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ドワーフの魔術師と弟子
第18話 聖女シマキとの邂逅
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ウェーブのかかった亜麻色の髪にアメジストの瞳を宿した、シマキと名乗った女性。
聖女ですから十五歳を越えているのは確かしょうが、具体的な年齢はあまり分かりません。若いのは確かでしょうけど。
ともかく、純白の修道服でその細い身を包んだ彼女は優雅にソファーに座り、傲慢な目でジロリと私たちを見てきます。
「あなたたちが攻略の最前線にいるっていうエルドワ旅団ね」
「はい。グフウとお申します。これはお近づきの印にこれをどうぞ。〝我が想いは一輪の咲い――想花〟」
「あら、凄いわ。綺麗な花ね。ありがとう」
シマキに魔術で創った花を渡し、私は本題に入ります。
「それで私たちの何の御用でしょうか?」
「……用ね。はぁ」
シマキは嫌々溜息を吐きます。見かねた聖騎士が耳打ちをしました。
「……分かってるわよ。わたくし一人では無理なんでしょ」
小さく舌打ちした彼女は、ふんっと鼻を鳴らしながら私たちに指をさして言います。
「光栄に思いなさい! あなたたちにこの聖女シマキの従者となり、ダンジョン踏破の偉業を手伝うことを許すわ! 一生暮らせる金も与えるわよ! 感謝なさい!」
……おぉ、これまた随分な。私とセイランは肩を竦めました。
「要件はそれだけか?」
「え、ええ」
「……そうか」
セイランの険しい声音にシマキが少したじろぎます。セイランがジロリとシマキの後ろに立っていた聖騎士たちを見やりました。
「貴族の娘だか知らないが、いい加減聖女として取り立てるなら教育くらいしておけ。お前らの大事な聖女様なのだろうが。こんなところで信用を落とさせる真似をしてどうする。いや、それが狙いか?」
「……」
「だんまりか。聖女付きの教会連中はいつもそうだよな」
やれやれとため息を吐くセイラン。こういう事が過去にも何度もあったのでしょう。
「グフウ、ナギ。帰るぞ」
「うぇっ!? 待ちなさい! 冒険者ごときがこのわたくしの言葉を無視すると言うのっ!?」
シマキがソファーから勢いよく立ち上がって怒鳴りました。私とセイランはそれを無視したのですが。
「冒険者如きって、グフウ様とセイラン様にはグフウ様とセイラン様という立派な名前があるのですわ! だいたい、自分から呼びつけておいて礼儀の一つも尽くさないとか、非常識極まりないですわ!」
「メイドの分際でこの聖女のわたくしに口答えするきっ?」
「わたしは貴方のメイドじゃないですわ! っというか、たまたま神々の器としての才があるだけで、よくそこまで偉そうにできるですわね!」
「ッ! 黙りなさい!」
「あ、図星ですのっ? 聖女以外に誇れることがないから威張っているですの?」
「ッ! 言わせておけばっ!」
シマキがナギに掴みかかります。しかし、ナギはふわりとメイド服のロングスカートをなびかせて横にかわして。
「ふんっ」
「ごふっ」
シマキに足をひっかけて転ばせます。
私たちは少々驚きます。ナギが私たちの事で怒ることはままありますが、ここまで攻撃的に動いたの初めてでした。
「さ、グフウ様たち。帰りましょう」
「あ、ああ」
「そうですね……」
顔面から床にダイブして悶えているシマキを冷たく一瞥したナギは私たちの微笑んで、ずんずんと部屋からでました。
私たちは顔を見合わせて、部屋を出ました。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 少しは話を聞いて――ぶべっ!」
後ろで盛大にスッ転ぶ音が聞こえました。
Φ
「な、ナギ。そろそろ止めないか?」
「まだ食べるですわ!」
領主の屋敷を出たあと、ナギが街のスイーツ店巡りを始めました。これで四件目です。
「ぷんぷんですわ!」と怒りながら、ケーキを頬張るナギに私たちは困惑するしかありません。なにせ、このような怒り方は初めてなので。
