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ドワーフの魔術師と弟子

第24話 攻略と別れ

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 そこは数百平方メートルほどある開けた場所であり、豪華絢爛の巨大な扉が鎮座していました。

 ……また扉ですか。ダンジョンには扉が多いですね。

 セイランが辺りをキョロキョロと見渡します。

「……ここが最下層だな」
「分かるのですか?」
「ああ。なんとなくな。シマキもダンジョンのコアを感じるだろう?」
「え、ええ。禍々しい何かがより一層強くなったわ」

 ナギが豪華絢爛の巨大な扉に触れます。

「……封印の魔法がかかっているですわ」
「じゃあ、破壊してみるか」

 セイランが先ほどと同じく、圧縮した風を纏わせた大剣と巨斧を振り下ろしました。

 傷一つつかず、大剣と巨斧が弾かれました。

「……硬いな。古竜の鱗以上の硬さだ」
「硬化の魔法がかかっているのかもしれませんね」

 私も扉に手をあててかかっている魔法を軽く解析します。

「……ああ、これはダメです。かなり高度な封印が施されていますよ。探知の妨害も施されていますし、解除には時間がかかりそうです」
「なら、ここで休憩にするか」

 訓練も兼ねてナギに扉の封印の解除を頼み、私たちは食事の準備をします。

「〝魔は万物の根源フラーウム・となりて、土へと変クァットゥオム・転せよ――生土シャッフェン〟。〝土は我が想いフラーウム・に応えその意思をクァットゥオム・示す――土操ヘルシャフト〟」

 魔術で生み出した土を使って腰かけや台所を作り、料理の準備をします。

「〝冷たき息吹よ。万物ウェイカエル・の動きを奪トリア・い給え――冷凍フリーレン〟」

 セイランが獲ってきた巨大猪の魔物の一部の肉をいい感じに凍らせ、包丁で粉々に砕いて解凍し、細かく切り刻んだ野菜や薬味と一緒に混ぜていきタネを作ります。

 小麦の薄い生地をセイランと一緒に円形状に切り出していたシマキが、ふと首を傾げます。

「どうして魔術は詠唱をするのよ?」
「といいますと?」
「魔法もイメージを安定させるために詠唱をするっていうのは昔習ったわ。けど、魔術はイメージは関係ないし、そもそも聖霊語を使っているのよね?」

 タネを小麦の生地で包みます。

「聖霊語はことばそのものに力があるって聖典で学んだわ。だから、音声言語であろうと文字言語であろうとそれぞれに力がある。実際、の有名なヴァイツェン神殿の最奥の石碑に刻まれた聖霊語の文字によって周囲は破魔の気に満ちているわ」
「つまり、どうして魔術陣だけで魔術を発動させないか、ということですね」
「ええ。少し気になったのよ」

 シマキの質問はとても核心をついていました。

 私は心の中で唸りながら、その質問に答えようとして。

「それは……文字だけでは……魔術発動の手順が……複雑だからですわ……」

 その前に魔術陣を周囲に浮かべては消していたナギが答えました。

 封印の解析に思考の大半を割いているため、目の焦点は合わず虚空を見つめながらも口を動かします。

「シマキ様は……火をおこしたことは……あるですわよね?」
「ええ」
「では、もみぎりと火打石で火を熾すのには……労力が違うのは……分かるですわよね?」
「もみぎり……棒をクルクル回す方法ね。それがどうか……ああ、なるほど。聖霊語の文字はそのもみぎりというわけね。火が魔術」
「簡単にいうと……そんな感じですわ。文字の方は魔術を熾すのには優れて……ないですけど、制御するのは……得意なのですの」
「なるほど。聖霊語に理屈があったなんて……聖典には書いてなかったわ」

 シマキはフムフムと懐から取り出した日記帳にメモをしていました。聖女に関わることに関しては本当に熱心で真面目な子です。

 ですので、私はトランクをガサゴソと漁り、一冊の本を取り出しました。

「これを差し上げましょう。魔術についての本ですが、聖霊語の詳しい法則やその成り立ちなどが記されています」
「あなたが書いたの?」
「はい」
「そう。ありがたく読ませてもらうわ」

 シマキは嬉しそうに本を懐にしまいました。

「グフウ、油はどこにやったか?」
「ここにありますよ」

 タネの全てを小麦の薄い生地で包み、羽を付けたあと、油を浸してアツアツに熱したフライパンで焼いていきます。

 しばらく待ってフライパンの蓋を開けば、こんがりと焼き目のついた羽付き餃子が羽を羽ばたかせてフライパンから飛び立ちます。

 いい匂いを漂わせて飛翔する羽付き餃子を箸で捕らえて、タレと葉菜と一緒にパンに挟めば、食事の完成です。

「いただきます」
「森羅の恵みに感謝を。我らは自然の一部となりて命を享受する」
「「神々よ。願わくば我らを祝し、また御恵みによりて食す賜物たまものに慈悲と祝福をお与えください」」
「きゅりきゅり」

