ドワーフの魔術師

イノナかノかワズ

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ドワーフの魔術師と弟子

第14話 教会と『ことば』

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 夏になりました。師匠が終りと流転の女神カロスィロスさまに導かれてから二年が経ちました。

 昼過ぎに私たちはネーエルン王国の北東の国境付近の街へ入りました。

「じゃあ、教会に行きますか」
「そうだな」

 いつも通り一番最初に教会へと足を運びます。

「そういえば少し気になっていたのですが、グフウ様たち何故教会に行くのですの?」
「そりゃあ、神々に挨拶と感謝をしに」
「けど、毎朝していますし、グフウ様たちは神々の家教会にこだわっているわけではないですわよね?」

 神々の神籬ひもろぎでもない限り、場所に特別な神性はありません。神々は万物と繋がっており、故に祈りや感謝を捧げる場所はそう重要ではないのです。

 つまり、神々の家教会にわざわざ行く必要もないのです。

 けれど、ヒューマンや獣人は神々の家教会を建て、そこに集まって祈りや感謝を捧げます。

 ショウリョウの背に乗るナギの質問にセイランが答えます。

「そうだな……アタシたちは神々の他に、その街の営みに挨拶をしているのだ」
「街の営み?」
「街は人が作り上げる。長い年月をかけてな」
「そしてヒューマンたちが教会を大切にするからこそ、教会はその歴史や営みをずっと見守ってます」

 教会を見れば、その街がどのような歴史を辿ったのか、どんな人々が暮らしているのか、そして神々に対してどう向き合っているのかがなんとなく分かるのです。

 師匠が昔教えてくれたことですが、最近、それが理解できてきました。

「アタシたちは流浪の存在だろう? 街にとってはよそ者さ。だから、街の代表である教会に挨拶しにいくのだ。貴方たちが築いた営みにお世話になる、よろしくお願いする、とな」
「なるほど、挨拶……」

 人と人、神々と人を繋ぐのは、祈りや感謝だけではありません。

 挨拶です。祈りや感謝ほど強い想いはありませんが、積み重なることで大きな意味を持ちます。

 ナギは少し考え込んでいました。

 教会に着きました。その白亜の家は大変厳かでした。

 中に足を踏み入れれば、ステンドガラスによってアクア色の光が差し込み、静謐な教会を淡く、それでいて鮮やかに彩ります。

 されど、目の前。教会の最も奥に位置する内陣の九柱の善神の偶像だけは、透明なガラスから差し込む純白の陽光に照らされています。

 私たちはシスターに軽く挨拶をして、神々の偶像の前に移動します。私は二礼二拍手一礼を、セイランとナギは膝をついて胸の前で手を組み、瞑目します。

 シスターにギルドカードをみせながら、声をかけます。

「孤児院に寄付と顔出しを行いたいのですが」
「分かりました」

 併設されている孤児院へと案内されます。

「グフウ様。どうして寄付だけでなく、孤児院を見に行くのですの?」
「理由はいくつかありますが、子供たちがどんな生活を送っているか知りたいからですかね」

 教会を出て外の渡り廊下を歩きます。セイランがふと立ち止まって空を見上げながら、その長く尖った耳をピコピコさせました。

 その仕草は見覚えがあります。

「雨ですか?」
「ああ。二時間後くらいにな。夕立には少し早いのだが」
「なら、早めにお暇して宿をとってしまいましょう」

 孤児院に着きました。

 昼過ぎの陽気な太陽の下で子供たちは庭で遊んでいました。私たちに気が付き、すぐに駆け寄ってきます。

「もじゃもじゃだ!」
「耳なげー!」
「メイド服を着てるっ!」

 ここの子供たちは警戒心が薄いようです。それだけ善い大人たちが彼らと接してきていたのでしょう。

 だからか、私たちに怯えることもせず、無遠慮に口々に話しかけてきます。

「俺知ってるぞ! ドワーフだよ! コイツ、ドワーフだ!」
「こら、コイツとか言っちゃだけでしょ! それで、ドワーフって何?」
「あれだよ! 石ころを食べる連中だって前に来た冒険者が言ってたぞ」
「というか、すげーひげっ! 触らせてくれよ!」
「いいですよ。ひげに興味をもつなんて、将来が有望……あっ! 引っ張らないでっ」

 自慢のひげを引っ張ってこようとします。

「剣がでかい! 斧もでかい!」
「あ、こら、危ないから触るな!」
「あ、あの、もしかして王子様、ですか? 白馬はどこに?」
「へ、白馬? いや、アタシは女だが」
「……なんでっ?」
「え? なにがなんで?」

 絵本をかかえた小さな女の子がセイランの返答にぐずりだし、それに慌てたセイランが抱きかかえながら「アタシは王子様だ。王子様だぞ!」と言ってあやします。

 他の女の子たちが羨ましそうに目を細め、自分もとせがんでいました。

「ねぇ、あの二人ってお貴族様っ?」
「いえ、冒険者の方々ですわ」
「あ、分かった! 貴方が貴族ね! それでメイドの修行をしているんでしょ! 王様に仕えるために」
「……どうでしょう。けど、それもいいですわね」
「きゃー! じゃあ、将来は本物のメイドさんね!」
「本物のメイド?」
「それより、その髪飾り! すごくかわいいわ!」