そんな私たちの様子に気が付いたのでしょう。ナギは手を止めて俯きました。しばらくして、口を開きます。
「……似ていたのですわ」
「……貴方の姉にですか?」
ナギは無言で頷きました。
「コチお姉さまが生きていたら、今頃……」
そこまで言いかけて、ナギはペッと顔をしかめました。
「いえ、ないですわ。コチお姉さまがあんな傲慢なこと言うはずがないですわ! あんなのにコチお姉さまを重ねてしまうとかっ!」
自分に苛立ったように頬を膨らませ、ナギはチーズケーキを一口で食らいました。
「……わたしはもう子供じゃないですわ」
「アタシたちから見ればいくつでも子供さ」
「ですね」
私たちは席を立って、ナギの隣に座ってそのしょぼくれた頭を撫でました。
ナギは不満そうに唇に山を作りましたが、払いのけるでもなくもぐもぐと口を動かすだけでした。
ナギの機嫌が直ったところで、先ほどは少しやり過ぎだと注意します。
「とはいえ、気に入らないところはあれど、流石にああいう風にひどい言葉で煽り手を出したのはやりすぎです」
「……以後、気を付けるですわ」
「まぁ、そう落ち込むな。アタシたちのために怒ってくれて嬉しかったぞ」
「それは私も同意です」
私たちは宿に帰って軽めの夕食をとりました。その後、風呂に入り、自分の部屋に戻ります。ナギたちもついてきました。
ナギがベッドに横になり、小さくなったショウリョウを撫でながらセイランに尋ねます。
「それでセイラン様。彼女たちはどうするですの? というか、彼女たちは何がしたいのですの?」
「何がしたいか……グフウ、分かるか?」
セイランと向かい合って座っていた私は、彼女に教えてもらってようやく作れた押し花の栞を机の上に置きながら、睨みます。
「分かるわけないでしょう。というか、貴方は見当がついているのですよね?」
「まぁな。彼らの目的は二つ。一つ目はダンジョンコアの浄化だ」
「それはまぁ、善神側であるなら誰しもが望むことでしょう。それでもう一つは?」
「聖女の教育だろう」
「はぁっ?」
ナギが素っ頓狂な声をあげます。
「教育ってあの方はもう大人ですわよねっ?」
「ナギ。普通、ヒューマンの十五歳なんてあんな生意気なものだぞ。それに貴族の子息とかは甘やかされているからな。あの年で未熟なのはそう珍しくない」
「彼女は貴族なのですか?」
「たぶんな。国によって多少の違いはあれど、滲み出る所作や肉付き、爪や髪の艶めき具合して、かなりいいところの令嬢だ。侯爵かそれ以上か。どちらにせよ一朝一夕のものではない」
へぇ。そのような部分で貴族かどうかを判別するなんて流石はセイランです。
「……例えそうだとしても、どうしてダンジョンなんて危険な場所で教育をしようとしているですの?」
「違うぞ、ナギ。彼らは教育しない。聖女は信奉する神々の器だからな。畏れ多くてできないらしい。聖女だって人のはずなのに、まったくもって解せない」
「これだからヒューマンの信仰は嫌いなのだ。本来の信仰とは違うだろうに」とセイランは肩を竦めます。
「とはいえ、聖女があのまま傲慢なのもよろしくない。ヒューマンや獣人以外の種族に教育を任せる、もとい押し付けるのだ。まぁ、あとは痛い目を合わせて弱ったところに付けこむなんてことも考えていそうだが」
「セイラン様はそれで何度も教育したことがあるのですの?」
「いや、今までは同族に放り投げていた。が、今回は流石に今回は無理だろう」
私たちは極彩百魔のダンジョンを攻略する気でいますからね。向こうとの接触をさけることはできないでしょう。
「……ごめんなさいですわ。わたしの修行のせいで」
「気にするな。そもそも、このダンジョンで修行をしようと言ったのはアタシの我が儘だ。お前が気にすることはない。それより、今後の修行内容について詳しくつめたい」
「今後の……っということは、アレの修行に入っていいのですのっ?」
ナギはベッドからガバッと勢いよく起き上がります。
「ええ。貴方も十三。体の成長はともかく、理知の臓の成長はある程度終わったでしょう。今までかけてきた負荷も取り除いていいはずです」
「とはいえ、無理はしない。というか、ダンジョンに潜るペースは少し落とす」
「え……」