 食事の挨拶をして、ぴちぴちと跳ねる羽付き餃子サンドウィッチを口に運びます。

 美味しいです。

「あ、溢しているじゃない。ボーっとしてないで、キチンと食べなさいって」
「シマキ様……食べさせてくださいですわ……」
「ああ、もうっ」

 シマキがボーっとしているナギの口に羽付き餃子サンドウィッチを運びます。

「きゅりきゅり!」
「あ、ちょっと!」

 小さくなっているショウリョウがシマキの頭の上に飛び乗り、嬉しそうに飛び跳ねてました。

 私もセイランも微笑ましくその様子を見ていました。

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 食事を終え、お茶を飲んだあと、後片付けをします。

「……終わったですわ」

 しばらくしてナギの目に光が戻りました。豪華絢爛の巨大な扉に触れ、魔術陣を展開しながら魔力を流していきます。

 私たちは武器を手に取り、戦闘準備をします。

 そしてゴゴゴゴゴッと音を立ててゆっくりと扉が開きだし、そいつが姿を見せ始めました。

「……八岐やまた蛇だ」

 それは八つの頭と尻尾をもつその大蛇の総称です。

 種によってその脅威度は変わりますが、少なくとも目の前にいる全長五十メートル超のそいつの覇気は、常人ではすぐに気絶してしまうほど。

 災害の化身たるボルボルゼンには及ばぬものの、それに近い恐ろしさがあります。

 八つの頭はそれぞれ特徴的な色の目を爛々と輝かせ、牙をむき、静かに唸ります。鱗は邪悪な黒に輝き、禍々しい魔力がその身から溢れ出ていました。

「ッ! 魔物がっ!」

 同時に私たちの背後から魔力の奔流が巻き起こり次々と魔物が召喚されます。その数はおよそ千を越えるほど。いや、いまだに召喚の魔力が全く収まっていないことから、もっと魔物は出現するでしょう。

 私たちは挟まれました。

 私は杖をぎゅっと握りしめ、セイランに視線をやります。彼女も私に視線を送っていました。一瞬だけお互いに迷った表情を浮かべましたが、直ぐに頷きあいました。

 そしてナギを見やりました。八岐やまた蛇の覇気に震えていたナギが私たちの視線に気が付き、深呼吸をしました。

「言葉はいりませんね」
「はい。まだ、そのではないですわ。じゃあ、いってくるですわ」
「ああ、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
「あ、ちょっと待ちなさいよっ」

 二振りの短剣を逆手にもったナギは八岐やまた蛇に向かってゆっくりと走り出しました。豪華絢爛の巨大な扉が閉まり始めます。

 シマキが慌ててナギを追いかけようとしますが。

「待ちなさい」
「グエッ」

 私が修道服を引っ張って止めました。同時に豪華絢爛の巨大な扉が閉まり切りました。魔力探知で少し探れば、また封印の魔法が施されているのが分かりました。

 シマキが怒鳴ります。

「何をするのよ! ナギ一人で戦わせるつもりなのっ!?」
「はい」
「っ! それでも貴方たちはナギの師匠なのっ? あんな化け物、勇者でもない・・・・・・子供が倒せるわけ――」
「倒せる。倒すさ」

 セイランが静かで重みのある声でシマキの言葉を遮りました。

「お前は信じていないかもしれないが、アタシたちは信じている。ナギの言葉を、勇者になると言った言葉を。人の身には為せない偉業を成し遂げる。その第一歩なのだ、これは」
「だから、信じてその背中を守るのが師匠の仕事です」

 扉にかかった魔法は封印だけでなく、魔物の透過の魔法もかかっています。つまり、魔物は扉に飛び込めばそのままナギと八岐やまた蛇がいる部屋へと通り抜けてしまえるのです。

 だから、ナギと八岐やまた蛇の死闘を邪魔しないために私たちが扉を死守するのです。

「塵一つ、向こうには通しませんよ」
「むしろ塵すら残らず叩き潰すっ!!」

 セイランが一騎当千と言わんばかりに、未だに湧きあがる魔物の群れに飛び込んでいきます。大剣と巨斧をオーガの様に振り回し、地響きを響かせます。

 私は数千発の〝魔弾ゲヴェーア〟を連射して操り、セイランのサポートを行います。

 シマキはしばらくの間扉を叩き、解呪の恩寵法を使っていましたが、封印の魔法が解けないと理解したのでしょう。

「さっさと倒してナギを助けないとッッ!!」

 自身に治癒の恩寵法をかけ続けながら、魔物の群れに飛び込んでいき泥臭い肉弾戦を挑んでいました。

 そして、一時間か、二時間か。かなりの時間が経ちました。

「はぁ、はぁ、はぁ。ようやく矢が尽きたようだな」
「そのようですね……」
「か、カハ……ハッハァ……」

 数万の魔物を倒したのは間違いありません。ようやく魔物の召喚が止まりました。流石のセイランも息を切らしており、シマキは息絶え絶えと言った様子で両手を地面についていました。