 ナギと同じか、少し背の高い女の子たちがナギを囲んでいました。ナギはグイグイ話しかけてくる彼女たちに少し面を食らっていました。

 けど、次第に仲良くなってオシャレの話などをしていました。

 しばらくして神父さんが来て、子供たちに「午後の授業をするぞ」と言いました。またナギを見て、「一緒にどうですか?」と聞いてきました。

 セイランにこそっと耳打ちします。

「どうしますか?」
「ナギの顔を見ろ。まだ、子供たちと話したそうだぞ」
「確かに」

 旅をしているので、必然的にナギは同年代の子供と関わりが少ないです。だからこそ、こういう機会は大切にしなければなりません。

 私たちは頷きました。

「でしたら、先に宿をとってきますよ」
「よろしく頼む」

 シスターに宿の場所を聞き、少し迷いながら向かいます。三人分のお金を払って部屋をとり、雨が降り始めた頃に教会へと戻りました。

 そしてシスターの案内で授業をしている部屋にいったのですが。

「セイラン、どうしてナギが教壇に?」

 ナギが教壇に立ち、黒板に文字を書いていました。というか、神父さんが熱心にナギの話を聞いています。

「流れだな」
「どんな流れですか」
「いや、授業内で聖霊語などについての話になってな。最初は神父が教えていたのだが、ナギの方が詳しかった」

 ああ。そりゃあ、魔術は聖霊語も扱いますからね。神父は神々の遣いが使う聖霊語を学んでいるでしょうが、聖霊語を使う・・・・・・ことは殆どありません。

 ですから、実践も行っているナギの方が詳しくなってしまうのは必然でしょう。

「で、ですから、この時は単語が名詞に変化して――」

 ナギは緊張しているようでした。人の前に立つのも、人に自分の知識を教えるのも初めてですから、当り前でしょう。

 それでも、彼女は頑張って話します。

「そして、この聖霊語の文法変化の法則と魔力による変質変化の法則、つまりヨシノの第二法則を利用すると、このようなこともできるですわ」

 ナギは黒板一面に白のチョークで文字を書き連ねていきます。そして小さな文字がびっしりと書き連ねられた黒板に魔力を込めると。

「うわっ! 蝶がたくさんでてきた!」
「キレー!」
「……魔術」

 黒板から沢山の蝶が表れます。少し退屈していた子供たちは驚きはしゃぎ、神父は目を見開いて愕然としていました。

「聖霊語は、疑いと言葉の神シニフェールスさまが創った言葉ですわ。ですから、それは世界に刻み込まれており、『ことば』の形を持ったものに魔力を与えるとそれに沿った現象が起こるのですわ。そしてそれは他の『ことば』にもいえるですわ」

 ナギは黒板を消して、新たに文字を書いていきます。

「例えばこれは妖精語。この文字に一つに魔力を注ぎ、同時に『ブルーメ』と魔力を込めた言葉をいえば」
「わぁ!」
「すごいっ!」

 ナギは手から一輪の花を生み出しました。

「花を創れるですわ。ただ、元々は妖精の『ことば』。人では完璧に扱うことはできず、このようにすぐに枯れて消えるですわ」
「あ……」
「ないなった……」

 花は灰色に枯れて虚空へと解けてしまいます。

「ですから、それを補強するために、他の『ことば』を用いるのですわ。神代語、精霊語、古竜語などなど。そしてこれらを基に魔術――」

 そうして、しばらくしてナギの授業は終わりました。すぐに子供たちは興奮したように立ち上がり、彼女に駆け寄って口々に話しかけます。

 ナギは少し気後れした様子でしたが、それでも興奮して話す同年代の子供たちに嬉しくなったのか、頬を緩めていました。

 その様子に目を細めていますと、神父が声をかけてきます。

「いい子ですね」
「ああ、優しい子だ」
「自慢の弟子です」
「弟子……ですか」

 彼は私の頭からつま先までゆっくりと見やった後、恐る恐る尋ねてきます。

「もしや、魔術師で」
「ええ。魔術師のグフウと申します」
「なるほど。では、彼女の知識は貴方が……」

 少し深刻そうな顔をした彼は、小さな声で忠告してきます。

「教会の一部は魔術に対して敵愾心を抱いている者もおります。お気を付けを」
「神父のお前がそれを言ってもいいのか?」
「神々が御創りになったものに意義を唱えることなど、私にはできません。それが例え、悪魔デーモンの『ことば』であろうとも」

 彼は大変頭が切れるようです。

 そう。先ほどナギは言いませんでしたが、私やナギが扱う魔術には悪魔語も使われているのです。

 しかしその悪魔語は、疑いと言葉の神シニフェールスさまが悪魔デーモンのために創ったわけではなく、悪魔デーモン疑いと言葉の神シニフェールスさまが創った『ことば』の一つを長い間利用したことによって、その『ことば』が悪魔語と呼ばれるようになったのです。

「教会ではその歴史を理解していない者も多いので」
「では、百年後にはそれら全てが魔術語と呼ばれるよう、私やナギが頑張りますよ」
「……応援していますよ」

 私の返しに神父は目を丸くし、頬を緩ませました。

 そして、ナギは子供たちに色々な魔術を披露していました。楽しそうでした。
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