「そんな顔をするな。最近、体の不調が増えてきただろう?」
「……それは」
「それが落ち着くまでは無理はしない方がいい。あと、食事のバランスも少し変えよう」
「……分かったですわ」
休むことも重要だと知っているナギは、もどかしさを抱えながらも静かに頷きました。
「また、勉強の時間ということですわね」
「そうだ。ということで、早速大きな衝撃を生む薬についての講義を始めよう」
「ノートをとってくるですわ!」
ナギはやる気満々にベッドから飛び降りて、自室にノートと筆記用具をとりに戻りました。
元気がでたようで良かったです。私たちは微笑みました。
Φ
シマキがこの町にやってきて、一ヵ月。
流石は聖女というべきか、それなりに実力はあるようで、破竹の勢いで十五階層まで到達したという噂を耳にしました。同時に彼女の傲慢な言動の噂も。
「それにしても、わたしたちと接触してこないですわよね」
「だな。あの手の手合いは何かと絡んでくることが多いのだが」
私たちは極彩百魔のダンジョンの十八階層を地図を見ながら走っていました。
この階層は既に攻略しているため、次の階層へと最短距離を進んでいるのです。
「流石に周りの聖騎士たちが止めたのでは?」
「止めるか? アイツらが?」
「どっちにしろ、関わることがないならいいことですっ、わ!」
柱が並ぶ開けた広場。その物陰からパイナップルを被った石像の魔物、ガーゴイルが飛び出してきて、目から光線を放ちながらナギに襲い掛かります。
ナギは慌てることなく上半身をのけぞらせて光線をかわし、右足を軸に回転してパイナップルを被ったガーゴイルを蹴ります。
「こんにゃろうっ、ですわ!」
「ギャエェエエ!!」
ナギの脚力によってパイナップルを被ったガーゴイルは砕け、塵となって消えます。
「慣れたものですね」
「筋トレの成果も十分出てるな。少ない闘気で高い身体強化ができている」
「当然ですわ!」
ナギも随分と強くなりました。特に、極彩百魔のダンジョンに潜り始めてからはかなりの速度で成長しています。
多種多様な魔物と戦闘経験を積んだことで、ここ四年近くの鍛錬が実践と結び始めているのです。洗練されてきていると言っていいでしょう。
けれど、焔禍竜を倒すにはまだまだ足りない。
それもナギは理解しています。自負に「ふふんっ」と笑みを浮かべながらも、その黒の両目は冷徹でした。小さく「もっとですわ」と呟きます。
「ナギ、焦らないようにな」
「……はいですわ」
ナギはセイランの忠告にしっかりと頷きました。
そして私たちは十九階層に足を踏み入れて。
「セイラン様、グフウ様! これってっ」
「罠があるところだ!」
「急ぎましょう!」
魔力探知の反応がある場所まで全力で走り、たどり着いた扉の向こうからは。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
シマキの悲鳴が聞こえました。
「ハァア!!」
セイランが大剣を振り下ろして、扉をぶち壊します。
「止まりなさいっ! 止まりなさいっ! 止まりなさいぃぃぃぃぃっ!!」
シマキはクルクルと高速回転する床に必死にしがみついていました。
側面からは先端が鋭く尖った極太の針がたくさんついた壁が迫ってきており、上部からはバチバチと放電している金属の板が落ちてきていました。
シマキは恩寵法で張った結界でどうにかそれらを食い止めていますが、いつまで持つか。
かといって、動作している罠を破壊するのはあまりよろしくありません。機械ですので、無闇矢鱈に破壊すれば誤動作を起こして余計悪化するかもしれません。
「ナギ、頼めるか」
「……もちろんですわ」
ナギは近くの壁を触り始めました。すぐに、カコッと音をたてて壁の一部を剥がします。
その中には数々の魔法具の線で繋がった大きな箱がありました。要所要所には鍵穴があります。罠の動作を管理している魔法具の機械です。
ナギはポーチから魔術具のピックツールなどを取り出して、その箱を弄りだしました。鍵を開けたり、配線を切ったり、魔術陣を浮かべて魔力を流して魔法の仕組みを弄ったり。
そして十数秒もすれば。