 私はすぐさま豪華絢爛の巨大な扉へと駆け寄り、その封印を解除しようとしました。

 いくらナギを信じていたとしても、探知で向こうの状況が分ので気が気ではないのです。

 しかし、封印を解除する前に扉が開きました。

 ゆっくりと塵になっていく八岐やまた蛇とその前で座り込んでいるナギが見えました。急いで駆け寄ります。

「「ナギ!」」
「……グフウ様、セイラン様。ついにアレ・・が成功したですわ……」
「っ! ……よくやりましたよ、ナギ」
「ああ、凄いぞ。本当に、お前はアタシたちの自慢の弟子だ」

 傷だらけのナギの頭を優しく撫でました。

「ナギっ……」

 遅れてシマキが何度もこけながら駆け寄ってきて、ナギに治癒の恩寵法をかけます。

「……泣いているですの?」
「安堵しているのよっ! 聖女のわたくしも守らず、一人で無謀なことをっ」
「……無謀ではないですわ。ほら、だってわたしは倒したんですわ」

 ナギはゆっくりと塵になっていく八岐やまた蛇を見やりました。腹にはどデカイ穴が空いてました。

 膨大な魔力・・・・・がこもった攻撃がその腹を穿ったのです。

 そしてしばらきして、八岐やまた蛇は完全に塵となって消え、奥の扉がゆっくりと開きました。

「これがダンジョンのコア……」

 禍々しい黒のひし形の結晶が浮いていました。シマキがそれに近づき、浄化の恩寵法を放ちます。

 神聖な純白の光は禍々しい黒の結晶を包み込み、邪悪な魔力を全て散らしました。残ったのは無色透明の結晶だけ。

「これで悪神、貪りと冒涜の女神インフィディタスの加護は消えたな。あとはダンジョンの魔力がゆっくりと萎んでいくのを待つだけだ」
「これでダンジョンの攻略は終わりですね」
「……そうだな」

 私たちは地上へと戻りました。


 Φ


「それじゃあいきますか。ナギ、本当にいいんですね?」
「……はい」

 朝日が昇る頃。私たちは極彩百魔ごくさいびゃくまのダンジョンの街に背を向けました。ダンジョン攻略が済み、ナギの訓練目標も達成した今、ダンジョンにいる理由はなくなったからです。

「きゅりりー」

 そうして歩き出そうとしたとき、元の大きさに戻ったショウリョウが嘶き、振り返りました。

「ま、待ちなさいよ!」

 シマキがこちらに走ってきていました。

「ぶべっ!」
「し、シマキ様! 大丈夫ですかっ?」

 シマキが盛大にスッ転び、顔面から地面にダイブします。ナギが慌てて駆け寄ります。

「『大丈夫ですかっ?』じゃないわよ! 勇者なのに聖女をおいて旅立とうとするとかどういうことよっ!」
「そ、それは……」

 シマキに睨まれてナギが言い淀みます。

 ですから、キチンと挨拶をして旅立った方がいいと忠告したのに。何の意地を張ったのか、別れの言葉を言いたくないなんていって。

 オロオロするナギを睨んでいたシマキは、しかしふっと頬を緩めてその額にキスをしました。

「……ほへっ? ええっ!!」
「何をそんなに驚いているのよ」
「だって、今っ!」

 シマキが肩を竦めます。

「あなたは勇者じゃない。分かっているわよ。だから、勇者じゃない普通の子の、友達のあなたが心配だから加護を授けたわ。聖女の加護よ。普通はありえないのよ。むせび泣くといいわ」
「シマキ様……っ」

 ナギはシマキに飛びつき、ぎゅっと抱きしめました。

 二人はそのあと、少し話をしました。私たちには聞こえないほど静かに、それでいて秘密を共有する子供のように楽しそうに話していました。

「それじゃあ、三人とも元気で。また会いましょう」
「はい。また会うですわ!!」
「あなたもお元気で」
「しっかり飯を食うんだぞ!」

 シマキは私たちに背を向け街へと歩き、途中で振り返りました。

「ナギ! 今度は本物の勇者様としてわたくしを迎えにきなさいよ!」

 そう言ったシマキは再び歩き出し、そして盛大にスッ転んでいました。それが恥ずかしかったのか、小走りで街へと消えていきました。

 そんなシマキにナギは小さく笑い、私たちに振り返りました。

「グフウ様、シマキ様。じゃあ、行きましょう」
「そうですね」
「目指すは北東だな」

 私たちは横に並んで歩き出しました。ナギの背丈はすっかり私を越していました。
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