。
「夕方の時は甘んじて受け入れましたが、私も魔術師で冒険者です。父さんであろうが、売られた喧嘩は買いましょう。ああ、安心してください。命までは取りません」
指輪に〝変化〟させていた大杖を元に戻して握りしめ、魔力をうねらせながら二十ほどの魔術陣を父の周囲に浮かべます。
睨み合いました。
「……ふん。生意気な」
最初に視線を外したのは父でした。
「……明日の祭りに出ろ」
そう言って父は居間から出ていきました。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
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