「……できましたわっ!」
カチッと音がなって、罠が止まりました。
「と、とまったぁ……」
シマキの情けない声が同時に響きました。
聖女ですから十五歳を越えているのは確かしょうが、具体的な年齢はあまり分かりません。若いのは確かでしょうけど。
ともかく、純白の修道服でその細い身を包んだ彼女は優雅にソファーに座り、傲慢な目でジロリと私たちを見てきます。
「あなたたちが攻略の最前線にいるっていうエルドワ旅団ね」
「はい。グフウとお申します。これはお近づきの印にこれをどうぞ。〝我が想いは一輪の咲い――想花〟」
「あら、凄いわ。綺麗な花ね。ありがとう」
シマキに魔術で創った花を渡し、私は本題に入ります。
「それで私たちの何の御用でしょうか?」
「……用ね。はぁ」
シマキは嫌々溜息を吐きます。見かねた聖騎士が耳打ちをしました。
「……分かってるわよ。わたくし一人では無理なんでしょ」
小さく舌打ちした彼女は、ふんっと鼻を鳴らしながら私たちに指をさして言います。
「光栄に思いなさい! あなたたちにこの聖女シマキの従者となり、ダンジョン踏破の偉業を手伝うことを許すわ! 一生暮らせる金も与えるわよ! 感謝なさい!」
……おぉ、これまた随分な。私とセイランは肩を竦めました。
「要件はそれだけか?」
「え、ええ」
「……そうか」
セイランの険しい声音にシマキが少したじろぎます。セイランがジロリとシマキの後ろに立っていた聖騎士たちを見やりました。
「貴族の娘だか知らないが、いい加減聖女として取り立てるなら教育くらいしておけ。お前らの大事な聖女様なのだろうが。こんなところで信用を落とさせる真似をしてどうする。いや、それが狙いか?」
「……」
「だんまりか。聖女付きの教会連中はいつもそうだよな」
やれやれとため息を吐くセイラン。こういう事が過去にも何度もあったのでしょう。
「グフウ、ナギ。帰るぞ」
「うぇっ!? 待ちなさい! 冒険者ごときがこのわたくしの言葉を無視すると言うのっ!?」
シマキがソファーから勢いよく立ち上がって怒鳴りました。私とセイランはそれを無視したのですが。
「冒険者如きって、グフウ様とセイラン様にはグフウ様とセイラン様という立派な名前があるのですわ! だいたい、自分から呼びつけておいて礼儀の一つも尽くさないとか、非常識極まりないですわ!」
「メイドの分際でこの聖女のわたくしに口答えするきっ?」
「わたしは貴方のメイドじゃないですわ! っというか、たまたま神々の器としての才があるだけで、よくそこまで偉そうにできるですわね!」
「ッ! 黙りなさい!」
「あ、図星ですのっ? 聖女以外に誇れることがないから威張っているですの?」
「ッ! 言わせておけばっ!」
シマキがナギに掴みかかります。しかし、ナギはふわりとメイド服のロングスカートをなびかせて横にかわして。
「ふんっ」
「ごふっ」
シマキに足をひっかけて転ばせます。
私たちは少々驚きます。ナギが私たちの事で怒ることはままありますが、ここまで攻撃的に動いたの初めてでした。
「さ、グフウ様たち。帰りましょう」
「あ、ああ」
「そうですね……」
顔面から床にダイブして悶えているシマキを冷たく一瞥したナギは私たちの微笑んで、ずんずんと部屋からでました。
私たちは顔を見合わせて、部屋を出ました。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 少しは話を聞いて――ぶべっ!」
後ろで盛大にスッ転ぶ音が聞こえました。
Φ
「な、ナギ。そろそろ止めないか?」
「まだ食べるですわ!」
領主の屋敷を出たあと、ナギが街のスイーツ店巡りを始めました。これで四件目です。
「ぷんぷんですわ!」と怒りながら、ケーキを頬張るナギに私たちは困惑するしかありません。なにせ、このような怒り方は初めてなので。
そんな私たちの様子に気が付いたのでしょう。ナギは手を止めて俯きました。しばらくして、口を開きます。
「……似ていたのですわ」
「……貴方の姉にですか?」
ナギは無言で頷きました。
「コチお姉さまが生きていたら、今頃……」
そこまで言いかけて、ナギはペッと顔をしかめました。
「いえ、ないですわ。コチお姉さまがあんな傲慢なこと言うはずがないですわ! あんなのにコチお姉さまを重ねてしまうとかっ!」
自分に苛立ったように頬を膨らませ、ナギはチーズケーキを一口で食らいました。
「……わたしはもう子供じゃないですわ」
「アタシたちから見ればいくつでも子供さ」
「ですね」
私たちは席を立って、ナギの隣に座ってそのしょぼくれた頭を撫でました。
ナギは不満そうに唇に山を作りましたが、払いのけるでもなくもぐもぐと口を動かすだけでした。
ナギの機嫌が直ったところで、先ほどは少しやり過ぎだと注意します。
「とはいえ、気に入らないところはあれど、流石にああいう風にひどい言葉で煽り手を出したのはやりすぎです」
「……以後、気を付けるですわ」
「まぁ、そう落ち込むな。アタシたちのために怒ってくれて嬉しかったぞ」
「それは私も同意です」
私たちは宿に帰って軽めの夕食をとりました。その後、風呂に入り、自分の部屋に戻ります。ナギたちもついてきました。
ナギがベッドに横になり、小さくなったショウリョウを撫でながらセイランに尋ねます。
「それでセイラン様。彼女たちはどうするですの? というか、彼女たちは何がしたいのですの?」
「何がしたいか……グフウ、分かるか?」
セイランと向かい合って座っていた私は、彼女に教えてもらってようやく作れた押し花の栞を机の上に置きながら、睨みます。
「分かるわけないでしょう。というか、貴方は見当がついているのですよね?」
「まぁな。彼らの目的は二つ。一つ目はダンジョンコアの浄化だ」
「それはまぁ、善神側であるなら誰しもが望むことでしょう。それでもう一つは?」
「聖女の教育だろう」
「はぁっ?」
ナギが素っ頓狂な声をあげます。
「教育ってあの方はもう大人ですわよねっ?」
「ナギ。普通、ヒューマンの十五歳なんてあんな生意気なものだぞ。それに貴族の子息とかは甘やかされているからな。あの年で未熟なのはそう珍しくない」
「彼女は貴族なのですか?」
「たぶんな。国によって多少の違いはあれど、滲み出る所作や肉付き、爪や髪の艶めき具合して、かなりいいところの令嬢だ。侯爵かそれ以上か。どちらにせよ一朝一夕のものではない」
へぇ。そのような部分で貴族かどうかを判別するなんて流石はセイランです。
「……例えそうだとしても、どうしてダンジョンなんて危険な場所で教育をしようとしているですの?」
「違うぞ、ナギ。彼らは教育しない。聖女は信奉する神々の器だからな。畏れ多くてできないらしい。聖女だって人のはずなのに、まったくもって解せない」
「これだからヒューマンの信仰は嫌いなのだ。本来の信仰とは違うだろうに」とセイランは肩を竦めます。
「とはいえ、聖女があのまま傲慢なのもよろしくない。ヒューマンや獣人以外の種族に教育を任せる、もとい押し付けるのだ。まぁ、あとは痛い目を合わせて弱ったところに付けこむなんてことも考えていそうだが」
「セイラン様はそれで何度も教育したことがあるのですの?」
「いや、今までは同族に放り投げていた。が、今回は流石に今回は無理だろう」
私たちは極彩百魔のダンジョンを攻略する気でいますからね。向こうとの接触をさけることはできないでしょう。
「……ごめんなさいですわ。わたしの修行のせいで」
「気にするな。そもそも、このダンジョンで修行をしようと言ったのはアタシの我が儘だ。お前が気にすることはない。それより、今後の修行内容について詳しくつめたい」
「今後の……っということは、アレの修行に入っていいのですのっ?」
ナギはベッドからガバッと勢いよく起き上がります。
「ええ。貴方も十三。体の成長はともかく、理知の臓の成長はある程度終わったでしょう。今までかけてきた負荷も取り除いていいはずです」
「とはいえ、無理はしない。というか、ダンジョンに潜るペースは少し落とす」
「え……」
「そんな顔をするな。最近、体の不調が増えてきただろう?」
「……それは」
「それが落ち着くまでは無理はしない方がいい。あと、食事のバランスも少し変えよう」
「……分かったですわ」
休むことも重要だと知っているナギは、もどかしさを抱えながらも静かに頷きました。
「また、勉強の時間ということですわね」
「そうだ。ということで、早速大きな衝撃を生む薬についての講義を始めよう」
「ノートをとってくるですわ!」
ナギはやる気満々にベッドから飛び降りて、自室にノートと筆記用具をとりに戻りました。
元気がでたようで良かったです。私たちは微笑みました。
Φ
シマキがこの町にやってきて、一ヵ月。
流石は聖女というべきか、それなりに実力はあるようで、破竹の勢いで十五階層まで到達したという噂を耳にしました。同時に彼女の傲慢な言動の噂も。
「それにしても、わたしたちと接触してこないですわよね」
「だな。あの手の手合いは何かと絡んでくることが多いのだが」
私たちは極彩百魔のダンジョンの十八階層を地図を見ながら走っていました。
この階層は既に攻略しているため、次の階層へと最短距離を進んでいるのです。
「流石に周りの聖騎士たちが止めたのでは?」
「止めるか? アイツらが?」
「どっちにしろ、関わることがないならいいことですっ、わ!」
柱が並ぶ開けた広場。その物陰からパイナップルを被った石像の魔物、ガーゴイルが飛び出してきて、目から光線を放ちながらナギに襲い掛かります。
ナギは慌てることなく上半身をのけぞらせて光線をかわし、右足を軸に回転してパイナップルを被ったガーゴイルを蹴ります。
「こんにゃろうっ、ですわ!」
「ギャエェエエ!!」
ナギの脚力によってパイナップルを被ったガーゴイルは砕け、塵となって消えます。
「慣れたものですね」
「筋トレの成果も十分出てるな。少ない闘気で高い身体強化ができている」
「当然ですわ!」
ナギも随分と強くなりました。特に、極彩百魔のダンジョンに潜り始めてからはかなりの速度で成長しています。
多種多様な魔物と戦闘経験を積んだことで、ここ四年近くの鍛錬が実践と結び始めているのです。洗練されてきていると言っていいでしょう。
けれど、焔禍竜を倒すにはまだまだ足りない。
それもナギは理解しています。自負に「ふふんっ」と笑みを浮かべながらも、その黒の両目は冷徹でした。小さく「もっとですわ」と呟きます。
「ナギ、焦らないようにな」
「……はいですわ」
ナギはセイランの忠告にしっかりと頷きました。
そして私たちは十九階層に足を踏み入れて。
「セイラン様、グフウ様! これってっ」
「罠があるところだ!」
「急ぎましょう!」
魔力探知の反応がある場所まで全力で走り、たどり着いた扉の向こうからは。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
シマキの悲鳴が聞こえました。
「ハァア!!」
セイランが大剣を振り下ろして、扉をぶち壊します。
「止まりなさいっ! 止まりなさいっ! 止まりなさいぃぃぃぃぃっ!!」
シマキはクルクルと高速回転する床に必死にしがみついていました。
側面からは先端が鋭く尖った極太の針がたくさんついた壁が迫ってきており、上部からはバチバチと放電している金属の板が落ちてきていました。
シマキは恩寵法で張った結界でどうにかそれらを食い止めていますが、いつまで持つか。
かといって、動作している罠を破壊するのはあまりよろしくありません。機械ですので、無闇矢鱈に破壊すれば誤動作を起こして余計悪化するかもしれません。
「ナギ、頼めるか」
「……もちろんですわ」
ナギは近くの壁を触り始めました。すぐに、カコッと音をたてて壁の一部を剥がします。
その中には数々の魔法具の線で繋がった大きな箱がありました。要所要所には鍵穴があります。罠の動作を管理している魔法具の機械です。
ナギはポーチから魔術具のピックツールなどを取り出して、その箱を弄りだしました。鍵を開けたり、配線を切ったり、魔術陣を浮かべて魔力を流して魔法の仕組みを弄ったり。
そして十数秒もすれば。
「……できましたわっ!」
カチッと音がなって、罠が止まりました。
「と、とまったぁ……」
シマキの情けない声が同時に響きました。
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